アジア動向年報
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2018年のアジア 米中の覇権争いのはざまで対応を迫られるアジア
荒井 悦代
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2019 年 2019 巻 p. 3-6

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2018年のアジア

国内政治

ネパール(2月),マレーシア(5月),ティモール・レステ(5月),カンボジア(7月),パキスタン(7月),アフガニスタン(10月),バングラデシュ(12月)では国政レベルの選挙が行われた。ネパールでは前年の代表議会(下院)選挙に続いて国民議会(上院)選挙が行われ,左派連合が勝利した。マレーシア,パキスタンでは長年政権にあった与党が敗れ,それぞれマハティールとイムラン・ハーンが首相となった。いずれも新政権は旧政権の政策の大幅な見直しを打ち出している。ティモール・レステは前年に国政選挙が行われたものの組閣に失敗し,2年続けての選挙が行われたが,混乱は解消されなかった。カンボジアでは前年に最大野党が解党されるなど,選挙の正当性に疑義がもたれるなか行われ,国会の議席を与党が独占した。バングラデシュでは与党連合が有効とされた298議席中288議席を獲得し,圧倒的多数を獲得した。選挙戦では,与野党支持者の衝突や野党候補者に対する襲撃事件が相次いだ。アフガニスタンでは2010年以降実施されてこなかった下院議員選挙が困難を伴いながら行われたものの,最終的な結果はまだ出ていない。

モンゴルでは補欠選挙が行われるはずであったが,憲法裁判所が違憲判断を下したために実現できず,さらに国会の混乱により実施時期すら決まらなかった。スリランカで2月に行われた地方自治体選挙では,前大統領が後ろ盾となっている野党が大勝した。この結果は10月の大統領による政変の遠因となった。3月に香港で補欠選挙が行われ,立候補者の制限などがあり2014年の「雨傘運動」以後に誕生してきた若者の新しい政治勢力・政治運動は,壊滅的な打撃を受けた。韓国では3回の首脳会談が行われるなど南北間の緊張緩和が進んだことを背景に年前半の政権支持率は高水準で推移したことから,6月の地方選・補欠選挙では,与党が圧勝した。11月に行われた台湾の地方統一選挙,特に直轄市や県・市の首長選挙は,蔡英文政権にとって事実上の中間選挙であったが,結果は野党国民党の圧勝であった。与党民進党は国民投票でもエネルギー政策などに関する提案が受け入れられなかった。ミャンマーでは11月に補欠選挙が行われ,少数民族居住地域で支持が低い与党が議席を若干減らした。インドの各州では州議会選挙が行われ,北東部3州やカルナータカ州では与党が第一党となったが,チャッティースガル,マディヤ・プラデーシュ,ラージャスターン各州で野党の会議派が勝利を収めた。スリランカやインド,ミャンマー,台湾では2019年あるいは2020年に国政選挙が予定されているため,これらの選挙は各国与野党にとって次期国政選挙を占う役割を担った。

なお,投票にあたってはバングラデシュやパキスタン,アフガニスタンでは電子投票,スマートフォンのアプリや生態認証を用いた投票が導入され,選挙プロセスでの不正の排除を目指した。しかし,不具合やトラブルに見舞われ,十分な役割を果たすことはできなかった。

タイ,フィリピン(中間選挙),インドネシアなど,2019年に国政レベルの選挙が行われる国々では,経済政策の焦点は構造改革よりも雇用や福祉など選挙民を強く意識した政策に重点が置かれた。内政面でも選挙を意識して,政党間の連携・対立関係が流動化した。

国内政治においては,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の拡大により,市民や学生の運動が中央政府の政策に影響を及ぼす事例も多く見られた。中国の不正ワクチン使用に対する批判,バングラデシュの学生による道路の安全を求めるデモ,アフガニスタンの平和行進,ネパールの医療格差への抗議活動などが挙げられる。

国内マクロ経済

アメリカの利上げ(2018年中に4回実施)により新興国から資金を引き揚げる動きを受けて各国で通貨が下落した。ミャンマーのチャットは20%近い記録的な下げ幅となり国内に8.1%のインフレをもたらした。モンゴルのトグリグは,年初と比較して10%ほど下落した。インドネシアのルピアは,アジア通貨危機に並ぶほどの下落を記録したものの,為替介入や政策金利の引き上げなどを行ったこと,アメリカの金利引き上げが一段落したことなどから,11月以降比較的落ち着きを取り戻した。南アジア各国においても影響は大きく,インド・ルピーは9.9%(年初と年末の比較,以下同じ),ネパール・ルピーは10.5%,パキスタン・ルピーは25.7%,スリランカ・ルピーは18.8%下落した。

一方でベトナムのドンは2.7%の下落のみにとどまり,タイでは,年平均では前年比5%程度のバーツ高となった。

このように,多くの国々で為替安・外貨流出が発生したものの,物価上昇率や失業率などマクロ指標は安定的だった。物価上昇率について各国政府や金融当局の目標値を超えたのはフィリピン(5.2%)のみだった。

GDP成長率に関しては,バングラデシュ(7.9%),カンボジア(7.3%),ベトナム(7.1%),インド,ミャンマー(7%ほど),中国(6.6%),フィリピン(6.2%),ネパール(5.9%),パキスタン(5.8%),インドネシア(5.2%)と5%を超える高い成長率を記録した。なかでもインドネシア,バングラデシュ,パキスタンは3年連続して前年の成長率を上回った。通貨の下落に見舞われた国々も,インフラ投資と旺盛な国内需要などに支えられ,高成長を記録した。バングラデシュ,カンボジア,ベトナムでは堅調な輸出に支えられている。ミャンマーなどは輸出先の多様化により,貿易収支赤字の縮減も進んでいる。

米中対立とアジア

米中の対立は貿易をめぐる経済面での対立にとどまらず,地域秩序のルール形成など覇権をめぐる対立となっており,アジア諸国は対立のはざまで対応を迫られている。中国の南シナ海の軍事拠点化など安全保障面での憂慮はあるものの,経済面ではアジア諸国と中国との関係はインフラ建設にとどまらず,経済パートナーとして不可欠な存在となっているからである。たとえばベトナムやパキスタンでは人民元が取引通貨となり,ベトナムでは瞬間的にではあるが輸出先としてアメリカを抜き中国が第1位となるなど取引量も増えている。タイでは政府間の関係構築から民間企業を巻き込んだ経済実務協力や,企業間での合弁事業やビジネス協力へと関係が拡大・深化しつつある。「債務の罠」にはまったスリランカを念頭におきつつ国内政治・世論を見極めながら,中国との関係強化がなされている。

貿易摩擦の影響については,韓国や香港,台湾などで年の後半以降影響が見え始めた。台湾から中国に機械設備や部材を輸出していること,多くの台湾企業が対中投資しているためである。香港では,現行の独立した関税区としての扱いをアメリカが取り消した場合,国際金融センターとしての地位に大打撃をもたらすことが懸念されている。しかし,それ以外の国では2018年末までのところ明らかな影響は見えていない。ベトナムなどでは,むしろ中国からの生産の移管などメリットも指摘されている。タイでは中国経済の減速や貿易摩擦に伴い不安定化する世界経済に対応していくために「タイランド4.0」の具体化を進めている。

地域秩序のルール形成という点において,2018年に注目されたのは「インド太平洋」という概念であった。アメリカは,「一帯一路」構想などに基づく中国の経済的かつ軍事的影響力の拡大を懸念して,インド太平洋地域の同盟国・パートナー国重視の姿勢を明確にし,経済・安全保障の両分野において,域内諸国への積極的な支援拡大に舵を切った。日本も同様の主張を掲げており,「自由で開かれたインド太平洋」構想は,中国への対抗を強く意識しながら具体化が進んだ。7月末にはアメリカがインフラ整備を支援するファンドの設立を表明し,続いて8月初旬のASEAN地域フォーラムにおいて,インド太平洋諸国の海洋安全保障,人道支援・災害救助,平和維持能力,国際犯罪への対処のための構想と資金提供を明らかにした。また,同じ時期に成立した2019年度国防権限法は,オバマ政権が開始した「東南アジア海洋安全保障構想」を「インド太平洋海洋安全保障構想」に改め,対象国をこれまでの東南アジア諸国と台湾から,バングラデシュ,スリランカ,インドにまで広げた。

新たに対象となったインドは「自由で開かれたインド太平洋」という考えに同調しつつアメリカ,日本などと関係深化を進めており,現状変更を目指す中国に対抗してインド太平洋地域の重要性を強調した。

一方でインドネシアも「インド太平洋協力」構想を提示している。その特徴は,「オープン,包摂性,透明性,協力,友好を原則とする」という点にある。日米が主唱する中国封じ込めの戦略としてのインド太平洋戦略とは異なり,インドネシアの構想は中国やロシアも含めた国際協力の枠組みとして提唱されている。また,この構想では,ASEANが中心的な役割を果たすことが強調されている。ASEANとしても域外国がこの地域概念に関してさまざまな期待と思惑を表明するなか,従来のASEAN主導の会議や「ASEANの中心性」を維持する形で,この新地域概念の具体化を進めたい意向を表明した。

(地域研究センター)

 
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