1.背景と目的
日本に初めてジオパークが誕生して17年,日本各地のジオパークにおいて地理学を背景に持つ専門員や関係する研究者の存在感が日に日に増している.ジオパークでは,地域における地球の理解を深めることで,過去を知り,未来へ繋ぐ,持続可能な地域づくりの推進が活動の柱である.それらを活用し,持続可能な地球資源の利用,気候変動の影響の緩和,自然災害関連リスクの軽減など,社会が直面する重要な課題への認識と理解を深めることが活動の目的である(UNESCO,2025).特に自然災害は,日本で最初の世界ジオパークである洞爺湖有珠と島原半島が自然災害との共生を掲げており,日本から世界のジオパークに波及していった分野である.地域づくりや自然災害は,地理学が得意なテーマであり,特に近年のジオパーク活動においては,地理学的な視点がますます不可欠なものとなってきている.そこで本稿では①地理学の専門員の実際活動状況,②自然災害の痕跡の保全と伝承を題材に,ジオパークにおける地理学的な視点の有用性について議論する.
2.地理学専門員の役割:五島列島Gpの例
ジオパーク専門員は,明確な定義はないが求められる能力は地球科学の専門性であり自然地理学も含まれる.また活動の推進には,地域の総合的な理解や文化財の保全・活用,観光も含まれるため,人文地理学の専門知識も要する.次に五島列島Gpの地理学専門員の活動の実態を例に,地理学分野の人材の働きを紹介する.五島列島Gpは2022年1月に日本ジオパークに新規認定され,2025年7月時点で,地理学専門のジオパーク専門員が2名在籍している.業務内容は,学校や社会教育における講座,YouTubeやラジオなどの広報周知,イベントの実施,拠点施設展示作成,大学教員との連携,保全活動,ジオガイド養成,ツアー造成など,多岐に渡る.また,個々の業務では,実践者とあるとともに,企画調整をおこなうコーディネーターとしての役割が求められ,行政組織や地域住民との横断的な調整能力を要する.例えば地域の名産品を一つとってもそこには地形・地質,歴史,人の営みがあり,それらを俯瞰し伝えることができる.地理学的教育によって得られる視点であり,技術でもある.
3.自然災害現象と伝える役割:栗駒山麓Gpの例
ジオパークでは,自然災害の現象の痕跡や被災した遺構などの自然災害の現物を取り扱っていることが多く,それらを保全し,伝承するためにジオパークという手段をとった地域も少なくない.国内で災害に関わるジオサイトを持つ地域は半数以上に上り,まさに災害アーカイブとしての役割を担っている.栗駒山麓Gpでは,2008年岩手・宮城内陸地震の痕跡である荒砥沢地すべりの地すべり地形をジオサイトとして保全している.東京ドーム54杯分の土砂が移動した状況はダイナミックな地球の営力を体感できる場所である.一方で,地すべりは攪乱の役割を担い,生態遷移を促す現象でもある.ブナと人工林のスギで極相化していた地域は,ケヤマハンノキをはじめとした二次林の植生に移行しつつあり,地すべりの荒々しさは自然な植生の回復によってわかりにくくなっている.自然物を対象にしている以上,徐々に風化が進みやがてそこにある自然の姿に戻っていくが,この一時の姿をどのように伝承し,自然の営力の一つの形であるかを伝えるかは,人と自然の関わりを専門としてきた地理学の複合的な知識が求められる.
4.ジオパーク活動における地理学的視点
ジオパークは,気候変動や自然災害,その影響,持続可能な生活の重要性に対する認識を高め,地域住民や観光客に行動を促すための教育ハブとしての役割を果たし,その地質学的特徴や知識を活用し,地方自治体などの地域社会と協力しながら,自然災害への備えや回復力の強化につとめるとされている(中田,2025).現在では,より一層,地球上の事象の空間的な分布を扱う地理学の視点が不可欠である.地域のもつ力をつなげる役割を地理学は担えるのではないだろうか.
参考文献
・UNESCO(2025)ユネスコ世界ジオパークhttps://www.unesco.org/en/iggp/geoparks/about?hub=67817
・中田節也(2025)自然災害に対するジオパークの考え方と世界の動向,JpGU2025,O09-01.