2020 年 33 巻 p. 4-22
本稿は、山一證券の記録管理ルールにおいて、社史資料がどのように位置付けられていたかに注目して、日本の企業における記録管理と企業アーカイブズの連携をめぐる議論のための事例を提示することを目的とする。同社は1961年に最初の記録管理のルールである「文書取扱要領」を制定したが、制定の背景には、戦後の証券取引の拡大に伴う文書量の増大があった。同社のルールは、当時の文書管理のモデル規程などを参考にしたと考えられるが、「文書保存期間一覧表」で社史編纂を想定した類型を規定したことに独自性が認められた。1980年代の「情報化時代」に伴う事務の合理化は、現場が保有する文書の廃棄を促進し、社史資料として移管するという発想に発展することはなかった。