朝日新聞社は,戦後間もない1955年から全国規模選挙情勢調査を始めた.当初は面接方式による調査だったが,その後,電話,RDD,インターネットと調査手法が変わってきている.現在は国政選挙では電話(固定・携帯併用RDD)とインターネットのハイブリッド方式になっている.この論文では,選挙情勢調査の歴史をたどり,現在の方式を説明する.また,選挙調査として1990年代から実験的に行われており,現在は選挙には欠かすことのできない出口調査の手法に関しても説明する.
Since 1955, the Asahi Shimbun has been conducting national pre-election polls, evolving from face-to-face interviews to telephone surveys sampled from voter lists and eventually to the current hybrid method combining Random Digit Dialing (RDD) for landlines and cell phones with internet online surveys. This paper traces the history of these methodologies and explains the methodology of RDD and Internet survey showing the challenges for them. It also highlights the signifcance of exit polls, which have been experimentally conducted since the 1990s and have become indispensable for election reporting on television and vote analysis in newspapers.
日本では戦後直後から科学的な世論調査が行われるようになった.朝日新聞社の世論調査室は1945年11月にスタートし,翌年3月には全国規模のテスト調査を行い,7月に面接方式による初の公式世論調査を実施している(佐藤義信, 2017).
本稿では,世論調査ではなく,選挙調査について,朝日新聞の過去の記事を元に,選挙の情勢調査の手法の現在までの変遷を見ていく.表1は年・選挙・サンプリング・調査方法のまとめである.
統計的無作為標本抽出法による朝日新聞の最初の全国選挙情勢調査は,1955年の衆議院選挙で,2回調査が行われ,1回目の調査は,1955年2月14,15日の2日間で,2回目は,2月19,20日の2日間であった.
対象者の抽出は,調査する選挙区の有権者名簿から,選挙区の有権者の縮図になるよう統計的な方法で回答者を抽出した(朝日新聞, 1955).
調査した選挙区は全117中選挙区の内,49で標本調査選挙区33(イ)と単独調査選挙区16(ロ)となっている.
(イ)標本調査選挙区=標本調査選挙区を決定するために過去の選挙や,今度の選挙の立候補者の顔ぶれ,議員定数などを目じるしとして区分し,全国117選挙区のうち102選挙区を33の層に層別した.各層の選挙区から無作為に一つ選び,合計33の選挙区を選んで,これを標本調査選挙区とした.
(ロ)単独調査選挙区=全国117選挙区のうちそれぞれ特別の事情があるため,層別できない選挙区が16あり,これを単独調査選挙区とした.
調査方法は(イ)(ロ)の選挙区とも同じで,また前後2回とも同じだが,第1回調査では25地点で約400名,第2回調査は50地点で約800名について調査した.
調査する選挙区を選ぶときに起こる標本誤差があり,選挙の当落をつきとめる「選挙予想調査」自体にも標本調査のもつ誤差がある.また,調査選挙区の当落の判定にも誤差をみなければならない.この「誤差」を踏まえ,各政党の当選者数を「何名から何名」と表現した.
1.2. 衆院選全選挙区での選挙調査1958年の衆院選では,全117選挙区で選挙調査を行った.このときは,調査を3回行っている.5月6,7の両日に第1回調査を72選挙区について行い,10,11両日残る45選挙区について第2回調査をし,さらに14,15の両日に第3回調査を第1回と同じ72選挙区について行った.調査員数は,延人員にして16,000人に達した(朝日新聞, 1958).
どの選挙区を2回調査するか1回調査とするかは,過去の選挙結果を調べ,保守,革新の当選者をみたうえで,同じような選挙区を原則として2個ずつの対とし,選挙区の定数別に層別した.各組のうちランダムに選ばれた片方の選挙区を2回調査するものとし,もう片方を1回のみ調査を行うものとした.同じような性格の選挙区のないものは単独層とし2回調査した.このようにしてきめた2回調査の72選挙区の情勢を主とし,1回きりの調査を加味して各選挙区の情勢を科学的につかみ,それを積み上げて全選挙区の当選者数を推計した.
1.3. 面接調査から有権者名簿の電話調査への移行1980年代終盤から,県知事選や市長選などの地域調査では,有権者名簿から無作為抽出した対象者に対し,電話帳で固定電話の電話番号を調べ,電話をかけて調査するいわゆる有権者名簿方式の電話調査が行われるようになった(朝日新聞, 1989).
国政選挙では,1995年の参院選から,面接調査から有権者名簿電話調査へ移行した.調査は7月15,16日で,全国で150,400人の有権者を対象に調査を行った(朝日新聞, 1995).
無作為二段抽出法で,全国47の選挙区それぞれについて320地点(投票区),3,200人を選挙人名簿から抽出した.調査対象者の総数は,150,400人.このうち電話帳などを使い,電話番号が判明した人に,15,16の両日,調査員が電話で調査した.抽出した総数に対する各都道府県の有効回答率は平均61%だった.
選挙区の議席数の推計だが,改選数別に,過去の調査支持率と選挙得票率の相関関係を求め,この式に今回調査の支持率を当てはめた後,候補者の特性(現,前,元,新などの議員歴,年齢など)や各階層別の支持傾向,一般取材による情勢判断を加味して修正した.さらに,各候補者の推計得票率と誤差幅をもとに,当選の可能性を確率として算出した.
比例区の議席数の推計は,まず,各選挙区別の支持率から有権者数と過去の投票率を考慮して全国集計し,推計得票率と誤差幅を求める.次に,この推計値が中心値からずれたときに,各政党の獲得議席がどう変化するかを1,000回繰り返しドント方式によるシミュレーションを行い,これに本社取材網による情報も加えて総合的に分析,最終議席を予想した.
1.4. 有権者名簿電話調査からRDDへの移行日本では,1990年前後に市場調査にRDD方式の調査(2参照)が登場し始め,電話帳の掲載率の低下に悩んでいたマスメディアの情勢調査でも,90年代後半から地域調査でRDDを研究・採用し始めてきた(佐藤武嗣, 2017).
国政選挙では,2000年の衆院選で,6月17,18日に情勢調査を行い,全300選挙区のうち半分の150選挙区で有権者名簿での電話調査から固定電話へのRDD方式へ移行した(朝日新聞, 2000).なお,現在は,国政選挙の情勢調査のRDDは固定電話と携帯電話の併用との調査となっている.
調査手段だが,300の小選挙区ごとに電話で実施した.地域や人口,産業構造に偏りがないよう150選挙区ずつに二分して,それぞれ別の調査方法を採った.
一つは従来の有権者名簿での電話調査で,一選挙区1,000人が対象で,総数は15万人.うち54%の80,611人から回答を得た.もう一つのRDD法では,一選挙区で600人の回答を目標にし,計95,010人から回答を得た.
議席推計では,まず有権者名簿電話調査で調べた150選挙区分のデータを統計的に処理して,全体像を描いた.次にRDD法で得た全国傾向を加えて補正した.
小選挙区では各候補者の支持率を,経歴や年齢,過去の傾向,支持の勢いで補正し,誤差幅も見込んで当選確率をはじいた.当選確率が高いほど安定した強さの候補者で,それを党別に積み上げた総数が,各党の議席推計になっている.比例区は,前回総選挙の調査と選挙結果から導いた推計式に沿って,比例ブロックごとに議席数を出した.
1.5. 全選挙区RDDへの移行2001年の参院選では,2000年の衆院選でも議席推計を外したこともあり(松田, 2002),RDDによる情勢調査は全国47の選挙区に広げ7月21,22日実施した.
回答者の目標数は,改選数1の選挙区で1000人,改選数2で1200人,改選数3,4で1500人にした.番号サンプルのうち,有権者がいる家庭用番号にかかったのは全国で計90,633件で,うち50,7910人から有効回答を得た.回答率は64%だった(朝日新聞, 2001).
選挙区の推計は,調査で得られたそれぞれの候補者支持層のうち,選挙に対する関心や投票意欲のある「強い支持層」を,候補者の安定度をみる基礎データにし,本社取材網による情勢判断なども加味して,統計数理的に候補者の当選確率を算出し,情勢の有力な判断材料とした.また,候補者の当選確率を党派ごとに積み上げて獲得議席を推計した.
比例区の選挙制度はこの選挙から,非拘束名簿式が導入されたため,新制度に合わせ,まず党派別支持率と候補者支持率から,選挙区単位で党派別の得票率を推計した.これを積み上げて全国の推計得票率とした.誤差幅をみこんでドント方式のシミュレーションを1000回行って,党派別の獲得議席を推計した.
1.6. インターネット調査とRDDのハイブリッド調査への移行2021年の衆院選では,10月23日,24日に調査を実施し,インターネット調査とRDDのハイブリッド調査へ移行した(3節参照).
電話は,固定電話と携帯電話に調査員が電話をかけるRDD方式で,固定は有権者がいると判明した22,301世帯から12,754人(回答率57%),携帯は有権者につながった26,704件のうち12,841人(同48%),計25,595人の有効回答を得た(朝日新聞, 2021a).
インターネット調査は,23,24の両日に,インターネット調査会社4社に委託して実施した.各社の登録モニターのうち,全国 289の小選挙区の有権者を対象に調査した.各選挙区の有効回答の目標数は1200.全国で計353,868件の有効回答を得た.
小選挙区は,インターネット調査データから当落を予測した.並行実施した電話調査データを基に,インターネット調査データを補正した上で,過去の衆院選,参院選で実施したインターネット調査と選挙結果から作成した当落の予測モデルに当てはめた.主に,支持模様の強弱や,候補者の属性などを踏まえて,各候補の強さを見極め,当選確率を算出した.各政党別の推計議席は,この当選確率を積み上げた.
比例区は,電話調査データから予測した.過去の衆院選データから予測式を作り,比例ブロックごとに調査支持率から得票率を推計.誤差幅を見込んでドント式のシミュレーションを行い,獲得議席を求めた.
「RDD」とは「ランダム・デジット・ダイヤリング(Random Digit Dialing)」の略で,コンピューターで無作為に数字を組み合わせて番号を作り,電話をかけて調査する方法で,電話帳に番号を掲載していない人にも調査をお願いすることができる.
朝日新聞社では,2001年4月から内閣支持率などを調べる全国世論調査について固定電話へのRDD方式に切り替えた.しかし,携帯電話の普及で固定電話を持たない人が若い世代を中心に増えてきたため,各報道機関による携帯電話のRDD実験調査(川本・小野寺, 2015)を経て,2016年7月の全国世論調査から携帯電話に対しても電話をかける併用方式を導入した.ただし,携帯電話の番号には固定電話の「市外局番」のような地域情報がないため,選挙調査など地域を対象にする形式の調査では,固定電話で調査している.
2.2. 電話番号の作り方固定電話の番号は[市外局番].[市内局番].[家庭用番号]の計10桁の数字でできている.朝日新聞社では,全国の電話帳に記載されている番号を参考にして,実際に使われている上8桁の番号をリストにして保存している.そして,調査に使う電話番号を実際に作る際,このリストの中から,調査対象地域などに偏りが出ないよう工夫したうえで,上8桁の番号を無作為に選ぶ.次に,残りの下2桁を00~99の範囲で乱数を発生させて計10桁の番号を作る(佐藤武嗣, 2017).
一方,携帯電話の番号は070,080,090から始まる11桁の数字で出来ている.総務省が公表している各携帯電話会社に割り振られた上6桁の情報を基に,残りの下5桁を00000~99999の範囲で乱数を発生させて計11桁の番号を作る.
このようにして作った電話番号の中には,使用されていない番号も多く含まれるため,調査に先立ち,自動判別するコールシステムによってふるいにかけ,使用されている番号に電話をかける.
2.3. 調査の進め方調査当日は,2.2の手続きで抽出された番号に調査員が次々と電話をかける.朝日新聞社では,機械による自動音声を使っての調査は実施していない.
固定電話の場合,世帯に電話がつながったら,調査の趣旨を説明した後,調査の対象者を抽選して選ぶために,その世帯に住んでいる有権者の人数を聞く.コンピューターでサイコロを振る形で1人を選んで,有権者の中から「年齢が上から○番目」の方に調査を依頼する.電話に最初に出た方を対象にすると,在宅率の高い主婦やご高齢の方の回答が多くなってしまい正確な調査にならない.
選ばれた方が不在でも,一度決めた対象者は変えず,時間を変えて複数回電話をかける.また,すぐには応じていただけない場合でも,重ねて協力をお願いしている.
携帯電話の場合は,電話がつながったら,まず,自動車の運転中ではないかなど安全面に問題がないか確認をした上で,協力のお願いをする.留守番電話や呼び出し音だけなどの場合は時間を変えて複数回電話をかける.
2.4. 集計方法「一人一票」の民主主義の国での世論調査の対象となる人は,偏りなく等しい確率で選ぶ必要がある.しかし,回答者の抽出確率が等しくないので,抽出確率の逆数を乗じて,母集団を適切に代表するように推計している.
2本の電話回線を持っている場合,1本しかない場合に比べて電話がかかってくる確率は2倍になるため,得られた回答結果に対して数値を2分の1にする調整をしている.3本以上の場合も疑似のウエイト調整をする.
固定電話の場合,電話がつながって調査対象者を選ぶ際,ひとり暮らしの世帯ではその方が対象者に選ばれるのに対し,同居する有権者が多い世帯ではそのうちの1人だけが選ばれるため,ひとり暮らしの方は調査に当たる確率が高いといえる.そのため,世帯内に一緒に住んでいる有権者の人数の逆数に比例したウエイト調整をする.
固定電話と携帯電話のデータを合算する際,固定と携帯の両方を持っている方は,固定または携帯のどちらかしか持っていない方よりも調査に当たる確率が高くなるため,両方持っている方から得られた回答のウエイトを調整する.
また,固定電話と携帯電話の全体で,現在使われている番号の総数が異なり,それぞれ電話がつながる確率が違ってくるため,そのウエイト調整も行っている.
上のような調整をしたうえで,さらに,全体として地域別,性別,年代別の構成比のゆがみをなくす補正をする.回答者の構成比が5年ごとの国勢調査の構成比と同じになるようにする.
インターネット調査を採用した主な目的は「調査費用の削減」と「調査日程の短縮」である.2017年の衆院選は全選挙区の調査は4日間を要し,調査員による固定電話へのRDD調査のため費用も膨大にかかった.2021年衆院選では,インターネット調査を導入したため,費用は,2017年衆院選の費用に比べると,相当程度圧縮できた.また,4社のインターネット調査会社に依頼することで,登録者数が少ない地方の選挙区でも,予測に必要な有効数を確保することができた.
調査方法の変更にあたり,調査手法が時代に合っているか,という点も考慮している.朝日新聞社の郵送世論調査では,自宅に固定電話があるか聞いており,固定電話を持たない人は増加し続け,2021年3~4月調査では25%で,10年前に比べ倍増している.携帯電話はスマートフォンが増え,音声ではなくメールやSNSなどテキストメッセージで連絡する人が多くなっている.
調査に対する苦情も減少した.RDDだけで国政選挙の情勢調査を行っていたときは,投票したい候補者を聞くなどのプライベートな質問内容があり,対象者を追跡する「追跡法」で,在宅していなかったり,弱い拒否など回答が得られなかった対象者に複数回の電話をする方式だったため,苦情や問い合わせの電話が本社に数多くかかってきていた.インターネット調査でも,投票したい候補者の質問はあるが,自記式であり,回答したい人が答える調査であり,また,RDDでは投票したい候補者を聞かないようにしたので,調査に対する苦情電話・問い合わせの件数が大きく減少した(江口, 2022).
3.2. 調査設計インターネット調査とRDD調査を組み合わせたのには,三つの理由がある.
まず一つは,インターネット調査によるデータを補正するための,ベンチマークとなるデータを取得するためである.
二つ目の理由は,比例区の議席推計のためである.比例区では,過去の朝日新聞社による選挙調査での,比例ブロックごとの各政党の「支持率」とその選挙での政党得票率の両方のデータをもとに,まず回帰式を作成する.調査を実施し,得られた政党の「支持率」から回帰式を使いその政党の得票率を推定し,その推定得票率からドント方式で比例ブロックごとの各政党の議席を推計する.2017年衆院選では,実験的なインターネット調査を一部の選挙区だけでしか行わなかったため,インターネット調査だけで比例区の予測式を作るのに十分な過去データがなく,回帰式を作るのが難しかった.そのため,比例区については過去データが豊富にあるRDDデータから予測するしかなかった.
三つ目は,紙面で世論調査部分の記事を展開するためである.朝日新聞では,1面で各党の獲得議席予測をもとに記事(本記)を展開し,中面で世論調査結果をもとにした分析記事を展開している.誰が当選するかを推定する選挙の情勢調査とは異なり,世論調査は有権者の縮図を記事にするため,確率標本の調査であることが大前提である.インターネット調査は非確率標本なので,そのデータを元に世論調査の記事を作ることはできない.世論調査記事のためには無作為抽出調査である電話調査の実施が不可欠だった.インターネットと電話を組み合わせる方式を取ることで,本記と分析記事を紙面化することができた(江口, 2022).
3.3. インターネット調査データの補正まず,選挙の情勢調査は,有権者全体の世論を計る世論調査と異なる.世論調査の目的は,調査のデータを使い,有権者全体の意見縮図を推定し,その「数字」を報道・発表することである.一方,情勢調査の目的は,「投票する有権者」を推定し,選挙の「勝敗」を予測することである.
最近は調査の手法としてインターネット調査会社のもつ登録モニターによるインターネット調査がよく行われている.インターネット調査は低コストで行うことができる.しかし,インターネット調査会社の登録モニターは,ポータルサイト等で募集して登録してもらった集団である.目標母集団である「投票する有権者」を完全に網羅したリストからの統計的無作為抽出ではないため「確率標本」ではなく,「非確率標本」となる.
マスメディアの選挙情勢調査で最も大事なことは,当落の「予測」である.「予測」が正しければ,極端な話,どんな調査方法でもよいのである.コストを考え,このインターネット調査を国政選挙での調査に使うため,選挙調査の考え方として,勝敗を予測する目的が達成できるならば,「非確率標本」でもよいのではないかと考え方を変えたのである.
インターネット調査の問題点は,電話調査の確率標本のデータとは違った「偏り」を持っていることだ.2021年衆院選での,インターネット調査の候補者の調査支持率をヨコ軸に,選挙得票率を縦軸にとった散布図(図1)を見ると,点はややバラツキがあるものの45度線に沿って分布しており,それほど大きな偏りはないように見える.しかし,調査支持率の順位で,順位1位を「当選」,2位以下を「落選」として当選者数を積み上げると,立憲民主党候補の当選数が72と選挙結果の57よりも多くなり,一方,自民候補は結果より8議席少ない(表2).
(注)自民の追加公認2名は無所属でカウント.支持率順位は同一1位が2組み合ったため,合計291人となっている.
この偏りは,性別や年代別の構成比を国勢調査の実態構成比に合わせる,といった単純な方法では補正しきれない.そこで,並行実施した確率標本である電話調査データを基にインターネット調査データを補正すると,インターネット調査データを電話調査データの傾向に近付けることができた.こうして補正したデータを,さらに予測式にかけることで推計議席数を導き出している.表2の議席推計結果は 21年衆院選情勢調査において紙面に掲載したものであるが,ほとんどの政党の議席は予測の幅に収まっている.
図2は,今回採用した予測手法の流れを図示したものである.インターネット調査データを並行実施した電話調査のデータを基に補正.その上で,過去に実施したインターネット調査データから作成した予測式にあてはめて当落予測を行うという二段階の処理を行うことで,精度の高い予測を行うことができた(江口, 2022).
出口調査は,当落の判定や有権者の投票行動を知るため,選挙当日に投票所の出口で投票を終えた有権者を対象に投票先などを質問する調査である.近年では,新聞,テレビなどの報道機関にとって,特に投開票日の報道では選挙結果の予測や選挙分析として重要なツールとして使われている(峰久, 2017).
出口調査には主に二つの役割がある.一つめは当落判定や議席予測のための基礎データとしての役割である.各候補者の当選確実(当確)の判定は,基本的には実際の開票状況から判断するが,当確を決めたい候補の優勢が出口調査のデータからも裏付けられれば,より早い時間帯に確度の高い当選確定を出すことができる.
出口調査の二つめの役割は,投票行動の分析にある.調査データは,無党派層の投票先や争点と投票行動の関係,政党・候補者の勝因・敗因など,選挙を事後的に分析するための重要な材料 となる.
期日前投票が増えてきた昨今,期日前投票の出口調査が行われる場合があるが,投票所がショッピングセンターなどに設けられる場合もあり,投票者か買い物客か判別がつかない場合もある.また,期日前投票は公示日・告示日の翌日から投票日前日まで行われるので,すべての日程で出口調査を行うとコストが増加するため,日程を選んで実施する.このような理由から,期日前投票での出口調査は,統計的な意味を持たないので,あくまで,人々の投票行動の「参考程度」との位置づけの調査となる.
4.2. アメリカの出口調査の歴史初めての出口調査は諸説あるが,「出口調査の父」(Holland, 2005)と呼ばれるウォーレン・ミトフスキー氏が行った,1967年のケンタッキー州知事選と言われている(Pickert, 2008; Roper Center, n.d.).ミトフスキー氏は,当時,映画会社のマーケティングとして,映画館の外で映画を見て出てきた人に調査をする手法から,選挙での出口調査を思いつき,当時行われていた選挙前の情勢調査より精度が高いことを確認し出口調査を実用化した(Brick & Tucker, 2007).
出口調査は,この後,1970年代から1980年代,ABC,CBS,NBCの3大ネットワークをはじめとする,マスメディア各社で,個別に行われるようになった.その後,メディア間の出口調査を使った当落判定が激化した.1980年代後半になると,各メディアの調査コストが高騰するようになった.2003年には,三大ネットワークを含むマスメディア6社連合はコンソーシアムNational Election Pool(NEP)を立ち上げた.
2017年,FOXとAP通信はNEPから脱退したが,調査組織のシカゴ大学NORCと協力し,出口調査のコストや期日前投票の問題に対応するため,従来の対面式の出口調査とは異なる新しい調査方法,AP VOTE CASTを開発し,2018年の中間選挙から実用化している(齋藤, 2021).
4.3. 日本の出口調査日本の出口調査は,1990年前後から行われるようになった.1992年の参院選では,NHK,TBS,日本テレビ,フジテレビなどのテレビ局が出口調査を行っている(朝日新聞, 1992;朝日新聞, 1993).
朝日新聞社も1997年頃から実験的に出口調査を行い,1998年の参院選では,朝日新聞社とテレビ朝日が共同で投開票日7月12日に出口調査を行い,全国2,390カ所の投票所で,投票を終えた有権者に,投票した政党や候補,ふだんの支持政党などを聞き,81,306人から有効回答を得た(朝日新聞, 1998).
2021年の衆院選の出口調査からは朝日新聞社,共同通信社,テレビ朝日,TBS,フジテレビ,テレビ東京の6社合同で朝日新聞社の手法で実施することになった.全国289選挙区の計8,670投票所で,411,467人から有効回答を得た(朝日新聞, 2021b).6社でデータは共有するが,集計の仕方には各社微妙な違いがあり,開票前の候補者の当確報道いわゆる「ゼロ票当打ち」は各社が独自のノウハウを駆使して行う.議席予想でも同じ調査データを使っているからといって同じ数字になるわけではない(朝日新聞, 2022).
図3は,2021年出口調査の候補者の調査支持率を,縦軸に選挙得票率をとった散布図である.図1の情勢調査でのインターネット調査の結果と比較すると,誤差の幅が小さくなっているのがわかる.しかし,1位の候補が必ず当選するとは限らない.図4は調査では1位だったが,落選した候補の2位の候補との差のヒストグラムである.半数近くは1位と2位の差が2ポイント以内だったが,中には10ポイント近く離れていても落選した候補がいることがわかる.
すべての投票所,投票開始から投票終了までで出口調査を行うことができれば,非常に精度の高い調査になる.しかし,出口調査は,対面式で行うことから,人件費のコストがかかる.つまり,全ての投票所,すべての時間帯に調査員を投票所の出口に張り付かせれば,膨大なコストとなる.そこで,出口調査を行う投票所(地点)を抽出する必要がある.統計的に当該の選挙区の縮図になるように投票所を選ぶことが,その出口調査の精度を左右する.
調査を行う場合,当然ながら費用の上限が決められる.費用の大部分は調査員の人件費となる.まずは何人程度の調査員を使うことができるのかが重要である.費用の制約により,人数が決まれば,そのマンパワーをどのように使うのかが重要である.1日同じ調査地点に張り付かせるのか,複数地点を回って調査を行ってもらうのか.
1日に1地点で有効回答が仮に1人あたり200件得られたとする1.1日に2地点で有効回答が1地点あたり100件得られたとする2と2地点では200件となる.1も2も有効回答数は200で同じかもしれないが,選挙はその地点によって投票傾向が異なるので,2地点型のほうが非標本誤差は小さくなると考えられる.よって,持っているマンパワーでできるだけ多くの地点で調査を行うのがよいと思われる.
一方,複数地点の場合は,移動の時間が必要となる.つまり,本当は1人が2地点で調査を行ってほしいのだが,2地点間の距離が遠すぎて,移動時間の関係から1日に2地点移動できず,1人1地点の調査とならざるを得ない場合もある.
つまり,地点決定は,以下のパラメーターで最適解を求める複雑なパズルのようなものだ.
1.調査員の人数(コストにより上限がある)
2.地点数(多い方がよい)
3.有効回答数(多い方がよい)
4.地点の位置(ばらけた方がよいが,移動を考えると近い方がよい)
投票区を抽出する前に,単純無作為方式で投票区を抽出する考え方もあるが,より精度を高めるため,一般的には,投票区を層別する.層別のキーには,その選挙に関連する要素,つまり,投票率や現職であれば前回の得票率,あるいは,政党の支持率などが考えられる.投票区単位の数字が公開されていなければ,市区町村の数字で代用する.調査支持率が偏りなく,投票区を抽出することが期待できる(福田, 2008).
層別後,ランダムに決めたスタート番号から等間隔に番号を生成し,それを含む投票区を抽出する.
投票区抽出の際,調査の効率化のために,有権者が少ない投票区や,調査員が投票所へ行くのが困難な投票区を抽出から除外する.投票区を調査可能とするための,予想投票者数の最低ラインを決める.この最低ラインを引き下げると,調査可能投票区が増えて有権者カバー率は上がるが,一定の協力依頼数を確保する負担が大きくなる.よって有権者カバー率が低くなりすぎないように注意しながら線引きを行う必要がある.
その他,立候補者本人や親族の自宅がある投票区や,自衛隊の地域など特殊な地域も除外の対象となる.
4.5. 出口調査の手法出口調査では,投票所の出口での対面調査となるため,選挙の実務を担う市区町村の選挙管理委員会および投票所の管理者との関係が重要である.「挨拶状」を調査の前に,選挙管理委員会に渡し,また,当日は投票所の管理者にも渡すことで,スムーズに調査できるようにする.また,調査の場所も重要である.投票所の「出口」が複数ある場合など,投票した人が少ない出口で調査を行うと,有効回答が少なくなってしまう可能性もある.
調査員は,精緻なタイムスケジュールに従って調査を行う.特に朝早い時間帯の調査や複数地点を移動して調査する場合,調査地点に遅れてしまう可能性もある.このような状況を常に管理し,調査が問題なく行われていることを管理する管理者の役割はとても重要となる.
調査の手法は,指定の投票所建物の出口で,投票を終えた有権者にタブレットを渡し,画面にタッチしてアンケートに答えてもらう.その時,気を付けなければならないのは,調査対象者の回答は個人情報でもあるため,調査員が回答内容を見ないことである.
選挙情勢調査の手法の歴史は,戦後から現在に至るまで,面接調査,有権者名簿電話調査,固定電話RDD,インターネット調査と固定電話RDDのハイブリッドと変化してきた.
情勢調査で,固定電話RDDがなくならない理由の一つとして,インターネット調査の補正のために使われることがあげられる.補正方法を改良することで,情勢調査がインターネット調査だけで行えるようになれば,よりコストを下げるようにできるだろう.
本稿は情勢調査についての論文であるが,選挙の調査ではない政治や社会のことをたずねる世論調査の手法についても簡単に述べておきたい.朝日新聞社では,世論調査として,毎月の定例調査では固定と携帯によるRDD調査,年数回は,郵送方式で調査を行っている.
朝日新聞の行っている郵送調査は回収率70%前後を誇る精度の高い調査方法である.対象者は,有権者名簿からの無作為抽出を行っているが,これらの閲覧のためには,調査員が市区町村の役場に行って,書き写す必要があり,人件費のコストが膨大となる.また,調査期間も1カ月半ほどとなり,RDDやインターネット調査のような短期間の調査が行えない.郵送調査を選挙情勢調査として使うという考えもあるが,高コストと長期間の問題から選挙調査としては適していない.
世論調査では,「有権者の縮図」になる必要があり,すべての有権者に調査を依頼する可能性がある「確率標本」であることが大前提という考え方があるため,「非確率標本」であるインターネット調査は,今のところ世論調査として使うことはできない.
情勢調査は,インターネット調査を導入し,「進化」しているが,朝日新聞社などマスメディア各社は,予算の厳しい中,RDD調査,郵送調査によるこれらの世論調査を,インターネット調査も含めて,どう「進化」させていくのか,が大きな問題となっている.