人類學雜誌
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飛島
集落間の遺伝的分化の大きさ•パターン,ならびにその形成要因について
片山 一道梅津 和夫鈴木 庸夫松本 秀雄
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1985 年 93 巻 1 号 p. 97-112

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抄録

山形県酒田市に属する飛島は3集落(勝浦,中村,法木から成る小島であるが,小地域でヒト集団の小進化過程を解明する上で,すぐれたモデルを提供してくれるものと期待できる。前々報と前報では,そこでの人口構造,婚姻構造,さらにそれらから導かれる各種の遺伝学的パラメーターを斟酌することによって,飛島住民の身体形質には,遺伝的浮動を主因とすると思われる地域的分化が存在するという可能性が指摘できること,実際にも皮膚紋理形質については,そのことをある程度裏付けるような地域的分化が,集落間や本州一般集団との間で存在していることを立証してきた。
本報では,合計389人の飛島在住者の血液試料から,23の遺伝的多型性形質について,集落ごとの遺伝子頻度を求め,集落間の遺伝的分化の大きさとパターンを詳細に分析することによって,飛島で生起した小進化過程の様相を推測するとともに,その主働要因についてな一層詳細に検討していこうとするものである。主な成績は次のように要約できる。
1.検査した23種類の血液型システムのうち,LDH,AK,PGK,PHI では変異型が全く存在しなかったが,他の19システムでは多かれ少なかれ多型性が観察された。しかし,Rh(D)では(D-)型は法木集落で2人観察されただけである。
2.多型状態にある形質のうち,Rh(D),Tf,ADA,SGOT を除いた15形質について,有意差検定を行ったところ,過半数の8形質で3集落間には有意な遺伝子頻度の差異があることが判明した。なかでも ABO 式と Gm 式血液型では極めて大きな集落間差が認められた。
3.集落間差異の内訳をみると, MN と Gmと EsD では中村が,また ABO では勝浦が他の2集落から偏った遺伝子頻度を示すことに起因しており,総合的には中村と他の2集落とでは遺伝的組成をやや異にする傾向にあることが認められた。
4.3集落間の遺伝的分化の大きさは,根井の分化係数(GST)が0.0117と推定されることから,かなり大規模なものであると評価できる。ちなみに,本州の遠隔3地方一般集団間の GSTは0.0008,アイヌと近畿人と先島人の間の GSTは0.0077である。
5.多型性形質の遺伝子頻度について,各集落と日本人一般集団との間の偏差を標準化したのち,集落ごとに変異パターンを図示して,集落間分化のパターンを比較したところ,勝浦と法木の変異パターンは相対的には相互に類似しているが,中村のそれはこの両者によりもむしろ一般集団の方によく相似していることが判明した。
6.しかし,一般集団の頻度を基準とした,遺伝子頻度の偏差の方向は,多くの形質では,3集落間で互いにかなり異った様相を呈しているとみるのが妥当である。
7.飛島全体をプールしてみると,日本人一般集団と比較した場合,MN, P, Jk, Gc, Gm,Km, PGM1, PGD, EsD, sGPT など多くのシステムで,特徴的な遺伝子頻度を有しているものと判定できる。これらのうちには,飛島独自の特徴として示唆できるものもあるが,北部日本での共通な特徴である可能性があるものも少なくはない。
8.以上の結果を総合すると,飛島の3集落間には大きな遺伝的分化があり,前々報で予測したように,基本的には遺伝的浮動などの機会的要因によって生起したものと考えることができる。しかし,勝浦と法木の間でのやや頻繁な通婚による inter-village migrations, さらには山形県の本州集団から中村への gene flowも,その分化には色濃く投影されている。また,集落成立時には,創始者効果も一定の役割を果したであろうということは想像にかたくない。しかし,このことを立証する積極的な証拠は全く見あたらない。むしろ,飛島での平均ヘテロ接合確率が比較的大きいことから,マイナーな要因であった可能性の方が高い。
いずれにしても,本研究は,日本の小地域での小進化過程において,機会的要因だけでなく,gene flow もまた重要な役割を果してきたことを示す実例を提供してくれるものである。

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