抄録
犬の視床下部下垂体系における vitamin C, phosphatase, peroxydase 及び亜鉛の諸反応を検索し, 次の結果を得た.
1. Vitamin C.
視床下部下垂体系に Giroud-Leblond (1934) 氏法を適用すると, 神経分泌核領域は肉眼的にも黒変し, 神経分泌細胞の細胞質に微細黒色顆粒があらわれる. その含量は Nissl 領域をさけて細胞質の大部分を満たすものから全く有しないものにいたるまで種々である. 細胞核内には認められない. 神経突起の中へはしばらく連続しているが漏斗では不連続的となり後葉まではたどれない. 漏斗では Herring 小体に相当すると考えられる反応は見出せない. 毛細血管内には血液に一致する顆粒塊の反応が認められる. 多数の前葉細胞は反応陽性を示すが後葉には5例を通じて陽性反応物はたゞ1個の Herring 小体と思われる円形顆粒集団が見出されたのみである. 神経分泌核以外の核の神経細胞にも種々量の黒色顆粒が認められる. 視床下部下垂体系において Giroud-Leblond 氏法に反応する還元物質は恐らくvitamin C と考えられる.
2. Phosphatase.
酸性 phosphatase に対しては Gomori 氏法 (1952), アルカリ性 phosphatase に対しては直良氏法, Gomori 氏法 (1939, 1952), Dempsy と Wislocki 氏改良法 (1947) を用い, 基質液のpHは alkali 性 phosphatase に対しては9.2-9.5, 酸性 phosphatase に対しては5とし, 基質としては alkali 性 phosphatase に対してはα-及びβ-グリセロ燐酸ソーダ, 酵母核酸の3種類, 酸性 phosphatase に対してはα-及びβ-グリセロ燐酸ソーダを用いた.
Alkali 性 phosphatase: 固定液として80% alcohol を用いたときと aceton を用いたときとで所見は異らないが, 基質としてグリセロ燐酸ソーダを用いたときと酵母核酸を用いたときとでは多少の差異がある. グリセロ燐酸ソーダを用いたときは浸漬2時間で毛細血管, 神経分泌核及びその他の核の神経細胞の核小体は濃黒褐色に反応するが, 細胞質は陰性に留まり, 漏斗では下垂体門脈系が墨汁注入標本のごとく反応し, 下垂体々部では毛細血管及び多数前葉細胞が陽性を呈するが, 後葉の比較的太い血管は反応しない. 浸漬6時間以上でも新たな陽性要素の出現はなく, 陽性に反応していた部位の黒い色調がかえって淡くなり, 且つその周縁が周囲に滲み出たように不明瞭になるために, 神経分泌核では核領域一帯が alkali 性 phosphatase を含むかのように見えるが, このことは一度特異的に沈着した calcium phosphate が拡散して周囲組織に吸着されたことを示す所見であるかもしれない.
酵母核酸を基質とした場合は浸漬1時間30分で視床下部下垂体系の毛細血管は淡黒褐色に現われ, この場合は神経分泌細胞の細胞質及び細胞核も淡黒褐色に着色する. 浸漬2-3時間では毛細血管壁は更に濃くなるが, 神経分泌細胞の細胞質の反応は増強されず, 新たに後葉の pituicytes が散在性に淡黒褐色を呈する. 4時間に及ぶと毛細血管は黒色となり, pituicytes の色調も濃くなるが, 細胞質の反応は依然として変らない. 浸漬6時間の対照切片では神経分泌細胞の同程度の反応が認められる. 従って, pituicytes の反応は phosphatase の含有を意味すると思われるが, 神経分泌細胞のそれは真の alkali 性 phosphatase の存在を示すものか或は拡散せる calcium phosphate の吸着によるものかは疑わしい.
酸性 phosphatase: 反応は甚しく不定であるが明瞭な場合は浸漬3時間で神経分泌細胞は核膜, 核小体は黒褐色に, 細胞質及び突起の起始部も暗褐色に反応する. 神経分泌細胞と同程度に反応する神経細胞は他になく, 毛細血管も反応せず, 漏斗では反応陽性要素は存しない. 下垂体々部では多数の前葉細胞が反応し, 後葉では散在性に陽性 pituicytes が認められる.
3. Peroxydase.
2% formalin 固定, 凍結切片に Loele (1912) 氏 benzidin-peroxydase 反応を行う. 赤血球が一部は直ちに褐色に, 他は青から緑を経て同じく褐色に呈色する他には視床下部下垂体系に陽性要素を認めない.
4. 亜鉛.
Formalin 又は abs, alcohol 固定, paraffin 切片に Mendel と Bradley 氏法 (1905) を試みても陽性要素なく, 岡本 (1942) 氏法では中間葉細胞にのみ濃紫赤色に反応した顆粒が認められる.