日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 514
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アメリカ西部における砂糖の地理学
*矢ケ﨑 典隆
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抄録

砂糖の地理学 人間は甘さに対する欲求を満たすために,サトウキビやテンサイを主な原料として砂糖を生産してきた.砂糖の地理学は,世界の砂糖生産地域を地理学の視点と方法によって理解することを目的として,サトウキビ糖回路とテンサイ糖回路に着目する.そして,サトウキビ糖生産地域とテンサイ糖生産地域の特徴や,それらの共存と競合の関係を,ローカルスケール,ナショナルスケール,グローバルスケールにおいて検討する.ローカルスケールでは,資本,製糖工場,原料調達,労働力という4つの要素に着目して,それぞれの砂糖生産地域の地域構造を明らかにする.ナショナルスケールでは,国家の農業政策・関税政策や大手資本の動向を踏まえて,砂糖生産地域の関係を検討する.そしてグローバルスケールでは,世界の砂糖生産地域の相互関係やグローバルな砂糖の流通に着目する(矢ケ﨑2018).

 アメリカ西部の開発と砂糖および移民については,すでに全体像を論じた(矢ケ﨑2023).本発表では,砂糖の地理学の視角から,19世紀末以降,テンサイを原料とする砂糖産業が展開したアメリカ西部を対象として,砂糖をめぐる甘さの地域構造を明らかにする.

コロラド北東部 コロラドのサウスプラット川流域では,ドイツ系移民の実業家(チャールズ・ボッチャー)などが,ロッキー山脈での鉱山開発によって蓄積された資本をテンサイ糖産業に投資した.また,東部の精糖資本(ヘンリー・ハブマイヤー)が投資と技術支援を行った.サウスプラット川流域では,グレートウエスタン・シュガーカンパニーが13か所の製糖工場を建設して,独占的な影響を及ぼし,他の製糖会社は存在しなかった.原料のテンサイは地元農民との契約栽培によって調達された.労働力としてロシア系ドイツ人移民(ヴォルガドイツ人と黒海ドイツ人)が重要な役割を演じたが,彼らは時間の経過とともに,労働者から農場経営者へと農業階梯を上昇した.また,日系移民はテンサイ農場での労働に従事し,その後,労働者から借地農へと移行した(矢ケ﨑2019).

ユタとアイダホ ユタとアイダホではモルモン教会が砂糖産業に主導的な役割を演じた.モルモン教会とモルモン系実業家が資本を提供するとともに,東部精糖資本(ハブマイヤー)も投資した.ユタアイダホ・シュガーカンパニーとアマルガメイテッド・シュガーカンパニーの2社が,ユタとアイダホに製糖工場を経営し,互いに共存関係を維持した.テンサイの供給には,モルモン系白人農民が中心的な役割を演じたほか,製糖会社の支援を受けた日系農民もテンサイを栽培した.モルモンの家族労働者がテンサイ栽培に従事したほか,メキシコ系労働者の役割が大きかった.

カリフォルニア カリフォルニアでは,ドイツ系移民のクラウス・スプレックルズとフランス系移民のヘンリー・オックスナードが主導的な役割を演じた.スプレックルズは,ハワイでのサトウキビ糖生産とサンフランシスコでの粗糖精製事業にも従事した.また,カリフォルニアでは地元資本による製糖工場も多く存在した.テンサイを確保するために,製糖工場が農場を所有し,労働者を雇用してテンサイ栽培を行う直営農場方式が重要であった.農場労働者として日系移民が重要な役割を演じたが,借地農へと農業階梯を上昇すると,メキシコ人労働者が重要な役割を担うようになった.

甘さの地域構造 アメリカ西部の砂糖生産地域は,主に前述の3つのテンサイ糖生産地域から構成されたが,それぞれの生産地域については,資本,製糖工場,原料調達,労働力の点で異なる特徴が明らかになった.それぞれのテンサイ糖生産のしくみは地域構造図にまとめることができる.ナショナルスケールでみると,アメリカ西部の砂糖生産地域は,南部(ルイジアナとフロリダ)とハワイのサトウキビ糖生産地域を含めた大きな枠組みにおいて共存した.なお,アメリカ西部のテンサイ糖生産地域は,グローバルなテンサイ糖回路とサトウキビ糖回路の枠組みに位置付けることにより明らかになるが,それは今後の研究課題である.

文献

矢ケ﨑典隆 2018.甘さの地域構造を探る―砂糖をめぐるグローバリゼーションとローカリゼーション.地理空間 11(1): 1-17.

矢ケ﨑典隆 2019.アメリカ合衆国コロラド州サウスプラット川流域におけるテンサイ糖産業.歴史地理学 61(3): 1-33.

矢ケ﨑典隆 2023.砂糖と移民から見たアメリカ西部の開拓の開拓.史境 82: 1-15.

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