人類學雜誌
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肩帯の進化
鎖骨を中心として
犬塚 則久
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1992 年 100 巻 4 号 p. 391-404

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抄録

鎖骨は特異な骨である.例えば,真獣類のからだの骨では唯一の皮骨性骨である.哺乳類の中で退化したものと発達しているものとがある.ヒトの鎖骨は二重弯が最も強い.骨化点出現は早いのに胸骨端の癒着は肢骨の中で最も遅い.これらの理由を探るため,肩帯の進化を比較解剖学的および機能形態学的観点から検討した.
皮骨性肩帯は四足動物では全般に退化傾向にある.
皮骨性肩帯の実体は皮骨性頭蓋の後縁であり,鎖骨はその最後の名残である.肩帯と腰帯は相同物ではなく,側方型体肢をもつ四足動物の祖先が獲得した相似形象である.体肢が側方型から下方型へ転換したのは,足の接地点を重心に近づけるためで,この結果,肘は後ろ,膝は前に回転することになった.これが哺乳類における前•後肢の形態差の発端で,肢帯や基脚の逆傾斜,肘•膝•踵の出現を説明する.哺乳類の肩帯は『自由肢化』し,走行性哺乳類では肩甲骨の自由肢化が鎖骨の退化を促した.一方,樹上性哺乳類では鎖骨が自由肢化し,新たな機能を獲得したために,皮骨性肩帯の退化傾向から一転して発達するようになった.
樹上性類人猿では体を支えていた鎖骨は,直立した人類では逆に上肢を支えるように機能転換する.ヒトでは上肢の支持は鎖骨と僧帽筋との協同によってなされるたあ,鎖骨には均等に圧力がかかるようになる.ヒトの鎖骨の形態は,このようなヒト独自の機能から説明されるべきである.
二足歩行の動的安定性を維持するのに,上下肢の質量とモーメントアームの長さの調節が欠かせない.質量よりは長さによる調節のほうが容易なので,鎖骨の骨端閉鎖期の遅れは,上肢のモーメントアーム長の調節に貢献しているだろう.

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