抄録
台湾猿の食道には食道腺は証明されない. 食道の筋層は食道上部では横紋筋組織から成るが, 下方に向うに従って次第に平滑筋組織に置き換えられ, 下部1/6では全く平滑筋のみで構成される.
食道に対する外来性神経線維は外膜内に食道周囲神経叢を形成する. この神経叢内に多くの交感性の小神経節が含まれる.
Auerbach 神経叢の発達は食道上部では劣勢であるが, 中部以下では比較的良好となる. この神経叢内の神経節細胞は専ら Dogiel I型及び幼若型細胞で表わされ, Dogiel II型細胞は殆ど見られない. Meissner 神経叢内の神経節は食道下部に於けるよりも上部に於て発達良好, そして専ら幼若型細胞を所有するが, 又稀ならず Dogiel I型細胞をも含む.
食道に分布する植物神経線維は甚だ微細な交感神経線維とそれより稍々太い副交感神経線維とから成り, 之等は遂に終網 (Stöhr) に移行, 組織細胞に対し接触的支配関係を示す.
食道筋層の横紋筋に対する運動神経線維は人の食道で多数見られる葡萄状終末 (定) と山羊で多数見られる運動性終板とに移行するが, 両者は略々同数に発見される. 即ちこの点からすると台湾猿は山羊よりも遙かに人に近いという事になる.
食道に分布する知覚神経線維は運動性線維より一般に太く, その終末は食道壁の全層内に発見される. 筋層特に筋東間結合織内には非分岐性及び単純性分岐性終末が見られるが, 之等の多くは表面平滑で径の変化に富んだ太い線維から成り, 多少糸球状を呈する. そしてその終末領域内には少数の特殊細胞核を含む. 然し糸球状を呈さぬ分岐性終末及び粘膜下膜に向う太い幹線維から岐れた側枝によって作られる分岐性終末も筋層内に稀ならず証明される. 其他食道上部の横紋筋組織内に特殊な迂曲走行を示す終末枝から成る分岐性終末の見られる事は特に興味深い.
Auerbach 及び Meissner 神経叢内神経節の中にも稍々複雑な分岐性終末が発見される. 即ち多数の分岐は著明な径の変化を示しつゝ特徴ある係蹄状走行を走り, 可成り広範囲に拡散して鈍状若しくは尖鋭状に終る. 尚お終末線維が稀ならず糸球状配列を示す事は興味深い.
粘膜下膜内には著明な蛇行を示して終る非分岐性及び単純性分岐性知覚終末が見られる. 又粘膜固有膜内にも非分岐性及び単純性分岐性終末が証明されるが, その終末線維は余り波状走行を取る事なく, その先端は専ら上皮直下に尖鋭状に終る. 上皮内線維はこの動物の食道でも決して証明されない.
以上台湾猿の食道壁に見られる知覚終末の発達は人に比すればより劣勢, 然し犬, 山羊, 及びスッポンに於けるよりは概ね良好である.