日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 714
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インド・アパレル産業における生産ネットワークとCOVID-19の影響
デリー首都圏の日本市場向け製造企業2社を事例に
*宇根 義己
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抄録

1.研究の目的

 インドは中国に次ぐ世界第二位の縫製品生産国に成長している.国内には,地方や大都市に繊維・縫製産地がさまざまな工程・素材ごとに多数存在している(Mezzadri 2017; 宇根 2023).本発表で取り上げるデリー首都圏は,近年の成長が顕著な縫製産地のひとつである.また,インドはファーストリテイリングをはじめとした世界的なアパレル企業・ブランドの進出・委託生産が進むなど,近年になってグローバル生産ネットワークに組み込まれつつある.同時に,COVID-19は世界における繊維・縫製業の再編を迫る機会となり,インドのアパレル産業をめぐる状況は大きな変容の只中にある.

 発表者は2019年12月と2024年1月において,デリー首都圏に工場を有し日本市場向けに縫製品を製造する日系企業およびインド系企業各1社を訪問し,インタビュー調査を実施した.本発表は,これらの調査結果をもとに,インドのアパレル産業における生産ネットワークの実態とCOVID-19の影響を分析し,日本市場向けアパレル産業をめぐる生産ネットワークの動向を展望することを目的とする.

2.日系N社の事例

 日系J社は1990年代中頃にインドへ進出し,国際空港に至近のハリヤーナー州グルグラム(グルガオン)県に本社工場を構えている.同社は,日系企業が集積しているグルグラム県IMTマネサール工業団地にも縫製・検品機能を保有していたが,当該工場はコロナ禍の再編により2021年に本社工場へ集約された.

 ところで,2020年春のCOVID-19第一波の際,インド製造業は政府によって約1ヶ月間の強制的な操業中止命令(ロックダウン)を受けた.その後,縫製業界では「エッセンシャル・アイテム」としてマスクや白衣などの製造のみ認められ,同年6月頃からは段階的に通常生産が再開された.生産の再開にあたっては,COVID-19の感染状況に即して地域が区分され,地域別に生産制限の解除が進められた.こうした状況のなかでJ社は安定的な受注が見通せなくなり,対応策として非正規雇用割合を引き上げた.

 J社は主に成人女性向けの夏用衣服を製造している.サンプル作成から納品までのリードタイムは,コロナ禍前で約90日であったのが,コロナ禍では納入先の了承のもと,調達,生産,出荷の各工程をそれぞれ10日ほど延長した.また,コロナ禍では素材や物流のコストが値上げし,2024年の調査時点でもコストはコロナ禍前の水準に戻っていない.糸や布など素材の調達範囲は国内主産地に広がっており,生産ネットワークは広域的である.インドでの日本市場向け縫製において,品質の担保は大きなボトルネックの一つとなっているものの,複数回の検品作業により品質の問題に対処しようとしているほか,取引先の選定や素材・完成品の品質管理は厳格に行われている.

3.インド系I社の事例

 I社は,日本に留学経験のある現社長によって1990年代前半にデリーで設立され,2000年にハリヤーナー州グルグラム県,2006年にIMTマネサール工業団地に工場を設立した.2015年には,安定した女性労働者の確保を目的に,デリーから北東約100kmの小都市に分工場を設置した.主に日本の成人女性向け衣服を製造してきたが,COVID-19によって国内市場の開拓を開始した.N社と同様,I社も2020年には生産中止に見舞われた.その後,生産は回復していったものの,2021年初夏の第二波は,従業員の感染増加など第一波よりも困難な状況であったという.また,コロナ禍前に比べると小ロットの発注が増えているなど,COVID-19の影響は随所にみられる.

【文献】Mezzadri, A. 2017. The Sweatshop Regime: Labouring Bodies, Exploitation and Garments Made in India, Cambridge university Press.

宇根義己 2023. インド繊維・アパレル産業のサプライチェーンと地域的特性.佐藤隆広編『経済大国インドの機会と挑戦』131-158.白桃書房.

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