アジア経済
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書評
書評:Chris Huggins, Agricultural Reform in Rwanda: Authoritarianism, Markets and Zones of Governance
London: Zed Books, 2017, ⅹ+ 261pp.
武内 進一
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2019 年 60 巻 1 号 p. 79-82

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 はじめに

1990年代に深刻な内戦とジェノサイドを経験したルワンダでは,内戦に勝利して政権を掌握した元ゲリラ組織「ルワンダ愛国戦線」(Rwandan Patriotic Front: RPF)のもとで農業・農村部門に対する構造改革が進められてきた。本書はこのうち2000年代後半に本格化した農業部門の改革に焦点を当て,フィールドワークなどによりその実態を明らかにしたうえで評価を試みている。ルワンダでは農業部門への政策介入の結果,トウモロコシなど主要作物の生産高が大幅に増加し,「アフリカ版緑の革命」の代表的な事例として称賛する声もある。しかし,本書の議論は,そうした評価に冷や水を浴びせるものだ。ルワンダで主要作物の生産増が実現したことは事実だが,その背景にはトップダウンの強権的な政策があった。農業生産の増加は小農の所得増に必ずしも結びつかず,農民は強権的な統治によって高リスクの商品作物生産を強制されていると著者は主張する。

RPF政権下のルワンダに関する評価は,大きく割れている。内戦とジェノサイドを克服し,急速な経済成長と政治的安定をもたらしたとして称賛する声がある一方で,その強権的な政治手法を厳しく批判する意見も多い。論争は,RPF政権の統治手法や移行期正義だけでなく,農業・農村部門の改革にも及んでおり,本書はそうした論争の一端を担っている。以下では,本書の内容をかいつまんで紹介した後に,それをルワンダ農業改革をめぐる論争のなかに位置づけて吟味することとしたい。

 本書の内容

まず順を追って本書の内容を紹介しよう。第1章「サハラ以南アフリカにおける現代の農業改革」では,サハラ以南アフリカ(以下,アフリカ)における農業改革の歴史的展開をふまえて,近年の特質が整理される。2000年代以降ドナーが積極的に「アフリカ版緑の革命」に向けた取り組みを打ち出しているが,その方策は対外直接投資をテコにアフリカ農業を世界的なバリューチェーンに組みこむというものである。近年の農業改革は,国家の強力な統治と政治的安定を前提としたネオリベラリズムとして展開している。

第2章「ポスト・ジェノサイド期ルワンダの統治を理論化する」では,RPF政権の統治構造が理論的に整理されている。著者はこの時期のルワンダにおける農業改革を,Scott [1998]のいう「権威的な高度近代主義」の典型例としつつも,国家の強制力以外の規律づけメカニズムが重要な役割を果たしたとして,スコットの枠組みを拡張する形で捉えている。国家による一方的な強制力の行使ではなく,協同組合,NGO,ドナーなどを含めた複雑な形で,トップダウンの農業改革が進められていると著者は主張する。

第3章「ルワンダにおける農業改革の政治経済学概観」では,RPF政権下の農業政策が概観される。政府は土地不足を深刻な問題として捉え,急速な農業生産力の向上が必要だと考えていた。その切り札として導入されたのが作物集約化計画(Crop Intensification Program: CIP)で,その内容は6つの主要食糧作物(トウモロコシ,小麦,コメ,ジャガイモ,豆類,キャッサバ)に生産を集中させるというものである。CIPはランド・コンソリデーション(landconsolidation)と呼ばれる作付け強制政策と,改良品種および化学肥料の提供を主たる要素として,強権的な手法で執行された。改革の過程で協同組合の設立や民間企業の投資が推奨されたが,これら非政府セクターの関与によって強権的な政策執行が変わることはなかった。農業改革の進展とともに,新たなタイプの統治領域(new zones of governance)がルワンダに広がりつつあると著者は主張する。

第4章「国際援助・外国直接投資へのルワンダのかかわり」では,農業改革における国際的な側面が分析される。ルワンダの農業改革は,短期間のうちに生産性を大きく向上させ,規律ある政策執行がなされたとして,ドナーの間で評価が高い。内戦後のルワンダには英米を中心に多数のドナーが関与し,巨額の援助が供与されてきたが,ドナーの関与によって政権の強権的な性格が変化することはなかった。

第5章「ルワンダにおける統治性と規律のシステム」では,どのように強権的な統治や規律が担保されるかが制度分析を通じて示される。ルワンダでは地方行政機構にも治安機構にもRPFのコントロールが効いており,情報提供者の存在もあって,一望監視システム(パノプティコン)が成立していると著者はいう。こうしたなか,政府は農業生産性向上のために近代的な農業・農民の創出を繰り返し訴えてきた。CIPはその一環であり,トップダウンの統治システムに農民を巻きこんで,市場向け生産を増加させる体制が構築されてきた。

第6章「ムサンゼ県の農業協同組合」,第7章「北部州の除虫菊生産」,第8章「キレヘ県のトウモロコシ生産と『逃亡する農民』」は,3つのケーススタディである。第6章は,北西部ムサンゼ県で起こった協同組合を巡る騒動の顛末を描く。協同組合は,RPF内で比較的重要な地位をもつ地元の有力者のイニシアティブで設立された。強制的に農民を加入させて設立されたにもかかわらず,協同組合の運営は不透明で,参加した農民への支払いは滞った。設立から1年半余りして農民たちの怒りが爆発し,行政官の目の前で農民が設立者に詰め寄る事件が起こる。この事件を契機に,行政はその組合を支える姿勢を変え,結果として多くの農民が脱退して,組合は解体した。

第7章は,企業との契約栽培で除虫菊生産に従事する農民の実態を論じている。北西部の除虫菊生産は,もともと国営企業SOPYRWAが農民に土地を無償で提供する形で進められてきたが,のちに同社は民営化され,ルワンダ国軍が出資する企業,ホライズン社(Horizon Inc.)に買収された。民営化後のSOPYRWAは農民を協同組合に組織し,それを利用して肥料の提供や除虫菊買い付けを行っている。ここでも,土地の提供を受けている農民全員に組合への加入が義務付けられた。SOPYRWAによる独占のため買い付け価格は非常に低いうえ,契約に反した作付けをすれば土地を没収された。市民参加や市場機構活用の体裁をとってはいるが,ルワンダの協同組合は国家に従属し,加入者は強制的に除虫菊生産に従事させられている。

第8章は,CIPによってトウモロコシ生産がテコ入れされた東部州の事例である。ここでは民間企業が政府から委託を受けて,化学肥料・種子の配布を請け負った。補助金により安価な肥料を購入できる企業と,農民の肥料購入量に応じて歩合を受け取る行政幹部の利益が一致し,協同組合を通じて農民に大量の肥料が販売された。大量の肥料投下によって生産量は大幅に増加したが,天水農業に依存するため,雨が少なければ生産は落ちこみ,肥料代を支払えずに多額の負債を抱える農民が続出した。農民はCIPを嫌がり,伝統的な農法に戻したがったが,地方行政当局は,トウモロコシ生産は「愛国的義務」だとして農民を鼓舞した。農民と当局との直接的な衝突は起きていないが,少なからぬ数の農民がこの地を離れて国内外に移住した。協同組合や民間企業を利用しつつ,強権的統治の下で高い生産性が生み出される領域が創出される一方,そこからかなりの人々が逃避している。

結論は以上のまとめである。近年の農業改革は主要作物生産を大幅に増加させたが,様々な形をとった強制,標準化されたトップダウンの手法,農民の資産リスク増大,栽培作物の押しつけなど,多くの問題が含まれている。新自由主義の旗印の下で実施されたこれらの政策を,ドナーは基本的に支持してきた。結果として,強権的統治下で高い生産性が実現される領域が拡大しつつあるが,少なからぬ数の農民がそこから逃亡している。こうしたルワンダの現状は,「アフリカ版緑の革命」が抱える問題点を如実に示している。

 評価

著者のハギンズはルワンダ研究では著名な人物で,2000年代前半の時期から同国の農村・農業問題についてフィールドワークに基づく報告を数多く執筆してきた。農民の権利を重視する立場で一貫しており,本書の議論でも,RPF政権の強権的な性格と農業改革の関係性,農業改革における協同組合や民間企業の役割,またCIPの問題点など,説得的な議論を展開している。

RPF政権は国際社会――特に英米――と親密な関係を結び,総じて新自由主義的政策をとる一方で,農業・農村部門(特に土地)には強力な介入政策が採用されてきた。本書も指摘するように,強権的な統治と農業の市場化がセットで進められたわけである。CIPは化学肥料と改良種子の提供,そして作付け強制や耕地転換(ラジカル・テラシングと呼ばれる区画整理)をともなうものであり,市場化インセンティブとともに強制力をもって執行された。とくに初期においては,多額の補助金を利用して化学肥料と改良種子が農民に配布され,協同組合を通じて小口融資が積極的に供与された。本書第8章で説明されるように,トウモロコシなど特定作物の栽培が押しつけられ,農民はリスク回避を主眼に置いた多品種少量生産から,市場向け生産を目的とした少品種大量生産への転換を迫られた。この政策によって,マクロレベルでは特定作物の生産が大幅に増加したものの,降雨量の影響を受けて生産水準は不安定であり,小規模農民は所得増加の恩恵を受けられていない。フィールドワークに基づく本書の記述は詳細で,長期間ルワンダ農村で観察を続けてきた評者の評価とも一致するところが多い。

一方,ハギンズがこれまで展開してきた議論は,様々な批判を受けてもいる。特に重要なものとして,Harrison [2016]が挙げられる。ハリソンはルワンダの専門家というより小農経済の資本主義的移行に関心を持つ研究者だが,彼の批判は,ハギンズだけでなくRPF政権の介入主義的政策を批判する論者全体に向けられたものだ。ルワンダの農業改革については,エリート主義によるトップダウンの政策で,多大の強制力を行使しているとの批判が多く寄せられている。しかし,絶対的な土地不足のなかで在来技術に変化がないまま人口が急速に増加しているルワンダの現状を考えると,権威主義的な統制を通じて農業技術の変革を推進する以外の政策的オプションは考えにくい。ハリソンはRPF政権の手法を擁護し,ハギンズらの議論は現実的妥当性を欠くと批判した。ハギンズはこの批判を意識し,本書の結論では,強権的政策は持続性(農業に関する持続性に加えて,政治体制上の持続性)に問題を抱えているうえ,貧困層は政策の恩恵を受けていないと反論している。

農業政策をめぐる論争は,内戦後のルワンダをどう評価するかという大きな論点にかかわる。内戦後のルワンダの経験は,様々な形で議論を呼んできた。しばしば問われるのは,その政治体制に対する評価である。強権的なRPF政権は,民主主義や人権の観点から厳しく批判されてきた。しかし,ジェノサイドのような極限の政治対立を経験した後で,先進国並みの自由民主主義を求めることは現実的なのだろうか。まずは政治秩序の確立と安定を優先すべきだという意見にも,耳を傾けるべきところがある。この論争は,民主主義の理念と紛争後の現実がせめぎ合うところで生じている。

農業政策をめぐる論争にも,これに並行する要素がある。著者のハギンズは農民の権利や在来知,そして農業の持続性を重視し,その観点から現政権の政策に警鐘を鳴らすのだが,ハリソンはルワンダ農業の危機的状況を考えれば強力な政府介入を通じて生産増を実現する政策には妥当性があると見る。農民の自由意思を尊重すれば改革が進まず,農業生産が停滞して農民が一層苦境に陥るとハリソンは考えるのである。

RPF政権の評価は難しい。政治的安定をもたらしたという点だけを捉えてそれを称賛することはできないが,人権侵害の強権体制だとして全否定する態度も疑問である。農業政策についても,明暗の両面がある。RPF政権が強力な介入政策を通じて生産増に一定の成果を上げたことは事実であり,それによって生活が改善した農民もいる。しかし,この政策が持続性の点で課題を抱えていることも事実である。特に次の2点が問題である。

第1に,農民への過度な強制である。本書が示すように,RPF政権下において,行政機構と協同組合を通じて農民が組織化された。それによって化学肥料や改良種子を効率的に配布でき,生産増大へとつながった。この過程は,国家による強制を背景に進行した。評者は上からの組織化そのものを否定しないが,ルワンダの農業改革では過度な強制と考えざるを得ない政策介入も少なからずあった。特に作付け強制には問題が多い。この政策はルワンダ国内でもバリエーションがあり,作付け強制の程度にも地域によって差があるが,特定作物の作付けが押しつけられれば,小規模農民ほど気候不順などのリスクに対して脆弱になる。第2に,農業インフラの整備が不十分である。化学肥料と改良種子を大量に投入してもトウモロコシ生産量が不安定なのは,国土のほとんどが依然として天水農業に依存しているためである。農業生産を増加させ,その水準を維持するためには,まずもって灌漑などのインフラ整備が不可欠である。

本書はRPF政権に批判的な立場で書かれており,ときに描写が過度に否定的に思える(注1)。ルワンダ全土で農民が土地を奪われたり,逃亡しているわけではない。とはいえ,現政権の農業政策のネガティブな効果がそうした形で現出している地域があることは事実だろう。一見華々しい「アフリカ版緑の革命」の陰で起こっている現実を理解するために,本書は有益である。くわえて,本書の議論とそれに対する批判を吟味することで,ルワンダをめぐる論争を理解するためのよい材料になる。内戦後のルワンダをめぐる様々な論争は,今日の発展途上国が直面する課題と相通じるところが多い。ルワンダの現象をグローバルな枠組みに位置づけて理解するために,読まれるべき本である。

(注1)  たとえば,Behuria[2015]は,本書第7章のもととなったハギンズの論文について,限定された期間のみを対象にした評価であり,長期でみればSOPYRWAは農民への分配率を上昇させ,その生活を改善したと主張している。ホライズン社がRPF政権と深く結びついた企業であることはまちがいないが,だからこそ長期的戦略に基づいた介入が可能であったというのが,ベフリアの評価である。

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