人類學雜誌
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上顎中切歯のシャベル型に関する家系的研究
埴原 和郎増田 哲男田中 武史
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1975 年 83 巻 1 号 p. 107-112

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抄録

切歯のシャベル型についてはHRDLICKA(1920)が最初に記載していらい,とくにモンゴロイドに高い頻度で現われ,人種特徴を示す形質として注目されてきた。この形質に関する遺伝学的研究も多く,強い遺伝子支配をうけていることは多くの研究者が一致する点である。しかしその遺伝様式については,常染色体性単純優性遺伝説,劣性遺伝説,複対立遺伝子説,polygene説などがあり,研究者の意見はまちまちである。
従来,多くの研究者はHRDLICKAの分類にしたがって,シャベル型を発達の程度に応じていくつかのカテゴリーにわけ,これを非連続形質であるかのようにとりあつかってきた。しかし実際には,シャベル型の程度は連続的に変化するものであり,量的形質を非連続形質として分析しようとしたところに無理があったものと思われる。
私ども(HANIHARA et al.,1970)は,さきにDAHLBERG and MIKKELSEN (1947)が試みたように,切歯舌側面窩の深さを計測したところ,この形質はほとんど完全に正規分布曲線に一致して連続的に変化することを知った。また同時に,肉眼によるシャベル型の分類がこの計測値の大小ときわめてよく一致することから,舌側面窩の深さをもってシャベル型の発達の程度を代表させることが可能であることがたしかめられー。
てのような点から,従来非連続形質としてシャベル型を分類し,その資料から遺伝様式を分析しようとした試みは,理論的に無理であったといえる。
今回の研究はこのような観点から,上顎中切歯の舌側面窩の深さを資料として遺伝学的分析を試みたものである。したがって研究の中心はシャベル型の遺伝様式よりも,家族内における遺伝率(heritability)の推定におかれた。
まず日本人の一般集団におけるこの計測の平均値は,男性•女性ともに約1mmであり(男女合計の平均値は1.00mm),この値はPima Indian の 1.2mmよりは浅いが,米白人の0.42mmならびに米黒人の0.49mmよりははるかに深く,モンゴロイドの特徴をよく現わしている。また日本人双生児での値もほぼ同様である(Table1)。
注目すべきことは,一卵性双生児間の相関係数がきわめて高く,二卵性双生児間ではやや低くなるが,なお高度に有意である点である。このことは,従来いわれていたように,シャベル型に対する遺伝子支配がきわめて強いことを示している。
家族内の比較のための資料は日本人41家族よりえられたが,親と子との相関は,母•娘の組合せを除いてきわあて高く,遺伝性の強いことを示している。父•息子,母•息子および父•娘の組合せでは,遺伝率はいずれも0.8をこえる。
田中克己(1960)によると,日本人集団では智能の遺伝率は約0.5,身長のそれは0.52-0.67であるというが,これらの形質に比較して,シャベル型の遺伝率はきわめて高いといえる。また試みに,両親間の相関係数を計算すると0に近いので,今回推定した遺伝率の信頼性は高いと考えられる。
母•娘間の遺伝率が低い理由はよくわからないが,兄弟間に比して異性同胞間ならびに姉妹間の相関係数がやや低いことと関係しているかもしれない。しかしこの形質が性染色体上の遺伝子に連関をもっているかどうかという問題については,さらに資料を加え,詳細に分析する必要がある。

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