日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 949
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テクトニクスに対する斜面形状の多様性
福島県・阿武隈山地の夏井川流域を例に
*太田 凌嘉
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抄録

1. 研究背景

斜面の削剥速度が大きくなるほど地形は急峻になるが,温暖湿潤気候下の山地斜面の大部分は,基盤岩石の風化生成物であるレゴリス(土層および風化岩)に被覆され,それを生存基盤とする森林生態系が成立している.レゴリスと植生による斜面被覆の状態は,地表近傍境界域を構成する要素の共存により維持されているけれども,例えば,地殻変動による影響が伝播することにより,土砂生産の機構,周期,過程が変化すれば,それまでとは異なる状態が成立するようになるだろう.本研究は,福島県・阿武隈山地の夏井川流域を対象に,テクトニックな侵食基準面の変化に対する影響伝播過程を反映して開析程度の異なる地形が成立することを宇宙線生成核種10Beの濃度分析と山地流域の地形解析に基づいて論証する.

2.調査地域・方法

福島県・阿武隈山地南東部を東流し太平洋へと注ぐ夏井川(748 km2)の両岸には8段に区分される段丘面が発達し,その現河床には複数の遷急区間と巨礫が集積する区間が認められる1)2).山地内を北西-南東方向に走る北東側隆起の正断層(湯ノ岳断層・二ッ箭断層)近傍には急峻な斜面が広がり3),二ッ箭山(709.2 m)の頂部付近には岩塔が出現する.本研究では,まず,地理空間情報システム上で細密解像度1 mのデジタル地形モデルを用いた地形解析を行い,流域斜面の開析程度を定量化した.流域の地形量および基盤地質の情報に基づいて分析候補の領域を複数選定したのち,現地踏査を実施し,渓流堆砂試料を採取した.分析には,流域斜面の平均傾斜(17−40°)や集水面積(10-1−102 km2),地形急峻度指数の大小に加えて,地形の開析程度が異なる18の領域から採取した渓流堆砂を供試した.

3. 結果・考察

阿武隈山地内を走る活断層近傍の流域の空間平均削剥速度が0.3-0.6 mm yr-1であり,遷急区間の上流側に位置する小起伏な山地流域(0.05-0.07 mm yr-1)にくらべて有意に大きい.渓流堆砂中の10Be存在量は,トレンチ調査により推測された活断層の平均変位速度と均衡する流域の削剥速度を反映していることから,阿武隈山地の活断層近傍にある斜面はテクトニックな侵食基準面の低下に応答して土砂を生産してきたと考えることができる.

流域の削剥速度は,活断層近傍の開析された領域から小起伏な斜面が残存する上流域に向かって小さくなる傾向が認められ,流域出口付近の河谷がレゴリスにより埋積されている領域では,流域の地形急峻度と削剥速度が相対的に小さくなることがわかった.侵食基準面の変化に伴い河川の下刻が進行して斜面削剥が加速すると,侵食抵抗力の大きな基盤岩が斜面上に露出し,土砂生産は地形材料の力学的強度に規定されるようになる.また,河道の近傍斜面から崩落した巨礫群が河床に残存し,上流域の斜面から生産されたレゴリスが岩盤の河床を被覆すれば,より上流側への影響伝播に時間差が生じ,同一のテクトニクス条件下にあっても流域斜面の開析程度に差異が生じるのだろう.

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