アジア動向年報
Online ISSN : 2434-0847
Print ISSN : 0915-1109
各国・地域の動向
2018年のカンボジア 最大野党排除のままの総選挙実施と選挙後の懐柔策
初鹿野 直美
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2019 年 2019 巻 p. 241-260

詳細

2018年のカンボジア

概 況

前年に最大野党の救国党が解党されるなど,選挙の正当性に疑義がもたれるなか,7月に第6回国民議会議員選挙(総選挙)が行われ,与党・人民党が125議席を独占するという結果となった。選挙後,野党関係者や活動家らが釈放されたり,選挙に参加した政党を招いての評議会を設置して意見を募るなどの懐柔策がとられており,今後の政治的和解がどのように進むのかが注視される。

経済は,2018年も7.3%の成長率を見込んでいる。カンボジア国内の人権状況が悪化しているとの評価から,EUがカンボジアのEU向け縫製品輸出の成長を支えてきたEBA(「武器以外すべて」に適用される特恵関税)の適用を見直すことを通告した。しかし,観光や建設セクターは中国からの資金に支えられ好調が続き,縫製品の輸出についてもEBAをめぐる議論とは関係なく伸び続けた。

対外関係としては,引き続き中国との密接な関係を継続しつつ,ベトナム・ラオスとは友好的な関係に基づく国境画定などの問題解決を目指すことと経済,電力,越境犯罪などにおける協力関係を継続することを確認した。欧米諸国とは,カンボジア政府の野党への対応を含む人権状況を理由として政治的には対立したが,通常の経済協力は継続された。

国内政治

第6回国民議会議員選挙

7月29日に行われた第6回国民議会議員選挙(総選挙)は,前年に最大野党の救国党への解党命令が出されたことで,与党・人民党にとって有力な対抗勢力がないなかで行われた。全25選挙区での拘束名簿式比例代表制による直接選挙が行われ,救国党を含まない19野党も参加したが,いずれの野党も議席をとることができず,人民党が全125議席を独占するという一方的な結果に終わった。野党のなかには,旧救国党党員が候補者の6割を占めたクメール意思党(KWP)やクム・ソカー救国党党首の釈放を訴えた草の根民主党(GDP)など,複数の政党が旧救国党の支持層の票の獲得を試みた。しかし,いずれの党も,人材や資金のキャパシティや知名度も不足しており,十分な票は獲れなかった。

救国党勢力は国外から選挙のボイコットを訴えたが,政府は投票推進のキャンペーンを積極的に行い,最終的な投票率は83%を超えた。ただし,救国党支持者で周囲の声に耐えかねて仕方なく投票に赴いたものの投票したい政党がないという人々が,投票用紙に「×」や文言を記入した無効票を大量に投じたことから,無効票は投票総数の8.5%である59万票を超えた( 表1)。これにより,さらに野党票は分裂して,結果的には人民党の1人勝ちを後押しした。

表1  国民議会選挙結果概要(2013,2018年)

(注) 2013年選挙後に投票人名簿の大幅な整理を行っていることから,2013年の投票率と2018年の投票率は単純に比較することができない。

(出所)選挙管理委員会発表の数値に基づき筆者作成。

なお,前回の2013年総選挙の後,選挙不正があったのではないかと主張した野党・救国党が結果を受け入れず,国民議会を約1年ボイコットするという事態があった。2014年7月に国民議会が正常化した際の与野党合意により,選挙管理委員会のメンバーを与野党双方から推薦する仕組みに変更したり,投票人名簿の電子登録による見直しが徹底して行われるなどの改革が遂行された。今回は,改革後に初めて実施された国民議会議員選挙であった。

第6期国民議会議員と新内閣の顔ぶれ

選挙の結果,125人の人民党議員が選出され,9月5日に宣誓式が行われた。しかし,その後,大臣や長官などの別の役職に就くことになった38人について,比例名簿の名前の入れ替えがあり,9月19日に改めて宣誓式を行った。

新しい内閣(大臣会議)は,首相以下,副首相10人,上級大臣17人,各省大臣29人,首相補佐特命大臣19人が,9月6日の国民議会で全会一致で承認された。各省を率いる大臣のうち28人については変更はなく,これまで民間航空庁の長官待遇であったマオ・ハヴァナルが同庁を所管する大臣に変更されたことが唯一の変化であった。前内閣は,2016年3月に大幅な改造を行っており,改革の加速を試みていたことから,その路線がある程度の成果を見せているという認識の下,当面は同じ方向性で進んでいくという意思を示したと考えられる。

なお,プラック・ソコン外務・国際協力大臣,アン・ポンモニロアット経済・財務大臣,チア・ソパラ国土管理・都市計画・建設大臣の3人は従前の上級大臣から副首相に昇格した。さらに,彼らにかわって,2009年以来軍を率いてきたポル・サルーン前国軍総司令官,クン・キム前統合参謀長,ミアス・ソピア前陸軍司令官の3人が,平和維持や特別任務担当の上級大臣に任命された。3人は,立候補するために選挙前に軍での任務から退いていたが,当選後,議席は他の候補者に譲り,上級大臣の職務に専念することとなった。

国軍では,上級大臣に任命された3人に代わり,9月6日,国軍総司令官にヴォン・ピセン前副総司令官兼国家軍警察副総司令官,統合参謀長にイット・サラット副総司令官兼国軍訓練長,陸軍司令官にはフン・マナエット副統合参謀長が就任した。フン・マナエットは首相の長男であり,41歳での昇進の早さと任務の重要さに,首相の影響やネポティズムを指摘する声もあがったが,国防大臣らはこれを否定した。

12月18~21日に行われた第41回人民党中央委員会会議では,プラック・ソコン外務・国際協力大臣,アン・ポンモニロアット経済・財務大臣,チア・ソパラ国土管理・都市計画・建設大臣,ヴォン・ピセン前副総司令官兼国家軍警察副総司令官,サオ・ソカー軍警察司令官,イット・サラット副総司令官兼統合参謀長,フン・マナエット副総司令官兼陸軍司令官の7人が,新しく党の常任委員に選出されており,彼らがこれからのカンボジアの政治や軍で重要な役割を期待されていることがわかる。

選挙直前までの締め付け

選挙前の上半期は,前年に引き続いて,野党勢力,メディアなどへの締め付けが続いた。選挙キャンペーンおよび投票は平穏に行われたが,それは,自由な発言ができない状況におかれていたが故の静けさであったともいえる。

2月には,刑法437条が改正され,国王を侮蔑する発言をした場合に,最大で禁錮5年および1000万リエル(約2500ドル)の罰金を科すことになる不敬罪が新設された。これにより, ソーシャル・メディアでの投稿が国王を侮蔑したものであるとして,一般市民が逮捕されるケースが2件確認された。刑法と同時に憲法改正も行われ,団体・政党を結成する際には,直接的にも間接的にも国益・国民の利益を損ねてはならない(憲法新42条),個人が国益や国民の利益を損なうことを禁じる(憲法新49条),内政に関して他国からの介入を一切受けない(憲法新53条)といった事項が盛り込まれた。これらは,2017年にクム・ソカー救国党党首が海外勢力と手を組んで政府転覆を企図したという疑いで逮捕されたことを踏まえた文言であり,「国益や国民の利益への影響」が恣意的に解釈される事態は想像に難くない。なお,同時に,選挙法によって選挙権・被選挙権に制限を課しうること(憲法新34条),(国民議会の承認が必要となる)内閣メンバーを首相,副首相,上級大臣,国務大臣とすること(憲法新118条)という変更も行われた。刑法および憲法の改正法は,2月27日に不在の国王に代わってサイ・チュム上院議長によって署名され発効した。

さらに5月28日には,政府は,国防,治安,他国との関係,国の経済,公序を揺るがしたり,差別を広めたり,文化や伝統を貶めるような情報を拡散することを禁じるとして,ウェブサイトおよびソーシャルメディアを通じた発信の管理に関する省庁間布告(第170号)を発表した。このなかで,情報省,内務省,郵便・電信省は共同で,インターネット接続事業者への管理を強化して監視を行うとともに,違法なコンテンツをブロックしうることを規定した。なお,総選挙投票日前日から翌日(7月28~30日朝)にかけて,ラジオ・フリー・アジア(RFA),ボイス・オブ・アメリカ(VOA)などの政府に比較的批判的な立場をとるメディア17社のウェブサイトへのアクセスがブロックされた。

選挙後に始まった野党勢力との「対話」

選挙が終了すると,政府は少しずつ,野党や政府に批判的な勢力への対応を柔軟化させていった。まず,選挙前に逮捕されていた野党関係者や活動家などが8~9月に釈放された。2016年8月の抗議活動中に逮捕された土地問題活動家のテープ・ヴァニー氏,2017年11月に海外機関に国の安寧を害するような情報を提供していたとして逮捕された元RFA記者2人,2017年2月にカエム・ライ氏暗殺事件の背後に人民党がいるという発言がきっかけとなって逮捕された政治評論家のキム・ソック氏,2014年に行った集会で生じた暴力事件で逮捕されていた旧救国党党員14人,2016年のクム・ソカー救国党副党首の女性スキャンダル騒動に関連して収賄の疑いで逮捕されていたNGOのADHOC関係者5人等が,相次いで恩赦により釈放された。9月10日には,1年前に逮捕されたクム・ソカー救国党党首が,裁判所の監視付きながら自宅に戻ることを許された。

さらに,8月21日には,選挙に参加した政党の代表者を参加者として法の執行状況などにコメントやアドバイスをする最高諮問・勧告評議会を設置することが決まった(評議会設置に関する国王勅令は9月6日付)。通常の会合は月に1回行われ,半年に1回は首相を座長とした会合が行われる。9月の会合では,土地問題,違法伐採,評議会そのものへの認識などが話し合われた。草の根民主主義党(GDP)と我々の祖国党(OMP),民主連盟党(LDP)とクメール反貧困党(KAPP)は,最初の会合には参加せず,16党が参加した。GDPとOMPは8月末に一度は参加の意思を表明したが,10月に,他党との対話には賛同しつつも,党内の議論の結果として「参加しない」ことを決定した。

12月には政党法45条の改正案が国民議会で可決され,上院通過後,2019年1月6日に国王が署名した。改正45条によると,政治活動を禁じられた個人は,禁止期間を終えた後,もしくは内務省の要請を受けた首相の要請により国王が認めた場合に政治活動への復帰が認められることとなった。これにより,2017年11月に政治活動停止を命じられた旧救国党政治家118人の政治活動復帰への道が拓かれ,コーン・コム前議員などが手続きを進めた。

2015年以来いまだに帰国できずにいるサム・ランシー前救国党党首は,小手先の懐柔策ではなく,救国党も参加したうえでの再選挙を求める立場から,人民党主導の提案によるこの一連の流れに乗ることが決してカンボジアの民主主義のためになるものではないと警鐘を鳴らす。一方,国内に残ったクム・ソカー党首に近い勢力は,12月にアメリカにて救国党党首代行就任を宣言するなどのサム・ランシーの独自の動きに反発を強めた。政治活動復帰への対応も分かれており,野党勢力内の結束にゆるみが生じている。

経 済

概況

2018年の成長率は強い外需と積極的財政により7.3%程度と予測される。物価上昇率は2.4%で落ち着いており,縫製品輸出,観光,建設セクターの伸びが経済成長を支えている。カンボジア中央銀行によると,2018年の輸出は135億7500万ドル(前年比21%増),輸入は187億9700万ドル(同21%増)であった(FOBベース)。縫製業は,EBA取りやめの懸念という不安要素が付きまとうなか,大きく減少することなく,引き続き輸出をけん引してきた。カンボジアへの訪問客数は,620万人(同10.7%増)に増加した。とりわけ,中国人観光客は引き続き高い伸び率で増え続けており,2020年までの200万人達成を目指していたが,すでに202万人(同67.2%増)を超えた。一方で,カンボジア人の海外渡航も増えており,199万人(同13.9%増)にのぼった。7月半ばから8月にかけて,雨期の洪水の影響もあり,米の生産量は1070万トン(予測)で,前年比1.3%の漸増にとどまった。

EBAをめぐる動向

2017年6月以降,カンボジアの国内政治情勢に対して,欧米諸国は一貫して厳しい姿勢をとってきた。とりわけEUは,カンボジアの状況が,人権や労働に関する条約の深刻かつ体系的な違反に値するとして,これまで認めてきたEBA適用の取りやめを検討してきた。EUは,縫製・製靴品の最大の輸出先であり,適用が取りやめられた場合,カンボジアの輸出産業に大きな影響を及ぼしうる。EUは10月,カンボジア政府に対して本格的にEBA取りやめの検討を宣言し,18カ月の調査期間のあいだに改善が認められなければ,自動的に適用を取りやめることとした。これに対して,カンボジア政府は,「内政干渉である」と反発を繰り返したが,その一方で,活動家や野党関係者を釈放したり,政党法を改正して118人の旧救国党政治家の復帰の道を拓くなどの譲歩も見せた。また,カンボジアに投資をしている企業らはヨーロッパ商工会議所を通して,引き続きEBAの適用を要請した。しかし,2018年8月以降に,カンボジアが行ってきた「改善」は,決定的な改善とは見なされず,最終的な判断が下されるまでのあいだ,EUによる調査が継続されることとなった。先行きは不透明ではあるが,2018年もEUへの縫製・製靴品の輸出は伸び続け,ニット衣料(HS61)が32億140万ドル(前年比9%増),布帛衣料(HS62)が14億4700万ドル(同12%増),靴類(HS64)が7億9549万ドル(同12%増)であった。

なお,同じくEBAの適用を受けて輸出を伸ばしてきた精米について,EU加盟国からのセーフガードの申し立てにより,関税を課すべきであるという議論が持ち上がった。12月の時点では結論が出なかったが,2019年1月に課税が決定した。カンボジアのジャスミン米は,EUが最大の輸出先であったことから,今後の輸出拡大に向けた取り組みの行く末が心配される。

アメリカもEU同様にカンボジアの人権状況にさまざまなリクエストをしてきた国の一つであり,2017年以来のカンボジアの政治情勢に対して,政府高官へのビザ発給停止などの措置をとってきた(「対外関係」の項にて後述)。しかし,国内政治の分野とは一定程度切り離して評価しており,4月には特恵関税の適用延長を決定した。2017年から特恵関税の適用が始まったスーツケース,バックパックなどの旅行用品(HS42)のアメリカ向け輸出は,米中間の貿易戦争の影響も受けて2018年も伸び続け,4億1680万ドル(前年比124%増)に達した。縫製品関連も,ニット衣料が18億2314万ドル(同14%増),布帛衣料が6億4321万ドル(同14%増),靴類は3億2859万ドル(同25%増)と成長が続いた。

労働者の待遇改善

フン・セン首相は,2017年から積極的に縫製工場の労働者たちを訪問して意見を聞く機会を設けており,総選挙に前後して,労働者の待遇改善策が進められた。2017年8月26日付小法令(第140号)および2017年11月10日の労働・職業訓練省による省令(第448号および第449号)により,2018年1月1日以降,1人以上を雇用する全ての企業は従業員の月額平均給与の0.8%を労働災害保険,2.6%を健康保険の保険料として,合計3.4%を国家社会保障基金(NSSF)に支払うことが義務付けられた。労働組合らは歓迎をしているが,企業側のNSSFへの登録が遅れるなど,全労働者が恩恵を受けるまでには時間がかかるものとみられる。

縫製・製靴業労働者の月額最低賃金については,労働諮問委員会での議論を経て,2019年1月1日から182ドル(前年は170ドル)に引き上げられることが決定された。なお,8月末に労働・職業訓練省は,年功手当の支払に関する省令(第443号)により,2019年以降,毎年6月と12月に各7.5日分,合計15日分の年功手当を労働者に支払うことを義務付けた。同時に,被雇用者への賃金支払いに関する省令(第442号)を公布し,月2回に分けて行うことを義務付け,企業が労働者に十分な支払いをしないままに夜逃げすることによる被害を防いだ。

このほかに,7月7日,最低賃金法が施行され,これまで縫製・製靴業のみに限っていた最低賃金についても,全業種にわたってのルールづくりが行われることが決定された。ただし,12月末までには具体的なルールは作られておらず,今後の課題となっている。

都市・交通インフラ整備

2018年は,交通インフラの整備で大幅な進展が相次いだ。鉄道北線の整備は,2009年から本格的な改修の取り組みが行われてきたが,7月,ポーサットからプノンペンの区間の工事が終了し,45年ぶりにタイ国境のポイペトからプノンペンまでの北線(386キロメートル)がすべて繋がった。国境の先にあるタイ・アランヤプラテートとの接続の工事は終了しており,近い将来,鉄道でバンコク=プノンペン間をつなぐことが現実味を帯びてきており,2019年中の実現が目指されている。ただし,人々が鉄道そのものに慣れていないことによる事故が頻発していること,車両の整備などが追いついておらず本数が限られていることから,十分に物流や人の動きを担う存在になるには,時間をかけた対策が必要となる。

増加する都市交通需要に対応して,市バスが3路線から開始されたのは2014年のことであった。2017年には中国が支援する車両が100台,2018年には日本が支援する車両が80台導入された。日本からは,さらに60台が投入される予定である。路線数も13に拡大した。

クメール正月(4月)期間には,地方への無料バスが運行され,プレッククナウ=タクマオ間をつなぐ無料水上タクシーも運行された。さらに,プノンペン国際空港とプノンペン駅を鉄道でつなぐエアポートリンクも開始された。

対外関係

中国との関係

中国からの積極的な投資・援助は,引き続きカンボジアの経済を大きく支えている。1月,第2回メコン-ランツァン協力首脳会議を機にプノンペンを訪問した李克強首相は,フン・セン首相と会談を行った。両首相は,カンボジアと中国の外交関係樹立60周年を祝い,両国の包括的戦略的パートナーシップによる協力を推進していくことに合意した。さらに,政府間調整委員会の開催,多国間犯罪や人身取引,サイバー犯罪等の防止のための国防や警察分野での協力,貿易・投資の拡大とそのためのプノンペン=シハヌークビル高速道路建設やシアムリアプ新空港建設などの支援,農業関連での協力強化,若い世代の交流推進や中国人観光客200万人誘致計画の実現などに合意するとともに,南シナ海問題における継続的で効果的な取り組みを求めていくことを確認した。さらに,両国首相の立ち合いの下,随行した各大臣や国営企業の代表者らが,合計19もの協力文書に署名をした。

カンボジアと中国は軍事面での協力も深めており,3月には前年に引き続き金龍(Golden Dragon)と称される国軍の大規模な合同訓練が2週間にわたって実施された。11月,アメリカ政府から「カンボジア国内に中国の軍事基地がある」という噂の真偽を問う書簡が送られたが,カンボジア政府はこれを否定した。

中国人観光客は急増しており,200万人以上の人々がカンボジアを訪れた(既述)。主要な行先として,シアムリアプのほかに,マカオにならってカジノホテルが増加しているプレアシハヌーク(シハヌークビル)に多くの中国人観光客が集まっている。彼らをターゲットとしたビジネスも多く,さらには犯罪も多発しており,とりわけプレアシハヌーク州では治安や環境の悪化が問題となった。ほかにも,国内各地で中国人グループによるインターネット電話を使った詐欺事件に関し100人規模の摘発が少なくとも3回確認されており,カンボジア政府も対応に苦慮している。

隣国との関係

ラオスとは,2017年に国境をめぐって小規模な対立が顕在化していた。12月5~6日にラオスを訪問したフン・セン首相は,教育,文化での協力のほか,国境地域のラオスのバンハットからカンボジアのストゥントラエンへの電力供給についての協力に合意した。さらに,国境の早期画定に向けて,平和裏かつ友好的に作業を行っていくこととし,植民地時代の国境線を確認するための地図や各種資料をフランス政府に依頼して取り寄せることを確認した。

ベトナムとは,12月6~8日にフン・セン首相がハノイを訪問し,首脳会議が開催された。連結性の改善や観光,電力分野での協力のほか,16%が残っている陸路国境線の画定に向けた作業を進めていくことが合意された。

タイとの関係では,引き続き移民労働者問題が大きな課題となった。2014年に大規模摘発の噂でカンボジア人労働者20万人以上が短期間に一斉に帰国した出来事の後,パスポートや労働許可証を所持した正規の就労の仕組みを整えるべく,政府間での交渉を進めるとともにカンボジア人労働者たちへの呼びかけを行ってきた。2018年には180万人近いカンボジア人がタイで働いているといわれている。2018年6月30日がタイ政府による最終期限と設定されるなか,300人もの職員を200以上のタイ国内の工場に派遣して,現地でパスポートや労働許可に関する書類を整えられるように努力してきたが,全員を登録するには至らなかった。タイ政府は期限を延長するとともに,一部の不法就労者の強制送還を行った。2018年12月の時点で,31万2714人が両国間の覚書に定めた正規ルートで就労し,11万2359人もの人たちが非正規ルートで就業後にタイ国内でパスポートや労働許可などを取得する諸手続き(国籍証明)を済ませて就労を続けている。

カンボジア政府は,新規にタイやその他の国に行く人たちのために,パスポートセンターを国内3カ所に新しく設置し,労働者の登録をしやすくするといった対処も行った。タイでの就労を希望する労働者は年々増加しており,まだ数十万人規模の人数の登録が間に合っておらず,さらに,これまでに発行された書類の有効期限が切れた後も適切な手続きが踏まれるのかは不透明である。長期的には,カンボジア国内の産業育成も含めた構造的変化が起きないかぎり,根本的な解決は難しい。

欧米との関係

欧米諸国との関係は,カンボジア国内の政治・人権状況をめぐって,対立をみせてきた(経済的な措置については「経済」の項参照)。選挙前には,EUによる選挙関連の援助が停止されたり,アメリカ政府がカンボジア向け援助を一部削減するなどの動きはあったが,選挙関連分野以外の複数のODA関連プロジェクトは粛々と進められた。世界銀行やIMFを通じた支援も継続されており,全面的な制裁が敷かれているわけではない。

国民議会発足時,各国からの大使などが開会式に出席することが通例であるが,9月5日の開会式にはオーストラリアなど9カ国の代表が欠席した。一方で,ドイツは,新政権発足の祝辞を送った。フン・セン首相は,政権発足後は積極的に外遊を行い,各国に状況の理解を求めた。

アメリカ政府は,8月の選挙結果確定時に,あらためてカンボジアの「民主主義の後退」に懸念を表明するとともに,2017年9月から行っているカンボジアの政府高官らの入国ビザの発給に制限を課し,財産の移動に制限をかけるという措置の延長を決定した。一方で,アメリカ政府は,犯罪経歴があり市民権を有さない移民など不法移民を強制送還する政策を進めており,カンボジアに8月に30人以上を送還し,12月にも46人を送還した。内戦中および内戦後の混乱と貧困のなかで移民した人たちのなかには,すでにカンボジアの親戚とも疎遠となっており,クメール語にも不自由のある人たちが多くいることから,カンボジア政府はアメリカ政府の手法は人権上問題があるとして非難した。

2019年の課題

政治面では,旧救国党勢力の一部が政党法改正を受けて2019年1月以降,政治に復帰する者も出始めている。野党勢力は,政府・人民党との完全な対立を続けるか,部分的にでも妥協して政治的発言を続ける道を選ぶのかの選択を迫られている。旧救国党関係者のなかでは,依然として海外滞在を強いられているサム・ランシー前救国党党首を中心とするグループと,国内に残るグループや他の野党勢力とのあいだのせめぎあいが続く。政府・人民党は,盤石な体制を築きながら,いかに国際的な信頼の回復に努めるかが課題となる。

経済面では,人権状況の改善が不十分と判断されるのであれば,EUによるEBA取りやめへの動きが本格化し,輸出産業の先行きが不透明なものとなっていく。2019年1月,2月にかけて,カンボジア政府は,かねてより税関手続きとの二重行政が指摘されていた商業省の輸出入検査・不正撲滅総局(通称カムコントロール)による国境での輸出入品の検査を取りやめたり,コンテナのX線スキャン費用の値下げをするなど,輸出入手続きを簡素化する取り組みを実行に移した。これにより,競争力を高め,事態の影響を最小化しようとしている。

対外関係においては,引き続き中国への依存が続くなか,近隣諸国とは協力しつつ,安定した関係を築いており,今後もその路線を継続していくであろう。欧米とは政治的な対立は残るものの,対話のルートは維持されており,関係の改善の道が模索される。

(地域研究センター)

重要日誌 カンボジア 2018年
   1月
1日 国家社会保障基金(NSSF)の対象範囲拡大。
9日 アジア開発銀行(ADB),1億8000万ドル分のプロジェクトに署名。国道整備および下水道インフラ整備。
10日 第2回メコン-ランツァン協力首脳会議がプノンペンで開催。
11日 フン・セン首相,中国・李克強首相と会談。両首相立ち合いの下,プノンペン=シハヌークビル高速道路建設コンセッション合意を含む19の協力文書に署名。
14日 サム・ランシー前救国党党首,アメリカにてカンボジア救国戦線(CNRM)結成を発表。政府はこれをテロ集団であると非難。
21日 人民党党大会開催。342人を新しく中央委員に任命し,中央委員は865人に。
24日 フン・セン首相,インドを公式訪問(~27日)。ASEAN・インド首脳会談(25日),モディ首相と会談(27日)。
   2月
14日 国民議会,国王に対する不敬罪を新設する刑法修正法案および国益を重視すべきとの条文を盛り込む憲法改正法案を可決。27日発効。
14日 政府,5月20日を「記憶の日」として新たに祝日にすることを決定。
21日 日本,カンボジアの国民議会議員選挙支援を含む8億円の無償援助に署名。
25日 上院議員選挙実施。人民党が58議席を獲得。
   3月
1日 内務省および労働・職業訓練省,労働許可なしに働く外国人・事業者に罰金を科すと警告。
15日 国軍,中国との合同演習「金龍」(Golden Dragon)を実施(~31日)。
16日 フン・セン首相,シドニー訪問(~18日)。ASEAN・オーストラリア特別首脳会議参加。
20日 タイ・カンボジア第13回合同国境委員会会合開催(~21日,於バンコク)。
27日 フン・セン首相,河野外相と会談。
30日 フン・セン首相,第6回GMS首脳会談,第10回CLV(カンボジア・ラオス・ベトナム)開発の三角地帯首脳会談出席(~31日,於ハノイ)。
   4月
1日 前タケオ州知事ら,殺人事件への関与で逮捕。
5日 メコン川委員会首脳会談開催(於シアムリアプ)。
6日 プレッククナウ=タクマオ間を結ぶ水上タクシー始まる。
8日 河野外相,カンボジアへの協力文書に署名。
10日 エアポートリンク鉄道開始。
23日 第4期上院議会発足。2月の選挙で選ばれた58人に国民議会推薦のフンシンペック党2人,国王任命の2人を加えた62人が上院議員として宣誓。
25日 クメール国民解放戦線(KNLF)のサム・セレイがタイで逮捕。カンボジア政府は引き渡しを求めるも,デンマークに出国。
28日 サム・ランシー前救国党党首,7月の総選挙のボイコットを呼びかける。
30日 国民議会議員総選挙に参加する政党の登録開始(~5月14日)。20政党が登録。
30日 ニュク・ブンチャイ・クメール国家統一党(KNUP)党首が釈放され,党首に復帰。
   5月
6日 クロチェ州にて汚染された川の水を飲んだ17人が死亡。
7日 『プノンペンポスト』紙,社主の交代に批判的な立場をとっていた編集主幹が解雇。
13日 コンポントム州の小学校教師,不敬罪で逮捕。
21日 インドのスレーシュ・プラブー商工大臣来訪。
28日 情報省,内務省,郵便・電信省,ウェブサイト・ソーシャルメディアを通じた発信の管理に関する省庁間布告発表。
31日 国民議会,改正国籍法案を可決。
   6月
10日 インドのニルマラ・シタラマン国防大臣公式訪問(~12日)。
12日 アメリカ財務省,ヒン・ブンヒアン大将を資産凍結等の経済制裁対象者に指定。
15日 フン・セン首相,エーヤーワディ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議(ACMECS),CLMV首脳会談などに出席(~16日,於バンコク)。
17日 プレアシハヌーク州の交通事故で,フンシンペック党ラナリット党首が重傷でバンコクに搬送。妻のウック・パラが死亡。
20日 プノンペン都センソック地区にイオンモール2号店開店。
21日 プノンペンで代理母ビジネス関与の5人を逮捕。33人の妊婦を保護。
22日 フン・セン首相,ガソリン代1リットル当たり0.02ドルの補助金を発表。
25日 シハヌークビル港に新しく多目的ターミナルが完成。
25日 クロチェ州コットロンの文旦,地理的表示(GI)取得。
27日 国連,カンボジアを拷問実施国リストから外す。
   7月
4日 プノンペン=ポイペト間の鉄道,45年ぶりに再開。
7日 選挙キャンペーン開始。
7日 最低賃金法施行。
12日 世界銀行,総額2億ドルの協力案件に署名。高等教育機構のキャパシティ向上および国道4号線の修復。
26日 バッタンバン州で投票ボイコットを呼びかけていた元救国党党員5人が逮捕。
28日 VOA,RFAなど17のニュースサイトへのアクセスが制限(~30日朝)。
29日 国民議会議員選挙投票。人民党が125議席を独占。
31日 カンボジア資料センター(DC-Cam)のユーク・チャン所長,ラモン・マグサイサイ賞受賞。
   8月
12日 日本人サッカー選手の本田圭祐氏,カンボジア代表チームのコーチに就任。
15日 国民議会議員選挙結果確定。
15日 アメリカ政府,カンボジアの「民主主義の後退」について声明を発表。政府高官へのビザ制限を強化。
20日 高校卒業試験実施。
20日 土地問題活動家テープ・ヴァニー,恩赦で釈放。
21日 法執行に関する最高諮問・勧告評議会設置決定。16政党が参加。国王勅令は9月6日署名。
21日 元RFA記者イエン・ソティアリン,オウン・チンが恩赦で釈放。
22日 アメリカから不法移民として強制送還された30人がプノンペンに到着。
22日 マーク・フィールド英外務省閣外大臣(アジア太平洋地域担当)来訪。ソー・ケン内相らと会談。
24日 ジャカルタ・アジア大会にてブラジリアン柔術およびジェットスキーで2個の金メダルと1つの銅メダルを獲得。
27日 14人の旧救国党活動家(2014年逮捕)が恩赦で釈放。
29日 労働・職業訓練省,2019年から労働者の給料を月2回払いにすることを決定。
31日 プノンペン裁判所,オーストラリア人フィルムメーカーのジェームス・リケットソン氏に禁錮6年の判決。9月21日に恩赦。
   9月
1日 地雷博物館を運営するアキ・ラー氏が違法に武器を所持している疑いで逮捕。
5日 第6期国民議会議員の宣誓式。
6日 大臣会議(内閣),国民議会で承認。
6日 国軍総司令官にヴォン・ピセン前副総司令官兼国家軍警察副総司令官,統合参謀長にイット・サラット副総司令官兼国軍訓練長,陸軍司令官にフン・マナエット副統合参謀長が就任。
9日 長年カンボジアの小児医療に尽くしたビアート・リッチナー医師が死去。71歳。
10日 クム・ソカー旧救国党党首保釈。
10日 フン・セン首相,中国・ASEAN展示会出席のため,南寧訪問。
11日 フン・セン首相,ASEAN世界経済フォーラム出席のため,ハノイ訪問(~13日)。
19日 プラック・ソコン外相,河野外相と会談(於東京)。
19日 交代があった国民議会議員38人が宣誓。
26日 フン・セン首相,ベトナムのクアン国家主席葬儀に出席のため,ハノイ訪問。
26日 人権NGOのADHOC職員ら5人が14カ月ぶりに釈放。
28日 フン・セン首相,国連総会出席。
29日 ナイ・ペナー上院第1副議長死去。代わりに10月1日にシム・カーが就任。
   10月
5日 EU,カンボジアへのEBA適用取りやめに関して声明発表。
5日 2019年1月からの縫製・製靴業労働者の月額最低賃金が182ドルに決定。
6日 フン・セン首相,第10回日メコン首脳会議出席(~10日,於東京)。
11日 フン・セン首相,世銀・IMF総会出席(~12日,於インドネシア・バリ)。
16日 フン・セン首相,ASEM会合(於ジュネーブ)出席後,トルコ訪問(~25日)。
   11月
13日 首相,シンガポール訪問(~15日)。ASEAN首脳会議参加。
15日 国民議会,2019年予算法可決。総額67億9124万ドル。国防6億400万ドル(前年比11%増),教育9億1500万ドル(同8%増)。
16日 クメール・ルージュ裁判,第2-02事案に判決。ヌオン・チア,キュー・サンパンに終身刑。
18日 政府,「中国の軍事基地が国内にある」という噂を否定。
29日 フン・セン首相,アジア・太平洋サミット2018出席のため,ネパール訪問。
   12月
2日 サム・ランシー,アメリカでの救国党の会議で党首代行に就任したと発表。
5日 フン・セン首相,ラオス訪問(~6日)。
5日 マイクロファイナンス大手ハタ・カセカー,カンボジア証券取引所に社債上場。
6日 フン・セン首相,ハノイ訪問(~8日)。
11日 プノンペン裁判所,2013年の労働争議を率いた6人の労働組合代表者らに禁錮2年6カ月,被害者への賠償を命じる。
13日 国民議会,改正政党法可決。
13日 土地紛争解決国家機関(NALDR)の議長にチア・ソパラ大臣が就任。
17日 下セサン第2ダム,完成。
18日 人民党第41回中央委員会会議開催(~21日)。
19日 シハモニ国王ベトナム訪問(~21日)。
19日 国内3空港の年間利用者合計が1000万人を超える。
19日 アメリカから不法移民として強制送還された46人がプノンペンに到着。
25日 ニッコーホテル,2022年にプノンペンで開業予定であることを発表。
25日 上院,改正政党法を可決。
29日 ウィン-ウィン記念碑完成記念式典開催。

参考資料 カンボジア 2018年
①  国家機構図(2018年12月末現在)
②  大臣会議名簿(2018年12月末現在)

(注)  は副首相, **は上級大臣。

③  立法府
④  司法府

主要統計 カンボジア 2018年
1  基礎統計

(出所)人口は計画省国家統計局,籾米生産は農林水産省,インフレ率はIMF,為替レートは中央銀行資料より作成。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(出所)ADB, Key Indicators 2018.

3  産業別国内総生産(実質:2000年価格)

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別貿易

(出所)商業省資料より作成。

5  国際収支

(注)1)予測値。

(出所)National Bank of Cambodia, Annual Report 2017.

6  中央政府財政

(注) 1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

7  中央政府財政支出

(注) 1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

 
© 2019 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
feedback
Top