日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P044
会議情報

新聞記事で報じられたGPS
位置認識社会の一側面
*田中 雅大
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ 研究の背景と目的

 誰・何が,どこに,どのように存在するかに関する情報を取得・管理・分析・視覚化する技術(地理情報技術)は,今や経済・社会・政治・文化のあらゆる活動において当たり前で欠かせないものとなり,こうした人やモノの位置に重きを置く社会は「位置認識社会location-aware society」と呼ばれている.それは,一方では人やモノの動きの効率的で円滑な管理を促し,人々の生活の質を高めるとされるが,他方では過度な監視やプライバシーの侵害などをもたらし,人々の肉体や精神を傷つける危険性がある.

 そこで人文・社会科学分野では監視社会論を筆頭にその社会的含意を批判的にとらえる研究が取り組まれている.最近では監視資本主義の観点に立った政治経済学的な議論も過熱してきている.人文地理学者もクリティカルGISやクリティカル・データ・スタディーズなどの取組みを通じて批判的な議論を展開している.

 本研究は,これらの取組みを踏まえつつ,地理情報技術の一つであり,位置認識社会の根幹ともいえる全地球測位システム(GPS)の社会的含意を検討するものである.具体的には,GPSについて言及した新聞記事を分析することで,GPSが人々によってどのようなものとして認識され,語られてきたのかを探る.それを通じて位置認識社会の一側面を明らかにする.

Ⅱ データと手法

 読売新聞と朝日新聞のオンラインデータベースを使用し,2024年12月31日までに掲載された記事のうち,見出しに「全地球測位システム」か「GPS」が含まれる記事を抽出した.その結果,1,849件(読売新聞1,003件,朝日新聞846件)の記事が得られた.次に,①本文中で書かれているGPSの用途に応じた記事の分類,②記事の内容の質的分析,③本文の計量テクスト分析を行った.今回の発表では①と②を中心に報告する.

Ⅲ 結果

 上記①の結果を全体的にみると「事件・事故」に関する記事が40%近くを占めている.1990年代までは「災害・防災」(地殻変動の観測など)や「交通」(カーナビ,タクシーの配車など)の割合が高かったが,2000年代以降の記事はほとんどが「事件・事故」に関するものである.「事件・事故」のうち,約44%が防犯や事故防止,約39%が事件の捜査での利用,約16%が犯罪での利用(悪用)である.

 より詳しくみると,2005~2009年は奈良県での女児誘拐・殺害事件を受けて子どもの防犯グッズとしてGPS機能付き携帯電話の注目度が高まり,2010~2014年は宮城県で性犯罪前歴者にGPS機器を常備させる条例案が示されて物議を醸し,2015~2019年は警察によるGPS捜査の合法性が裁判で争われて大きな議論を呼び,2020~2024年はストーカー規制法が改正され,GPS機器を用いて元交際相手等の位置情報の無断取得が規制されるようになり,それに関する事件が取り沙汰されるようになった.また,2020~2024年にはカルロス・ゴーン氏の逃亡事件を受け,保釈中の被告人にGPS機器を装着させる制度の導入が進んだことも話題となった.社説や読者からの投稿も監視に関わるものが多い.また,犯罪に関係する記事以外にも,高齢者(特に認知症患者)の徘徊対策としてのGPS利用についての記事がどの時期においても一貫してみられる.

 英語圏人文地理学の研究では,ビッグデータやアルゴリズム的なデータ処理といったデジタル技術の背後にある「不安anxiety」の存在が指摘されているが,日本の新聞報道におけるGPSの扱いにもそうした「不安」が見て取れ,それが位置認識社会の一端を担っていると考えられる.

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top