日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 404
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薬局事業者の地理的分布と変化
-東京23区北西部を事例として-
*鹿嶋 航
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抄録

1. はじめに

本研究は、医薬品流通の観点から薬局の地理的分布に注目している。医薬品流通は他の小売り商品とは異なる特徴を持ち、薬局は医薬分業の進展に伴って病院とは異なる医薬品専門販売機関としての役割を担うようになっている。薬価は基本的に公定価格であり、市場価格の影響は小さいため流通事業者の裁量の余地は限られる。近年、医薬品メーカーの不正が発覚し、流通全体が停滞する厳しい状況に直面している。対象地域に設定した板橋区と練馬区は東京大都市圏内における位置づけは似たような両区だが、医療環境は互いに大きく異なる。板橋区23区内でもトップクラスに医療環境が充実している一方で、練馬区は逆の状態である。

2. 垂直統合と水平的協業の実態 中村(2013)では薬局の垂直統合が進む一方で水平的協業が行われている事例を指摘しているほか、医薬品の供給困難性が高い地域の流通システムを研究している。本研究ではさらに都市部において水平的協業と薬局の立地との関係にも注目して調査を行う。これにより水平的協業が薬局の地理的立地を反映して行われるものかどうかが明らかになり、成立要因を分析可能になる。対象地域内の薬局は、垂直統合が進行する一方で、水平的協業が維持されている状況にある。垂直統合は主に薬局や関係機関のグループ化という形で表れている。医薬品卸が全国的に統合され、末端小売に当たる薬局も同様にグループ化が進行している。対して水平的協業は、日常的な医薬品のやりとりという文脈で使用され、対象地域では処方箋に対応する医薬品の在庫が欠品した場合、主に近隣の薬局と医薬品を融通する現象がみられる。通常在庫の欠品に対して医薬品卸に発注するが、水平的協業により迅速かつ簡単に解決することが可能な場面もある。また練馬区薬剤師会の事例では会員薬局・薬剤師の相互協力により医薬品分譲事業を維持するなど、医薬品卸や薬局間だけにとどまらない流通経路も存在する。

3. 門前薬局の機能 門前薬局は現在の薬局の基本的な形態の一つである。院内処方からの脱却を目指し医薬分業を進めてきた経緯から、多くの薬局は病院に併設する形式をとっている。これは門前薬局と呼ばれており、否定的にとらえられることがある。しかしながら実態として多くの薬局、特に個人経営の比較的小規模な薬局は門前薬局機能への依存が大きく、薬局の経営安定化に重要な役割を負っている。

4. 薬局の立地傾向 近年では薬局の立地傾向にも変化が生じている。従来病院への併設といった医療機関への近接性を志向していた薬局は、駅前などの交通利便性を重視する傾向に転換してきている。特にグループ薬局でその傾向が強く、2010年以降新規に出店するグループ薬局はその多くが駅前に集積している。また地区ごとに違いもある。2000年代にはすでに駅前などへの集積がみられた板橋区ではグループ薬局・個人薬局ともに同様の傾向で分布していた。しかし個人薬局の影響が強かった練馬区では2000年代には駅前への集積傾向があまり強くなく、その後グループ薬局の集積傾向が強まるに伴い急速に駅前への集積傾向が強まった。さらに大病院周辺への集積も見られる。特に板橋区に多く立地する大規模な病院の周辺には、2010年以降門前薬局のように薬局が極端に集積し、いわば薬局街のような景観を形成している。これを形成する薬局はほとんどがグループ薬局である。以上のように垂直統合が薬局の立地志向に大きな影響を与える一方で、地理的な近接性に由来する水平的協業も維持されていると考えられる。 5. 参考文献中村努 2013. ICTを活用した医薬品流通システムの構築過程―川崎市北部の事例―. 地理学評論 86A: 288-299.

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