アジア経済
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書評
書評:小山田英治著『開発と汚職――開発途上国の汚職・腐敗との闘いにおける新たな挑戦――』
明石書店 2019年 352ページ
鈴木 拓
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2020 年 61 巻 2 号 p. 66-69

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Ⅰ 本書の概要

本書は開発支援の実務と汚職に関する学術研究の両面に精通した著者が,途上国の汚職に関わる学術研究の全体像を踏まえたうえで,途上国の開発支援にまつわる汚職問題の現状と成功要因や問題点を論じたものである。分析対象はインドネシア,フィリピン,リベリア,ルワンダをはじめとする伝統的なアジア・アフリカの開発途上国にとどまらず,コーカサスのジョージアにも事例研究の題材として上記4カ国とともに焦点を当てている。加えて,同じく旧ソビエト連邦ではあるが東欧や中央アジアに位置するウクライナやカザフスタン等の国々にも言及しており,全体として著者の視線は特定の地域や文化圏に偏らない広範囲に注がれている。したがって本書は汚職に関する“グローバルな”比較分析論であるといえるが,通常そのような場合に多用される計量分析の手法はとられておらず,数値化されたデータを数多く引用しつつも著者の豊富な知識と経験に基づいた事例研究に先行研究の議論を加味して考察を行うタイプの比較分析となっている。

後述するように汚職にはさまざまな定義,種類がありその分類の仕方すら一様には定まっていないが,そのなかで本書がとりわけ着目するのは行政汚職とその対策である。著者自身が序章で述べているように汚職問題全般への深い考察を実現するには膨大な紙面と時間が必要であろうから,対象地域の差こそあれ汚職問題の研究に携わる評者も論点を絞ることには同意である。とはいえ,著書の前半部分では汚職研究の全体像を相応の紙面を割いて詳説しており,行政汚職以外の問題が全く触れられていないかといえば,必ずしもそうではない。本編全6章+序章・最終章の構成のうち,第1章は汚職問題の概論,第2章は先行研究や汚職指標の紹介,第3章は反汚職活動の概要,4・5章は途上国の事例研究と比較分析,6章は汚職の現状と課題を扱っており,汚職問題全般のあらましも充分に解説されているうえ,そのなかでの行政汚職の位置づけやそれらの実際を把握しやすい親切な構成となっている。

著者の小山田氏は,その略歴によればこれまでに国際連合や世界銀行,NGO等で開発支援に従事し,また国内外の大学で教鞭をとってきた経験をもつ。本書はそうした背景をもつ著者の研究,実務両面の知識と経験が凝縮されたものといえるだろう。

Ⅱ 本書の内容およびコメント

以下では,各章ごとに(序章に関しては省略する)若干のコメントを加えつつ,その内容を紹介する。しかし,評者の汚職研究はあくまでも学術的かつ旧社会主義圏の範囲に限られたものであり,学術的な視点や自身の専門分野の研究スタイルにやや引きずられた論評になってしまうことをあらかじめ断っておきたい。

第1章は,汚職問題の概論として汚職・腐敗の定義から始まり,類型論やその影響が及ぶ範囲と原因,さらに原因と極めて関連の深いクライエンテリズムとレント・シーキングという2つの要素を説明し,最後に途上国における現状や汚職の影響,汚職の機会の類型論やセクター別の状況を,実例を交えながら概説して終わる。内容は多岐にわたっており,読者のなかには内容を消化することに困難を感じる人もいるかもしれない。ただ,この「解り難さ」の原因は論理展開や文体などといった著者の責任に帰するものではなく,そのまま汚職問題および汚職研究の複雑さ,あるいは混沌とした現状を体現したものというべきであろう。たとえば汚職という言葉の定義ひとつをとってみても,評者の専門分野である移行国研究に限った場合ですら汚職の範囲は国や時代によってまちまちであり,緻密かつ具体的な定義は困難である。それゆえ,たとえば「委託された権力の乱用」(abuse:著者はこれを「悪用」と訳している)といった漠然とした定義にとどまることがほとんどであるが,著者はこの点についてHeidenheimer[1978]の議論のみならず,各国における汚職を表す言葉の語源からも定義自体の類型化を試みている。同様に,汚職の原因や影響が及ぶ範囲も広範であり,それらをうまく分類したとしてもその多様さを避けることはできないが,著者はその点についても丁寧に先行研究の議論を反映させている。こうした「複雑さ」に正面から向き合うことで生じる情報過多に対し,読者の側もしっかりと向き合うべきと評者は考える。

第2章は,第1章後半の流れを受けておもに学術研究や汚職指標の概要を紹介している。具体的には,汚職研究の視点や方法論の変遷,汚職・腐敗が関連するテーマごとの先行研究の到達点,汚職を測定する各指標についての詳述である。汚職問題を理解するうえで,先行研究が指摘する関連諸因子を系統立てて把握することは極めて重要である。その点,著書では関連する分野として①経済成長・投資,経済・産業政策,②司法・制度面,③公務員制度・賃金,④政府規模そして地方分権,⑤政治体制と民主主義,⑥プレスおよび市民社会,⑦貧困,⑧ジェンダー,⑨ポスト紛争国および脆弱国家,⑩民間企業,⑪開発援助,⑫その他,に分けて簡潔に先行研究の主張や成果をまとめている。本来数百ページにわたる文章を読まねばならないところをわずか20ページ程度に集約し,読者の手間を大幅に省くことは,地味ではあるが評者のような同分野の研究に携わる立場からすれば非常に大きな貢献である。加えて,この章では14種にもわたる汚職指標の計測方法や留意点を述べており,指標を利用する際の良きガイドラインとなっている点も評価すべきであろう。

ただし欲をいえば,先行研究のテーマに関する分類の仕方は,さらなる整理が求められよう。あくまでも一例であるが,たとえば(A)経済{①経済成長・投資,経済・産業政策,⑦貧困,⑩民間企業,⑪開発援助}(B)統治機構{②司法・制度面,③公務員制度・賃金,④政府規模そして地方分権,⑤政治体制と民主主義,⑨ポスト紛争国および脆弱国家}(C)その他{⑥プレスおよび市民社会,⑫その他},のような大分類の下に,上記12分野ないしはさらに細分化された諸テーマを配置した方が,より全体像の把握は容易であったかもしれない。また,第1章では汚職の影響が及ぶ範囲と原因に紙面を割いているのであるから,分野ごとに,第1章で紹介した先行研究で特定されている原因や影響が及ぶ因子を明示してもよかったかもしれない。このように考えるのは評者の望み過ぎであろうか。

第3章からは学術的な議論から汚職対策の実際に視点を移し,その足掛かりとして3章では途上国における一般論としての汚職に対する取り組みを紹介している。本章は数ある汚職の類型論のなかから規模を基準とした分類に基づいて各レベル(行政汚職,小規模政治汚職,大規模政治汚職,国際的汚職)ごとにそのアクターや利権,対策法を整理するところから始め,その対策とこれまでの経緯をドナー機関である国際社会(と途上国政府),市民社会,民間企業といったアクターごとに概観して終わる。一般に「汚職」というとわが国ではメディアの報道姿勢の影響もあり,政治家や政治に近い一部企業の道徳の問題であり,したがって汚職抑制の成否も彼ら(とくに政治家)の倫理観の確立にあると解釈されがちであるが,実のところそれは汚職対策のほんの一面をとらえたものに過ぎず,実際にはより広範な取り組みが必要である。これは,汚職研究に携わるものですら分野や分析手法によって時には誤解しがちな点であると評者は思料する。また,(評者の専門分野である移行国研究においては)学術研究分野において汚職対策が議論されるのは汚職の原因究明の延長上で行われることが常で,具体的な汚職抑制のフレームワークが議論されることは多くはなかった。その点,著書では各アクター(とくに国際社会)が如何に途上国における汚職抑制に取り組むべきか(取り組んできたか)を力説しており,汚職抑制にはさまざまなアクターの参加が必要であることが明示され,またこれまで学術分野ではあまり議論されてこなかったアクターごとの行動指針が取り纏められていることは評価されて然るべきであろう。

第4章および第5章は事実上ひとつながりの章であり,前章で解説した汚職抑止策の実際の成否とその成功に必要な要因を,途上国の事例を通じて考察したものである。著書で事例研究の題材として取り上げた5カ国(ジョージア,インドネシア,フィリピン,リベリア,ルワンダ)においては文中でも指摘されているとおり,深刻な汚職とそれを契機とする汚職抑止の取り組み,政治の積極的なリーダーシップ,国際社会の資金・技術面での援助などの共通点が存在するが,にもかかわらずのその成果は一様ではない。したがって重要なのは互いの相違点に基づく分析であるが。著者は汚職対策機関の有無およびその権限,制度構築のうえでの既存制度の扱い,政府機関と職員の参加,ポスト紛争国,市民の支持,市民社会の存在や連携,ドナー機関による支援の量や関与の仕方,国家規模の面から検討した結果,市民の支持,制度構築,リーダーシップの存在こそが成否を分ける要因であると結論付けている。とくに途上国に関しては,こうした分析を数量的なデータに基づいて行うことが困難なものもあり,それを事例研究に基づいて広範に行った研究成果は極めて貴重である。

また,ここで列挙されている諸要因は評者がこれまで研究対象としてきたどの国や地域でも必ずといっていいほどその重要性が指摘されており,途上国一般に置き換えても同じことが当てはまるであろうことから,納得のいく結論である。だが率直にいえば,一連の分析から結論に至る流れにおいては,若干説明が不足しているかもしれない。この物足りなさは非常に多岐にわたる側面から相違点を分析している一方で,それぞれの側面において必ずしも全ての国を比較検討している訳ではないこと,共通点や相違点が幾つも指摘されているなかで,前述の3項目だけがとくに厳密な判断基準の提示なしに成功の要因とされている点にあるように思える。おそらくそれは著者の長年の経験に裏付けされた,決していい加減なものではないであろうし,言語化することが難しいということもあるのだろう。しかしながら詳細な事例研究を踏まえたものとしては唐突感が否めず,何かしら事例研究の分析を踏まえたより詳細な説明が欲しかったところである。また,本書ではフィリピンの分析対象期間が短く,近年汚職を含む犯罪の取り締まりで高い支持率を維持し,異例の手法で汚職抑制に成功したとされるドゥテルテ大統領の対策が分析対象から漏れてしまっており,著者の評価が伺えない点も少々残念である。

第6章は汚職対策の現状における成果と問題点の指摘である。すなわち,グローバル規模の取り組み,途上国政府自身の政策,途上国政府の制度構築,先進国や民間企業の贈賄防止努力,汚職研究がもたらす知的貢献,汚職削減の実質的効果という汚職抑制にかかわる6つのアクターの別の側面から途上国における反汚職改革の現状を評価する。さらに,反汚職政策と戦略,汚職対策機関の役割,公共サービスの質と公務員の清廉性向上のための制度改革,市民社会の反汚職行動への参加,汚職・贈賄行為の犯罪化,国際・地域間協定と条約という反汚職改革のコンテンツごとの評価を行い,その問題点を浮き彫りにする。通常このような評価を行う際には数値化された汚職指標に基づく数量的手法がとくに近年は増えてきているが,ここでは各種調査によって現場から吸い上げられたさまざまな情報や著者の経験に基づく質的評価が主流となっており,数量分析では読者にみえにくい汚職改革の生々しい現実を伝える章となっている。

最終章における総括は反汚職改革の促進要因および阻害要因,そしてその実現度の評価を軸としている。議論はおもに先行研究の主張や国際機関の調査をベースに組み立てられているが,要因としてはおおむね第4章および第5章で検討された諸国の共通点や相違点に類するものが構造化されて挙げられている。なかでも国民の支持と政治のリーダーシップが他の促進要因を下支えする要素とされている点や,文化的背景を無視したドナー機関の画一的手法を問題視している点は,実務上,極めて重要な指摘であろう。とくに後者は評者の専門分野でも公式制度と非公式制度の不整合や経路依存性の問題と絡めて活発に議論されてきた経緯から,5章や6章での解説がコンパクトに収まってしまっていることがむしろ惜しまれる。

Ⅲ 本書を誰に勧めるか

本書を読むことにより,程度の差こそあれほぼ全ての読者が知見の拡大を受けられることに疑いの余地はないが,とりわけ研究又は実務面において汚職問題に取り組む事を志す入門者は,多大なる恩恵に浴することが見込まれる。学術研究の世界で汚職研究の分野に足を踏み入れる場合,(とくに修士2年生あたりで)夥しい先行研究の山と向き合うことになるが,単に読破に膨大な時間を必要とするのみならず真摯に文献に向き合うほどに汚職の定義や分類法,原因や影響の及ぶ要因の多様性に頭を抱えることになることは,評者の経験上想像に難くない。これを整理し,留意しつつ先行研究を読み進めることでこれまで多くの初学者が膨大な労力を費やしてきたであろうし,下手をすればその多様性を認識できず,自身が不正確な理解をしていることに気づくことすらできない者もいるかもしれない。したがって,とくに本書の第1章から第2章を通じてすでに整理された情報を提供している点は,入門者に対するこの上ない支援となるであろう。また,特定の地域や分野に特化した研究では時として原因や影響の及ぶ範囲が一部の要因に限定されることもあり,幅広い地域・分野における汚職研究の成果を網羅しておくことは,新たな研究の種になるかもしれない。

また,これから実務に携わる者にとって3章以降の,実務家の目からみた実際の汚職抑制要因や国際機関のあるべき姿勢に関する指摘は必読である。途上国開発の仕事に限らず,実施した政策や導入した制度が本来の意図とは別の結果をもたらすことは珍しくないが,それを事前に予測することは容易ではない。したがって,これまでの失敗やその原因について学んでおくことはこれからのキャリアにとってプラスになるのみならず,開発援助を受ける途上国の国民を含む多くの人間の利益にもつながるであろう。

全体としては特定の国々にフォーカスしながらも,決して地域的文脈にとらわれることなく,理論,実務の両面から分析した内容である。汚職問題の学術的研究に携わる者には先行研究を幅広くカバーした全体像を,実務家には理論ベースと現実の間に乖離のあった問題に対する解決のヒントを,それぞれ与える著作であるといえよう。

文献リスト
  • Heidenheimer, Arnold J. ed. 1978. Political corruption: Readings in Comparative Analysis. New Brunswick NJ: Transaction books.
 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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