主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2025/09/20 - 2025/09/22
日本国内では,原子力発電所の再稼働,運転期間延長,建替え(リプレース)が政府や関係団体によって喧伝されている.しかし,それらが実現したとしても,最終的には営業運転を終えて廃止される原子炉が増加することは確実である.
米国においては,すでに営業運転を終了し,原子炉の廃炉とともに原子力発電所自体が閉鎖された「元」原発立地自治体が複数存在している.これらの地域における原発閉鎖後の社会経済的影響を明らかにすることは,日本国内の原発立地地域を考えるうえでも有意義であろう.
本報告においては,まず筆者らが行った米国の元原発立地9地域における,原発閉鎖前後の社会経済指標の変化の分析結果を紹介する(Yamamoto and Greco 2022).これら9地域は,いずれも1980・90年代の間に発電所の閉鎖を経験している.分析においては,米国国勢調査の郡(county)よりも小さな,おおよそ市町村単位に相当する郡区(county-subdivision)を対象とした.対象指標は,人口,所得,教育水準,貧困率,失業率であり,1970年から2010年にかけての変化を観察した.
このような計量分析において問題となるのは,ある地域における社会経済指標の変化が発電所の閉鎖によるものなのか,それともその他の要因によるものなのかを明確に区別することが難しい点である.この分析上の課題に対して完全な解決策は存在しないが,本研究では,Isserman and Rephann(1995)が提唱した「疑似実験手法(quasi-experimental method)」において用いられてきた相対指標を採用した.この手法は,対象地域(元原発立地地域)の社会経済指標を,原発が立地していないことを除いて「類似している」と考えられる複数地域の社会経済指標の平均値と比較することにより,原発廃止以外の要因による影響をできるだけ排除することを目指している.
このような分析の利点は,回帰分析によって導かれる「原発廃止の一般的影響」や,統計的な統制を一切行わずに各地域の諸指標の変化を「原発廃止の個別的影響」とみなす方法とは異なり,一定の統計的統制のもとで,各地域における異なる原発廃止の影響を観察できる点にある.
分析の結果,9つの元原発立地地域において,原発廃止前後の社会経済指標の変化には顕著な多様性と共通性が認められた.特に注目すべきは,原発廃止の影響が比較的軽微だった地域では,むしろ廃止後に雇用状況が改善している点であり,逆に廃止後に地域社会経済状況が悪化した地域では,所得と住民の教育水準の低下が共通して見られた.
さらに本分析のもう一つの意義は,分析結果が詳細な事例研究にむけた新たな問いを提供することにある.たとえば,なぜある地域では発電所の閉鎖後に所得や教育水準が上昇し,別の地域では逆に悪化したのかといった疑問を通じて,マクロ指標分析の知見と,個別地域の具体的な経験を統合的に理解することが可能となる.
そこで本報告の後半では,計量分析において対照的な結果を見せた2地域,コネチカット州ハダム町とメーン州ウィスカセット町を取り上げ,より具体的な原発廃止後の発電所跡地の土地利用,地域経済動向,そのほか地域社会における変化や課題について検討する.どちらも1990年代に原発の廃止を経験しており,前者は廃止後の経過が比較的「良好」,後者は「悪化」した地域である.
この2地域において共通する課題として,固定資産税の激減による地方財政上の打撃や,使用済み核燃料が敷地内に残存することによる土地利用転換の困難さが挙げられる(山本 2018).一方,原発運転時における自治体の財政依存度の違いや,大都市との距離に由来する労働市場の特性が,原発廃止後の地域社会への影響の違いとして現れていると推察される.
さらに,今後注目すべき点として,地域住民による「批判的ジャーナリズム」の果たす役割と可能性,「原発立地によって観光地化を免れてきた」という住民感覚,そして原発撤退後の地域を支える「多様な経済」などについても言及する.