主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2025/09/20 - 2025/09/22
1.発表の目的
日本では、コンテンツ志向からコンピテンシー志向への転換のもとで教育改革がめざれているが、円滑に進展しているとは言えない現状にある。本発表では、歴史教育改革が進展するスイスとカナダの歴史教師と日本の歴史教師のビリーフの国際比較調査で究明された歴史教師のビリーフが、三か国で相違する理由を検討することで、日本における歴史教育改革が進展しない理由と今後の展望を考察する。そこで、本発表は、歴史教師のビリーフの調査概要と結果を示した上で、三か国間にみられるビリーフの相違を検討することで、日本における歴史教育改革の展望を考察する構成を採る。
2.三か国の歴史教師のビリーフの調査概要と結果
三か国の歴史教師のビリーフ調査は、2021年9月~2022年2月末に実施した。調査対象者は、日本の歴史教師167名(内、男性145名、女性22名)、スイスドイツ語圏の歴史教師161名 (男性61名、女性100名)、カナダフランス語圏(ケベック州) の歴史教師75名(男性34名、女性41名)である。調査内容は、「私たちはなぜ歴史を学ぶべきなのでしょうか。あなたの考えを書いてください」という記述式質問項目と30項目の選択式質問項目からなる質問紙である。調査方法は、質問紙による歴史教師のビリーフに関する定量的調査である。
歴史教師の質問紙結果の因子分析に基づいて、日本の歴史教師から、現在や未来への指針としての歴史・アイデンティティをもたらすものとしての歴史・実用主義としての歴史・解釈されたものとしての歴史という因子が抽出された。
スイスの歴史教師から、現在と未来の師としての歴史・学問としての歴史・語りとしての歴史・アイデンティティをもたらすものとしての歴史、カナダの歴史教師から、アイデンティティと現在や未来への指針をもたらすものとしての歴史・歴史的事実としての歴史・語りや描写としての歴史・批判的思考力をもたらすものとしての歴史という因子が抽出された。
三か国の因子ごとに、コレスポンデンス分析を実施し、三か国の歴史教師のビリーフの傾向性を明らかにした。日本の歴史教師は現在や未来への指針としての歴史、現在と未来の師としての歴史、歴史的事実としての歴史への同意が高く、そのビリーフは過去を事実と捉え、現在に教訓を与え、現在や未来の方向性を提示することが歴史を学ぶ意義とする傾向を示した。
スイスの歴史教師は解釈されたものとしての歴史、学問としての歴史、批判的思考力をもたらすものとしての歴史への同意が高く、そのビリーフは歴史を解釈と捉え、歴史学の研究方法に基づいて歴史を探究することが歴史を学ぶ意義とする傾向であった。
カナダの歴史教師は実用主義としての歴史、アイデンティティをもたらすものとしての歴史、語りや描写としての歴史に強く同意し、そのビリーフは、歴史は語られるものとして、語られた歴史からアイデンティティを獲得し、現在や未来にとり有益な示唆を得ることが歴史を学ぶ意義と捉える傾向にあった。
この調査から、三か国の歴史教師のビリーフは明確に相違していることが判明した。
3.三か国の歴史教師のビリーフにみられる相違の検討と日本における歴史教育改革の展望の提案
本発表では、三か国の歴史教師におけるビリーフの相違は、ビリーフの根底をなす理論的基盤の相違に起因すると想定し、理論的基盤に着目して、各国の歴史教師のビリーフが相違する理由を究明する。発表においては、この理論的基盤の相違から、日本において歴史教育改革が進展しない理由を考察し、進展させる方策を検討することで、歴史教育改革の展望を提示する予定である。
【参考文献】
・宇都宮明子・原田信之編 2023. 『歴史教師のビリーフに関する国際比較研究-日本・スイス・カナダの三か国調査-』風間書房.
・Köber, A. u. a. 2007. Kompetenzen historischen Denkens. Ein Strukturmodell als Beitrag zur Kompetenzorientierung in der Geschichtsdidaktik. Neuried: ars una.
・Seixas, P. 2015. A Model of Historical Thinking. Educational Philosophy and Theory 49 (6): 6-11