東京大学総合研究資料館の近世アイヌの頭蓋標本を観察したところ,125例中19例に,いわゆる風習によると思われる抜歯痕が見られた。抜歯された歯は主として上下顎の中切歯および側切歯で,その数は,上顎22本,下顎25本であった。地域別に見ると,北海道の太平洋岸では49例中8例,16.3%,日本海岸では30例中2例,6.7%,オホーツク海岸では34例中7例,20.6%で,全体では15.2%であった。とくに興味深いのは,抜歯が中切歯と側切歯に集中していたことで,これは,北海道の繩文時代人とも,本州以南の繩文および弥生時代人とも異なる様式であり,近世アイヌが,いわゆる北方文化の強い影響を受けていたことを示すもののように思われた。