日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P004
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飛驒山脈の多年性雪渓の形成条件
*齊藤 建奈良間 千之
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抄録

1. はじめに

 世界的な多雪地帯である日本海側の山地では,100以上の多年性雪渓が分布する(Higuchi and Iozawa, 1971).雪渓の面積変動は,短期の気候変動を示す指標であり(樋口,1968),気象観測に乏しい中部山岳において山岳環境の変化を知る重要な指標である.しかしながら,空中写真の取得頻度は少なく,継続的な雪渓の面積変動のモニタリングはおこなわれておらず,雪渓の形成環境なども明らかでない.そこで本研究では,融雪末期の10月に取得された衛星画像を用いて,2016年~2023年の雪渓ポリゴンデータを作成し,雪渓の数や面積の変化を調べた.また,雪渓ポリゴンデータに環境要素を追加し,流域ごとに多変量クラスター解析をおこない,雪渓の維持や消失に関わる環境要因を調べた.

2. 方法

2.1 雪渓ポリゴンデータの作成

 2016年~2022年10月のPlanetScope衛星画像(解像度3m)を使用して雪渓ポリゴンを作成した.岩盤と雪渓の区別が難しい場合はRGBに割り当てるバンドを変更して雪渓範囲を判読した.精度検証として,同時期に撮影されたセスナ空撮画像から取得した雪渓ポリゴンデータを用いた.両者の相関は非常に高く,PlanetScope衛星画像でも雪渓ポリゴンを正確に取得できた.

2.2 雪渓形成の環境条件

 飛驒山脈の雪渓数と面積雪渓形成の環境条件を調べるため,国土地理院のDEM(5mメッシュ)を使用して,主稜線から下流2km地点を流出点とした流域ポリゴンを作成して,流域の平均標高,流域内の傾斜角50度以上の面積の割合,流域内で雪渓が存在しなかった年の数の属性情報を入力した.また,立山連峰の風下側にあたる後立山連峰の唐松岳以南では,降雪量が唐松岳以北よりも少ないと考えられるため,第一線山脈であるかを区別する数値(第一線山地は1,そうでない山地は0)の属性情報を入力した.飛驒山脈において稜線の西側斜面の積雪は冬期の季節風によって吹き払われ,東側斜面に堆積するため,雪渓のほとんどが東向きの谷に形成される(朝日,2016).集団内の積雪量条件に可能な限り差がないようにするため,西側の流域と東側の流域を分けて,属性情報を用いて多変量クラスター分析をおこなった.

3. 結果

 8年間の雪渓の数と面積を調べた結果を図1に示す.雪渓の数と面積は2017年に最大であり,わずかな違いはあるものの2016年と2023年に最小であった.雪渓の数と面積の変動は同じ傾向を示した.山脈の稜線東側の流域を対象に多変量クラスター分析をおこなった結果,平均標高あるいは50°以上の斜面の割合が大きいほど雪渓の消失年数が少ない結果が得られた(図2).しかし,グループ5のように第一線山地でない流域にも関わらず雪渓の消失年数が少ない流域が存在した.

 次に山脈の稜線西側の流域の分析結果では,雪渓の消失年数が少ないグループ2・3の流域は平均標高が高い,もしくは50°以上の斜面の割合が大きかった.第一線山脈ではないグループ5の流域では,雪渓の消失年数が最も多かった.

4. 考察

 東側流域で雪渓消失年数が少なかったグループ2・3・5に着目する(図2).御前沢氷河や白馬大雪渓を含むグループ2の流域(第一線山地)では,50°以上の斜面の割合の平均が15.5%(東側流域の平均値は14.5%)であったが,平均標高の平均値が2409m(東側流域の平均値は2130m)であり,平均標高が高いために多年性雪渓が形成・維持されていると考えられる. 唐松沢氷河,三ノ窓氷河,小窓氷河を含むグループ3の流域(第一線山地)では,50°以上の斜面の割合の平均が25.7%と高く,平均標高の平均値は1873mであることから,この流域は平均標高が比較的低いにもかかわらず,急峻な岩壁からの多量の雪崩による積雪で多年性雪渓が形成・維持されていると考えられる.また,カクネ里氷河などが含まれるグループ5の流域では,第一線山地ではないが雪渓消失年数が少なかった.この流域では,平均標高値は2054mと低いが,50°以上の斜面の割合の平均が26.5%と高かった.この流域は第一線山地でないため降雪は比較的少ないと想定されるが,雪崩とグループ3よりも高い標高により多年性雪渓が形成・維持されると考えられる.

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