人類學雜誌
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現代ケニア人における抜歯風習
井上 直彦坂下 玲子野崎 中成亀谷 哲也
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1992 年 100 巻 1 号 p. 119-123

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抄録

最近,ケニアを訪ねる機会があった.現代ケニアにおける文化,身体形態,歯科疾患,保健環境などに関する綜合的な調査を行う可能性を探るための予備調査で,ナイロビを中心に西部から北部辺境部にかけての諸部族と接触し,一部のものの口の中を観察した.その際,Table 1に示すように,8人のものに風習による抜歯痕が見られ,また,この風習の意味や抜歯の時期と方法などにっいての聞き取りを行うことができた.
抜歯痕が認められたものは,4部族8人で,このうちルオ族の1人を除く7人では下顎両側中切歯が,またルオ族の1人は下顎両側の6前歯が抜去されていた.抜歯の理由は,単なる風習であると考えているものが4人,破傷風あるいは蛇に噛まれた場合に,歯の食いしばりがあっても水あるいは牛乳を流し込むことができるようにというものが4人であった.抜歯の時期は6歳頃で,長老が子供達を集め,小刀を2本の歯の間に差し込んで歯を動揺させて抜くという.今回の観察例の中で,最年少者は25歳であったが,30歳の男性の例では,今となっては歯が欲しいといって,補綴の方法を聞いてきたものがあった.現代文化の影響がケニアの辺境部にまで浸透してきたことを示すものと考えられ,この地における抜歯風習の終焉も間近いように思われた.
まったくの偶然によって得られた情報であり,資料は必ずしも十分ではないが,生体における抜歯例の観察を通じて,抜歯の時期,方法,抜歯習慣の意味,及び抜歯空隙の閉鎖と歯と顎骨の不調和との関係など,古人骨標本の観察結果から推定されてきこととは異なる点が認められたので,とりあえず報告した.上記の綜合的な調査が実現すれば詳細な情報が得られることが期待できるので,その段階では改めて報告したい

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