2022 年 16 巻 1 号 p. 17-27
これまで糖尿病領域において、血糖コントロールを反映する指標としてHbA1cが広く用いられてきた。HbA1cは過去2-3か月の平均血糖値を反映し、その測定により、ある一定期間の血糖コントロール状況を把握することが可能であるが、高血糖や低血糖の状態、すなわち血糖変動の状態を正確に把握することはできない。また、従来、血糖自己測定(self-monitoring of blood glucose: SMBG)機器を用いて血糖の自己管理が行われてきたが、近年、持続血糖測定器(continuous glucose monitoring: CGM)が普及し、患者自身が自己管理に用いる間歇スキャン式CGM(intermittently scanned CGMまたはintermittent-scanning CGM: isCGM注釈1)やリアルタイムCGM(real-time CGM: rtCGM)の使用者が増加している。CGMの普及に伴い血糖変動が可視化されて、CGM指標を取り入れる試みが進み、2019年には「CGMによる血糖コントロール指針」が国際的コンセンサスとして発表された1)。
2019年に発表された「CGMによる血糖コントロール指針」では、70‐180 mg/dLを目標範囲内として、この範囲にある時間をTIR(time in range)、TIRより高血糖域にある時間をTAR(time above range)、低血糖域にある時間をTBR(time below range)と定義し、それぞれの時間を時間/日もしくはその割合(%)で表現し用いることが推奨されている1)。さらに、TARは181‐250 mg/dLのレベル1と>250 mg/dLのレベル2 、TBRは54‐69 mg/dLのレベル1と<54 mg/dLのレベル2の、それぞれ2段階に分類されている。血糖変動が大きく高血糖時間や低血糖時間が長くなればTIRは小さくなり、血糖変動が小さく高血糖時間や低血糖時間が短くなればTIRは大きくなる。1型糖尿病、2型糖尿病の通常診療では、TIR >70%とすることが目標値として示されているが、HbA1c 7%に相当するTIRが約70%であるというデータに基づいたものである2,3)。TIRは平均血糖値と相関することが示されているが、低血糖域では相関が弱いことも示されており4)、HbA1cやグリコアルブミンなどの従来の血糖コントロール指標とは異なった意義をもっている。
「CGMによる血糖コントロール指針」では、患者背景に応じた血糖コントロール目標に関するガイダンスとして、TIR・TAR・TBRの具体的な目標が示された1)(表1)。1型糖尿病・2型糖尿病患者における目標として、TIR >70%、TBR(<70 mg/dL) <4%、TAR(>180 mg/dL) <25%が示されている。TBR(<70 mg/dL)は4%未満にすることが目標とされているが、その中で、さらにTBR(<54 mg/dL)を1%未満にすることが求められる[TBR(<70 mg/dL) とTBR(<54 mg/dL)をあわせて5%未満にするという意味ではなく、あくまでTBR(<70 mg/dL)は4%未満を目標とするという意味である]。同様に、TAR(>180 mg/dL) は25%未満にすることが目標とされているが、その中で、TAR(>250 mg/dL)を5%未満にすることが求められる[こちらについてもTAR(>180 mg/dL)とTAR(>250 mg/dL)をあわせて30%未満にするという意味ではなく、あくまでTAR(>180 mg/dL)は 25%未満を目標とするという意味である]。また高齢患者および高リスク患者においては、TIR >50%、TAR(>250 mg/dL) <10%と通常より高血糖域を許容しているが、TBR(<70 mg/dL) <1%と低血糖を避けることが最も重要な点として示されている。
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*25歳未満でHbA1cの目標を7.5%に設定した場合、目標となるTIRは約60%に相当する。
文献1を元に作成。
1型糖尿病合併妊娠では、TIR・TAR・TBRの構成比は変わらないものの、TIRの範囲を63‐140 mg/dLとし、より低い血糖レベルに保つことの重要性が示されている。また、妊娠糖尿病および2型糖尿病合併妊娠では、エビデンスが非常に限られているため、TIRの目標値は示されておらず、さらなる研究が必要であると記載されている。
TIR・TAR・TBRの値は、CGMのセンサー精度の影響を受ける可能性があることに注意する必要がある。たとえば真の血糖値よりもセンサーグルコース値が低い場合、TBRは過大評価されることになる。同様に真の血糖値よりもセンサーグルコース値が高い場合、TARは過大評価されることになる。また、TIRは慢性合併症と関連することが示されつつあるが5,6)、長期予後との関連性は今後、さらなる検討を要する課題である。TBRは短期的リスクである低血糖を反映するが、その重症度は反映していないことに留意する必要がある。International Hypoglycaemia Study Groupは、臨床的重要性の高い低血糖は54 mg/dL以下とし、臨床研究などで必ず評価すべきレベルであると提唱しており7)、これはTBRレベル2に相当する。
TIR・TAR・TBRの導入で大きく変わったことの一つが、妊娠中以外の低血糖の基準値を70 mg/dLで標準化するという点である。さらに、低血糖症状の有無と関係なく、妊娠中以外は70 mg/dL以上を維持すること、特に高齢者・高リスク患者では70 mg/dL未満をほぼ認めない状態に維持することを目標としたことは、革新的に重要なメッセージである。
TIR・TAR・TBRの確認方法はCGMの機種ごとに異なっている。現段階での確認方法は、先行文献8)に詳述されており、そちらを参照されたい。以下に、機種ごとの特徴のみ記載する。FreeStyleリブレではリーダー本体での確認が可能であると同時に、FreeStyleリブレLinkを用いている場合にはスマートフォンなどFreeStyleリブレLinkのアプリをダウンロードしているデバイスで直接確認が可能である。また、メーカーのウェブサイトからダウンロード可能な専用ソフトウェアFreeStyleリブレソフトウェアでのデータ分析、およびクラウドベースのアプリリブレViewで分析した場合のいずれにおいても確認が可能となっている。ガーディアンコネクトの場合、スマートフォンから自動転送されたCGMの測定値をクラウドベースのアプリであるケアリンクシステムで分析した場合に確認可能である。ミニメド640Gの場合、専用ソフトウェアであるケアリンクProでは分析できないが、本体のメニューを操作し、履歴からセンサーグルコース履歴を選択することで分析可能である。また、クラウドベースのケアリンクシステムで分析する場合も確認が可能である。Dexcom G4の場合、クラウドベースのアプリCLARITYで分析することにより確認可能である。Dexcom G6の場合、上記に加え、スマートフォンなどアプリをダウンロードしているデバイスで患者自身により直接確認が可能である。いずれの機器も、解析ソフトウェアの変更などで、TIR・TAR・TBRの確認方法は変更されていくため、最新の情報を参照されたい。
従来用いられてきたSMBGでは、平均グルコース値や変動を表現する標準偏差(standard deviation: SD)値などのデータを得ることができたものの、1日に数回のデータのみから得られるデータであった。CGMでは、1日に96回もしくは288回のセンサーグルコース値を得ることができるため、より正確な平均グルコース値やSD値などのデータが取得可能であると同時に、TIR・TAR・TBRといった新たな血糖コントロール指標を用いることが可能となった。これらの指標の普及により、SMBG値を用いたTIRに関するデータの報告もなされるようになり、1型糖尿病患者を対象としたDiabetes Control and Complications Trial(DCCT)において、1日に7回のSMBG値から得られたTIRが糖尿病網膜症や微量アルブミン尿の発症と関連することが報告されている9)。なお、SMBGでは厳密にtime in rangeを評価できないとの観点から、points in range (PIR)という概念を提唱する論文もある10)。
TIRはHbA1cと負の相関を示すことが報告されている1-3,11-13)。これまでに1型糖尿病、2型糖尿病を対象にした複数の研究が実施されており、それらを表2に示す。TIR 70%に相当するHbA1cは6.7-7.3%となっている。またHbA1cとTIRとの換算式は、各研究結果で異なっており、今後、さらなるデータの蓄積が必要と考えられる。
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文献2,3,11,12を元に作成. Fabris C, et al.の推定HbA1cは文献中に直接的な数値の記載がないため換算式から算出した.
TIR・TAR・TBRは、HbA1cのように採血のタイミングから一定期間、過去に遡った期間の血糖コントロールを反映するわけではなく、CGMセンサーを装着している期間中の血糖コントロールを直接、反映している。このため、介入研究であれ、観察研究であれ、14日以上あれば、比較的短期間で血糖コントロールを評価できる利点がある。また、クロスオーバー研究の場合は、ウォッシュアウト期間が短くて済む利点がある。
TIR・TAR・TBRは電子的なデータとして収集されるため、かならずしも検体検査目的で研究参加者に来院してもらう必要がない。CGMの機種によってはクラウド経由でデータ収集可能なものもある。このため近年、TIR・TAR・TBRが臨床研究の評価項目として採用される事例が増えてきている(表3、表4)。
TIR・TAR・TBRの解釈にあたって注意を要するのは、CGMの機種ごとに計測特性が異なる可能性がある点である。たとえばFreeStyleリブレProとiPro2を同時装着した観察研究において、FreeStyleリブレProで測定したセンサーグルコース値はiPro2で測定したセンサーグルコース値より有意に低かった、との報告がある14)。このように機種によって、TIR・TAR・TBRの計測結果に差異が生じる可能性があると考えられるため、注意を要する。
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TIR: time in range (70-180 mg/dL). RCT: randomized controlled trial. rtCGM: real-time CGM. isCGM: intermittent scanning CGM. SAP: sensor-augmented insulin pump. PLGM: predictive low-glucose management. PLGS: predictive low-glucose suspend. SGLT2: sodium glucose cotransporter 2. CLC: closed-loop control.
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TBR: time below range (<70 mg/dL). isCGM: intermittent scanning CGM. RCT: randomized controlled trial. PLGS: predictive low-glucose suspend. SAP: sensor-augmented insulin pump. SMBG: self-monitoring of blood glucose.
CGMによって計測されるTIR・TAR・TBRは、従来のHbA1cとは異なる特徴を有する血糖コントロール指標である。TIR・TAR・TBRはCGM本体または専用ソフトウェアにより計測可能で、機種によっては在宅環境で計測可能である。また、TIR・TAR・TBRはaverage daily risk range (ADRR)、high blood glucose index (HBGI)、low blood glucose index (LBGI)と比較して計算が容易である。
現状として、CGMは主にインスリン療法を行っている糖尿病患者を使用対象としていることから、TIR・TAR・TBRの臨床応用もインスリン投与量の調節と関連してくると考えられる。一般的にTIRが増加するということは、HbA1cが改善することを示唆しており、逆にTIRが減少するということは、HbA1cが悪化することを示唆している。また、TBRが増加するということは、血糖値が70 mg/dL(1型糖尿病合併妊娠・2型糖尿病合併妊娠・妊娠糖尿病の場合は63 mg/dL)未満の時間帯が増えるということなので、インスリン投与量が過剰であることを示唆しており、すなわち、基礎インスリンの過量投与とボーラスインスリンの過量投与の両方の可能性がある。一方、TARが増加するということは、血糖値が180 mg/dL(1型糖尿病合併妊娠・2型糖尿病合併妊娠・妊娠糖尿病の場合は140 mg/dL)を超えている時間帯が増えるということなので、夜間血糖値が目標範囲上限値を越している著しく血糖コントロールが不良な状況を除けば、通常は食後高血糖が悪化することを示唆している。
実際のインスリン投与量調節にあたっては、TBRが増加している場合は理論的にインスリン投与量を減量するか炭水化物摂取量を増やす必要があり、また、TARが増加している場合はインスリン投与量を増量するか炭水化物摂取量を減らす必要がある。ただし、どの時間帯にセンサーグルコース値が低値となっているか、あるいはセンサーグルコース値が高値となっているかを判別するためには、ambulatory glucose profile(AGP)に代表されるCGMのグラフ表示から判読する必要がある。
一方、生活リズムの変化が大きいなどの理由で、低血糖または高血糖が発生しやすい時間帯がはっきりしない場合は、TIR・TAR・TBRの値に基づきインスリン投与量の調節が必要な場合もある。なお、現時点ではまだTIR・TAR・TBRの値に基づくインスリン投与量を調節することの有効性と安全性を検討した臨床研究の報告は乏しいため、SMBGにより測定した血糖値、CGMのセンサーグルコース値、HbA1cなどと組み合わせて、総合的な判断に基づきインスリン投与量を調節する必要がある。
国際的コンセンサスとして「CGMによる血糖コントロール指針」が発表されてから、本邦においてもTIR・TAR・TBRを用いた診療が広がっている。また、TIR・TAR・TBRを臨床研究の評価項目として採用される事例が増えてきているものの、TIR・TAR・TBRの値に基づくインスリン投与量を調節することの有効性と安全性に関する臨床研究は乏しく、現時点では、これらの指標は評価指標としての位置づけに留まっている。TIR・TAR・TBRは簡便な指標であり患者からの理解も容易に得られることから、今後は、治療に用いられる指標としての役割が拡大することを期待したい。
注釈1: 間歇スキャン式CGMについては日本語表記・英語表記ともに混乱が見られるので注意を要する。現在、このカテゴリーのCGMを販売しているのは世界的にみてもAbbott社のみで、FreeStyle Libre(日本国内での呼称:FreeStyleリブレ)、FreeStyle Libre 2(2021年12月時点で日本国内では承認済みだが未発売)の2機種が流通している。当初、Abbott社は近距離無線通信(near field communication: NFC)を利用した特徴からflash glucose monitoring (FGM)と命名したが、この呼称は同じくNFCを利用したレトロスペクティブCGMであるFreeStyle Libre Pro (日本国内での呼称:FreeStyleリブレPro)を含める場合と含めない場合がAbbott社内外で発生したこともあり、最近はあまり使用されなくなってきている。その後、センサーが間歇的にスキャンされるというニュアンスでintermittently scanned CGM、または使用者がセンサーを間歇的にスキャンするというニュアンスでintermittent-scanning CGM (いずれも略語はisCGM)という呼称が国際的に広く用いられるようになり、これに対して間歇スキャンCGMという訳語も普及したが、健康保険の血糖自己測定器加算に診療報酬項目C150 7が追加された際、厚生労働省により「間歇スキャン式持続血糖測定器」という用語が示された。これに対して、日本糖尿病学会は用語集で「英語:iCGM、日本語:間歇スキャン式持続血糖測定」という、厚生労働省の表記から末尾の「器」を省いた用語を公開した。一方、海外ではiCGMが異なる2つの意味で用いられており、該当する医療機器の機種も異なるので、気を付けなくてはならない。米国食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration: FDA)、Dexcom (Dexcom G6)、Abbott (FreeStyle Libre 2)はintegrated CGMの意味でiCGMという用語を使用している15-17)。一方、米国糖尿病学会(American Diabetes Association)が発行する医学雑誌Diabetes Careにおいては、FreeStyle LibreおよびFreeStyle Libre 2につきintermittently scanned CGM (isCGM)と表記する文献1,18)とintermittently viewed CGM (iCGM) と表記する文献19)が混在している。その後、2021年12月には日本糖尿病学会は、糖尿病学用語集での略語について、他用語の略称としても使用されるようになったことを理由にiCGMを廃止しisCGM に変更した。
なお、CGMの日本語訳についても用語の統一に至っておらず、厚生労働省はレトロスペクティブCGMを診療報酬項目D231-2にて「皮下連続式グルコース測定」、リアルタイムCGMを診療報酬項目C152-2にて「持続血糖測定器」と表記しているのに対して、日本糖尿病学会は用語集にて「英語:CGM、日本語:持続血糖測定、持続血糖モニター、連続血糖測定、連続皮下ブドウ糖濃度測定、連続皮下ブドウ糖濃度測定器」という5つの日本語表記を公開している。
廣田勇士:講演料(日本イーライリリー、サノフィ)、村田敬:なし。