１．はじめに
高速道路は，国土計画のなかで，国土の均衡な発展の手段と位置づけられて整備が進んできた．その高速道路が開通することによる沿線地域への影響について，地理学において2000年代半ばまでに多くの研究が蓄積されてきた．しかし，それらの研究では，沿線地域が、高速道路の開通に対してどのような影響を期待しているのかは明らかでない．だが，高速道路の開通による影響を評価するには，開通前に何が期待されていたのかという前提は欠かせない要素であると考えられる．実際に高速道路が計画されている沿線市町村は積極的な請願活動を実施している．そこで，本研究は，高速道路の開通に対して，沿線地域がどのような分野に対して期待や懸念を抱いているのかを明らかにすることを目的とする．
２．調査方法
高速道路の開通による沿線地域への影響を明らかにするため，アンケート調査を実施した．調査は高規格幹線道路が2005年以降に開通した372市区町村の役場・役所（道路建設担当部署），経済団体（農業協同組合・漁業協同組合・商工会議所・商工会・観光協会）を対象とし，高規格幹線道路が開通する前の期待・懸念と，高規格幹線道路が開通した後の影響を質問した．高規格幹線道路が開通する前の期待・懸念については「期待のみあった」「期待も懸念もなかった」「期待も懸念もあった」「懸念のみあった」「当時の状況は不明」の５つの選択肢から単一回答にて回答を得た．
３．アンケート調査結果
アンケート調査の結果，開通前に「期待のみあった」という回答が７割を超えた分野・項目として，アクセス性の改善に関すること，災害対応や救急・医療に関すること，産業においては観光業や物流・卸売業，工業・製造業が確認された．他方で，期待とともに懸念も大きい分野として定住人口に関することが確認された．また，期待も懸念も無いという，開通前の関心が薄い分野としては，産業面ではない「教育・文化」「温室効果ガス」「自然環境」といった分野や，「地域間の機能分担」「グローバル化やインバウンド」が確認された．なお，市町村からの各産業に関する回答の傾向と，経済団体からの回答とを比較すると，市町村からの回答において期待の割合が多くなる傾向が見られるものの，産業間での多寡は同じ傾向が見られる．
開通前の期待の地域的傾向としては，非大都市圏において救急，災害対応，行政機能の分担，地区間格差の縮小，農業，観光業，交流人口に関して期待が持たれやすく，就業機会，小売・サービス業，公共交通については期待とともに懸念も持たれやすくなっている．他方で，工業・製造業や卸売業・物流，定住人口，財政などに関しては，非大都市圏と大都市圏とで期待・懸念の抱かれやすさに大きな差は確認できなかった．
４．分析
開通前の期待と，開通後の結果とを比較すると，多くの分野で，開通前に期待をしている場合に，開通後には好影響が確認されるというように，期待と結果とが一致する割合が高い．しかし，定住人口などに関しては，開通前に期待や懸念が抱かれていることに対して，開通後の影響がなかったという回答が増える傾向が見られた．
国土計画における高速道路に期待される役割として，地域の産業・イノベーションの創出やグローバルな投資の呼び込みによる国土の均衡な発展，地域間の機能分担による生活圏の確保，災害への対応が示されている．しかし，市町村や経済団体の期待としては，災害への対応は期待が大きいものの，イノベーションの創出やグローバル化，地域間の機能分担に対する期待は大きいとは言えない．
５．おわりに
本研究によって，高速道路が開通する前に沿線地域が高速道路に対して抱く期待や懸念の状況が明らかになった．高速道路に対して，すべての分野・地域で同じように期待や懸念が抱かれているわけではなく，期待や懸念の抱かれやすさには，分野・地域によって差があることが確認された．
開通前後を比較すると，開通前の期待や懸念のとおりの結果が開通後に見られることが多いことがわかった．しかし，一部に開通前に期待や懸念が多かったが，実際に開通してみると影響が生じない場合が多いことから，開通前の期待と開通後の結果とにギャップがみられる分野も確認された．
こうした沿線地域の期待は，国土計画で求められている高速道路の役割と一致している場合もあれば，国土計画で求められている役割が，沿線地域からは期待されていない場合も見受けられ，スケールに応じて高速道路に求められる役割が異なってくることが示唆される．
本研究の知見は，これまで未解明だったローカルなスケールでの高速道路に対する期待や懸念の状況を明らかにするための端緒となる知見である．
