Journal of Rural Problems
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Research Article
Reality-Shock and the Recovery Process in Cooperating on Community-Reactivating
Kohei ShibazakiMasaya Nakatsuka
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2018 Volume 54 Issue 2 Pages 25-35

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1. 背景と目的

近年,農山村再生における外部人材の役割が注目されており,行政としても様々な人的支援施策を展開している.なかでも総務省が2009年度からおこなっている地域おこし協力隊制度は規模も大きく注目度も高い.地域おこし協力隊制度の目的は,都市住民に地域協力活動に従事してもらいながらその地域への定住・定着を促進することであり,隊員の任期は最長3年と設定されている.隊員の主なマネジメント主体は自治体行政であり,自治体には隊員1人あたり400万円(報酬等200万円,経費200万円)を上限とした財政支援が総務省からなされている.そして,同制度の成果としては約5割の隊員が任期終了後も同じ地域に定住しているといった報告もある(総務省,2015).この割合は一定の評価に値するものであると考えるが,隊員の活動報告会や各種レポート,筆者のこれまでの調査において,程度の差こそあれ身体的・精神的な疾患を患い不適応状態に陥る隊員,さらにはそのまま離職に至る隊員の存在も確認されている.その主な要因としては,図司(2013)も「ズレ」として指摘しているように,隊員と受入れ地域の間の姿勢や方向性のミスマッチの存在が考えられる.先行研究ではこのようなミスマッチを是正していくために,自治体がおこなう隊員マネジメントの実態に関心が寄せられてきた.そしてミスマッチを予防していくにあたって自治体行政が留意すべきポイントについて多く言及されてきた1.しかし,桒原・中島(2016)が述べるようにマネジメント体制が隊員に与える影響に着目した研究は少なく,隊員自身がどのような出来事をミスマッチとして捉えているのか,そしてそのミスマッチはどのようになったのか,などといった点について多くのことはわかっていない.ミスマッチについて議論を深めていくためには,隊員の視点からアプローチしていくことが重要であると考える.

隊員の視点から捉えると,受入れ側とのミスマッチはいわゆるリアリティ・ショックとして表出することが考えられる.リアリティ・ショックは後述するように,組織への新参者が組織参入前後において感じるギャップを意味し,離職を促す主な要因として研究が蓄積されてきた2.そしてリアリティ・ショックを克服することは,新参者が組織に適応するための重要課題と位置づけられている.リアリティ・ショック研究の主な対象者はホワイトカラーや看護師であり,地域に参入する隊員とは置かれている状況が大きく異なるものの,そこで蓄積されてきた知見は多くの示唆を与えてくれると考える.

以上を受け本稿では,隊員と受け入れ地域の間に存在するミスマッチを隊員の視点からアプローチしていく.その際,隊員自身が感じるリアリティ・ショックに着目することとした.そして,隊員が感じるリアリティ・ショックの内容を明らかにするとともに,その克服過程を明らかにすることを目的とした.そのうえで,リアリティ・ショックに関して受け入れ側が留意すべき点を整理する.

2. 研究の方法

(1) リアリティ・ショック

リアリティ・ショックについては組織社会化論において知見が蓄積されており,代表的な定義には「個人が仕事に就く際の期待・現実感のギャップに由来するもの」(Schein, 1978)があげられる.この定義からもわかるように,リアリティ・ショックが起きる前提要因には新参者が保持する「期待」が挙げられている.しかし,その前提要因には期待だけでなく「過信」や「覚悟」などの「見通し」が存在することも明らかにされている(尾形,2007).そのため本稿においてはリアリティ・ショックを「地域おこし協力隊員が地域に赴任する前に予想していたことと,赴任後に認知した現実とのギャップ,あるいは予期せぬ状況に直面したことで生じるネガティブな感情」と捉えることとする.なお,隊員を農山村地域への移住者として捉えた場合,移住者が経験する文化や慣習などの違いについては混住化やカルチャー・ショックの関連研究で多く取りあげられてきた.そのため本稿では,一般的な移住者が感じるギャップや予期せぬ出来事ではなく,協力隊として活動をおこなっていくうえで感じるものに限定することとした.

(2) 分析の視角

本稿ではリアリティ・ショックをその内容と克服過程に分けて分析していく.その際,以下の視点に留意して分析をおこなった.

リアリティ・ショックの内容について先行研究ではネガティブな側面に焦点が当てられてきたが,ポジティブな側面に着目した研究もある.例えば小川(2005)は,リアリティ・ショックには入社後の自己理解,特に自身の適性を自覚させる契機となりうるなどポジティブな側面もあることを明らかにしている.そのため本稿ではポジティブな側面があることを考慮に入れて分析をおこなった.また,隊員の活動環境はホワイトカラーや看護師などのそれとは大きく異なる.そのため,隊員特有のリアリティ・ショックがみられることを想定し,分析を進めた.

リアリティ・ショックの克服については,組織への新参者自身による対処と,新参者への外部からのサポートといった2つの視点から研究が蓄積されている.本稿では主に前者の視点に着目して分析を進めていく.リアリティ・ショックへの対処に関しては対処の多様性とその効果の関係性を分析した研究がみられる.例えば尾形(2007)は,リアリティ・ショックを成長の機会と捉える対処行動には,学習を促進させる効果があることを明らかにしている.言い換えると,リアリティ・ショックを受けた新参者自身がそれをどのように捉え,行動をおこすかによってリアリティ・ショックがもたらす影響は異なるといえよう.そのため本稿では,具体的にどのような行動をとったのかという点だけではなく,その捉え方,つまり対処する際の態度や姿勢についても着目することとした.

なお,隊員の活動環境は自治体行政によって大きく異なることが予想される.そのため,自治体行政がおこなうマネジメントの実態にも触れつつ,具体的な分析を進めることとした.

(3) 調査の方法

調査対象地は,事前調査からリアリティ・ショックを感じている隊員が確認できたことや隊員数が比較的多いことを考慮し,X村とY町を選定した(表1).両地域とも主な産業は林業であり,X村は人口約2,000人,高齢化率は約50%と全国的にみても過疎高齢化が進行している地域といえる.一方,Y町はX村と比較すると人口も多く(約9,000人),高齢化率も低い(約40%).地域おこし協力隊制度の導入年度はX村が2013年度,Y町が2012年度であり,Y町の方が1年早い.また,調査時の在籍隊員数はともに7名であった.

表1. 調査対象地の概要
人口1)
(人)
高齢化率1)
(%)
導入年
(年度)
隊員数2)
(人)
X村 約2,000 約50 2013 7
Y町 約9,000 約40 2012 7

資料:2010年国勢調査および聞き取りより筆者作成.

1)人口および高齢化率は概数に修正した.

2)調査時における在籍隊員数を意味する.

調査方法は聞き取り調査である.調査の了承を得られた隊員計9名(X村6名,Y町3名)に対して90分程の聞き取り調査を個別におこなった.時期は2014年12月であり,3回に分けておこなった.属性に関しては応募動機や活動内容などを尋ね,リアリティ・ショックの内容に関してはギャップを感じた出来事や予想外の出来事はあったか,その時期はいつか,その時どのように感じたかなどを尋ねた.リアリティ・ショックの克服過程に関しては,どのような態度や姿勢でどのような行動をおこしたのか,そしてその結果リアリティ・ショックはどうなったかなどを尋ねた.また,同制度を主に担当している各自治体職員(以下,担当者)に対しても聞き取り調査を同時期におこなった.そこでは,採用時に重視した点や活動内容の設定の仕方などについて尋ねた.

3. リアリティ・ショックの内容

(1) 調査対象者の概要と活動内容

調査対象者である隊員の年代・性別,応募動機,活動内容などをまとめたものが表2である.

表2. 調査対象者の概要
年代 性別 前勤め先・
前職
赴任
年度
応募動機 主な活動内容
X村 A 20代
前半
女性 大学生 2013 地域づくりへの興味,
出身地の近さ
お茶の販売,
観光・移住促進に関する活動
B 20代
前半
男性 大学生 暮らしを自分で作りたい 野菜の生産・販売,
木材・空き家の活用,
C 30代
前半
女性 学校事務
職員
林業に携わりたい,
知人の存在
木材の活用,PR活動,
イベントの企画
D 20代
後半
女性 翻訳会社 一次産業に携わりたい イベントの企画,
アートマネジメント
E 20代
前半
男性 大学生 2014 林業に携わりたい,
知人の存在
野菜の生産・販売,PR活動
F 20代
前半
男性 旅行会社 アウトドアスキルを身につけたい,知人の存在 ハイキングマップ作成,
ツアーの企画
Y町 G 30代
後半
男性 観光協会 2012 古民家で暮らしたい,観光に携わりたい,起業したい 観光団体の運営,イベントの企画,LLPの設立
H 30代
後半
女性 家具制作会社 のんびりしたい,木材を活用したい,知人の存在 木材の活用,イベントの企画,デザイン事務所の設立
I 40代
前半
男性 ソフトウェア開発会社/大学院生 2014 観光に携わりたい,起業したい,
同制度への興味
観光団体の運営,アプリの開発,イベントの企画

資料:インタビューより筆者作成.

年代をみると,X村の隊員は20歳代前半~30歳代前半,Y町の隊員は30歳代後半~40歳代前半となっており,X村の隊員の方が若いことがわかる.前勤め先・前職をみると,大学(院)生が多くみられ,その他には翻訳,旅行,観光,家具製作などに携わっていた者がみられる.赴任年度はG,H氏が2012年度,A~D氏が2013年度,E,F,I氏が2014年度となっている.応募動機をみると,「地域づくりへの興味(A氏)」や「暮らしを自分で作りたい(B氏)」といったように漠然とした動機もみられ,これらの者の活動内容をみると,応募当時に抱いていた意向が具体的になっている,あるいは動機にはみられなかったような活動をおこなっていることがわかる.一方で「林業に携わりたい(C,E氏)」や「観光に携わりたい・起業したい(G,I氏)」といったように,自身のおこないたい活動を比較的明確に設定していた者もみられる.なお,後述するように本稿における対象者は程度の差こそあれ,いずれも起業に向けた活動をおこなっている.しかし応募時において明確な起業意向を保持していた者はG,I氏と限られている.その他の動機には,「知人の存在(C,E,F,H氏)」がみられ,これらの者は赴任する前から赴任先の地域とつながりがあった.

続いて,担当者に対しておこなった聞き取り調査から明らかになった各自治体のマネジメント体制にも触れつつ,活動内容を概観していく.X村では起業活動をサポートするといった姿勢が強く,起業意向を意識した採用をおこなっていた.そして,隊員の募集時においては「既存施設の活性化」や「村のPR」などの大まかな活動テーマを設定しており,赴任してからの1年間は,そのような活動に従事してもらいつつ,隊員が地域を知る期間として設定していた.そして赴任2年目から本格的に起業活動に専念してもらう,といった大筋のプランをたてていた.そのため調査時においては,自治体が設定したテーマに関する活動はあまりおこなわれておらず,起業に向けた活動(例えば,お茶の販売や木材活用,アートマネジメント,野菜の生産・販売,ツアーの企画など)がメインにおこなわれていた.一方Y町は,X村に比べると起業活動をサポートするといった姿勢は弱く,「観光協会の法人化・運営」や「森林セラピーに関する活動」など具体的な活動内容を設定したうえで,隊員を募集していた.また,それらの活動内容に関連した地域組織(例えば観光協会や森林組合など)に隊員を配置するようにしていた.そのためY町では,自治体が設定した活動(観光団体の運営や木材の活用)が多くなされている.その一方で,起業にむけた活動もみられ,LLPの設立やデザイン事務所の設立,アプリの開発などがそれにあたる.

(2) リアリティ・ショックの内容

隊員に対してギャップを感じた出来事や予想外の出来事はあったか,その時期はいつか,その時どのように感じたかなどを尋ねた結果を整理し,類似のものをまとめたものが表3である.以下,表2で紹介した内容にも触れつつ,リアリティ・ショックの内容についてみていく.

表3. リアリティ・ショックの内容
主な発言 内容
具体的な活動内容が決まっていると思っていたが,決まっていなかった
(A,D,I氏:1~3)
活動の自由度 設定された活動
思っていたよりも活動内容が具体的に設定されており,活動の自由度が低かった
(G氏:1~3)
要請のある活動に従事せざるを得なく予想以上に忙しかった
(B,C,D,H氏:1~4)
要請される業務の多さ
起業に関する活動をおこないたいと思っていたが,行政から理解が得られなかった
(G氏:1~3)
起業への認識の違い キャリアの方向性
おこないたい活動を具体的に想定することができなかった
(A氏:12~16,B氏:3~4)
おこないたい活動を
設計する難しさ
自身のスキルの未熟さ
おこないたい活動に関する経験や人脈がなく,どのように進めていけばいいか分からなかった(A氏:18,E,F氏:3~4)
これまで培ってきた経験やスキルがあまり役に立たないことに気づいた(G氏:3) 経験・スキルの
役立たなさ
雇用形態も曖昧で,誰の指示に従えばいいかわからなく,つらかった(G氏:1~3) 雇用形態や指示
系統の曖昧さ
立場や待遇
協力隊として一括りにみられることが多く,戸惑った(B,C,D氏:1~3) 協力隊に向けられる
画一化されたイメージ
想定していた住居と実際に手配された住居が異なっていた(G氏:1) 住居への期待

資料:インタビューより筆者作成.

1)( )内は発言した隊員とリアリティ・ショックを感じた時期(単位:ヶ月後)

まず「具体的な活動内容が決まっていると思っていたが,決まっていなかった(A,D,I氏)」や「思っていたよりも活動内容が具体的に設定されており,活動の自由度が低かった(G氏)」といったように,「活動の自由度」に関するリアリティ・ショックがみられた.例えばA氏は就任1~3ヶ月後に「募集要項に活動のテーマが設定されていたが,実際に赴任すると自分のおこないたいことをみつけて進めて下さいという感じだったので戸惑った」と振り返っていた.一方G氏は「観光団体の運営」などをおこないつつ,起業に向けた活動をおこなっていたが,起業に向けた活動に従事する時間を多く確保することができないといった現実に直面していた.これらのリアリティ・ショックはいずれも活動の自由度に関するものであり,隊員を採用する前に活動環境についての情報が十分に伝わっていなかったために出現したリアリティ・ショックであるといえよう.他には,「要請のある活動に従事せざるを得なく予想以上に忙しかった(B,C,D,H氏)」といった「要請される業務の多さ」に関するリアリティ・ショックがみられた.隊員は自治体や地域住民・組織などから様々な活動を要請されており,いわゆる地域の「便利屋さん」として扱われることに戸惑いを感じていた.例えばB氏は就任3ヶ月後あたりに「やりたくなかったが,協力隊全員でおこなわなければならない活動に取組まざるをえなくなり,つらかった」,C氏は「出席しなければならない会合が多く,本当に忙しかった」と振り返っていた.その一方,C氏は「要請される業務が多かったおかげで,活動をともにおこなっていける人と知り合うことができた」と振り返っており,「便利屋さん」として扱われることは,新たな人脈を作るきっかけにもなっていることが確認された.以上にみてきた「活動の自由度」や「要請される業務の多さ」に関するリアリティ・ショックは,自治体や地域住民・組織などから設定された活動内容に関するものであるため,これらを「設定された活動に関するリアリティ・ショック」としてまとめた.

続いて「起業に関する活動をおこないたいと思っていたが,行政から理解が得られなかった(G氏)」といった「起業への認識の違い」に関するリアリティ・ショックがみられた.G氏は応募時から起業意向を高く保持しており,起業に向けた活動をおこなってはいたものの,Y町は隊員の起業活動を積極的にサポートするといった姿勢ではなかった.そのためG氏は,赴任1~3ヶ月あたりから,自治体行政や配置された地域組織と自身が思い描くキャリアの方向性にギャップを感じていた.そのためこれを「キャリアの方向性に関するリアリティ・ショック」としてまとめた.

続いて「おこないたい活動を具体的に想定することができなかった(A,B氏)」や「おこないたい活動に関する経験や人脈がなく,どのように進めていけばいいか分からなかった(A,E,F氏)」といった「おこないたい活動を設計する難しさ」に関するリアリティ・ショックがみられた.A氏は赴任した後も自身の活動の方向性を明確に定めることが出来ず,赴任12ヶ月後あたりから「住民に喜んでもらえるような活動をしたいと思っていたが,何をしていけばいいのかわからず,悩んだ」といった現実に直面していた.またE,F氏は就任3ヶ月後あたりにそれぞれ,「品物に自信はあるのに売れないという販売の難しさを感じた」,「地域に知り合いもいなかったので,活動をどのように進めればいいのかわからなかった」といった現実に直面していた.その他には,「これまで培ってきた経験やスキルがあまり役に立たないことに気づいた(G氏)」といった「経験・スキルの役立たなさ」に関するリアリティ・ショックがみられた.G氏は前職の観光協会での経験もあり,地域活動を進めていくことに自信を持っていたが,Y町ではこれまで通り進めていくことができないという現実に直面していた.以上にみてきた「おこないたい活動を設計する難しさ」や「経験・スキルの役立たなさ」に関するリアリティ・ショックは,自身のこれまでの経験や人脈,スキルに関するものであるため「自身のスキルの未熟さに関するリアリティ・ショック」としてまとめた.

続いて「雇用形態も曖昧で,誰の指示に従えばいいかわからなく,つらかった(G氏)」といった「雇用形態や指示系統の曖昧さ」に関するリアリティ・ショックがみられた.同制度を導入した当初,Y町では雇用契約を締結しておらず,また,隊員を地域内の組織に配置するようにしていた.そういった状況に対してG氏は就任1~3ヶ月後あたりに「雇用契約はないが,あるような働き方がしんどかった.行政担当者と配置された組織の上司,2人も管理者が存在し,戸惑うことが多かった」と振り返っていた.その他には「協力隊として一括りにみられることが多く,戸惑った(B,C,D氏)」といった「協力隊に向けられる画一化されたイメージ」に関するリアリティ・ショックがみられた.例えばB氏は就任1~3ヶ月後あたりに「各隊員が違った活動をおこなっているにも関わらず,同じ『協力隊』としてみられており,それが煩わしかった」,C氏は「地域から隊員に寄せられる期待が予想していたよりも大きかった」と振り返っていた.その他には,「想定していた住居と実際に手配された住居が異なっていた(G氏)」といった「住居への期待」に関するリアリティ・ショックがみられた.G氏は,古民家での暮らしを希望していたが,手配された住居はそういったものではなく,予想外の出来事に直面していた.以上にみてきた「雇用形態や指示系統の曖昧さ」や「協力隊に向けられる画一化されたイメージ」,「住居への期待」に関するリアリティ・ショックはいずれも,協力隊としての立場や待遇に関するものであるため「立場や待遇に関するリアリティ・ショック」としてまとめた.

4. リアリティ・ショックの克服過程

本節では,先述したリアリティ・ショックを隊員が克服していく過程についてみていく.具体的には,リアリティ・ショックに対する対処および,その対処をおこなった結果についてみていく.

(1) リアリティ・ショックへの対処

隊員に対して,リアリティ・ショックを受けた後どのような態度や姿勢で,そしてどのような行動をおこしたのかを尋ね,先ほどと同様の手順でまとめたものが表4である.

表4. リアリティ・ショックへの対処
主な発言 内容
他隊員とミーティングを開催し,相談しあうようにした(A,B,C,D,E,F氏) 相談
地域内のルールなどについて地域住民や担当者などに相談した(全隊員)
自分で判断しかねる時は担当者や地域住民に相談し判断を仰いだ(H氏)
地域外に赴き知人と話すようにした(D氏)
地域内外の関連事業者に相談するようにした(全隊員)
担当者などにおこないたい活動に関わっていいか申し出た(C氏) 要望
異なった制度の運営のあり方を担当者に提案した(G氏)
おこないたい活動に詳しい人を紹介してもらうよう頼んだ(F氏)
忙しすぎる時は要請された活動を断れないか打診した(H氏)
提案が拒否された際,違う形で提案するようにした(B,C氏) 態度・解釈の
修正
コミュニケーションの大切さに気づき,積極的に図るようにした(H氏)
要請された活動に対して積極的な姿勢で取り組むようにした(B,C,D,H氏)
税金で食べさせてもらっていることを意識し,便利使いされることを受け入れた(H氏)
事業としておこなっていけそうな活動にメインをシフトした(A,B,D,E氏)
自身のおこないたい活動と協力隊としての活動を分けるようにした(G,H氏)
他隊員との活動内容の差別化を図るようにした(B氏)
地域内外の関係者・機関とともに活動をおこなった(全隊員) 連携
隊員間で誘いあい,一緒にできる活動は一緒に取り組んだ(A,B,C,D,E,F氏)
活動をおこなっていく上で必要な知識や技術について勉強した(全隊員) 自己学習

資料:インタビューより筆者作成.

1)( )内は発言した隊員

まず「他隊員とミーティングを開催し,相談しあうようにした(A,B,C,D,E,F氏)」や「地域内のルールなどについて地域住民や担当者などに相談した(全隊員)」,「自分で判断しかねる時は,担当者や地域住民に相談し,判断を仰いだ(H氏)」,「地域内外の関連事業者に相談するようにした(全隊員)」といった対処がみられた.X村では,隊員が集う事務所が設置されていただけでなく,隊員同士が自主的に週1回の頻度でミーティングを開催しており,担当者もそういった場に頻繁に赴き,互いの状況や意向を共有していた.また,隊員は地域住民や地域外の関連事業者にも頻繁に相談していた.例えばH氏は行政と地域,両者の立場に詳しい地域住民に相談しており,「担当者だけでなく,地域活動を活発におこなってきた地域住民の存在が大きかった」と振り返っていた.以上にみてきたように,隊員は他隊員や担当者,地域住民といった地域内の者に限らず,地域外の関連事業者などとも関わり,直面する課題の内容に適した相手と情報を共有する,判断を仰ぐなどの対処をおこなっていたといえよう.そのためこのような対処を「相談」としてまとめた.

また,「担当者などにおこないたい活動に関わっていいか申し出た(C氏)」や「異なった制度の運営のあり方を担当者に提案した(G氏)」といった対処がみられた.例えばG氏は,起業活動に従事できる時間の確保や雇用形態の改善など,新たな活動環境についての提案をおこなっていた.また「おこないたい活動に詳しい人を紹介してもらうよう頼んだ(F氏)」といったように,紹介を依頼するといった対処や,「忙しすぎる時は要請された活動を断れないか打診した(H氏)」といったように,要請された活動を拒否するといった対処がみられた.後述するようにH氏は,地域の「便利屋さん」として扱われることを受け入れ,積極的な姿勢で要請された活動にも従事するように心がけていた.しかし,忙しすぎる時は自身の状況を伝え,断るようにしていた.以上にみてきた対処は,自身の意向を他者に伝えるといった対処であるため,「要望」としてまとめた.

続いて「提案が拒否された際,拒否された理由を考え,違う形で提案するようにした(B,C氏)」といった対処がみられた.隊員は活動をおこなっていくなかで行政やその地域特有のシステムに触れており,なぜ自身の提案が拒否されたのかを相手の立場から考えるように心がけていた.そして,どのようにすれば自身の提案が通りやすいのかを工夫するといったように,活動の提案方法を修正していた.また,「コミュニケーションの大切さに気づき,積極的に図るようにした(H氏)」や「要請された活動に対して積極的な姿勢で取り組むようにした(B,C,D,H氏),「税金で食べさせてもらっていることを意識し便利使いされることを受けいれた(H氏)」といったように,活動に対する自身の態度を修正するといった対処がみられた.例えばH氏は,「他地域の隊員も集う,活動の報告会などにいくと,行政を非難する声についてよく聞くが,そういうのはあまり言わないようにしていた.行政の人も良くしてくれているし,私らは税金で食べさせてもらっているので」といったように,他者を非難するのではなく,友好的かつ謙虚な態度で活動に取り組むよう心がけていた.またC氏は,要請される業務に対して「受け身でやるのではなく,どのようにしたらその業務が楽しくなるのか,次の活動につなげることができるのか,ということを考えながら取り組んでいた」と積極的な姿勢で取り組むようにしていた.次に,「事業としておこなっていけそうな活動にメインをシフトした(A,B,D,E氏)」といった対処がみられた.例えばD氏は応募当時「一次産業に関わりたい」という意向を保持していたが,アートマネジメントを活動のメインに,E氏は「林業に携わりたい」という意向を保持していたが,野菜の生産・販売をメインの活動に位置付けている.なお,このような修正がみられたきっかけには,「設定された活動に関するリアリティ・ショック」でも触れたような予想していなかった活動に従事したことや,地域住民や先行隊員と相談するなかで話を持ちかけられたことなどがみられた.例えばD氏は,自治体から要請された活動をきっかけにアートマネジメントに従事するようになったという.またB氏は,地域住民から話を持ちかけられ,野菜の生産・販売に従事するようになり,E氏はB氏からの誘いもあり,野菜の生産・販売に携わるようになった.B氏はその当時の状況について「地域のおこないたい活動と自分のおこないたい活動が一致した印象を受けた」と振り返っていた.その他には「自身のおこないたい活動と協力隊としての活動を分けるようにした(G,H氏)」といった対処や,「他隊員との活動内容の差別化を図った(B氏)」といったように,自身の立場を明確化するといった対処がみられた.例えばG氏は,協力隊の活動として起業活動に専念することが難しいといった現状に対して,協力隊としてではなく個人の活動として起業活動を展開するようにしていた.以上にみてきた対処は,地域の状況に合わせて活動に対する態度や解釈を修正するといった対処であるといえよう.そのためこれらを「態度・解釈の修正」としてまとめた.

続いて「地域内外の関係者・機関とともに活動をおこなった(全隊員)」といった対処がみられた.例えばC氏は,「地域外の人とのつながりがあったために新たな活動をおこなうことができた」と振り返っていた.また「何かあれば隊員間で誘いあい,一緒にできる活動は一緒に取り組んだ(A,B,C,D,E,F氏)」といったように,隊員間で誘い合うといった対処がみられた.先述したようにE氏は,B氏がおこなっていた野菜の生産・販売に関する活動を共におこなっており,「B氏がいたから活動をスムーズにおこなえた」と振り返っていた.以上にみてきた対処は,他隊員や地域内外の関連事業者とともに活動をおこなうといった対処である.そのためこれらの対処を「連携」としてまとめた.

続いて「活動をおこなっていく上で必要な知識や技術について学習した(全隊員)」といった対処がみられた.例えばA氏は,お茶を販売するにあたって必要な知識を,通信講座などを通して学習していた.これを「自己学習」としてまとめた.

以上にみてきたようなリアリティ・ショックへの対処を大別すると,相談,要望,連携するといった地域内外の他者への働きかけおよび,態度・解釈の修正,自己学習をおこなうといった自身への働きかけに分けられよう.

(2) リアリティ・ショックへの対処の結果

続いて,先述した対処をおこなった結果,リアリティ・ショックがどうなったかを隊員に尋ねた結果についてみていく.

まず「起業に向けた活動をおこなうことができており,楽しみながら活動をおこなうことができている(B,C,D,E,F,H,I氏)」といった結果が得られた.これらの者のなかには,応募時において明確な起業意向を保持していなかった者も多くみられたが,活動を通して起業意向が向上していることも確認された.例えばB氏は,実際に起業している地域外の関連事業者に任期終了後のキャリアの方向性などについて相談するなかで「刺激を受け,起業意向が高くなった」と振り返っていた.その他には,「おこないたいと思っていた活動は,未だ間接的にしかできていないが,活動を楽しめている・進めることができている(A,E氏)」といった結果がみられた.例えばE氏は,「態度・解釈の修正」でも触れたように,林業から野菜の生産・販売に活動のメインを修正していた.そういった状況についてE氏は「目の前に取組めること(野菜の生産・販売)ができたのが楽しかった.今後はもっと林業にも携わっていきたい」と振り返っていた.その他にも「活動の進め方に関するノウハウが身について自信がついた(H氏)」といった結果もみられた.以上にみてきた者は,いずれも活動を楽しみ,活動を進めることができているため,リアリティ・ショックを克服しているといえる.

一方,「起業することに限界を感じたため,他の地域に協力隊として応募しようと思った(G氏)」といった結果もみられた.表3でみたように,G氏は他隊員に比べて多様なリアリティ・ショックを感じていた.そのなかでも,「雇用形態や指示系統の曖昧さ」に関するリアリティ・ショックなどについては,雇用契約が締結されたこともあり,状況は改善されていた.しかし,他隊員ではみられなかった「キャリアの方向性に関するリアリティ・ショック」は克服されていなかった.そして,協力隊としての業務に従事しながら起業することに限界を感じ,離職願望を保持するに至っていた.

5. 考察

以上,本稿では2つの地域,計9名の隊員を対象とした聞き取り調査から,隊員のリアリティ・ショックの内容およびその克服過程についてみてきた.本節ではそれらの結果を整理するとともに考察を加える.

(1) リアリティ・ショックの内容

隊員は赴任初期(赴任1~3ヶ月後あたり)に多くのリアリティ・ショックに直面していることが明らかとなった.またその内容は,①自治体や地域住民・組織などから設定された活動内容に対して,活動の自由度の低さや高さ,要請される業務の多さを感じるといった「設定された活動に関するリアリティ・ショック」,②自治体行政や配置された地域組織と自身の起業に対する認識が大きく異なるといった,任期終了後の「キャリアの方向性に関するリアリティ・ショック」,③おこないたい活動を設計する難しさや,自身の経験・スキルの役立たなさを感じるといった「自身のスキルの未熟さに関するリアリティ・ショック」,④雇用形態や指示系統の曖昧さ,協力隊に向けられるイメージの画一性,住居に対する失望などを感じるといった,協力隊としての「立場や待遇に関するリアリティ・ショック」の4つであることがわかった.

なお,これらのリアリティ・ショックは,その内容ごとで隊員に与える影響の程度や質が異なるということが考えられる.なかでもネガティブな影響が大きいリアリティ・ショックは,離職願望を保持するに至った隊員のみにみられた「キャリアの方向性に関するリアリティ・ショック」であると考察された.これは,任期が最長3年と限られている地域おこし協力隊特有のものであるといえよう3.その一方,リアリティ・ショックにはポジティブな側面もあることが確認された.例えば「設定された活動に関するリアリティ・ショック」は,人脈が広がるきっかけや,予期せぬ形で活動が展開するきっかけとしても機能するなどしていた.

(2) リアリティ・ショックの克服過程

リアリティ・ショックの克服過程を考察し,まとめたものが図1である.

図1.

リアリティ・ショックの克服過程

リアリティ・ショックの発生後,隊員は地域内外の他者へ働きかけるとともに,自身への働きかけをおこない,それを克服していることがわかった.具体的には,地域内外の他者に対して相談,要望,連携するといった対処をおこなうとともに,自身に対しては活動に対する態度・解釈を修正する,自己学習をおこなうといった対処をおこなっていた.もちろん実際には,これら隊員自身による対処だけではなく,様々なサポートがあったことは言うまでもない.本稿においてもアドバイスや影響を受ける,自治体行政によってマネジメント体制が修正されるなどのサポートがみられた.ただし,その際のサポートの内容・質は,隊員自身による働きかけと関連していることが考えられた.つまり,どのようなサポートを受けることができるのか,という点は隊員自身の対処によっても異なるということである.その意味で隊員は,自身による働きかけによって効果的なサポートが受けられるように外部環境を改善し,リアリティ・ショックを克服してきたといえよう.そしてそういった環境を作り出していくためには,活動に対する自身の態度や解釈を修正するとともに,自身の要望を伝える,といった働きかけをおこなうことが重要であると考察された.隊員がそういった柔軟な対処をおこなったからこそ,受入れ側はその状況に応じた効果的なサポートをおこなえたのではないかと考える.また,これら一連のやりとりのなかで,活動ノウハウが身につく,キャリアの方向性が定まるといったように隊員は成長していることも確認された.そのため,こういった成長はリアリティ・ショックを克服するうえでも重要な意味を持つことが示唆される.

(3) 自治体行政によるリアリティ・ショックへのサポート

以上にみてきた知見をもとにリアリティ・ショックに関して受入れ側,特に自治体行政がどのような点に留意していけばいいのか,という点を2つの視点から提示する.

1つ目は,リアリティ・ショックを予防するという視点からである.そのためには本稿で明らかになったリアリティ・ショックの内容を受入れ側で共有するとともに,隊員を採用する際にその情報を伝えることが望まれる.その際,隊員へのネガティブな影響が大きい「キャリアの方向性に関するリアリティ・ショック」を重点的に扱う必要がある.それを予防していくためには,具体的な活動内容を設定し隊員に伝えるということよりも,任期終了後のキャリアをどのように考えているのか,という点を共有することが何よりも求められる.仮にそういったイメージを共有できない場合,隊員を受入れないといった選択肢も考える必要がある.

2つ目は,リアリティ・ショックが発生した後の視点からである.応募時において任期終了後のキャリアを具体的に描いていない者も多いことが予想されることや,赴任期間内において隊員の活動内容・環境が変化していることを考慮すると,リアリティ・ショックを完全に予防するには限界がある.また,リアリティ・ショックにはポジティブな側面があることや,それを克服するうえで隊員が成長していることを考慮すると,全てのそれを予防することは理想的でもない.そのため予防という視点だけではなく,リアリティ・ショックが発生した後,隊員をいかにサポートしていくかという視点を持ちあわせることが不可欠である.そしてその際の効果的なサポートとは隊員とのやりとりを経て作り出されることに留意する必要がある.

最後に,今後検討を重ねていく必要のある点を提示し,本稿を締めくくる.リアリティ・ショック研究では,キャリア論との関係のなかで議論されることは少ない.しかし隊員を対象とした場合,リアリティ・ショックの内容や克服過程を含めてキャリアといったキーワードと密接に関わっていた.そのためキャリアという視点から活動環境について検討を重ねていく必要がある.特に,本稿でもみられた,キャリアの方向性が定まるといった成長をもたらす活動環境についての分析が必要である.

1  筆者他(2014)もマネジメントの実態を整理するとともに,定住を促進していくにあたって自治体行政が留意すべき点をまとめている.また,図司(2014)はミスマッチを予防していくため,地域おこし協力隊員の採用をおこなう前に地域住民との交流の機会を設けることなどを提案している.

2  リアリティ・ショックが克服されない場合には離職願望の保持や精神健康状態の悪化(水田,2004),組織コミットメントや上司への信頼感の低下(小川,2005),学業意欲の低下(半澤,2009)などの状態に陥ることが明らかにされている.

3  例えば勝原他(2005)は,看護師を対象として「医療専門職のイメージと実際とのギャップ」や「自己イメージと現実の自分とのギャップ」など7つのタイプのリアリティ・ショックがあることを明らかにしているが,そこではキャリアの方向性に関するリアリティ・ショックは確認されていない.

引用文献
  •  尾形 真実哉(2007)「新人の組織適応課題―リアリティ・ショックの多様性と対処行動に関する定性的分析―」『人材育成研究』2(1), 13–30.
  •  小川 憲彦(2005)「リアリティ・ショックが若年者の就業意識に及ぼす影響」『経営行動科学』18(1), 31–44.
  •  勝原 裕美子・ ウィリアムソン 彰子・ 尾形 真実哉(2005)「新人看護師のリアリティ・ショックの実態と類型化の試み―看護学生から看護師への移行プロセスにおける二時点調査から―」『日看管会誌』9(1), 30–37.
  •  桒原 良樹・ 中島 正裕(2016)「地域サポート人材事業に関する研究の動向と展望」『農村計画学会誌』35(2), 101–110.
  • 柴崎浩平・井上 優・中塚雅也(2014)「自治体行政による地域おこし協力隊の管理体制とその留意点―岡山県美作市を事例として―」『2014年度日本農業経済学会論文集』196–201.
  •  図司 直也(2013)「地域サポート人材の政策的背景と評価軸の検討」『農村計画学会誌』32(3), 350–353.
  • 図司直也(2014)『地域サポート人材による農山村再生』筑波書房.
  • 総務省(2015)「平成27年度地域おこし協力隊の定住状況等に係する調査結果」(http://www.soumu.go.jp/main_content/000376274.pdf)[2016年8月31日参照]
  •  半澤 礼之(2009)「大学生の学業に対するリアリティ・ショックと学業・授業意欲低下の関連」『共愛学園前橋国際大学論文集』(9), 27–37.
  •  水田 真由美(2004)「新卒看護師の職場適応に関する研究―リアリティ・ショックと回復に影響する要因―」『日本看護研究学会雑誌』27(1), 91–99.
  • Schein, E. H. (1978) Career Dynamics: Matching Individual and Organizational Needs, Addison-Wesley.(二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』白桃書房,1991).
 
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