2023 年 64 巻 1 号 p. 41-44
本書はⅡ部構成となっており,第Ⅰ部では家計における貯蓄,資産保有とその運用状況,資金の借入状況についての議論が展開され,第Ⅱ部では金融機関と資金調達を行う製造業やサービス業,農業などの生産者サイドの資金調達を対象に議論が行われる。市場での資金配分の仲介はどのようなチャネルを通じて行われているのか,家計や生産者はどのような金融行動をとっているのかの全体像を俯瞰することができる。中国の金融仲介システムとその機能に関する研究には中国国内外で豊富な蓄積があるものの,それらの多くは家計,企業それぞれについてかなり細分化されたテーマで取り組まれている。本書ではそのような中国金融における個別テーマを包括する貴重な研究成果がまとめられている。
本論である第Ⅰ部,第Ⅱ部に入る前に,まず序章で中国における投資と貯蓄のバランスについて整理が行われ,高貯蓄率と過剰債務,高投資率の継続への疑問が提示される。SNA(GDP統計)における投資率の高さが中国の高度経済成長を牽引してきたことは周知されているが,その背景にある貯蓄率の高さ,換言すれば,高度経済成長を経た後の2010年代後半に至っても,消費はなぜ抑制的で内需が喚起されないのかは,いまだに逸話的な見解以上の定式化された知見は得られていない。内需喚起は中国経済のリーマンショック以来の課題であり今後の持続的発展にとっても重要なテーマである。この意味でも本書の研究書としての重要性は極めて高い。
第Ⅰ部では,第1章において高齢化と家計貯蓄率との関係が分析される。その結果,高齢化率が高い世帯の方が,低い世帯よりも貯蓄率が高い傾向をもつことが示される。つぎに高齢化世帯の家計貯蓄率の高さが何を要因としているのかが,年金(社会保障)と子への遺産動機とに区分され,それぞれの貯蓄率の高さへの影響が実証的に分析され,現在の高齢者世帯では老後の生活のための蓄積がそれまでに十分にできなかった世帯が多いこと,年金の受給水準が低いことが高齢者世帯における貯蓄率の高さに結びついていることが指摘される。子への遺産動機も,中国の文化的背景などを考慮しつつ家計貯蓄率の高さへの影響が示される。
第2章では,著者らのアンケートの個票データを用いてリスク資産を保有する背景の解明が行われる。資産保有形態は日本と同様に「現金・預金」の割合が高いものの,理財商品(比較的高利の金融商品)の比率が次いで高いことから,資産保有における安全志向とともに家計はリスクテイカーであるという。ミクロデータセットである家計金融調査(CHFS)を用いた記述統計からも,理財商品を含むリスク資産の保有率が上がっていることが示され,不動産,株式投資を含めた(注1)リスク資産の保有という家計の選択の決定要因が分析される。
第3章は家計の資金借り入れ行動に注目する。マクロデータおよびミクロデータ(CHFS)から家計債務の拡大が確認される。内容は自動車,教育,耐久消費財購入のためのローンや住宅ローンの増加である。一方で,そうしたローンを組む際に必要な家計の金融リテラシーは向上しているのか。分析では,先行研究とは異なり借り入れ目的によって家計の金融リテラシーの必要性が異なる融資元の競争性を考慮し,あまり競争的でない住宅ローン市場と競争的な消費者金融市場からの借り入れに区分する。分析結果は,世帯主の金融リテラシーが高いほど家計は債務を抱える一方でそれが低いほど過剰債務に陥る可能性があること,消費者ローンには世帯主のもつ金融リテラシーが大きく影響することが示される。
第Ⅱ部第4章では,従来の銀行を中心とする金融システムからの変化が示される。具体的には,固定資産投資の源泉は2001年から2019年で国内(銀行)融資の比率が一貫して低下し,主として企業の自己資金,自己調達の比率が上がっており,後者はシャドーバンキングや社債の規模拡大を示すものだとされる。また商業銀行による資金配分の製造業から第3次産業,個人への融資へのシフトが指摘されている(注2)。
第5章は企業の過剰投資の要因について,フリーキャッシュフローとの関係で論じている。それにより,企業の内部留保の増加,リーマンショック後の景気刺激政策が企業の過剰投資に影響を与えたとされている。
第6章では,商業銀行と明確に役割を区分すべきという政策銀行が取り上げられ,政策銀行と地方政府の債務問題との関わりが,地方政府の融資プラットフォームを開発銀行と地方政府との関係で仕組みづくりされた「蕪湖モデル」を事例に説明される。そして財政力の弱い地方政府の債務拡大による返済リスクの高まりへの懸念,ビジネスベースの融資と政策銀行の融資とのより明確な役割分担の必要性が指摘されることで,政策金融が果たす役割が再確認される。
終章では,デジタル金融に注目する。デジタル金融の発展による中小・零細企業の資金調達や個人消費の促進へのメリットとともに,高齢者や低所得者の利用率の伸び悩みなどの課題も述べられ,研究課題としての多様なアプローチの必要性が指摘される。
本書で言及されているように,中国の高度経済成長期後の「経済構造転換期」にはそれ以前における産業や人口構造等に変化が生じているにもかかわらず,資金面における,とくに企業の過剰債務,過剰投資(過剰生産能力)問題の高度経済成長期からの継続について,その要因とそれを可能にする家計の消費ではなく貯蓄,資産運用に向かう背景が明らかにされている。そしてそれらはマクロデータ,ミクロデータ(CHFS),独自に実施されたアンケート調査,企業データベース(CSMAR)を駆使した分析に基づくものである。この取り組みと得られた知見は大変重要で意義深いものである。
具体的には,第Ⅰ部の家計サイドの分析では,とくに高齢者を中心に現行の年金制度の不十分さによる将来への不安と,自らの子どもの生活状況への不安から資産を遺産として残したいという遺産動機に基づく貯蓄率の高さが示される。また,家計が保有する資産運用については,住宅投資へのリスクは低く見積もられていること,借り入れ制約を受けているケースでは株式投資が,受けていないケースでは株式投資よりもリスクが低い理財商品が保有される傾向にあるという。これは預金金利よりも利回りが高い理財商品の人気が高いこと,そして何より銀行が販売するという点で信用力がより高いことも指摘されている点が興味深い。「銀行」や「国有」への消費者(資産運用を行う普通の経済主体)の信用は根強いことをうかがわせる。また膨張する家計のローンをふまえて,家計の借り入れと世帯主の金融リテラシーとの関係が,後者が高い世帯主がいる家計の方がより債務の規模が大きいことから,家計のリスクコントロールが金融リテラシーを高めることで適切になされていると評価される反面,金融リテラシーの低い世帯主の家計は過剰債務に陥る傾向にあることや,消費者向けの金融サービスの拡大は,銀行のサービスの拡大と金融プラットフォーマー間の小口融資競争の激化により消費者の金融リテラシーの向上による合理的な資金調達,運用を促進することなどが述べられ,家計の資産保有の動機や保有資産の運用実態が明確になっている。
これらの諸点をふまえ,更なる分析の余地について議論を進めたい。まず,高齢者の貯蓄率の高さについての説明では上述のようにいくつかの背景が挙げられているが,現在どれが最重要の要因であるか,たとえば遺産動機の議論で重視される貯蓄の動機が,「利己的」なのか「利他的」なのかが統計的には明示されていない。この点は,消費拡大のための政策提言に関わる重要な点であろう。本書で述べられているように,年金受給および受給額が貯蓄率を押し上げるのならば,年金受給がなければ貯蓄する余裕がなく貯蓄率は上がらないし,年金受給は貯蓄率の増加につながってしまう。そのため,筆者が提言する年金制度の拡充のみでは消費の拡大は難しいのではないか(注3)。一方,都市部と農村で貯蓄行動の相違が大きい,所得水準や保有資産が少ない世帯ほど貯蓄率が低い,子の生活状況不安が貯蓄の強い動機になっている場合にも別の政策も必要である(注4)。ただし,ここで得られている貯蓄率を上げる諸要因は,貯蓄の動機が自身のためか次世代のためかを明確に区分するものではない。そこで,ここでの知見を活かしてこれらの諸変数に動機の所在をより明確に示す代理変数を回帰させる等により新たに変数を作成する,推定法を変える,などで両者を明示的に区分して分析する余地があろう。これにより,喫緊な課題を明確にでき,それに対する政策提言が行えるであろう。また,この章では貯蓄率の変数が2種類用いられているが,「貯蓄率2」の計算式が「高齢化と家計貯蓄率の実証分析」(21ページ)と「遺産動機と家計貯蓄の実証分析」(36ページ)で異なっている。前者の計算式を分析目的に合わせて計算しなおしたものが後者かもしれないが,一貫性という点からは両者の相違が不思議に感じられるので,説明があると理解しやすいと思われる。
このほか,高齢者の貯蓄率の高さが自身の生活や次世代の子の将来への不安に基づくものであることから,「適切な相続税の導入」による富の再配分の必要性が指摘されている。その必要性は十分認識されるべきだが,ここで議論の中心にある高齢者はおそらく相続税納付の対象にはならない人たちであろう。そのような人たちへの,より直接的で効果が上がりやすいものを論じるべきなのではないか。
つぎに,世帯主の金融リテラシーの高さと家計がもつ債務との関係の分析において世帯主の金融リテラシーが高いほど家計は債務を抱える一方,世帯主の金融リテラシーが低いほど過剰債務に陥る,という知見が得られているが,この記述はややわかりづらい。金融リテラシーの高さが債務を高めるならば,過剰債務が発生するのは金融リテラシーがむしろ高い世帯主の家計ではないかと考えられるからである。実証分析では債務,過剰債務ともにそれらの有無という離散変数が用いられているが,もしこれを連続変数,もしくは階級区分やより細かく数値変換する,あるいはコントロール変数に入っている所得水準や資産規模によりサブサンプルを作成して推定する,順序プロビット・順序ロジットなどへ推定法を変えるなどによって,金融リテラシーがどのようなメカニズムで家計の債務保有に影響を与え,結果として正常な範囲での債務保有に抑えられるのか,過剰債務に陥るのかがより明確になると考えられる。
第Ⅱ部で議論の中心となる金融機関から企業(産業)への資金配分については,リーマンショック以降の金融機関,金融市場の変化が詳しく述べられており,実態把握が難しいリーマンショック後における各産業,経済主体への資金配分の全体像が描かれている。その特徴について,リーマンショック後にも続く高投資の資金ソースは企業の内部留保,社債(債券)やシャドーバンキングであり,銀行の企業への融資は短期のもの,および消費者向けに住宅ローン等の融資の割合が高まっているとされる。これより銀行の融資に対する保守性が現在も見受けられる。そして企業の過剰投資,その結果として生じる過剰生産能力は,企業のフリーキャッシュフロー(以下,FCF)によって生じていると実証分析で示される。ここで実証モデルの従属変数として過剰投資,独立変数にFCFの2期前が1期前および当期とともに採用されている。先行研究との差別化のためといわれているが,より詳細な説明が必要であろう。換言すればリーマンショックを挟んで3期に分けた推定結果では,第2期目の2008年から2015年のみにおいて2期前のFCFの多さが企業の過剰投資に統計的に有意に正の影響を与えている。この結果を筆者は,リーマンショックに対する景気刺激策によって1期前だけでなく2期前のFCFも企業の当期の過剰投資に影響を与えた,としているが,どのようなメカニズムで2期前の内部留保の大きさが(2期後である)当期の過剰投資を決定づけるのかの説明が必要である。もうひとつの説明として,1期前のFCFのみが過剰投資に正に影響する1期(1990~2007年),3期(2016~2019年)の結果は,企業がFCFが大きくなるとすぐにそれを投資に回すという,より強い投資志向を表してはいないだろうか。また,係数推定値の比較によりFCFの過剰投資への影響の大小を比較しているが,その差については統計的検定を経て議論した方が適切ではないだろうか。
筆者が経済実態の金融へのニーズに対応できていないという点で「待ったなしの課題」と述べるように,金融システムの改革は,デジタル金融の発展などもふまえて再び重要度が高まっている。この重要度について,ここでは本書の分析を通じて明らかになった,従来から存在する間接・直接金融の問題について考える。本書で示されたように,家計は資産運用としてシャドーバンキング等につながる理財商品を保有している。一方で,企業が投資を行う場合もその資金調達は銀行よりもむしろシャドーバンキングや社債発行を通じて行われる。地方政府の融資プラットフォームからの資金調達も盛んになっている。銀行も短期融資や理財商品等での資産運用にインセンティブをもつ。つまりシャドーバンキング,すなわちノンバンクが金融仲介機能として欠かせない存在となっている。そこでもし,理財商品での資産運用や融資プラットフォームで集められた資金が非効率に利用されれば,それは資産運用を行う企業や消費者,さらには高齢者や低所得者を含む資産運用を行っていない通常の銀行の預金者にも負の影響が生じてしまう。「地方政府」「国有」への経緯上もつ経済主体の安心感も,金融仲介システムの機能をゆがめてしまう恐れがある。そこで,この金融改革の課題には,近年新たに発展してきたデジタル金融の役割の分析と同時に,既存の銀行,社債などの金融仲介機能としての役割を分析・評価する研究も不可欠である。そして新たに出てきたデジタル金融と既存の金融チャネルとの棲み分け,政策金融とビジネスベースの金融チャネルとの差別化の有無なども分析の対象とする必要があろう。
消費のためのローンの成長は,リーマンショック後に一貫して指摘されていた内需(消費)の喚起が実現する可能性を高めるであろう。この可能性を市場全体として効率的に高めるためにも,本書が提示する金融システムと広い意味でのそのステークホルダーに関する研究は,現在進行形で重要である。
以上のように本書は,金融仲介機能の全体を俯瞰することにより,われわれに中国経済における金融の発展の現段階と現在の問題点を鮮やかに提示し,今後の研究において何をすべきかを明らかにしている,大変貴重な成果というべきであろう。