主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
1. はじめに 上部温帯林は,日本において,ブナを欠く冷温帯域から亜高山帯域への移行部に成立する植生帯である。野寄・奥富(1990)によれば,主に北海道の汎針広混交林などを指し,多層的な森林機能を持つことで知られる。落葉広葉樹と常緑針葉樹という生活型の異なる樹種同士が狭い領域内に安定的に成立する要因について,並川(2016)は,生育する樹木の場所によって土壌栄養に差異があることを示し,更新の契機となるギャップが発生した際,富栄養の箇所に広葉樹が,貧栄養の箇所に針葉樹がそれぞれ更新しやすいとしている。 近年,北海道の汎針広混交林において,数十年単位の時間スケールで,混交林内の広葉樹割合が増加しているとの報告がなされている(飯島2020,小川ほか2021)。また,本州において,汎針広混交林と温度的に対応する栃木県日光市の手白山を対象に,植物社会学調査をおこなった小川ほか(2006)は,混交林上部の針葉樹林林床部に落葉広葉樹の稚樹が数多く生育していることを報告している。 そこで本研究では,温暖化をはじめとする気候変動と,それに伴う周辺環境から,本州上部温帯林における植生変化の要因を明らかにすることを目的とする。本発表では,2022年10月に実施した植生調査の結果を,同地域で植生調査を行った小川ほか(2006)と比較し,約16年間の植生動態について報告する。 2. 研究対象地域と手法 植生動態を明らかにするために,小川ほか(2006)において,詳細な植生調査が行われている栃木県奥鬼怒地域の手白山北西斜面で,再度,植生調査を実施した。標高1550m付近(A)と,1650m付近(B)にコドラート調査区を設置し,立木位置の把握,樹木の同定,胸高直径の計測をおこなった。コドラートA,Bは,どちらも緩傾斜部に設置し,針広混交林と,温度的に混交林と連続する針葉樹林で,構成樹種を調べた。また,得られた結果を小川ほか(2006)の植生調査結果と比較した。 3. 研究結果 コドラートAでは、樹木同定の結果、シウリザクラやブナ,カエデ,シナノキなどの落葉広葉樹とウラジロモミやコメツガなどの常緑針葉樹がみられた。立木密度は480本/haであり,胸高断面積合計は,落葉広葉樹で約1134.2㎡,常緑針葉樹では537.1㎡となっていた。コドラートBでは,ミヤマアオダモやオオカメノキ,カエデなどの落葉広葉樹とコメツガ,クロベなどの常緑針葉樹がみられた。立木密度は544本/haであり,胸高断面積合計は,落葉広葉樹で102.4㎡,常緑針葉樹は,1892.1㎡となっていた。 4. 考察 コドラートAは,胸高断面積合計をみると,落葉広葉樹は常緑針葉樹の約2倍となっていた。コドラートAでは若い落葉広葉樹が多く,針葉樹は落葉樹と比較して本数が少ないが,胸高直径が大きく,成長した個体が多い。コドラートBは,落葉広葉樹は常緑針葉樹の5%ほどの胸高断面積合計であった。落葉広葉樹は胸高直径30cm以下の個体しか見られなかったのに対し,常緑針葉樹は,不規則な分布ながら80cm台の個体もみられた。 小川ほか(2006)では1550m帯はウラジロモミ-シウリザクラ林,1650m帯はトウヒ-コメツガ林と定義されており,その結果と比較すると,胸高断面積では,1550m帯は,広葉樹割合が増加しており,1650m帯では,依然として針葉樹割合が大きかった。一方で,本数上では,両調査区で広葉樹が増加している様子がみられた。今回調査を実施したどちらのコドラートも,落葉広葉樹の若木が多く,常緑針葉樹の成木が多いという特徴がみられた。このことは,落葉広葉樹が優先的に更新している可能性を示していると考えられる。