日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P032
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フィリピン北西部における1903年の干ばつの気候学的特徴と農業への影響
*赤坂 郁美久保田 尚之松本 淳
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抄録

1. はじめに

発表者らはこれまでフィリピンを対象に、より長期の気候とその変動特性を調査する目的で、PAGASA(フィリピン大気地球物理宇宙局)設立以前の紙媒体の気象資料を収集し、電子化する「データレスキュー」を進めてきた(赤坂,2014)。マニラに関しては、1868~1940年の日単位の気象データが整備されつつあるため、降水量や風向風速の季節進行とその長期変化を調査してきたが(Akasaka, 2023など)、干ばつ等の異常気象に着目した解析は行っていない。1901年以降の118年間を対象に、マニラにおける気候の長期変化を調査したBagtasa(2020)も、異常気象に関しては顕著な多雨年の気候学的特徴を簡単に述べたのみである。しかし、地球温暖化の進行に伴って増加しつつある異常気象とその要因を解明するためには、過去の異常気象に関する詳細な分析が重要である。そこで本稿では、フィリピンで顕著な干ばつが発生した1903年を対象に、主にマニラにおける降水量と月最高気温の季節変化特性を明らかにする。また、1903年の農作物報告をもとに、干ばつの影響についても考察する。

2. 使用データと解析方法

 マニラにおける1903年の気候特性を明らかにするために、1880~1901年のマニラ気象月報と、1903年のフィリピン気象月報から電子化した日降水量、月最高気温を使用した。降水特性を分析するために、日降水量から半旬降水量、月降水量、月降水日数(日降水量0.5mm以上の日数)を算出した。各要素の1880~1901年平均値も算出した。

 また、1903年のフィリピン気象月報には、月ごとに気候区別の農作物報告(Crop Service)がある。気候区の分類基準は不明であるが、I(南東部)、II(南西部)、III(北東部)、IV(北西部)の4地域に区分されていたため、マニラを含む気候区IVの報告内容を分析した。気候区IVに位置するマニラ以外の数地点の気象データも補足的に使用した。

3. 結果と考察

 マニラでは、1903年の年降水量は約1,154mmで、22年平均(1880~1901年平均)の約6割であった。通常は雨季である5~11月の降水量が少なく(図1)、特に降水ピーク時期である6~9月の合計降水量は平均の半分ほどであった。一方、年降水日数は139.0日で、22年平均(約143日)との差は4日程である。3~8月に平均よりも2~7日ほど降水日数が少なかったものの、それ以外の月では平均と同程度かそれ以上であった(図1)。

 半旬降水量をもとに同様の分析をした結果、詳細な季節変化特性が明らかになった。1903年は雨季入りが不明瞭で、7月中旬頃まで顕著な降水量の増加が認められなかった。少なくとも雨季入りが平均より1ヶ月から1ヶ月半ほど遅れ、乾季が平均より長く持続していた。これに伴って、高温期の長期化もみられた。マニラの最暖月は通常は4月であるが、1903年は4月と同程度の気温が6月まで持続していた。このような気候特性の変化は、気候区IVに位置する他の地点でも同様に認められた。

 気候区IVの農作物報告にも、この顕著な干ばつによる影響が表れている。例えば、3~9月には、干ばつによる米や野菜の播種や植え付けの遅れ、生育不良、収量の減少に関する報告が多くみられた。4~7月には、異常高温による作物の枯死や生育不良の報告もあった。特に4~5月、7月、9月は干ばつによる農業被害の報告数が、報告数全体の約4割を占めていた。これらは、乾季が長引いていた時期や、少雨傾向が顕著であった時期に対応する。加えて、農作物報告からは、イナゴによる作物被害、家畜の病気やコレラ等の感染症の流行による労働力不足も重なることで、被害がより深刻化していたことも分かった。発表では、マニラ以外の地点の月降水量、月最高気温の季節変化も示しながら、1903年の干ばつの時空間的な特徴とその影響を議論したい。

謝辞:本研究の一部は、DIAS及びGRENE事業、JSPS科研費(19H01322、19K01158、23H00030)の支援により実施した。

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