抄録
月令5月から8月までの男女両性のヒト胎児の交連下器官が電子顕微鏡で観察された.
すでに光線顕微鏡でしらべられているように, ヒト胎児の交連下器官は長い基底突起を具えた多列の高円柱状上衣細胞から構成されている. これら上衣細胞の脳室に面する表面には多数の微絨毛と時として細胞質の偽足状突出が見られるが, 線毛は極めて少数か全く欠如している. 脳室内にはこの器官の分泌物の凝固によって生じたと考えられている REISSNER の線維は存在しない. 細胞によって胞体や核の電子密度はかなり違っているが, いずれも散在するミトコンドリア, 核上部に限局する比較的発達したゴルジ装置や平行に走る微小管の束を持っている. ヒト胎児ではまた胞体中に瀰漫性に分布するグリコゲンの存在が特徴的である.
一般の脊椎動物においてこの器官の分泌物生産の場と見做されている粗面小胞体はヒト胎児では細胞基底部にしばしば出現する同心円性ないし渦巻状の構造を除くとその発達や分布は悪い. 胞体内にはこの器官の分泌能を証拠づける粗面小胞体腔内微細雲絮状物質も, またこれで満たされている分泌嚢も, さらに分泌活動を示唆する何等の構造も認められない. このことからヒト胎児の交連下器官は一種の痕跡器官であって, 分泌機能は消失しているものと考えられる。