日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P003
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飛驒山脈の小規模氷河・多年性雪渓の維持メカニズム
*有江 賢志朗奈良間 千之
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抄録

1.はじめに

 飛驒山脈では,100個以上の多年性雪渓が分布しており,7つの多年性雪渓は,流動現象を持つ氷河であることが確認されている(福井ら,2012;福井ら,2018;有江ら,2019).Arie et al. (2022) は,飛驒山脈の5つの小規模氷河において2015年~2019年の涵養深,消耗深,年間質量収支を算出した.しかしながら,全涵養の年や全消耗の年があり,上流部に涵養域,下流部に消耗域,それらを分ける氷河平衡線を確認することができなかった.

 そこで本研究では,連続の式を用いた表面質量収支の推定手法(Cogley et al., 2011;澤柿ら,2014)に,Arie et al. (submit) により氷厚と流動速度の測定から氷河と確認された杓子沢雪渓(氷河)の氷厚と流動速度の実測値を代入することで,杓子沢氷河の年間表面質量収支とその高度プロファイルを算出し,氷河平衡線を求めた.

2.方法

 本研究では,図1に示すように杓子沢雪渓(氷河)上に10本の横断面(1~10)と8つのフラックスボックス(A~H)を作成した.また,1955年~1976年の氷河面積と現在の雪渓面積が同程度であったことから,飛驒山脈の氷河は長期平均で定常状態(収支=0)となる仮定の下,杓子沢氷河で測定された氷厚と流動の実測値を氷河の連続の式(図2)に代入することで,杓子沢氷河に作成した各フラックスボックスの長期平均の年間表面質量収支とその高度プロファイルを算出した.

3.結果

 杓子沢氷河の長期平均の年間表面質量収支の高度プロファイルは正の勾配あり,上流部に涵養域,下流部に消耗域,それらを分ける氷河平衡線が確認された(図3).

4.考察

 飛驒山脈の小規模氷河の質量収支の特徴が杓子沢氷河と同様であると仮定した場合,飛驒山脈の小規模氷河は,気候的な氷河平衡線高度以下に存在するが,20m以上の積雪をもたらす雪崩涵養の地形効果によって長期平均の表面質量収支がわずかに正となる涵養域が局所的に形成され,下流の消耗域に氷を流動させることで維持されていることが考えられる(図4).

 一方,飛驒山脈に多数存在する多年性雪渓は,相対的に積雪量が少なく,地形による吹きだまり涵養の制限(Glazirin et al., 2004)や雪渓底部のトンネル形成(朝日,2016)などにより,長期平均の表面質量収支において涵養域がなく,多雪年の積雪が少雪年においてその蓄積を失うことで維持されていることが考えられる(図4).

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