アジア経済
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論文
イスラーム革命防衛隊の海外派兵をめぐる イラン国民の認識――2021年サーベイ実験の結果から――
千坂 知世山尾 大末近 浩太
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2023 年 64 巻 1 号 p. 2-26

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《要 約》

イランのイスラーム革命防衛隊(IRGC)は,1979年革命から現在までイランの革命体制を国内外の脅威から守るという重要任務を担ってきた。その一つに周辺諸国のシーア派支援のための派兵が挙げられる。しかし,海外派兵には安全保障のジレンマや経済制裁など国益と相反する問題が生じる可能性がある。このようなパラドクスを孕むIRGC派兵をイラン国民がどのように捉えてきたのか。言論統制の厳しいイランにおいて,IRGCという体制そのものを象徴する組織に対する正確な世論を測ることは困難とされてきた。

本論文では,そのような「社会的望ましさバイアス」の問題に対して,独自に実施したサーベイ実験を通じて克服を試みた。その結果,IRGCの海外派兵支持者はイラン全国で約35パーセントにとどまること,さらに支持/不支持の差は,体制への支持,信仰心,経済状況ではなく,対米意識の異なる回答者の間で最も強く有意に見られることがわかった。これは,革命体制への追従や宗教理念に基づく非合理性によって語られることの多かったこれまでのイラン対外政策研究とは異なる見方を示唆するものである。

Abstract

Iran’s Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) has been responsible for protecting Iran’s revolutionary regime from both domestic and international threats since the 1979 revolution. As part of its mission, IRGC soldiers have been deployed to support Shiites in neighboring countries. However, deployment of the IRGC abroad has the potential to create security dilemmas, precipitate economic sanctions, and lead to other problems that compromise national interests. How have the Iranian people viewed the deployment of IRGC soldiers abroad, which is fraught with such paradoxes? In Iran, where speech is strictly controlled, it has been difficult to accurately gauge public opinion toward the IRGC, an organization that symbolizes the regime itself.

By conducting a unique survey experiment, we attempt to overcome the problem of “social desirability bias.” The results show that only about 35% of respondents across Iran support the IRGC’s deployment abroad, and that the difference in approval/disapproval is strongest and most significant among respondents with different attitudes toward the U.S. compared with factors such as support for the regime, religious beliefs, or economic status. This suggests a different view from the conventional wisdom regarding Iran’s foreign policy, which has often been characterized by irrationality based on support for the revolutionary regime or adherence to religious ideology.

はじめに

Ⅰ 本論文の問いと意義

Ⅱ 実験デザイン

Ⅲ 実験結果と分析

結論とインプリケーション

はじめに

本稿は,イラン国民の「イスラーム革命防衛隊(Sepāh-e Pasdarān-e Enqelāb-e Eslāmī,Islamic Revolutionary Guard Corps,以下 IRGC)」の海外派兵に対する認識を,2021年に独自に実施したサーベイ実験の結果をもとに検証するものである。

IRGCは,1979年のイラン革命直後に創設された軍事組織であり,文字通り革命の理念と実践を主任務としてきた。具体的には,この革命によって誕生したイスラーム共和制の「防衛」に加え,その革命理念の他国への「輸出」―イランと同様の革命の実現を支援すること[Hunter 1990]―に従事してきた点に特徴がある。その特異な性格は,実質的な最高権力者である「最高指導者」直轄の軍事組織として,今日に至るまで国軍とは別の指揮系統に置かれている制度に看取できる(注1)。IRGCの兵力は,12万人を超え,陸海空の三軍に加えて,情報機関や特殊部隊をも擁する。さらに,近年では,インフラ開発事業,建設業,不動産業,石油生産事業などの経済活動も拡大しており[Forozan and Shahi 2017],IRGCはイランのイスラーム共和制(1979年~現在)を象徴する存在と捉えられている[Alfoneh 2013]。

しかし,IRGCが革命の理念とそれによって誕生した体制の「防衛」を任務としてきた事実は,裏を返せば,反体制派に対する弾圧装置として機能してきたことを意味する。そのため,IRGCは,創設以来イラン国民から常に支持されてきたわけではない[Wehrey et al. 2009: 25-31]。近年を見ても,2000年代以降の海外派兵の拡大,特に,2010年代半ばのイラクやシリアでの「イスラーム国(IS)」に対する「テロとの戦い」に従事するようになったことで(注2),「祖国のために闘う英雄」としての評判を得ることになった(注3)。その反面,2020年1月8日―IRGCの国外活動を担うゴドス軍(Nīrū-ye Qods)司令官ガーセム・ソレイマーニー(Qāsem Soleymānī)少将が米国に暗殺されてから5日後―,IRGCは,テヘラン離陸直後のウクライナ民間航空機を誤って撃墜したことによって(死者176人),再び国内での評価を下げることとなった(注4)

このように,IRGCの海外派兵に対するイラン国民の認識は一定ではなく,情況に応じて変化してきたものと見ることができる。そして,今回のサーベイ実験を実施した2021年初頭の時期は,IRGCが海外派兵を継続しつつも,国民からの評価は厳しいものになっていたものと想定できる。

一般に,ある国が海外派兵を行うこと,特に戦闘部隊を国外に展開することは,国内的にも国際的にも大きな波紋を生みやすい[Tomz 2007; Thompson 2006]。国内的には,それにともなう経済的および人的コストが発生することから,国民はそのコストが想定される利益に「見合ったもの」かどうかに強い関心を抱き,仮にそれが「見合ったもの」でないと認識されれば,政府に対する支持を引き下げる。他方,国際的には,戦闘部隊の国外展開は他国の安全保障上の脅威とみなされやすく,国家間関係を悪化させたり軍備増強の誘発による「安全保障のジレンマ」を生み出したりするリスクがある[Liff and Ikenberry 2014]。そして,こうした国際的な波紋は,翻って,国民の体制支持の姿勢に大きく影響を与えかねない。

だとすれば,イランは,国民からの反応をリスクとして引き受けながら,IRGCの海外派兵を実施してきたものと見ることができる。その際,IRGCがイスラーム共和制を象徴する存在である以上,現体制や革命イデオロギーへの共感を強く持つ国民であれば,その海外派兵を支持するかもしれない。しかし,実際には,IRGCの海外派兵は,客観的にみれば,国益を損ねる効果をももたらしてきたとも言える(注5)。イランは,指導者たちが公式に「アメリカに死を」と言明する反米国家として,戦闘部隊の国際展開を推し進める地域大国として,さらには,核兵器開発疑惑を抱える「ならずもの国家」として国際的な孤立を深めてきた結果,経済制裁による深刻な国民生活の質低下を招いてきたからである。

では,実のところ,イラン国民は一見すると国益に反するIRGCの海外派兵をどのように考えているのだろうか。このパラドクスについて,国益を享受するはずの国民の視点から解明を試みた研究は,管見の限り見当たらない。他方,イランの対外政策研究においては,革命の指導者たちが,革命の礎となったイスラームの解釈を巧みに用いてシーア派多数のイラン国民の承認を得てきたかのような説明[Lim 2015; Terhalle 2009; Adib-Moghaddam 2005]が散見された。だが,イラン国民の認識に関するデータや考察が不足する状態では,彼らを宗教理念を盲目的に信じる非合理的アクターと捉えることはできない。それに対して本研究では,独自の世論調査の実施と結果の分析を通して,イラン国民のIRGCの海外派兵に対する認識を再検討する。この学術的意義は,政策決定者の政治的選好の多様性に着目してきた現代イラン研究(注6)に対して,これまで光が当てられてこなかった国民の選好を分析対象に加えるという新規性にある。

ただし,IRGCに対するイラン国民の認識を捉えることは極めて政治的にデリケートかつ困難な作業であり続けていた(注7)。IRGCは,イランの現体制を象徴する存在であり,イランが事実上の権威主義体制をとる[Abdolmohammadi and Cama 2015; Ghobadzadeh and Rahim 2016]からである。そこで,本研究は,サーベイ実験を導入することによって,この困難の克服を試みる。IRGCの海外派兵は,イラン国民からどの程度支持されているのであろうか。そして支持者が一定程度存在するとすれば,彼らにはどのような特徴があるのか。本稿では,これらの問いに実証的に答えることを目指す。

本論文の構成は以下の通りである。第Ⅰ節では,IRGCとその海外派兵に関する基本的な情報な整理し,先行研究をレビューした上で,本論文の問いと意義を明らかにする。第II節では,サーベイ実験の概要とデザインを論じ,第III節では実験の結果と仮説の検証を行う。結論では,分析結果をまとめた上で,現代イラン研究に対するインプリケーションを提示したい。

Ⅰ 本論文の問いと意義

1.IRGCの海外派兵

IRGCの来歴は1979年のイラン革命にさかのぼる。民衆革命によって独裁王政が崩壊したイランではイスラームの宗教指導者を国家の「最高指導者」とするイスラーム共和制が成立した。イスラーム共和制の喫緊の課題は,ルーホッラー・ムーサヴィー・ホメイニー初代「最高指導者」(1979~89)が唱えるイスラーム革命イデオロギーの全国的な普及,および混沌とした国内情勢の安定化であった[Bakhash 1984; Abrahamian 1989: 103-113(注8)。そこで創設されたのがIRGCであった。以降,IRGCは,体制と「最高指導者」の権力を安定させるために,その活動範囲を拡充してきた。

IRGCの活動をめぐる先行研究では,国内の治安維持を名目とする知識人やジャーナリストの弾圧,国政選挙への出馬などの内政介入,特権的な経済活動など,イラン国内の政治経済活動がおもな分析対象となってきた[Ostovar 2016; Gasiorowski 2000; Maloney 2015; Rizvi 2012; Alfoneh 2013: 165-203]。一方,本論文で取り上げる海外派兵のような国外の活動を説明対象とする研究は,IRGCがイラク,レバノン,シリアなど周辺国において以下のように活動を積極的に展開してきたにもかかわらず,それほど多くない。

イラクへの派兵についてみれば,IRGCは,イラン・イラク戦争(1980~88)の最中(注9)に,イラクのサッダーム・フサイン政権への反体制活動を行っていたシーア派イスラーム主義勢力の一部を訓練・組織し,ともにフセイン政権と戦った。そのなかで軍事力を増強させることに成功したバドル軍(Faylaq al-Badr)は,後にイラク国内の反体制派最大勢力であったイラク・イスラーム革命最高評議会(al-Majlis al-Aʻlā li-l-Thawra al-Islāmīya fī al-ʻIrāq)の軍事部門となり,2003年のイラク戦争後に主要な政治勢力の一つとなった[Jabar 2003; 山尾 2011]。また,イラク戦争後には,IRGC内の海外活動に特化した特殊部隊ゴドス部隊が,戦後に「凱旋帰国」したバドル軍などのシーア派イスラーム主義勢力を中心とする政権を支援するために,イラクに多数派兵されてきた(注10)

レバノンに対しては,1982年のレバノン戦争(イスラエルによるレバノン侵攻)を契機に結成されたシーア派武装勢力ヒズブッラーの設立を支援した。レバノン戦争開始直後の段階で,少なくとも800人のIRGCを派兵し,レバノン国内のイスラーム主義者約180人に対する軍事訓練を始めていたとされる[末近 2013, 33-34]。その後もヒズブッラーは,イスラエルと米国,およびその同盟国を「共通の敵」とみなすIRGCから,軍事的・財政的支援を受けてきた[Khan and Zhaoying 2020, 107]。

シリアへの派兵は,2011年にアサド政権と反政府勢力との内戦が勃発して以降に進められた。IRGCは,シリアの国軍,レバノンのヒズブッラー,そして,周辺各国から参集したシーア派の義勇兵とともに,反体制派やスンナ派のジハード主義組織―ヌスラ戦線(Jabha al-Nusra li-Ahl al-Shām)やISなど―との激しい戦闘を繰り返した[末近 2015, 52-64]。

2.国民はIRGC派兵をどう見ているか

冒頭で述べたように,事実上の権威主義体制下のイランでは,海外派兵についてはもちろんのこと,同隊の存在それ自体への支持/不支持を問うことは政治的にデリケートな作業であり,その結果,従来の研究でも明らかにされることはなかった(注11)

国民の認識を知るために用いられる世論調査では,回答者から正確な回答を引き出すことが重要である。しかし,権威主義体制下の政治にかかわる世論調査では「社会的望ましさバイアス(social desirability bias)」の影響を強く受けやすいという問題がある。すなわち,回答者は,体制の諜報員が調査回答を探り出す可能性があり,体制のプロパガンダを通して国民は体制が好む回答を知っており,それに反する回答をすれば投獄などの恐れがあると認識しているからである[Blair, Coppock, Moor 2020, 1301]。この問題は,イラン,特に本論文が分析対象とするIRGCの海外派兵の文脈において強く生じると考えられる。それは,IRGCやその傘下の民兵組織バスィージ(Basīj)の諜報活動がイランの社会に対する厳しい監視体制を敷いてきたためである[Bajoghli 2019; Sigarchi 2008]。

このように,IRGCの海外派兵に対するイラン国民の認識を把握することは極めて困難であるため,その研究は皆無である。公表されている唯一の研究のなかで問題意識が近いものとして,2016年にメリーランド大学のチームが行った世論調査がある。そこでは,IRGCの中東地域での活動がイランに安定をもらしたかが問われ,82パーセントが賛成,14パーセントが反対と回答した[Gallagher, Mohseni and Ramsay 2019, 38]。しかし,この調査では社会的望ましさバイアスの影響を排除する処置がなされていないため,賛成の数が現実よりも上振れしている可能性がある。加えて,より重要な点として,賛成者と反対者それぞれがどのような属性や傾向を有しているのかという問題については調査・分析されていない。

これに対して,本研究は,リスト実験(list experiment)を導入することで,社会的望ましさバイアスの影響の排除を試みる。リスト実験とは,世論調査で回答者を統制群と実験群にランダムに分け,複数の選択肢とともに実験群にのみ慎重な扱いを要する項目を提示し,回答者には同意する項目の数のみを回答してもらう方法である。同意する項目数のみを回答させることで,どの項目に同意したかは明らかにならない。それゆえ,回答者が誤報告(噓の回答)をすることを回避できるのである。このように,リスト実験は,社会的望ましさバイアスが発生しやすいセンシティヴな選好をできるだけ正確に測定する手法として開発が進んでいる [Blair and Imai 2012]。

例えば,先進国では,投票の棄権が社会的に望ましくないと認識されているため,どのような人々が投票を棄権しやすいのか,その傾向を捉えるためにリスト実験が活用されてきた[善教 2016; Holbrook and Krosnick 2010]。他方,途上国においても,特に紛争国のように政治的な質問がセンシティヴになりやすいケースにおいて,リスト実験は民意を測るための有効な手法として用いられてきている。例えば,内戦下のアフガニスタンにおける外国部隊「国際治安支援部隊(ISAF)」への支持という慎重を要する調査に,このリスト実験が活用されている[Blair, Imai, and Lyall 2014]。

本稿ではこれらの研究を参考にし,イラン国内で極めて慎重な扱いを要するIRGCの海外派兵について,社会的望ましさバイアスを排除した世論を測るためにリスト実験を用い,先述のメリーランド大学の世論調査では必ずしも明らかになっていなかった点,すなわちIRGCの海外派兵への支持者・不支持者の特徴についても,統計分析を通して明らかにする。

Ⅱ 実験デザイン

1.世論調査の概要

以上のような既存研究におけるイラン国民の認識に関するデータの収集をめぐるバイアスを克服するために,筆者らは以下の通り,実験を組み込んだ世論調査(サーベイ実験)を2021年1月に実施し,IRGCに対するイラン国民の認識を調査した。実査は,イラン国内での世論調査で実績のある民間の世論調査会社IranPollに依頼した。筆者らがボスニア,シリア,イラク,リビアで過去の実施した世論調査と共通の質問を含む質問票をベースにイランに特化した新たな質問票を作成し(注12),IranPollとの間で質問および回答の内容と調査方法をすり合わせた。世論調査は,イラン全国に在住する18歳以上のイラン国民を対象とし,ペルシア語による電話調査で意見を聴取した。また,実査の前にプレテストを実施し,その後質問票の文言の一部調整を行った。標本抽出は,合計1000サンプルを取得するために,地域や人口規模を考慮しながら全31州の地点を無作為に選び出し,コンピューターでランダムに発生させた固定電話の番号に調査員が電話をかける方法を採用した。最終的に集まったサンプル総数は1003となった。実査期間は2021年1月18日から1月31日であった。なお,質問票の英訳および単純集計についてはChisaka[2020]に公開されている。

2.実験デザイン

この世論調査のなかで,IRGCの海外派兵に対する支持にかかわる意見を明らかにする実験を行った。上記のように,IRGCの派兵はセンシティヴな問題であり,イラン国内でその是非についての意見を直接表明することは,必ずしも容易ではない。上述のように,IRGCの派兵の是非を直接尋ねる場合には,回答者が体制からの監視の目を意識して正しく答えないという点で,社会的望ましさバイアスが働き,真の回答を得ることできない可能性が懸念される。それは,IRGCによる厳格な監視体制下の政治的会話では,体制が何を「正しい」とするかに細心の注意を払っていたとするイラン人類学者の実体験[Bajoghli 2019: 458]や,亡命イラン人ジャーナリストの脅迫体験[Sigarchi 2008(注13)からわかる通り,IRGCにかかわる評価を公言すること自体が,一定の危険を孕む行為であると認識されている可能性が高いからである(注14)

したがって,こうしたバイアスを取り除き,イラン国民の真意を測定するために,筆者らは回答者をランダムに統制群と実験群の2つのグループに分け,実験群にはIRGCの派兵にかかわる刺激を加えるリスト実験を行った。具体的には以下の通りである。

〈リード文〉

「政府が取り得る3つの政策を読み上げます。そのなかであなたが支持するものの数を答えてください。支持するとはその政策の採用に完全に賛成するという意味です。どの政策を支持するかは言わず,ただ数だけを答えてください。」

このリード文に続き,以下の選択肢を,統制群には3つのみ,実験群には(4)を加えた4つ提示し,支持する政策の数を回答させた。

(1)難民のイラン流入防止

(2)外国への医療品援助の送付

(3)外国メディアの報道規制の緩和

(4)周辺諸国のシーア派支援のためのIRGC派兵

جلوگیری از ورود پناهندگان به ایران ⑴

ارسال کمک های پزشکی به کشورهای خارجی ⑵

کاهش سخت گیری ها در مورد انتشار تولیدات رسانه های خارجی ⑶

اعزام نیروهای سپاه پاسداران برای حمایت از شیعیان سایر کشورها ⑷

選択肢の(4)ではIRGCの海外派兵による支援対象を周辺諸国の「シーア派」と設定しているが,「シーア派」という単語を用いることはIRGCの海外活動を限定するものではない。前節で述べた通り,IRGCの活動理念は包括的である一方,実態として支援してきた対象はイラク,レバノン,シリアなどで活動するシーア派勢力である。このような実態と照らし合わせると,質問文以外の海外活動を念頭に(4)を選択しない回答者は稀だと言える。

これらのリストの内容には,測定誤差が生じないよう,いくつかの工夫を行った(注15)。まず,(1)~(4)で相互に相関が生じないように,選択肢を設定した。それに加え,実験群の(4)を選択することで,他の(1)~(3)のすべてを選択してしまう可能性と,いずれも選択しなくなってしまう可能性を排除するようにリストの内容を精査した。そして,実験群の回答数が,できるだけ0(床効果)あるいは4(天井効果)にならないようにリストの内容を工夫した。というのも,0あるいは4の回答が多くなれば,それは実質的に直接質問する形式と同様になり,リスト実験の意味をなさないからである。リスト実験の場合,選択肢の一つはほとんどの回答者に選択され,二つ目はほとんど選択されず,三つ目の選択肢が選択される確率が約50パーセントとなるような選択肢を設定することによって,「天井効果」や「床効果」を回避することができるため,統制群の平均値がリスト数の半分(本稿の場合1.5)に近くなるとよいとされているが(注16),本実験の統制群の回答数の平均値は1.374と良好な値となっている。

3.仮説

上述の実験の目的は,イラン国民がIRGCの派兵をどの程度支持するかを明らかにすること,どのような人がIRGCの海外派兵を支持するのかを解析することである。

仮説の導出にあたり,本稿では,IRGCがイラン特有の軍事組織であることを重視する。具体的には,冒頭で述べた革命理念,そして,その結実であるイスラーム共和制という国内政治体制の「防衛」を主要任務の一部としている,という特徴である。例えば,後述のように,イラクやシリアにおける聖地防衛の任務は,革命のイデオロギーを支えるシーア派イスラームのトランスナショナルな信仰心や共同体意識に支えられている。一見すると国益を損ねるIRGCの海外派兵であるが,それに対するイラン国民の認識を析出するためには,こうしたIRGCのイラン的な特徴,および中東地域の文脈に依拠した仮説の設定が重要となる(注17)

以上をふまえ,本論文では,次のような仮説を立てる。

(1)仮説1

まずは,イスラーム「革命」体制に対する外的な脅威(external threat)を深刻な問題だと考える者ほど,IRGCの海外派兵に賛成する傾向にあるのではないか,という点である。冒頭でも述べた通り,イランの革命指導者たちは,親米の独裁王政による政治的抑圧を見逃してきた大国米国を抑圧者と位置づけ,被抑圧者であるイランに対する外的脅威と認識している[Divsallar 2022]。そして,革命以来一貫して米国を,イスラエルなどともにイランの外的脅威であると主張し,IRGCの主たる任務の一つがその脅威から「革命」を「防衛」することにあると述べてきた[Arjomand 2009: 140; Chubin 2009; Alfoneh 2013, 233(注18)

無論,こうした指導者たちの主張を根拠づける現実があることも否めない。特に2003年のイラク戦争後のイラクで,そして,2011年の「アラブの春」以降のシリアで,米軍や「有志連合」とIRGCとが直接対峙する状況が生じてきたからである(注19)。また,2005年以降深刻化した核兵器開発疑惑をめぐる対立,さらには,経済制裁の強化が,米国との関係を悪化させてきた(注20)

このような指導者たちの言説と政治的な現実の両方をふまえると,反米感情の強いイラン国民ほど,IRGC派兵を支持する傾向があり,反対に,米国に好意的な者ほど,IRGCの派兵による米国との対峙がイランの国益には直結しないと考えるため,IRGCの派兵には批判的になる傾向にあると想定できる。したがって,本稿の一つ目の仮説は以下のようになる。

仮説1:米国に好意的な者ほどIRGCの海外派兵を支持しにくい

(2)仮説2

次に,イスラーム共和制を支持する者は,その革命の理念を支持するがゆえに,IRGCの派兵についても支持する傾向にある,という可能性である。冒頭で述べたように,イランは1979年の革命以降,イスラーム革命(の理念)の「輸出」―他国における同様の革命の実践―を重要な政策課題の一つに掲げてきた[Hunter 1990, 40; Alfoneh 2013, 204-245]。これは,世界を「抑圧者」と「被抑圧者」に二分し,IRGCを国外に派兵することによって「被抑圧者」の解放を支援すべきである,と主張したホメイニー初代最高指導者の言葉にも表れている[Najdi and Abdul-Karim 2012, 77-78; Ehteshami 2009, 326]。そして,IRGCによるこのような革命理念の実践こそイスラーム共和制の維持に不可欠だと考えられてきた[Ramazani 2004; Barzegar and Divsallar 2017]。なお,こうした「革命の輸出」は,単なる言説ではなく周辺諸国からは現実的な脅威として捉えられている。具体的には,イラン革命直後の湾岸アラブ諸国による集団安全保障を目的とする湾岸協力会議(GCC)の形成(1981)や,革命の波及を恐れたイラクによるイランへの軍事侵攻などがみられた。

こうしたイスラーム共和制やその理念を支持する者ほど,その理念を体現していると考えられるIRGCの海外派兵に賛成する傾向があるはずである。したがって,本稿の二つ目の仮説は次のように整理できる。

仮説2:イスラーム共和制を支持する者ほどIRGCの海外派兵を支持する傾向がある

(3)仮説3

第3に,冒頭で指摘した,イランは宗教的に厳格な国であるという一般的な「偏見」から導出できる,信仰心の強い者ほどIRGC派兵に賛成する傾向にあるという可能性である。

とはいえ,篤信的な信徒ほどイランの国際的孤立を促進するという点で,一見すると国益に反するIRGCの派兵を支持しやすい,という単純な論理立てには留意が要る。というのも,現在のイランがIRGCの派兵を正当化する際,「革命」の「防衛」や「革命の輸出」に加えて,シーア派聖地の防衛が掲げられることが多いためである。それは,IRGCによる「シリアではサイイダ・ザイナブ(al-Sayyida Zaynab)廟,イラクではアタバート(al-‘Atabāt)を(過激派武装組織から)保護してきた」という声明に加え,最高指導者側近による「イラクでの戦いはジハードであり,聖なるモスクを保護することは全ムスリムの義務である」とった言明に看取できる[Ostovar 2016, 223(注21)。それに加え,シーア派の聖地防衛は,イラクやシリアなどの周辺国の聖地に訪れる多数のイラン人巡礼者の実質的な安全保障に直結する問題となっている(注22)。イランからは,周辺国の聖地への巡礼が可能になった2003年以降,イラクの4つの最重要シーア派聖地であるアタバートを訪問する巡礼者数が急増し,近年では2011年から17年にかけて年間巡礼者数が約4.5倍に増加した(注23)。このように,一般的なイラン国民にとっても周辺国のシーア派聖地の安全は自らの安全に直結する深刻な課題なのである。

だとすれば,毎年聖地を巡礼するような信仰心の強いイラン国民ほど,IRGCの派兵を支持しやすくなると考えられるのではないだろうか。よって,本稿の3つ目の仮説は以下のようになる。

仮説3:信仰心が強い者ほどIRGCの海外派兵を支持する傾向がある

(4)仮説4

最後に,信仰心とは異なり,より直接的で物質的な利益をIRGCから得ている者ほど,IRGCの派兵を支持する傾向にあるという可能性である。

革命後のイランでは,旧王政下の深刻な経済格差が強く批判され,貧困層の救済は社会経済政策の主要な目標の一つに位置づけられてきた[Razi 1987: 456]。例えば,イスラーム共和制では,医療や年金に対する補助金が拡充されるなど,社会経済的な救済を通して貧困層を体制支持者として取り込む包括的な社会福祉システム(inclusionary social-welfare system)が構築された[Harris 2017],と指摘されている。

こうした政策はIRGCと密接に関係している。その典型例は,アフマディーネジャード政権(2005〜13)以降,保険や年金などの社会福祉を扱う機関が実質的にIRGCの管理下におかれるようになったことである[Harris 2013]。つまり,貧困層はIRGCの管理する福祉機関から直接社会経済的な救済を受けることになったのである。それに加え,地方では,IRGC傘下の民兵バスィージがイマーム・ホメイニー救済財団(Komīte-ye Emdād-e Emām Khomeynī)と連携し,貧困層に住居や食料物資を提供するなど,貧困層を救済する活動を進めてきた [Ostovar 2013, 353-354; Salehi-Isfahani 2009]。

このように,イランの貧困層はIRGCから提供される経済的な生活支援の恩恵を受ける傾向が強い。よって本稿の4つ目の仮説は次のようになるだろう。

仮説4:貧困層ほどIRGCの海外派兵を支持する傾向がある

本稿では,これら4つの仮説を,我々が独自に行ったリスト実験の結果を用いて検証する。

Ⅲ 実験結果と分析

1.実験結果とバランスチェック

以上の仮説を検証するために,我々が先述の方法で行った実験結果を見ていこう。実験の結果は,統制群(Control group)の回答(0~3個)の実数と割合,および実験群(Treatment group)の回答(0~4個)の実数と割合を示した表1の通りである。

次に,上記のようにイランで実施したリスト実験で,統制群と実験群の割り当てにおけるランダマイゼーションが成功しているかどうか,いくつかの共変量のバランスチェックをしておきたい。表2は,性別(Gender),年齢(Age),教育(Education),収入(Income)という4つの変数ごとに,統制群と実験群のあいだのT検定を行い,その結果を平均値とともに示したものである。ここから明らかなように,いずれの変数においても平均値に統計的に有意な差は認められない。T検定に加え,念のために標準化差分によるバイアスチェックも行った。その結果についてはAppendix 1に示した通りである。T検定と標準化差分によるバイアステストの結果から,我々が実施したリスト実験では統制群と実験群の割り当てにおけるランダマイゼーションが成功しており,したがって,統制群と実験群の差分をそのままIRGCの派兵を支持する割合と読み替えて問題ない,と言えるだろう。

表1 実験結果

(出所)筆者作成。

表2 リスト実験のバランスチェック(N = 1003)

(出所)筆者作成。

2.リスト実験の回帰分析

リスト実験の結果を分析していこう。まず実験群の平均値(1.728)と統制群の平均値(1.375)の差は,0.353となり,ここからは,約35.3パーセントの回答者がIRGCの海外への派兵に賛成していると解釈できる。それに加え,IRGC派兵に対する賛成が先に引用したメリーランド大学の2016年世論調査で明らかにされたIRGCの活動がイランに安定をもたらしたと感じている割合(82パーセント)よりも相当低くなっていることにも気が付く。つまり,IRGCの海外派兵については強い社会的望ましさバイアスが働いている,と言えるだろう。

この結果をもとに,サンプル全体で,IRGC派兵を選択する確率を確認し,その後,実験群と仮説1~4の検証に必要な独立変数の交互作用を用いた結果を検討していくことにしたい。まず,従属変数はリストの選択数とし,カテゴリ変数として割り当てた実験群を独立変数とした。

次に,仮説1を検証するための独立変数として,実験群と対米意識を測る質問に対する回答の交互作用項を投入した。対米意識を測る質問は,「あなたは米国がどの程度好き/嫌いですか」に対する回答を,1=とても嫌い,2=嫌い,3=普通,4=好き,5=とても好きとコード化した。

第2に,仮説2を検証するための独立変数として,「イスラーム共和制への支持の度合い」(1=全く支持しない,2=支持しない,3=どちらともいえない,4=支持する,5=とても支持するとコード化)を用い,同様に実験群との交差項として投入した。

第3に,仮説3の検証のために,「あなたはどの程度信仰心が強いですか」との質問に対する回答を,1=全く信仰心がない,2=信仰心がない,3=やや信仰心がある,4=信仰心が強いとコード化し,信仰心の強さを測る指標とした。信仰心の強さについても,実験群との交差項として回帰分析に投入した。

第4に,仮説4の経済状況を示す変数として回答者の収入を用い,実験群との交互作用を検証した。

以上のモデルには,バランスチェックを行った4つの変数(性別,年齢,教育,収入)も念のために投入する。これらをOLSモデルの回帰分析で推定した。なお,イラン国内の全31州のあいだで地域差が存在することを考慮に入れ,州ごとにクラスタリングしたロバスト標準誤差に補正した。分析結果の詳細は表3の通りである。

まず,表3の最も左の列に示した実験群の結果(Treatment)からわかる通り,実験群の回帰係数は0.353で,0.01パーセント水準で統計的に有意である。この結果は,上記で指摘した統制群と実験群の平均値の差分と一致し,やはり回答者の35.3パーセントがIRGCの海外派兵に賛成していると推定された。

表3 リスト実験の回帰分析の結果

* = p < 0.05 ** = p < 0.01 *** = p < 0.001 † = p < 0.1

括弧内はクラスター・ロバスト標準誤差。

(出所)筆者作成。

(1)仮説1

以下では,本稿の仮説を,表3の結果と回帰係数をプロットした図1を合わせて検討していこう。

まず,IRGCの海外派兵は,仮説1が問題とする対米意識によって,どの程度規定されるのであろうか。これについては,実験群と対米意識の交差項の結果から確認できる。表3に示したH1の交差項(Treatment x Attitude to U.S.)の回帰係数は-0.1であり,図1からわかる通り95パーセント信頼区間も0ラインをまたいでおらず,5パーセント水準で統計的に有意となっている。したがって,米国に対して積極的な意見を持つ者ほど,IRGCの海外派兵に賛成しにくい傾向がある,と解釈できる。

図1 回帰分析によるリスト実験の結果

(出所)筆者作成。

交差項の推定効果をより良く理解するために,対米意識の限界効果を95パーセント信頼区間とともにプロットしたのが,図2である。ここからわかる通り,反米意識が最も強い者(米国を大嫌いと回答した者)のあいだでは,約42パーセントがIRGCの海外派兵を支持すると推定できるのに対し,米国をとても好きと回答する者ではその可能性が0近くと,40ポイント以上低下している。さらに,対米意識が3.2以上で信頼区間の下限が0ラインをまたいでおり,米国を好き,あるいはとても好きと回答した者のあいだでは,IRGCの海外派兵を支持する割合が0パーセントである可能性を否定できないほど低くなることも明らかになった。これはすなわち,米国に好意的な者ほどIRGCの海外派兵に賛成しにくいという傾向を明確に示している。したがって,「米国に好意的な者ほどIRGCの海外派兵を支持しにくい」と主張する仮説1は支持されたと言えるだろう。

図2 対米意識がリスト選択に与える限界効果

(出所)筆者作成。

(2)仮説2

仮説2が問題とするイスラーム共和制への支持の度合いは,IRGCの海外への派兵に対する意見をどの程度規定しているのだろうか。これについては,実験群とイスラーム共和制への支持の交差項の結果を見ると明らかになるだろう。表3に示した通り,H2の交差項(Treatment x Support Islamic republic)の回帰係数は0.031で正の値になっているものの,図1からわかる通り95パーセント信頼区間が0ラインをまたいでおり,統計的に有意でない。したがって,イスラーム共和制を支持する者ほどIRGCの海外派兵を支持しやすいという正の相関は見られるものの,それが統計的に有意ではないため,仮説が支持されたとは言えない。この結果は,イスラーム共和制や革命の輸出といった理念が,これまで先行研究で主張されていたほどにはイラン国民のあいだで重要視されていないことを示唆している。あるいは,革命体制への関心は,あくまで自国の領域内にとどまっているのかもしれない。

図3 イスラーム共和制への支持がリスト選択に与える限界効果

(出所)筆者作成。

イスラーム共和制への支持の限界効果を95パーセント信頼区間とともにプロットしたのが,図3である。ここからわかる通り,IRGCの海外派兵を支持する確率は,イスラーム共和制への支持が最も低い者のあいだで約26パーセントであるのに対し,イスラーム共和制への支持が最も高い者は約39パーセントと,約13ポイント上昇している。とはいえ,この差分は,仮説1の対米意識の差分40ポイントと比較しても小さく,したがって,イスラーム共和制への支持よりも対米意識のほうがIRGCの海外派兵への支持を強く規定していることも明らかになるだろう。

また,結果の妥当性を確かめるために,「イスラーム共和制への支持」の代わりにイスラーム共和制を象徴する機関の一つイマーム・ホメイニー救済財団(Komīte-ye Emdād-e Emām Khomeynī,IKRC)[Harris 2017, 105-110]に対する支持にして同様の分析を追加的に行った。分析結果は,イスラーム共和制に対する支持とほとんど変わらなかった。

こうしたことから,イスラーム共和制を支持する者ほどIRGCの海外派兵を支持する傾向は見られるものの,それが必ずしも統計的に有意だとは言えず,仮説2は支持されなかった。

(3)仮説3

次に,IRGCの海外への派兵は,仮説3が問題とする信仰心の強さによって,どの程度規定されるのであろうか。これについては,実験群と信仰心の交差項の結果から確認できる。表3に示したH3の交差項(Treatment x Religiosity)の回帰係数は0.008と正の値になっているものの,図1からわかる通り,95パーセント信頼区間が0ラインをまたいでおり,統計的に有意にならなかった。したがって,信仰心の強い者ほど,若干ではあるがIRGCの海外派兵を支持しやすくなるという正の相関はみられるものの,それも統計的には有意ではない。この結果は,イスラームのシーア派信徒が国民の大多数を占めるイランでは宗教こそが国民からの政策への支持獲得の源泉である,とする通説が妥当ではないことを明示している。また,IRGC海外派兵の正当化のために強調されてきたシーア派聖地防衛の主張は,イラン国民のあいだではそれほど強く受け入れられていない可能性も看取できる。

図4 信仰心の強さがリスト選択に与える限界効果

(出所)筆者作成。

これは,信仰心の限界効果をプロットした図4を見ると,より良く理解できる。ここからわかる通り,全く信仰心がないと回答した者は,95パーセント信頼区間が0ラインをまたいでおり,IRGCの海外派兵を支持への支持者が0パーセントである可能性を否定できない。また,全く信仰心がない者と信仰心が強い者のあいだでは,IRGCの海外派兵に対する支持の度合いに差がほとんどないこともわかる。以上をふまえると,信仰心が強い者ほどIRGCの海外派兵を支持すると主張する仮説3は支持されなかった。

(4)仮説4

最後に仮説4を検証しよう。経済状況はIRGCの海外派兵への支持をどの程度規定するのであろうか。これについては,実験群と収入の交差項の結果から確認できる。表3に見られるH4の交差項(Treatment x income)の回帰係数は0.038と正の値になっている。また,図1からわかる通り,95パーセント信頼区間が0ラインをまたいでおり,統計的に有意にならなかった。したがって,仮説4の主張とは反対に,所得が高い者ほどIRGCの海外派兵を支持しやすいという相関が確認されるが,統計的に有意ではないことがわかる。所得の低い者ほどIRGCから提供される経済的な生活支援の恩恵を受ける傾向が強いと想定されてきた。にもかかわらず,彼らがIRGCの海外派兵を支持しにくいのは,それが自分たちの生活を向上させることにつながらない,あるいは,そもそも両者を関連づけて考えないためである,と解釈できる。分析の結果において,収入の多寡で派兵の支持の度合いに大きな差分が出ていないのは,そのためであろう。

図5 経済状況(収入)がリスト選択に与える限界効果

(出所)筆者作成。

収入の限界効果をプロットした図5も確認しておこう。ここからわかる通り,IRGCの海外派兵を支持する確率は,最も収入が低い者で約27パーセントであるのに対し,高収入の者はその値が約50パーセントと,約13ポイント上昇すると推定できる。また,この差分は仮説1の対米意識の差分である約40ポイントと比較しても小さく,したがって対米意識がより強くIRGCの海外派兵への態度を規定していることも確認できる。

以上のことから,貧困層ほどIRGCの海外派兵を支持する傾向があると主張する仮説4は支持されなかった。

なお,念のために,本稿の分析で統計的に有意となった仮説1について,頑健性チェックを行った。従属変数をリスト選択数の連続変数から0~4のカテゴリ変数になおし,順序ロジットモデルで実験群と対米意識の交差項の効果を推定したところ,Appendix 2に示した通り,係数が-0.19,10パーセント水準で統計的に有意となり,本稿の分析とほぼ同様の結果となった。したがって,「米国に好意的な者ほどIRGCの海外派兵を支持しにくい」と主張する仮説1は支持されたと言えるだろう。

結論とインプリケーション

冒頭の問いに戻ろう。

IRGCの海外派兵は,イラン国民からどの程度支持されているのであろうか。そして支持者が一定程度存在するとすれば,彼らにはどのような特徴があるのか。

この問いに答えるため,本稿は,従来の研究ではデータの取得が困難であったIRGCの海外派兵に対する一般のイラン国民の認識を測るためにリスト実験を用いたサーベイ調査を実施した。その結果,35パーセント前後の回答者が派兵を支持していると推定された。加えて,IRGC派兵支持者の特徴を規定する要因を探るために回帰分析を行った結果,米国に好意的な者ほどIRGCの海外派兵を支持しにくいことが明らかになった。

本稿で述べてきた通り,IRGCの海外派兵に対するイラン国民の認識を規定していると考えられる4つの仮説(対米意識,イスラーム共和制への支持,信仰心,経済状況)のうち,リスト実験のデータから統計的に有意となったのは,対米意識のみであった。それに加えて,対米意識が,IRGCの海外派兵に対する認識を最も強く規定する変数であることも明らかにすることができた。すでに指摘した通り,実験結果からは,反米意識が最も強い者と米国に最も好意的な者のあいだでは,IRGCの海外派兵に対する支持が40ポイント以上も下落すると推定できる。他方,イスラーム共和制を全く支持しない者と最も強く支持する者のあいだでは,同じ推計値は約13ポイントの上昇にとどまり,信仰心に至ってはその差分はほとんどない。最貧困層と富裕層のあいだでは,IRGCの海外派兵に対する支持は約13ポイント上昇するが,それも対米意識の差分と比較すれば4分の1程度にとどまっている。つまり,対米意識こそがIRGCの海外派兵に対する支持を最も強く規定していると,結論づけることができよう。

では,なぜ対米意識が重要なのか。それは,IRGCの海外派兵が第一義的に米国との関係に影響を与えるものとみられているため,そして,米国との関係こそが現在のイランの国際的孤立とそれにともなう国内の社会経済状況の悪化の原因であると認識されているため,と解釈できる。今回の世論調査の結果からは,少なくないイラン国民が革命理念の実践を主要任務とするIRGCの海外派兵に批判的である現実が浮き彫りになった。それは,海外派兵の継続や拡大が,経済制裁を主導する米国との関係をさらに悪化させ,結果的に彼らの暮らしをいっそう厳しいものにする,つまり,コストが大き過ぎるとみられているからであろう。特に反米意識の弱いイラン国民ほど,IRGCの海外派兵は費用対効果に「見合ったもの」ではない・・・・と考える―そうした傾向が明らかになった。

しかし,重要なのは,逆の側面,つまり,IRGCの海外派兵を支持する反米意識の強い回答者たちの存在である。別言すれば,IRGCの海外派兵を費用対効果に「見合ったもの」であると考えるイラン国民も一定数存在しており,彼らの間では強い反米意識が抱かれている現実が浮き彫りになった。では,そこにはどのようなロジックがあるのか。米国こそがイランの国際的孤立と社会経済状況の悪化の原因であるため,IRGCが周辺国の軍事行動を通して国益を防衛している/すべきである,という見方があるのかもしれない。そして,イランの現体制が,一見すると国益に反するIRGCの海外派兵を続けてきたのは,米国に対する強硬な政策が一部のイラン国民の心には強く響いてきたことを熟知しているからなのかもしれない。本稿の分析では,IRGCの海外派兵を支持する者たちの反米的な特徴を解明できたものの,こうしたメカニズムの精緻化と実証については今後の研究に残された課題である。

イラン国民がIRGCの海外派兵を支持するかどうかを規定する要因は,従来の研究が指摘してきたイスラームに対する信仰心や革命体制に対する追従などではなく,米国との関係をいかに取り結ぶかといった考え方や政策選択指向の違いに看取できるのである。

[付記]

本研究は JSPS科研費JP16H06550の助成を受けたものです。

(千坂知世・日本学術振興会特別研究員PD,山尾 大・九州大学准教授,末近浩太・立命館大学教授,2022年8月17日受領,2023年1月13日レフェリーの審査を経て掲載決定)

付録(Appendix)

Appendix 1 標準化差分(標準化バイアステスト)の結果

(出所)筆者作成。

標準化差分によるバイアスチェックの結果をプロットしたのが上の図である。ここからわかるように,性別,年齢,教育,収入のいずれの差分の絶対値も,± 10 以内に収まっている(付録注1)。ここからも各共変量で実験群と統制群のバランスがとれており,我々がイランで行ったリスト実験で,実験群と統制群の割り当てにおけるランダマイゼーションが成功していることがわかる。したがって,実験群と統制群の差分をそのままIRGC の派兵を支持する割合と読み替えて問題ない。

Appendix 2 仮説1 の頑健性チェック(順序ロジット分析の結果)

* = p < 0.05 ** = p < 0.01 *** = p < 0.001 † = p < 0.1

括弧内は標準誤差。

(出所)筆者作成。

Appendix 3 基本統計量

(注1)  イラン・イスラーム共和国憲法第110条はIRGC最高幹部の任免権を「最高指導者」に付与する。国軍は,IRGCに比べるとほとんど内政に介入せず,国内治安維持にも関与しない。IRGC含むイランの軍の分類は佐藤[2009]を参照。正規軍は国防に専念する一方,IRGCはあらゆる脅威から「最高指導者」を守る近衛兵という位置づけである[Safshekan and Sabet 2010, 548]。

(注2)  Mashreq, “Negāhī be ʻamal-kard-e nīrū-ye qods dar moqābele bā dāʻesh,” 10 Mordād 1395/ 31 July 2016(https://www.mashreghnews.ir/news/610708/ 2022年6月3日最終確認)。

(注3)  例えば,2020年1月,「イスラーム国(IS)」掃討作戦を率いたソレイマーニー少将が米国によって暗殺された後,テヘラン,ゴム,ケルマーンで行われた国葬には何百万人ものイラン国民が自発的に参加した。 Īrān, 17 Dey 1398/ 7 January 2020.

(注4)  2020年1月11日,イラン政府が「致命的なミス」と称しIRGCの誤射を認めた後,テヘランを中心に大規模な集会や路上抗議運動が数日にわたり発生した[Parsa 2020, 61]。

(注5)  The Iran primer, “Iran Deal: U.S. Sanctions on the IRGC,” 25 May 2022(https://iranprimer.usip.org/blog/2022/apr/13/iran-deal-us-sanctions-irgc 2022年8月12日最終確認)。

(注6)  イスラーム共和制下のイラン政治の特徴は「派閥政治(factional politics)」や「分権政治(decentralized politics)」と呼ばれ,多様な選好を持つアクターが政策に関与する(ただし力関係は不平等である)ことが指摘されている[Bakhtiari 1996; Buchta 2000; Moslem 2002]。

(注7)  2020年1月に頻発したIRGCのウクライナ航空機誤射を批判するデモでは逮捕者が出たとされる。Rādio Faradā, “Sodūr-e hokum-e 30 māh-e zendān barā-ye moʻtarez̤ān be sar-negūnī-ye havāpeymā be dast-e Sepāh,” 5 Ordībehesht 1399/ 24 April 2020(https://www.radiofarda.com/a/30574508.html 2022年3月28日最終確認)。

(注8)  IRGCが創設された1979年5月5日,事実上の最高意思決定機関であった革命委員会は「IRGCはイスラーム革命の偉大な指導者イマーム・ホメイニーを守るために設立された」という声明を発表している[Alfoneh 2013, 8]。

(注9)  イランに亡命したイラク・イスラーム主義勢力と足並みを揃えてともにイラクと戦ったのが,IRGC内に形成された国境外の諜報・秘密工作司令部ラマザーン駐屯地(Qarārgāh-e Ramazān)の部隊であった。この部隊こそがイラン・イラク戦争後に形成されたゴドス軍の前身である[松永 2015, 3]。

(注10)  2006年以降,アル=カーイダなどの過激派がイラク国内で反米・反体制活動を展開した際には,IRGCゴドス軍がイラク国内のシーア派聖地の警備を行い,イランからの巡礼者の安全を保障する役割も担った。2014年に「イスラーム国(IS)」がイラクの主要都市の一部を実効支配下においた際には,ゴドス軍の派兵に加えて,武器や資金,シーア派民兵の訓練,炊き出しや負傷兵の介護など,IRGCは多数の支援を提供した[松永 2015, 11]。

(注11)  一般国民ではなく,イランの軍関係者の認識を扱う研究では,国境を超えて存在するシーア派国民に抱く同胞意識の高さ,それが武力行使の正当化に作用することが明らかにされている[Alemzadeh 2019; Aarabi 2020; Golkar 2015]。

(注12)  これらの世論調査は,科学研究費補助金・新学術領域研究(研究領域提案型)「グローバル秩序の溶解と新しい危機を超えて:関係性中心の融合型人文社会科学の確立」(研究代表者:酒井啓子・千葉大学教授)の計画研究B02「越境的非国家ネットワーク:国家破綻と紛争」(研究代表者:末近浩太・立命館大学教授)(2016〜20年度)の研究活動の一環として実施された。各国での世論調査結果の詳細と単純集計については,以下のウェブページを参照(http://www.shd.chiba-u.jp/glblcrss/index.html)。

(注13)  米国に亡命したあるイラン人ジャーナリストは,「(IRGC出身の)マフムード・アフマディーネジャード(Mahmūd Ahmadīnezhād)政権の発足後,情報省がジャーナリストを呼び出し,体制に協力するよう呼びかけた。協力すれば報酬がもらえる一方で,反対すれば牢屋に送られるのである」と証言している[Sigarchi 2008]。

(注14)  とりわけ筆者らが世論調査を行った2021年1月はIRGC海外派兵部隊の英雄とされるソレイマーニー少将が米国に暗殺されてから1周年にあたり,IRGCの「イスラーム国(IS)」掃討作戦などの海外活動を称賛するプロパガンダが強まっていた。そのためBlairらが指摘する体制のプロパガンダと異なる回答をしたときに生じうる危険[Blair, Coppock, Moor 2020]が高まっており,バイアスの少ない回答を得るためにリスト実験が強く求められていた。イラン国内報道は例えば次を参照。Tasnīm, “Tanhā rūzī ke “Sardār Soleymānī” az hamle-ye dāʻesh bīqarār shod,” 13 Dey 1399/ 2 January 2021 (https://www.tasnimnews.com/fa/news/1399/ 10/13/2422104/ 2022年5月31日最終確認)。

(注15)  なお,通常は順番効果を避けるためにリストの順番をランダムに並び替える操作を入れることが多いが,電話調査で実施が困難であったため,同処置の実施は断念せざるを得なかった。

(注16)  リスト実験における天井効果や床効果については[Blair and Imai 2012]を参照のこと。

(注17)  政治学の一般理論やそれが前提としがちな合理性を準拠に分析を行うことの限界性を指摘したものとして,イランの政治研究においては,[松永 2012]による「戦略文化」の研究が,また,中東政治研究の文脈においては,[末近 2020]による社会科学と地域研究のそれぞれの特徴とその融合の可能性に関する研究がある。

(注18)  隣国の内戦のイランへの波及防止目的もあるとされる[Ehteshami 2009]。

(注19)  Maria Fantappie and Ali Vaez, “Don’t let Iraq fall victim to U.S.-Iran rivalry,” ForeignPolicy, 30 April 2019(https://foreignpolicy.com/2019/04/30/dont-let-iraq-fall-victim-to-u-s-iran-rivalry-trump-sanctions-irgc-abdul-mahdi/ 2022年6月10日最終確認)。

(注20)  対イラン経済制裁については[Maloney 2015, 453, 461]を参照。

(注21)  こうしたことから,イラク国内のシーア派聖地の保護をいわば広義の「国益」であったと評価した研究もある[松永 2014]。

(注22)  イランの公式見解は「巡礼・参詣庁(Sāzmān-e Hajj va Ziyārat)」のホームページ(https://news.haj.ir/news/ID/9021/)を参照。

(注23)  IRIB, “Afzāyesh-e āmār-e zā’erīn-e Īrānī-e ʻatabāt dar aiyām-e arbaʻīn,” 20 Ābān 1396/ 11 November 2017(https://www.iribnews.ir/fa/amp/news/1893351 2022年6月3日最終確認)。

(付録注1)  標準化差分によるバイアスチェックについては,JaehyunSong のGithub(BalanceR)を参考にした。

文献リスト
 
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