アジア動向年報
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主要トピックス
アメリカとアジア アメリカ第一主義外交とインド太平洋戦略の行方
昇 亜美子
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2018 年 2018 巻 p. 9-24

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抄録

ドナルド・トランプ新大統領は1月20日の就任演説で,「われわれは世界の国々との友好親善を求めるが,それはすべての国が自己利益を第一に考える権利をもつという理解のうえでのことだ」と述べ,「アメリカ第一主義」の立場を鮮明に打ち出した。アメリカ人の雇用と治安を守るという国内的な関心を最優先させるトランプ大統領は,1月23日には早速,アメリカが環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から「永久に離脱する」と明記された大統領令に署名した。リベラル国際秩序を構築するための指導力発揮への関心はきわめて薄く,6月には地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言。アメリカが有利な立場に立てる二国間交渉を好み,難民や気候変動を含むグローバルな課題に,国連やG7,G20といった多国間枠組みで取り組むことには一貫して消極的な姿勢を示した。

対アジア政策においては,核・ミサイル開発をさらに加速させる北朝鮮への対処と,トランプ大統領が最大の関心を寄せる貿易赤字解消が最優先課題となった。これらの問題への対処において,トランプ大統領が志向する孤立主義的で保護主義的な路線は主として経済政策や国際開発,人権問題の領域で目立ち,安全保障政策においては,マティス国防長官,ティラーソン国務長官,マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官らが重視する国際主義に基づいた現実的な外交が展開された。11月にはトランプ大統領が12日間にわたり,ハワイとアジア5カ国を歴訪し,この地域への政権としての関心の高さが確認された。ただし,アメリカの経済的利益を優先させる姿勢は米韓自由貿易協定(FTA)再交渉やTPPからの離脱表明に表れ,トランプ政権では経済と安全保障上の利益が交渉材料となりうる危うさを示している。また,この訪問中にトランプ大統領が強調した「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに,中国への対抗姿勢と東南アジア諸国連合(ASEAN)への関心の薄さが反映されているとの見方もあり,域内諸国の反応は複雑であった。

トランプ政権成立以降,ホワイトハウスでは大統領補佐官を含む高官の更迭や離職が相次いだ。国務省でも,東アジア・太平洋担当の次官補を含む幹部ポストがほとんど空席のままであることに加え,トランプ政権の外交路線やティラーソン国務長官のマネジメントに疑問を持つ経験豊かな職業外交官の自発的な離職が続いた。ロシア疑惑もあって一般国民のみならず与党共和党からの支持も不安定であったトランプ政権の初年度の外交は,同盟国を含む国際社会に不安を与えたまま終わった。

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© 2018 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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