アジア動向年報
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各国・地域の動向
2018年のマレーシア 史上初の政権交代とマハティールの2度目の首相就任
谷口 友季子
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2019 年 2019 巻 p. 337-364

詳細

2018年のマレーシア

概 況

5月に第14回総選挙(下院および州議会)が実施され,統一マレー人国民組織(UMNO)率いる与党連合・国民戦線(BN)と野党連合・希望連盟(PH),汎マレーシア・イスラーム党(PAS)の3陣営の争いを過半数の議席を獲得したPHが制し,史上初の政権交代となった。12州で実施された州議会選挙においても,8州でPH,2州でPASが勝利し,BNが州政権を担う州は2州となった。

総選挙後には,1月のPH合同大会での指名のとおり,マレーシア統一プリブミ党(Bersatu)議長のマハティール元首相が首相,人民公正党(PKR)総裁のワン・アジザが副首相に就任した。また同性愛で有罪判決を受け収監されていたアンワル・イブラヒム元副首相が釈放され,10月の補欠選挙に立候補,大差をつけて勝利し,政界へ復帰した。

一方,総選挙で敗退したUMNOのナジブ前首相は,ワン・マレーシア開発公社(1MDB)に関連する収賄,背任などの容疑で,ロスマ夫人らとともに逮捕された。ナジブ前首相の後を受けて,UMNO総裁に就いたザヒド前副首相もその後同様にマネー・ローンダリング等で逮捕され,野党となったUMNO内では所属議員の離反が相次いだ。また国連の人種差別撤廃条約(ICERD)の批准を検討する動きに対して,野党を中心に抗議が広がり,批准が見送られたにもかかわらず,クアラルンプールでのデモには約5万人が集まった。

経済面では,PHの選挙公約どおり,物品・サービス税(GST)の廃止および売上・サービス税(SST)の再導入が実施されるなど,改革が続いた。首都近郊と東海岸を結ぶ高速鉄道に代表される,中国の「一帯一路」政策による大型インフラプロジェクトの見直しも進められたが,正式な計画撤回にまでは至らず,結論は不透明である。GDP成長率は前年割れしており,不動産市場では,1999年のアジア通貨危機時と同水準の供給過剰が生じるなど不安要因も見られる。

国内政治

第14回総選挙に向けた与野党の攻防

2018年に入ると,与野党両陣営による選挙戦が熱を帯びた。PKR,Bersatu,民主行動党(DAP),国民信託党(Amanah)の4党が結集した野党連合PHの合同大会が1月7日に開催され,Bersatu議長のマハティール元首相を首相候補とすることが宣言された(『アジア動向年報 2018』参照)。マハティール元首相を首相候補に据えることには,2017年のPHへのBersatuの加入(2017年3月),PH議長就任(同7月)以降,特にPKR内から反対の声が上がっており,一部のPKR党員は今回の大会を欠席した。しかし,かつて政敵であったアンワルやワン・アジザに加え,同様に投獄された経験を持つ民主行動党(DAP)のリム・キッシャンら各党の首脳,有力者がマハティールを支持し,マハティールが国を崩壊に導こうとしているナジブ首相から「マレーシアを救う」(Selamatkan Malaysia)運動の先頭に立ったことで,野党連合の結束が強まった。また,PHが勝利した暁には服役中のアンワルを釈放し,いずれ彼が首相になること,そして自分はアンワルに引き継ぐまでの一時的な首相であることをマハティールが強調した点も,かつての強権的なマハティール政権の再来を危惧する人々にとって安心材料となった。

他方,与党連合BN率いる政府側は,選挙を有利に進めるようにさまざまな策を講じた。4月初旬には反フェイクニュース法が成立した。この法は,ニュースなどのあらゆる情報についての「フェイクニュース」を文章や音声,動画などの媒体で発信した人を罰することを目的とし,50万リンギ以下の罰金あるいは6年以下の懲役またはその双方を科される。この法律が適用されると,ナジブ首相が関わったとされるワン・マレーシア開発公社(1MDB)の汚職問題について報道した場合に,「フェイクニュース」として罰せられる可能性があることから,報道の自由を棄損するとして国内外のジャーナリストや野党,NGO関係者が懸念を表明した。PH政権発足後,反フェイクニュース法の廃止法案が提出され8月に下院を通過したものの,上院ではBNが多数派であるため,同法の廃止は実現していない。

またマレーシアでは,かねてより与党BNに有利となるよう一票の格差が温存され,選挙区割りが恣意的に変更されるなど不公正な選挙制度の運用が問題視されてきた。今回の総選挙にあたっては,連邦憲法の改正が必要な定数の見直しはBNの議席数が3分の2を割っているため行われなかったものの,選挙区割りを変更する法案が3月末に可決された。区割り変更が実施されなかったサバ,サラワク両州を除いた下院選挙区166のうち,約4割の68区で境界が変更された( Malaysiakini,2018年5月4日付)。議会外では,選挙制度改革運動の市民団体Bersihの活動家を中心に,マハティールをはじめとする野党政治家や市民が集結し,抗議活動を行った。

野党連合の政治活動を阻害する措置もとられた。PHは2017年7月に結社登録局(RoS)に登録を申請したが,RoSは連合ロゴのデザイン変更やDAPの中央委員会の再選挙,Bersatuの年次総会の開催を命じ,登録を先延ばししてきた。そして1月末,RoSはBersatuの各支部や部署の会議録と財務諸表の提出を求め,提出されない場合には党の一時登録抹消命令が下されると発表した。ムヒディンBersatu総裁はRoSによる各支部の認可が前年7月であるため,時間がなく締切日までに議事録を提出できないとし,4月6日に暫定的な登録抹消が通告された。これにより,Bersatuは党ロゴ,政党名を用いた政治活動を禁止され,同時に構成政党の登録ができないことからPHも公式の政党連合として認可されず,連合ロゴが使用できなくなった。そこで野党連合は,連合としてPKRのロゴを用いて選挙キャンペーンに挑む対策をとった。

また投票日が平日に指定されたことは,1999年総選挙以来2度目のことであり,投票率の低下をねらった措置と受け止められた。これに対し,投票日を祝日とするよう国王へ請願する署名活動が行われるなど,市民からの不満が噴出したため,発表から1日足らずで首相府は投票日を祝日とすることを決定した。

投票日前夜には,与野党連合のそれぞれの代表であるナジブ首相とマハティールが最後の演説を行った。ナジブ首相はテレビ放送を通じて呼び掛ける一方,そのような機会が与えられない野党側はFacebookを利用したストリーミング放送を行い,マハティールが支持を呼び掛けた。投票日にはBersihなどが中心となって選挙監視を行った。大きな混乱はなかったが,携帯電話やEメールアカウントの大規模な不通が発生したことに加え,Bersihは票の買収など278件の苦情を受け取ったと後日発表している。投票終了後,午後10時過ぎに選挙管理委員会が開票結果を発表する予定だったが,野党連合の勝利が確実となった後も,翌日午前1時過ぎまで行われず,すべての結果の発表は午前5時頃までかかった。午後11時過ぎには公式発表に先んじて,マハティールを中心に野党連合が勝利宣言会見を実施した。ナジブ首相も翌日には記者会見を開き,選挙での敗北を認め,議会における民主主義の原則を尊重し,国王の任命に従うと述べた。結果,マハティールが92歳で首相に再任という世界的に見て類のない指導者となり,独立後初めての政権交代が実現した(表1)。

表1  2018年マレーシア連邦議会下院選挙 政党別獲得議席数・議席占有率・得票率(2018年5月9日投票,定数222,登録有権者数14,940,624人,投票率 82.3%)

(注) 投票率=(有効投票+無効票+回収されなかった投票用紙)/登録有権者数。

(出所) 中村正志「『新しいマレーシア』の誕生――政権交代の背景と展望」,IDEスクエア(アジア経済研究所,2018年9月)( https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Analysis/2018/ISQ201810_001.html)。本章の表は一部に筆者が手を加えた。

希望連盟による新政権の発足

マハティール首相率いるPHの新政権は,5月以降,選挙公約の実現に向けた改革や新規の政策に取り組んだ。しかし,必ずしも当初の思惑どおりには進まず棚上げになっている課題も多い。特に政治制度改革の面では,政権交代時に期待されたほどの大きな変化は2018年にはなかったといえる。

総選挙後,マハティール首相は与党各党の推薦をふまえ,段階的に組閣を進めた。5月12日に一部の閣僚が発表され,21日に正副首相含めて14人の内閣が発足,7月の下院の開会を前にすべての閣僚が出揃った。内務相にBersatu総裁のムヒディン・ヤシン元副首相,財務相にはペナン州首相経験もあるDAP書記長のリム・ガンエン,防衛相にAmanah総裁のモハマド・サブなど,所属政党,政治経験に加え,民族,選出州のバランスも考慮した人選となった。ワン・アジザは女性として初の副首相であり,正副大臣合わせてこれまでで最も多い9人の女性が閣僚入りした。またBersatuのサイド・サディック・アブドゥル・ラーマンが25歳の史上最年少の閣僚として,青年・スポーツ相となった。他方,マハティール首相は5月の発表当初,教育相も兼任すると表明していたが,PHの選挙公約に閣僚ポストを首相が兼任しないという項目があるため,与党内でも反対の声が上がり,すぐに撤回した。

今回の総選挙にあたりPHは,60項目の公約をまとめた連合の公約集『希望の本』を3月に公開した。そのうち10項目を100日間で実現するとして,「100日間における10の公約」(以下,「100日公約」)を掲げ,新政権発足後はこの公約の履行に向けた政策が実施された。表2のとおり,これらの公約は選挙のための「ばらまき」の側面が強く,特に財源を確保できるかが懸念されたが,現状を考慮した対応がなされた(表2)。

表2  希望連盟の「100日間における10の公約」

(出所) Pakatan Harapan, Buku Harapan: Membina Negara Memenui Harapan, 2018, pp 12-13, 中村正志「『新しいマレーシア』の誕生――政権交代の背景と展望」,IDEスクエア(アジア経済研究所,2018年9月)

 ( https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Analysis/2018/ISQ201810_001.html)。本章の表は一部に筆者が手を加えた。

経済の項で詳述するとおり,前政権下で2015年に導入された物品・サービス税(GST)は総選挙後の5月16日に早速廃止が決まった。そしてGST導入以前に施行されていた売上・サービス税(SST)再導入の法案が7月に開会した下院で審議,採決され,9月1日から施行された。外国が受注する大型プロジェクトの包括的な見直しについては,後述のとおり,受注先の中国や二国間での高速鉄道計画を持つシンガポールの首脳に対し,マハティール首相が総選挙直後に計画の見直しを伝えたという点で,公約上は達成しているものの,その後延期とされ,事実上計画の棚上げ状態が続いている。

1MDB,連邦土地開発機構(FELDA),国民信託協議会(MARA),巡礼基金については前政権期に就任した経営陣が刷新されたが,汚職疑惑に関する王立調査委員会の設置には至っていない。特に,1MDBについては反汚職委員会や警察による調査の途上であり,委員会の設置の前に具体的な罪状の認定が必要という見解をマハティール首相は示している。

100日公約の中には,実施が遅れ,11月の2019年度予算審議以降に着手された項目もある。一部の乗用車,二輪車を対象にしたレギュラーガソリンの補助金については,2019年度から開始されることになった。また最低賃金の引き上げについては,即時実施が難しいとの発言が人的資源相から出ていた。100日時点では議論は進んでいなかったが,2019年度予算の審議過程で月額1100リンギへの引き上げが決定し,2019年1月1日から実施された。

1963年のマレーシア協約(MA63)の調査,施行のための内閣特別委員会は首相,閣僚と司法長官,サバ・サラワク両州首相,両州司法長官,専門家をメンバーとして,10月に組織された。マレーシア協約は,マラヤ連邦(当時),現在のサバ,サラワク両州,シンガポール(1965年分離独立)が1963年にマレーシアを結成する際に各地域の自治権限を定めた条約だが,両州の権限は事実上放棄させられていた(『アジア動向年報 2018』参照)。特別委員会は6カ月の審議を経て,内閣に報告書を提出する予定である。

国家高等教育基金機構(PTPTN)の提供する学生ローンの返済問題については,入国管理局において債務不履行者のブラックリストが用意され,出国禁止措置がとられていたが,6月の新会長の就任とともにリストは破棄された。公約で挙げていた月収4000リンギ以下の卒業生に対する返済猶予については,2019年度予算において基準が月収2000リンギ以下に引き下げられ,給与控除型の返済スキームの導入が決定された。しかし学生を中心に反発は強く,一旦実施は先送りされた。またFELDAの開拓民に対する債務の免除については,現状進展が見られない。

政治制度改革に向けた動き

最初の閣僚の発表があったのと同日5月12日に,マハティール首相は賢人評議会を組織すると発表した。かつての腹心であるダイム・ザイヌディン元財務相を議長に,元中央銀行総裁のゼティ・アクタル・アジズら5人で構成され,社会経済,金融問題,特に後述するPHの100日公約の履行のために討議,助力する諮問機関である。賢人評議会は新政権発足後,8月半ばまでの100日間で政財界の関係者300人以上と面会し,租税政策や財政赤字への対応,経済成長や貧困削減など開発政策に加え,制度改革など広範囲に渡る報告書を首相に提出したとダイム議長は述べている。

特に制度改革は,新政権への移行にあたって政治腐敗や選挙不正などを解決することを期待されており,政府は賢人評議会の下にさらに制度改革委員会を設置して,議論を求めた。制度改革委員会は元控訴裁判事のKCヴォーラを委員長に,Bersihの元リーダーであるアンビガ・スリニヴァサンら5人で組織された。この委員会から賢人評議会と首相府へ7月に報告書が提出され,その内容が前述の賢人評議会の報告書に反映されたと考えられる。しかしマハティール首相は,賢人評議会の最終報告書は公開しない予定と述べており,その内容は明らかでない。

後述する「第11次マレーシア計画」の中間報告では,首相らの任期制限,選挙制度改革,政治資金の規制導入の3点が今後の制度改革の重点項目として挙がった。特に,任期制限については,権力の過度の集中を避け,市民へのアカウンタビリティを確保するため,首相および州首相の任期を2期までに制限する方針が示された。任期制限の適用には,連邦および州の憲法をそれぞれ改正する必要がある。連邦憲法の改正には両院の3分の2の賛成を要するため,連邦レベルでの首相の任期制限は容易には導入できないことが予想される。州レベルでは,11月に,他州に先んじて初めて,DAP(PH)が率いるペナン州で,州首相の任期を2期に制限する法案が可決された。今後の制度改革の議論,進捗が注目される。

アンワル・イブラヒムの釈放,政界復帰

投票日当夜のPHの勝利宣言の会見で,マハティールはアンワル元副首相の釈放,恩赦のプロセスを進めると述べた。アンワルは2015年に同性愛の有罪判決が確定して以降,投獄されていた。禁錮5年に加え,5年間の政治活動の禁止も課されていたが,国王から恩赦を得ることで,政界復帰が可能となった。5月16日にアンワルは釈放されると,そのまま王宮へ向かい,国王に拝謁した。

アンワル元副首相が恩赦を受け釈放。隣は妻のワン・アジザ副首相(手前),三女(奥)(5月16日,AP/アフロ)

その後,8月から11月に行われたPKRの役員選挙において,総裁であった妻のワン・アジザ副首相は立候補せず,対立候補不在の無投票でアンワルが総裁に当選した。PKR各州の支部で実施された党員による今回の役員選挙では,初めて電子投票が採用されている。11月の全国党大会では,各支部での投票の結果,副総裁は現職のアズミン・アリが元党副総裁補のラフィジ・ラムリと争い勝利した。副総裁補にはアンワルの長女ヌルル・イザやティアン・チュアら4人が当選した。さらに12月には党の中央指導部の決定によって,ラフィジを含めた3人が副総裁補として追加された。

アンワルは10月13日に行われたポート・ディクソン下院選挙区の補欠選挙に立候補し,72%の得票で当選し,国会議員へ復帰を果たした。この補欠選挙はアンワルが国会議員になるために,5月に当該選挙区で当選していたダニャル・バラゴパル・アブドゥラが議員を辞任したことで実施された。BNは個人の政治的野心によって選挙が実施されることを非難しボイコットしたため,PAS所属候補と無所属の候補6人との争いとなった。総選挙前後にマハティールは,アンワルの政界復帰が実現したら首相の座を引き継ぐと述べていたが,1,2年は首相を続けるとも明言しており,首相交代へのプロセスは依然不透明である。

1MDBをめぐる汚職疑惑の追及

同じくPH勝利宣言の会見でマハティールは,1MDBの資金の不正流用をめぐる疑惑についてナジブ首相の訴追の可能性を問われ,「我々は復讐を求めていない,法の支配を回復させたいのだ」と述べ,その後のPH政権下でのナジブ前首相への対処が注目を集めることとなった。5月16日夜から18日にかけてナジブ首相のクアラルンプールの3軒の私邸が家宅捜索され,大量の高級ブランドのハンドバッグや高級腕時計,宝石,50万リンギ以上の現金が押収された。そして妻のロスマ・マンスールとともに反汚職委員会(MACC)の本部に出頭して取り調べを複数回受け,7月3日にナジブが,10月3日にロスマが逮捕された(どちらも翌日に起訴)。ナジブは1MDBに関わる収賄やマネー・ローンダリング,背任などの容疑で年末までに3度追起訴された。2019年中に公判が開始される予定となっている。

そのほかにも,1MDBをめぐる権力乱用や背任,マネー・ローンダリングの疑いで,複数の政府関係者が逮捕されている。10月には前財務省事務次官のイルワン・セリガー・アブドゥラが1MDBとアラブ首長国連邦の政府系ファンドとの不正取引に関わった疑いで,12月には1MDBのアルル・カンダ・カンダサミー元CEOが1MDBの監査報告書を改ざんした疑いで,それぞれ逮捕された。イルワン・セリガーは一連の不正における公務員での初めての逮捕者となった。アルル・カンダは最終監査報告書の内容から,1MDBをめぐる不正を主導した一人といわれる実業家ロウ・テックジョー(ジョー・ロウ)に関する記述を削除したとされる。総選挙後,休暇を取得しCEOの業務から離れていたが,6月末の任期満了を前に解雇されていた。一連の不正に関する捜査は年明け後も続いており,逮捕者はさらに増えると予想される。

総選挙後の与野党間関係の変化

総選挙での敗北の後,5月12日にUMNO最高評議会の会合が開かれ,後の記者会見でナジブが党総裁を辞任することを明らかにした。これを受けて,副総裁であったザヒド・ハミディ前副首相が総裁代行,前国防相・首相府相のヒシャムディン・フセインが副総裁代行に就任した。それぞれBNの会長代行,副会長代行も兼任した。6月30日には党役員選挙が実施され,青年部長であったカイリー・ジャマルディンやラザレイ・ハムザ元財務相との争いに勝利したザヒドが総裁に選出された。しかしザヒド総裁もマネー・ローンダリングや収賄,背任の罪で逮捕,起訴され,党員の不満を招いている。総裁辞任も囁かれるなか,12月以降総裁を休職するとして公の場から姿を消している。

総選挙後に下野したBN,UMNOでは加盟政党の離脱や党員の離党が相次いでいる。サバ州では,州政権の発足をめぐり混乱が生じた。当初の開票結果では,州議会の60議席中BNが29議席,PH所属のPKRとDAPに加え,PHとの協力を表明していたサバ伝統党の3党を合わせて29議席と2陣営が拮抗し,2議席を獲得した第三極のサバ連合(GS)に所属するサバ人民祖国連帯党(STAR)の動向が鍵になっていた。ジェフリー・キティンガン率いるSTARはBNへの協力を決め,5月10日にUMNOのムサ・アマンが州首相就任の宣誓を行った。しかし同じ日に,BNに所属し,5議席を得ていたパソモモグン・カダザンドゥスン・ムルット統一組織(UPKO)がBNを離脱,サバ伝統党とPHへの協力を決め,さらに一部のUMNO選出議員がサバ伝統党へ移籍したことで,サバ伝統党を中心とする州政権が発足することとなった。サバ伝統党のシャフィ・アプダル総裁は12日に州首相就任の宣誓を行い,2度の宣誓が実施される異例の事態となった。

また同12日にはサバ統一党(PBS)などBN構成政党であった地域政党もBNを離脱し,STARと合流して,統一連合(GBS)を組み,8月にはUMNOのサバ支部が州議会ではGBSに合流することを決めた。これにより,サバ州議会ではBN所属政党の議席がなくなった。さらに12月にはUMNOに所属する州議会議員10人中9人,下院議員6人中5人が離党して無所属となり,2019年に入ってからはBersatuがサバ州への支部開設を決めるなど,混乱は続いている。

サラワク州では,総選挙でBN所属政党が勝利していたが,6月にBNに所属していた統一ブミプトラ伝統党(PBB),サラワク人民党(PRS),進歩民主党(PDP),サラワク統一人民党(SUPP)の4党がBNを離脱し,独自の新連合としてサラワク政党連合(GPS)を結成すると発表した。サラワク州にはBNの全国政党が進出していないため,これによりサラワク州のBNは消滅した。PBB総裁のアバン・ジョハリ・アバン・オペン州首相は「連邦政府に協力する」と述べているが,サラワク州のGPSはサバ州のGBSと同様に,与党連合PHには所属しておらず,BN寄りの立ち位置をとり,特に1963年のマレーシア協約の履行については,現政権と争う姿勢をとるとみられる。とはいえ,サバ,サラワク両州ともに総選挙後にBN所属政党がほぼ無くなっており,野党連合となったBNが確たる支持を期待できる状況ではない。1990年代末以降の両州はBNの強固な票田であり,BNの「定期預金」(Fixed deposit)と呼ばれていたが,今回の総選挙を機に様相は一変したといえる。

また今回選挙で下院の議席を失ったマレーシア人民運動党(Gerakan)が6月末の中央委員会会合で離脱を決定し,BNはUMNO,MIC(マレーシア・インド人会議),MCA(マレーシア華人協会)の3党のみの連合となった。さらにUMNO内では,ザヒド率いる指導部への不満などから,12月までに18人の議員が離党し,下院の議席は54から37にまで減った。

BN,UMNOの瓦解が進んだようにみえる一方,政権交代により,これまで維持されてきたマレー人の優位が脅かされるのではないかというマレー系保守層の不安,不満が現れてもいる。9月末の国連総会での演説で,マレーシア新政府は現在批准していない複数の人権保護に関連する国連条約を批准するだろうとマハティール首相が述べたことを受け,国連の人種差別撤廃条約(ICERD)の批准が検討されていると報道されると,野党のUMNO,PASを中心に反対の声が沸き上がった。条約の批准により,連邦憲法に記されたブミプトラの特別の地位が見直されるのではないかと危惧したためである。11月,批准に反対する抗議デモを実施するとUMNOとPASが発表すると,11月23日には政府はICERDの批准は行わないと宣言した。しかしICERDを批准しないことを祝福するという名目で,当初の予定どおり12月8日にクアラルンプールでデモは行われ,UMNOやPASの幹部層を含め,警察発表では約5万5000人が参加した。また11月末には,スランゴール州にあるヒンドゥー寺院の移転問題をめぐって,マレー系のグループが寺院に集結し,暴動となる事件も起こっている。

さらに2018年の総選挙後に実施された補欠選挙では,6回のうち直近2回でPHが敗北しており,与党への支持が揺らいでいる。5月の総選挙後,病気や交通事故などによる現職の死去に伴い,年末までにスランゴール州議会の補欠選挙が3回,前述のアンワル・イブラヒムの政界復帰を目指した下院議員選挙が1回実施された。いずれの選挙でも,与党(州議会:PKR 2議席,DAP 1議席,下院:PKR 1議席)が勝利した。しかし2019年に入り,1月に実施されたパハン州のキャメロンハイランドの下院選挙区,スランゴール州議会スメニ選挙区の各補欠選挙において,与党DAP,Bersatu候補がそれぞれ敗北し,野党のBN直属候補とUMNOの候補が勝利しており,政権交代から9カ月余りで,早くもPHは正念場を迎えている。

経 済

GDP成長率は前年を下回り減速傾向

2018年の実質GDP 成長率は,前年の5.9%から4.7%となり,2017年末時点での政府見通し5.0~5.5%(中央銀行見通し5.5~6.0%)を下回った。各四半期(前年同期比)では,第1四半期の5.4%から,4.5%,4.4%,4.7%と推移した。2017年後半から2018年第3四半期まで減速が続いたため,後述の第11次マレーシア計画の中間報告では,2018年から2020年までの平均成長率の予測値が下方修正された。

需要面では,引き続き民間部門の消費が成長の源泉である。GST廃止からSST導入までの免税措置期間(後述)が家計支出を促進させ,第3四半期には民間消費支出が2012年以来6年ぶりに9.0%増を記録した。第4四半期も8.5%の上昇率となっていることから,SST導入前の駆け込み需要の影響は小さかったとみられる。また賃金の上昇や公務員・退職者への特別手当の支給も家計支出の増加に寄与している。他方,総固定資本形成のうち民間投資は,2017年に9.2%の成長であったが,2018年第1四半期には前年同期比で0.5%,2018年全体を通じて4.4%と成長が減速した。特に,設備投資において第1四半期(3.6%減)と第4四半期(1.5%減)にマイナス成長を記録する大幅な減速となったことが影響している。また不動産投資についても,2017年第2四半期に5.1%増となって以降,成長が縮小傾向となり,2018年は第1四半期の2.8%から,2.1%,1.8%,0.8%と成長の鈍化が続いている。公共部門の消費では,物品・サービス購入が前年の5.4%増から3.3%増へと伸び幅が縮小している。また公共投資は政府関連企業の支出削減により5.2%減となった。財・サービス貿易については,輸入は前年比0.1%増と変動が小さかった一方,輸出が1.5%増となり,純輸出は通年で13.4%増と,マイナス成長であった2017年から一転大きくプラスとなった。

産業別では,農業(0.2%減),鉱業・採石(1.5%減),製造業(5.0%増),建設業(4.2%増),サービス業(6.8%増)で,一部セクターでは成長の減退がみられた。前年の高水準の成長から一転して,農業では悪天候でパーム油,ゴム生産が影響を受け,マイナス成長となった。サービス業は引き続き堅調な成長を示し,小売業(9.4%増),食品・飲料業(9.8%増)がとくに好調だった。

通関統計では2018年の輸出は9980億1410万リンギで,不安定な国際環境にもかかわらず,前年比6.7%増と予測を上回った。輸入は4.9%増の8777億4370万リンギ,貿易収支は1202億7040万リンギとなり,2012年以来最大の黒字となった。消費者物価指数(CPI)の上昇率はGSTが撤廃された6月以降,各月前年同月比で1%を割りこんでおり,年平均でも1.0%となった。2012年以来の1%台となり,近年続いていたインフレは抑制された。

新政権による経済政策

2018年のマレーシアの経済政策は,新政権の100日公約の実現に向けた政策変更が焦点となった。これらの政策変更は主に家計・個人向けの政策を対象にしており,ナジブ政権下で導入されてきた政策を撤回するものである。一方,国家レベルの開発政策については,過去の政権の方針を引き継ぐ方向性が示されており,大きな見直しはなかったといえる。

2018年に最も関心を集めた経済政策は,GSTの廃止である。2015年にナジブ政権下で導入されたGSTは燃料補助金の廃止とともに,市民の生活コストをさらに上昇させる原因として,特に近年の物価上昇に不満を持つ都市部の住民から強い反発があった。そのような世論に反応し,PHは総選挙の100日公約において,GSTの廃止と燃料補助金の復活を掲げ,大きな争点となった。

総選挙翌日,新政権発足の会見で,早速マハティール首相はGSTの廃止,売上・サービス税(SST)の再導入の方針を明らかにした。そして6月1日にはGSTの税率が6%から0%に引き下げられた。その後,8月末に税制改革関連法案が上下院で可決され,9月1日よりSSTが施行された。SSTはGSTが導入される2015年まで適用されていた間接税である。一部の生活必需品等を除いて,取引の各段階において消費税として徴収されていたGSTとは異なり,一部の対象製品の生産者や輸入業者に5%ないし10%の物品税が,ホテルや保険商品などのサービスの消費者に6%のサービス税がそれぞれ課される。

ガソリン補助金の復活については5月末に一旦見送られたが,11月に発表された翌年度の予算案に盛り込まれ,2019年度からの開始が決定した。レギュラーガソリンに限り,1500cc以下の乗用車および125cc以下のバイクを対象に1リットル当たり30センの補助金が給付される。なお燃料価格はナジブ政権下で,レギュラーガソリン,ハイオクガソリン,軽油のいずれも総選挙前の3月から据え置かれていたが,PHへの政権移行後も5月16日時点の価格で固定された。6月に入ると,ハイオクガソリンは変動制に戻されたものの,レギュラーガソリンと軽油については2018年末まで同一の固定価格が維持された。その後,原油の国際価格が下落したことから,消費者が利益を迅速に享受できるよう,2019年1月以降,週に1度見直しが行われる変動価格制が採用されている。

そして前述のとおり,100日公約の1項目であった最低賃金の引き上げも実施され,2019年1月から全国一律月額1100リンギが適用されている。2018年までの最低賃金では,マレー半島部は月額1000リンギ,東マレーシア(サバ,サラワク州)では920リンギと定められており,PHは公約集で全国一律1500リンギに引き上げることを約束していた。しかし100日公約での言及は「引き上げ」のみであり,今後5年ほどかけて,1500リンギを目指して引き上げていくと,人的資源相は述べている。

政権交代後,マハティール首相が個人的に力を入れているのは第三国民車計画である。マハティールは前回の首相在任時,自動車メーカー・プロトンによる国産車生産に心血を注いでいた。プロトンは1990年代初頭には国内乗用車市場の4分の3を占めていたが,2016年には国内市場の約1割まで売上台数が減り,数千億リンギの資本が注入されたものの,現在は中国の大手自動車メーカー吉利汽車を傘下に持つ吉利ホールディングスが資本の半分を保有している。国産ブランドの復活を賭けて,自動運転やクリーンエネルギーなど最新技術を搭載したモデルを生産する新会社の設立を目指し,すでにマハティール首相を議長とする国家開発協議会(NDC)での討議が始まっている。アズミン・アリ経済相は,2019年中に試作車を公開すると表明している。

第11次マレーシア計画――中間報告の発表

2016年から2020年までの国家5カ年計画「第11次マレーシア計画」の中間報告が10月に発表された。(1)公共サービスの効率性と透明性向上のためのガバナンス改革,(2)包括的な発展と福祉の強化,(3)バランスのとれた地域開発の追求,(4)人的資本の開発,(5)環境保護と経済成長の両立を通じた環境持続性の強化,(6)経済成長の強化,を新たに開発計画の6つの柱として設定した。

また,計画策定時の目標値からの下方修正や予算の修正が実施されている。2016~2017年の実質GDP成長率は平均5.1%と,計画策定時の目標値である5.0~6.0%の範囲内であったが,2018~2020年の目標値は4.5~5.5%へ下方修正した。同時に,2020年までの先進国(高所得国)入りに向けて,1人当たり国民総所得(GNI)の目標値を4万7720リンギに定めていたが,目標達成を2024年に後ろ倒しした。2020年までの先進国入りは,前マハティール政権下の1991年に策定された「ビジョン2020」で初めて掲げられ,以降の政権でも引き継がれてきた目標である。ナジブ前首相が2016年に策定した第11次計画で追い込みをかけ,達成に至る予定であった。また課題である財政安定化に向けて,本計画の期間中の開発予算が2600億リンギから2200億リンギに縮小され,財政赤字を対GDP比3.0%に抑えるという目標が追加された。

この中間報告で,政府はガバナンスの向上に向けた改革を盛り込んだ点で前政権からの転換を強調している一方,ブミプトラに対する経済支援策を従来どおり継続することを示し,開発政策などにおけるブミプトラの優遇,特別な地位に関しての見直しは行わないという姿勢を明らかにしたといえる。具体的には,所得階層下位40%,すなわち「B40」(Bottom 40)の平均世帯所得の引き上げや技能労働者に占めるブミプトラの比率の増加,持ち株比率の向上などの政策を堅持することを示した。

対外関係

中国:大型インフラ整備事業の先行き不透明

近年,マレーシアでは中国が融資する大型のインフラ開発計画が次々と進んでいた(『アジア動向年報 2018』参照)。2016年には両国首相立会いの下で総額1436億リンギのプロジェクトについて覚書が交わされている。

前述のとおり,100日公約には外国資本のすべての大型インフラ開発事業の見直しが含まれており,マハティール首相は政権発足後間もなく見直しに着手した。具体的に見直しの対象となったのは,クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道(HSR),国際金融センター事業(TRX),クアラルンプールからマレー半島東部を北上する東海岸鉄道(ECRL),首都圏鉄道事業(MRT3号線),サバ州とサラワク州を結ぶパン・ボルネオ高速道路,2つのパイプライン敷設事業などである。リム・ガンエン財務相は大型インフラ事業の中止,再交渉を通じて1000億リンギを削減でき,財政健全化を図るための財源となると発表した。

マハティール首相は8月に中国を訪問,李克強首相と会談し,ECRLと2つのパイプライン敷設計画について,政府債務の増大により計画の続行が難しいことを伝え,理解を求めた。ECRLは中国の「一帯一路」構想の計画のひとつであり,2017年8月に着工していたが,2018年7月から工事は中断している。2019年に入り,マハティール首相は依然中国と交渉段階であると発言する一方,閣内では現状の認識について混乱もみられる。首相は訪中時に,計画が中止された場合には,中国企業に対し,莫大な補償金を支払う必要があると発言しており,今後の再交渉プロセスが注目されている。

このような中国資本による大型計画の見直しを,ソフトローン(サムライ債)の供与などを通じた,政権交代後のマレーシアと日本政府間の関係強化と合わせて,マレーシアの「中国離れ」と論じることは妥当でない。マハティール首相は中国の「一帯一路」構想を支持すると明言している。そして問題視しているのは中国企業との契約がマレーシアの国益に寄与していない現状であるとして,インタビューで次のように述べている。「中国と契約するとなると,中国から多額の金を借りることになる。中国企業は自国の労働者を使い,何でも中国から輸入し,支払いすらここではせずに中国でする。そんな契約は歓迎しかねる」( South China Morning Post,2018年6月20日付)。インフラ計画の見直しが進む一方,ナジブ政権下で始まった電子商取引の拠点となるデジタル自由貿易特区(DFTZ)の整備については,マレーシアの技術革新や雇用創出につながることが期待され,順調に進められている。DFTZの中心企業であるアリババグループのジャック・マー会長とは,マハティール首相も複数回会談しており,その期待が窺える。

シンガポール:高速鉄道の一時延期と国境線問題

大型インフラ整備計画に関係するもうひとつの重要国がシンガポールである。クアラルンプール=シンガポール間の高速鉄道(HSR)計画は2016年7月に覚書が締結され,2026年開業を目指して業者の選定など計画が進められていた。高速鉄道が開通すれば,クアラルンプール=シンガポール間を90分で移動可能となる。5月28日にマハティール首相はHSRには1100億リンギものコストがかかると予想されることから,財政破綻を避けるため,計画をキャンセルすると明言した。一方,この時点ではシンガポールとの交渉は行われておらず,今後協議するとされた。しかしその後,シンガポールはすでに2億5000万シンガポール・ドル(約7億4300万リンギ)を投資しており,これを補償する義務がマレーシア側に生じるおそれがあると判明したことから,事業中止の是非が改めて問われることになった。7月半ばにはアズミン経済相やリム財務相が,コストを削減できれば計画は続行できると述べている。そして8月末から9月初めにかけてアズミン経済相とシンガポールのコー運輸相の間で交渉が行われ,2020年5月までの計画延期で合意に至った。この延期によって,マレーシアはシンガポール政府に対し約4500万リンギの賠償金を支払うこととなり,2019年1月には送金が完了している。事業延期に伴い,開業予定が2031年1月に繰り延べられた。

シンガポールとの交渉過程では,ジョホール州からシンガポールへ売却している水の価格を引き上げる可能性をちらつかせ,交渉を有利に進めようとする一幕も見られた。マハティール首相は6月末のテレビインタビューで,シンガポールへの売却価格が「あまりにばかばかしい」と批判した。シンガポールへは2061年まで1000ガロン当たり0.03リンギで売却する合意を1962年に両政府間で結んでいる。首相の発言を受けて,7月5日にジョホール州政府は,シンガポール向けの水の価格をマラッカ州政府への売却価格と同程度の1000ガロン当たり0.5リンギまで引き上げる予定であると発表した。しかしシンガポール側からの強い反発もあり,その後具体的な動きはみられない。

HSRの計画延期後,さらにジョホール・バル港東部の領海の境界や,シンガポール北部のセレター空港での計器運用システム(ILS)の導入に伴う,ジョホール州パシル・クダン上空の航空機通過について軋轢が生じており,両国間関係は不安定化している。

2019年の課題

前述のとおり,2019年に入っても,下院,州議会の補欠選挙が続き,与党となったPHは政権運営の評価が問われることになる。2018年末から,補欠選挙で積極的に選挙区を回るナジブ元首相への支持が高まっており,「Malu apa bossku」(なぜ私のボスを恥じなければならない?)と謳ったキャンペーンがソーシャルメディア上で盛り上がっている。政権交代を経ても,経済状況の改善が実感できず,従来のBN支持層が再び戻ってきていると考えられる。さらにUMNOとPASの連携による影響も重要となる。他方で,下院の与党議席が3分の2には満たず連邦憲法の改正が難しいなかで,第11次マレーシア計画の中間報告や2019年予算案で提示された制度改革をどれほど実現できるか注視される。経済面では,2019年は燃料補助金の導入,低所得者層への医療保険無料化が見込まれる一方,新制度の導入に伴う国家財政へのさらなる影響が予想される。また外交面では,一時延期となっている中国,シンガポールとの大型インフラ計画への対応が国内外に多大な影響を与える重要な課題である。

(地域研究センター)

重要日誌 マレーシア 2018年
   1月
3日 BN最高評議会特別会議,開催。投票日や議席配分,候補者等の議論はなし。
7日 PH合同大会でBersatuのマハティール元首相を首相候補,PKR党首のワン・アジザを副首相候補と発表。
9日 首相,サウジアラビアを訪問(~13日)。サルマン国王と会談。
17日 マレーシア,シンガポール両政府がシンガポール=ジョホール・バル間の鉄道(RTS)に関する二国間契約に署名。
20日 マレーシア・ロヒンギャ協議会の特別会議が開催。首相,内相らが参加。
25日 中央銀行(バンク・ヌガラ),政策金利(OPR)を3.25%に引き上げ。
28日 結社登録局(RoS)がBersatuに各支部の会議録と財務諸表の提出を求める通告。回答,提出が行われない場合,党の一時登録抹消命令を下す可能性があると警告。
29日 連邦裁判所,ムスリムの元夫による3人の子供の一方的改宗を無効とする判決を下す。原告はヒンドゥー教徒の母親。未成年者の改宗には両親の同意が必要との判断。
   2月
6日 マレーシア証券管理委員会とシンガポール金融管理庁は両国の証券取引所を2018年中に連結すると発表。相手国株の売買を奨励し,流動性の増加が期待される。
7日 PKRのラフィジ副総裁補,銀行の機密情報を暴露した罪で禁錮30年の有罪判決を受ける(被告は控訴)。2017年にナショナル・フィードロッド社関連会社の情報漏洩に関与した容疑で起訴されていた。
28日 マレーシア・中国二国間協力昼食会にて,首相はマレーシア・中国両政府が両国の利益になるプロジェクトをとおして,経済的に強く結びついていくだろうと発言。
   3月
17日 首相,オーストラリアを訪問(~18日)。ASEAN・オーストラリア特別サミットに出席。ターンブル豪首相と会談(17日)。
28日 選挙区割りの改正法案が下院で可決。活動家や野党政治家らが反対のデモを実施。
   4月
2日 反フェイクニュース法案が下院で可決。4月12日より施行。
6日 RoSがBersatuへ暫定的な登録抹消を通告。党名,ロゴを使用しての政治活動を1カ月間禁止。Bersatuを含むPHの全政党は選挙戦でPKRのロゴを使用すると決定。
7日 下院および9州の州議会が解散。
7日 BNがマニフェストを発表。
10日 選挙管理委員会が総選挙公示日を4月28日,投票日を5月9日と発表。
11日 首相府が投票日の5月9日水曜日を祝日にすると決定。
28日 第14回総選挙が公示。
30日 反フェイクニュース法違反で初の逮捕者。YouTubeを通じて,虚偽のニュースを拡散したとして,デンマーク国籍の男に1週間の拘留と1万リンギの罰金が科された。
   5月
9日 第14回総選挙投票日。PHが連邦議会下院の過半数の議席を獲得。
10日 王宮でマハティールが首相に任命。
12日 サバ州首相にサバ伝統党のシャフィ・アプダルが就任。10日にUMNOのムサ・アマンが4期目の首相として就任の宣誓をしていたが,BNからサバ伝統党の連合に移籍者が続いたため,州政権が入れ替わった。
12日 ナジブ前首相がUMNO総裁を辞任。副総裁であったザヒド・ハミディが総裁代行,序列第3位のヒシャムディン・フセイン前国防相が副総裁代行に。
15日 会計検査院が1MDBの会計検査報告書を公開。
16日 アンワル・イブラヒム元副首相が国王の恩赦により釈放される。
16日 1MDBに関わる私的流用の疑いでナジブ前首相私邸を警察が家宅捜索。
16日 前政権期に政治任用された公務員約1万7000人を解雇すると発表。
17日 反汚職委員会(MACC)の委員長に元副委員長であったモハマド・シュクリ・アブドゥルが就任。14日に辞任したズルキフリ元委員長の後任。
17日 RoSがPHとBersatuを政党連合,政党として登録を認可。
19日 シンガポールのリー・シェンロン首相来訪。マハティール首相と会談。
21日 政府,1MDB基金に関わる汚職疑惑の究明のため,特別タスクフォースを組織すると発表。
23日 一部の政府関連組織の閉鎖を決定。陸上公共交通委員会(SPAD),国立教授評議会(NPC),連邦村落開発安全委員会(JKKKP)など。
30日 財務省がマレーシア希望基金(Tabung Harapan Malaysia)を開設。債務削減と経済発展のため,市民から寄付を募る。2018年末までに約2億リンギが集まった。
31日 インドのモディ首相来訪(~6月1日)。マハティール首相,ワン・アジザ副首相,アンワル・イブラヒムと会談。
   6月
1日 物品・サービス税(GST)の税率が6%から0%に。法改正に先立つ時限措置。
1日 モハマド・サブ国防相,アジア安全保障会議に出席。シンガポールのリー・シェンロン首相と会談。
5日 司法長官に弁護士のトミー・トーマスが就任。非マレー,非ムスリムが司法長官に抜擢されるのは初めて。
10日 マハティール首相,来日(~12日)。安倍首相と会談(12日)し,円建て外債供与を要請。参議院,日本記者クラブでも会見。
12日 サラワク州の地域政党4党がBNを離脱,新たな政党連合「サラワク政党連合」(GPS)を結成。
13日 モハマド・ラウス連邦裁長官とズルキフリ・アフマド・マキヌディン控訴裁判所長官が辞任。
18日 スランゴール州首相にアミルディン・シャリが就任。PKR内でイドリス・アフマドと支持が分かれ,任命が遅れていた。
23日 マレーシア人民運動党(Gerakan)がBN離脱を表明。
28日 マハティール首相,インドネシア訪問(~29日)。ジョコ・ウィドド大統領と会談,合同記者会見を実施。パーム油の輸出規制問題について,協力することを確認。
30日 UMNO役員選挙実施。総裁選では,総裁代行のザヒドがカイリー・ジャマルディン青年部長,ラザレイ・ハムザ元財務相との争いを制して,勝利した。
   7月
1日 中央銀行総裁にシャムシア・モハマド・ユヌス前副総裁が就任。女性の総裁はゼティ・アクタル・アジズに続いて2人目。
2日 UMNOスンガイ・ブサール前支部長のジャマル・ユソフがインドネシアで逮捕。赤シャツ運動のリーダー。5月25日にクアラルンプール市内の病院から逃走していた。スランゴール州政府の建物に瓶を投げつける迷惑行為など6つの罪状。
3日 MACC,ナジブ前首相を逮捕。翌日,1MDB関連会社からの4200万リンギ取得に関する職権乱用と背任の容疑で起訴。8月8日にはマネー・ローンダリングの容疑で追起訴。
5日 ジョホール州政府がシンガポールへの水の売却価格を引き上げると発表。
11日 サイフディン・アブドゥラ外相が河野太郎外相と会談。
12日 政府は家庭向け電気料金の年内据え置きを決定。不足分は補助金で賄う。
12日 マハティール首相,河野太郎外相と会談。日本側の円建て外債の検討に謝意。
16日 連邦議会招集。
19日 IS(「イスラーム国」)支持者7人を逮捕。
19日 マハティール首相が石油産出州へ20%のロイヤリティを付与することを表明。
27日 メイ・バンク前社長メガット・ザハルディンが連邦土地開発機構(FELDA)の会長に就任。
30日 カザナ・ナショナルの新会長にマハティール首相が就任。26日に社長,取締役ら9人を退職させていた。
   8月
4日 総選挙後初の補欠選挙実施。スランゴール州議会スンガイ・カンディス選挙区で,PKRが再び議席を獲得。PASはUMNOと選挙協力を結び,候補者を擁立しなかった。
5日 PKR役員選挙の立候補者が出揃う。党首選の立候補者がアンワルのみのため,無投票で当選が確定。
6日 マハティール首相,日本(九州)を訪問(~9日)。和泉洋人首相補佐官と会談。
17日 マハティール首相と閣僚が訪中(~21日)。首相は習近平国家主席および,李克強首相と会談。
17日 北朝鮮の金正男氏が2017年に殺害された事件で,逮捕されたインドネシア国籍,ベトナム国籍の被告2人の公判で無罪とはならず,審議の続行が決定。
17日 PH政権発足100日。公約の達成度についてマハティール首相が会見。
20日 売上・サービス税(SST)関連5法案が上院を通過。9月1日より施行。
23日 サバ州前首相ムサ・アマンが逮捕。5月10日の州首相の宣誓において,州知事を脅迫した罪。また11月5日にも木材契約に関連する汚職で逮捕。
   9月
1日 SST施行。
3日 トレンガヌ州のシャリア高等裁判所でレズビアンのカップルに対し,公開鞭打ち刑を執行。
5日 高速鉄道計画の一時延期について,シンガポールと合意。
9日 スランゴール州議会補欠選挙実施(2区)。バラコン選挙区ではDAPの候補がMCA候補に大差をつけて勝利。MCAは選挙戦で初めてBNのロゴではなく,自党のロゴを使用。スリ・スティア選挙区では,PKR候補がPAS候補に勝利。
12日 反フェイクニュース法の廃止法案が上院で否決。上院では68議席のうち,33をBN,3をPASが占めているため。下院では8月に可決されていた。
20日 ナジブ前首相,3度目の逮捕。1MDB保有の26億リンギを個人口座へ移したことなどに関わる25件の容疑。
21日 マハティール首相,訪英(~25日)。一旦訪米したのち,29日~10月1日に再び訪英。オックスフォード大学などで講演や,BBCのインタビュー番組への出演,留学生を含めた在英マレーシア人との懇談会など。
26日 マハティール首相,訪米(~29日)。メイ英首相と会談(26日),国連総会での演説(28日)。
29日 UMNO,年次総会開催(~30日)。
   10月
3日 ナジブ前首相の妻,ロスマ・マンスールが逮捕。総額700万リンギの脱税やマネー・ローンダリングについて罪に問われている。
6日 警察長官,テロリストとつながりを持つ8人を9月24日に逮捕したと発表。うち7人は外国人で,いずれもプルリスの宗教センターの出身者。
7日 通信キャリア4社が情報・マルチメディア委員会(MCMC)が示した価格基準に基づいて,ブロードバンド回線へのアクセス価格を最大56%引き下げると発表。最安プランで月額使用料が各社100リンギ以下になる。
13日 下院補欠選挙がヌグリ・スンビラン州のポート・ディクソン選挙区で行われ,アンワルがPASの候補者らに大差をつけて勝利。UMNOはこの選挙をボイコットした。
18日 UMNO現党首で元副首相のザヒド・ハミディが逮捕。翌日,マネーローンダリングや権力乱用の容疑で起訴。
18日 第11次マレーシア計画の中間評価,後期(2018~2020)計画を発表。
24日 前財務事務次官のイルワン・セリガー・アブドゥラが1MDBとアブダビの政府系ファンドとの不正取引に関与した疑いで逮捕。1MDBスキャンダルに関連して,公務員の逮捕は初めて。
24日 マハティール首相,タイを訪問。プラユット首相と会談。
29日 サウジアラビアのサルマン国王がマレーシアを訪問。マハティール首相と会談。
   11月
5日 マハティール首相,訪日(~7日)。安倍首相と会談(6日)。円建て外国債券(サムライ債)を発行する方針で合意。同日,天皇陛下らとの昼食会。秋の叙勲で桐花大綬章を受章。
12日 マハティール首相,シンガポールを訪問(~13日)。リー・シェンロン首相と会談(12日)。翌日,ロシアのプーチン首相と会談。
12日 女性権利活動家や学生を含む80人以上がデモを行い,国会まで行進。ハンナ・ヨウ女性・家族・コミュニティ開発副大臣らに署名と請願を提出し,児童結婚の禁止を促進するよう求めた。
16日 ペナン州議会で州首相の任期を2期までに制限する州憲法の改正案が可決。州首相の任期制限は国内で初。
19日 パキスタン首相来訪(~20日)。マハティール首相と会談。
21日 外国人労働者の労災補償制度を社会保障機構(SOCSO)下で提供することを閣議決定。運用開始は来年1月1日。
26日 スランゴール州スバン・ジャヤのヒンドゥー寺院に50人以上の男が押し入り暴徒化。不動産開発業者との土地紛争が原因とみられる。翌日も騒動が続き,警備中の消防士1人が負傷(12月17日に死去)。
30日 選挙裁判所はパハン州キャメロン・ハイランド選挙区で当選したBN議員による有権者の買収を認め,結果を無効とした。補欠選挙を翌年1月26日に実施。
   12月
7日 教育相は,予定されていた国家高等教育基金(PTPTN)ローンの給与控除型返済制度の運用を延期することを発表。
8日 国連の人種差別撤廃条約の批准に反対する抗議デモがクアラルンプールで行われた。UMNOやPASの首脳陣がスピーチ。警察発表では5万5000人が参加。
11日 1MDB元CEOのアルル・カンダ・カンダサミーがMACCによって逮捕。監査報告書改ざんの容疑で翌日起訴。ナジブ前首相も同様の容疑で4度目の起訴。
15日 AFFスズキカップ(ASEANサッカー連盟)決勝でベトナムに敗れ,マレーシアは準優勝。
28日 Bersatu党年次総会(~30日)。
28日 低所得者層(B40)の医療保険無料化を決定。運用開始は2019年3月1日より。

参考資料 マレーシア 2018年
①  国家機構図(2018年12月末現在)

(注)連邦元首,州元首に関わる訴訟を取り扱う。

②  マハティール内閣名簿(2018年12月末現在)
③  州首相名簿

(注)[ ]内は所属政党。略称は以下のとおり。

 Amanah(Parti Amanah Rakyat):国民信託党,Bersatu(Parti Pribumi Bersatu Malaysia):マレーシアプリブミ統一党,DAP(Democratic Action Party):民主行動党,PAS(Parti Islam Se-Malaysia):汎マレーシア・イスラーム党,PBB(Parti Pesaka Bumiputra Bersatu):統一ブミプトラ伝統党,PKR(Parti Keadilan Rakyat):人民公正党,UMNO(United Malays National Organization):統一マレー国民組織,Warisan(Parti Warisan Sabah):サバ伝統党。

主要統計 マレーシア 2018年
1  基礎統計

(注)1)推計値。2)年平均値。

(出所)人口,労働力人口,失業率:Ministry of Finance, Economic Outlook 2019。消費者物価上昇率:Bank Negara Malaysia, Annual Report 2018。為替レート:Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics, 2019年1月号。2014年以前の各データ:Ministry of Finance, Economic Indicators, 2019年1月号。

2  連邦政府財政

(注)1)修正推計値。 2)+は資産の取り崩しを意味する。

(出所)Ministry of Finance, Fiscal Outlook and Federal Government Revenue Estimates 2019. Ministry of Finance, Economic Indicators, 2019年1月号。

3  支出別国民総所得(名目価格)

(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics, 2019年1月号。

4  産業別国内総生産(実質:2010年価格)

(注)1)購入者価格表示。

(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics, 2019年1月号。

5  国際収支

(注)1)特別引出権,IMFポジション,金および外貨。

(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Statistical Bulletin, 2019年1月号。

6  国・地域別貿易

(注)1)EUという項目に含まれている国は,イギリス,ドイツ,オランダ,フランス,イタリア,ベルギー,ルクセンブルグ,デンマーク,アイルランド,ギリシャ,スペイン,ポルトガル,オーストリア,フィンランド,スウェーデン,その他(詳細なし)。

(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Statistical Bulletin, 2019年1月号。

 
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