人類學雜誌
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耐熱性の測定法
堀 清記
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1978 年 86 巻 2 号 p. 35-49

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抄録

ヒトの耐熱性を判定するには,ヒトを高温環境に曝露したときの生理的反応を用いるのであるが,曝露に用いられる環境は大別して空気による場合と水浴による場合とがある。空気中での高温負荷の場合は,主として発汗による放熱機構によって体温を調節する。一方,水浴法の場合は水に接した皮膚からは水分が蒸発しない。従って皮膚からの汗の蒸泄による体温調節機能が評価されず,又空気中の場合と異なり,水中の皮膚温が一定となり,空気中でみられる生理的反応と異なる生理的反応が現れると思われるので,空気中で測定した耐熱性と水浴法によって測定した耐熱性は必ずしも平行しない。我々が日常経験する高温環境への曝露はほとんど空気中にて行われるので,耐熱性の評価は空気中での測定を行うことが望ましい。
空気中での暑熱曝露でも湿度が高いときには汗腺の疲労が早く発現し,発汗による放熱か阻げられやすい。従って,著しく環境の異なる高温環境下では生理的反応のパターンが変化するので,個人の耐熱性の優劣の順位が逆転する場合がありうる。
曝露時の姿勢は臥位,坐位あるいは立位ときには姿勢の変化が用いられるが,臥位より坐位,臥位および坐位より立位に姿勢を変えるとき,中枢神経への血液循環量の減少によって目まいを感じ,時には失神することがあるので注意を要する。
被検者が安静にしている場合と運動を行う場合とでは,同じ高温環境下でも生理的反応のパターンが著しく異なる。運動負荷時には運動による生理的反応の変化と高温曝露による生理的変化とが同時に現れるので両者の区別が困難である。又,安静時の高温負荷は体表面積に比例した負荷が体表面より加わるが,運動時の負荷は産熱量の増加による負荷が体内より加わることになるので,高温環境下における運動時の生理的反応と安静時の生理的反応とは質的に異なる反応が含まれる。
ヒトが高温環境に曝露されると体温の上昇,心拍数の増加,発汗等の生理的反応がみられるのであるが,短期間高温環境に馴化させると同一の高温負荷に対して体温上昇度の減少,心拍数増加の減少,発汗潜時の短縮,汗の塩分濃度の減少を伴った汗量の増加等の適応的変化がみられる。しかし長期間の高温馴化時には発汗潜時が延長し,汗量も減少するが,この時には体液性状,内分泌の分泌量,循環機能さらには体格にも変化が現れている。ヒトは高温環境に馴化すると高温環境下で耐えやすくなり,作業能力も増し,より大きな高温負荷にも耐えられるようになるので,高温負荷時の生理的反応が高温馴化時にみられる生理的反応と類似の反応を呈する場合,その人の耐熱性は秀れていると判定している。耐熱性の判定には体温上昇度,心拍数の増加度,発汗反応,循環機能等の生理的反応の一つを用いて判定されることが多いが,ヒトが高温環境に曝露されると相関連する多くの生理的反応がみられるが,生理的反応のパターンには個人差があるので,ある生理的反応を用いた耐熱性の評価と他の生理的反応を用いた耐熱性の評価が異なる場合がみられる。生理的反応の個人差に起因する測定法による差異を少なくするためにはできるだけ多くの生理的反応を含めた指標を用いて耐熱性の判定を行うことが望ましい。
ヒトが高温環境に曝露された場合に生じる障害には,高休温による熱射病,脱水による熱疲懲,塩分損失による熱痙攣があることが知られている。これらの障害により生命に危険が及ぶ体温上昇度,水分損失量,塩分損失量の値とある一定の高温負荷をかけた時にみられるこれらの3つの成分の変化量との比を用いて体内に生じたストレスの大きさを表し,この値が小さい状態で体温調節を行える個人が秀れた耐熱性を有するものとして耐熱性を判定する方法を用いると,短期間および長期間の高温環境馴化時の耐熱性獲得の過程,身体鍛練者および亜熱帯住民の秀れた耐熱性を表すことができ,従来用いられていた発汗型,心拍数増加度,体温上昇度,体位血圧反射法等の耐熱性判定法と定性的に矛盾するところがなく,しかも実際の耐熱性とこの耐熱性の指標とは半定量的によく一致し,信頼度の高い耐熱性の判定ができる。
又,CRAIG の耐熱性の指標は体温上昇度を速度として表さず絶対値で表し,発汗量の評価に初期体重の大小による補正を行うと耐熱性の半定量的指標として用いることができる。

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