データ分析の理論と応用
Online ISSN : 2434-3382
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論文
「考え方の筋道」
—数量化Ⅲ 類分析でみる日本人の国民性継続調査データの意識構造の変化—
林 文
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2012 年 2 巻 1 号 p. 1-16

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要 旨

1953 年から5 年ごとに統計数理研究所の国民性調査委員会によって継続されている「日本人の国民性」調査から,林知己夫は数量化Ⅲ 類によって,日本人の特徴としての「考え方の筋道」を見出してきた.本稿では,その中心的な考え方とされる義理人情,伝統対近代,科学文明観の考え方について,最新の調査を含めて数量化Ⅲ 類による分析を行った.義理人情的回答とされた回答群が第一次的に表れる傾向は,1990 年代まであったが,2000 年以降は二次的なものとなっている.また,伝統対近代については,1953 年には伝統的とされる回答が固まり,強い結びつきを示していたが,次第に崩れて,科学文明観もその中で位置を変えてきた.現在はその延長上とはまた違う動きもみられている.異なる文化間の考え方の比較は,個々の質問の比較だけでなく,大きな枠組みの中で見出され,個々の質問を少し変えても変わらない構造として捉えることが大切で,数量化Ⅲ 類は,こうした様相を捉えるのに有効な分析ということができる.

1. はじめに

「日本人の国民性調査」は,統計数理研究所の研究のひとつとして,1953 年から5 年毎に継続され,2008 年には第12 次調査が行われた.国民性とは何かという論議は,『日本人の国民性』(統計数理研究所国民性調査委員会, 1961) に書かれているとおり,現実の社会・生活の中で示される行動や考え方,人間の生き方そのものとして捉えられており,時代の変化への対応の仕方も含めて捉えることも視野においていた(統計数理研究所国民性調査委員会, 1961; 同, 1970; 同, 1975; 同,1982; 同, 1992; 中村他, 2009).現在に至り,60 年にわたり標本調査法に基づく全国規模の調査が継続されてきたことの意義があらためて評価されている.質問項目,質問の仕方など,最初の計画が長い継続調査の意義を規定しているともいえる.継続調査を続けたことによってわかってきたことを過去に遡って検証することは不可能であり,また,社会変化に伴って変化する質問文の意味など,長年にわたる継続比較には制約も存在するが,そうした制約を超えて,この継続調査の意義は大きい.

この「日本人の国民性調査」で,継続して使われてきた質問項目群は,初期に国民性を論じるために重要な項目として取り上げられ,多少質問項目の異なる1953 年(第1 次)と1958 年(第2 次)調査を経て,その後も継続する必要があるとされたものである.また,1968 年(第4 次)調査後,国際比較の必要性があるとして,まず日系人調査が企画された.これは,ある程度の共通理解が可能な集団に対する同じ質問への回答比較から取り組み,視点を見極めて比較の対象を広げていくという考えから,日本から海外に移住した集団に注目した.1971 年の第1 回ハワイ日系人調査を通して林知己夫は,数量化Ⅲ 類によって表出された「考え方の筋道」が,国際比較の観点から重要であるということを見出した(林編, 1973).より一般的な言葉で言えば意識構造である.その一つが,「伝統対近代」という考え方の筋道であり,ハワイの日系人の間では日本国内におけるその筋道とは違っており,その違いが,社会文化の違いとして,人々がそれとなく感じているものを表しているということである.日本においても,その後,伝統対近代の考え方の筋道は,その構造が次第に堅固でなくなってきていることが指摘された.また,日本人の国民性の特徴として,古くから文学,芸術の中で繰り返し現れている「義理人情」について,これを測る質問項目が国民性調査の最初から検討された.1953 年(第1 次)調査,1958 年(第2 次)調査を経て,1963 年(第3 次)調査で新たな質問が加えられ,現在もそれらの項目群が継続調査されている.これらの継続質問の中には,現在では時代遅れと思われるものもあるが,林知己夫は,義理人情の考え方,伝統対近代の考え方の筋道が現代の日本人の底流をなしていると述べている(林・櫻庭, 2002).国際比較も視野に入れて,こうした考え方の筋道を比較していくために,新しい項目や質問文の変更の試みが慎重に検討されている.

ここでは,1993 年(第9 次)調査までほとんど変わっていないことが示されてきた義理人情の考え方(林知己夫・林文, 1995) が,1998 年(第10 次)調査において異なる様相を見せていたことを受けて,その後の2003 年(第11 次)調査,2008 年(第12 次)調査で検討してみることにする.また,伝統対近代の考え方,科学文明観と伝統対近代の考え方の関連は,すでに1973 年(第5 次)調査までにも変化が見られているが,それらについても数量化Ⅲ 類による再検討を行った.

数量化Ⅲ 類について簡単に述べておく.数量化理論は,林知己夫によって1950 年前後から開発された多次元データ解析であり,多次元データを扱う2 つの立場,外的基準のある場合とない場合に基づいて,質的変数に対して目的に合った数量を与える解析法として提案され,多次元尺度解析へも発展させていった一連の解析法である.数量化Ⅲ 類は外的基準のない場合の方法である.この方法の海外への発信は遅れていたが,特に数量化Ⅲ 類は,Benzécri (1976) によって1960 年代初期に提唱されたCorrespondence Analysis が欧米圏に紹介され,それと同じ計算式による林の数量化Ⅲ 類の方法が世界に先駆けるものであったことが認識されたともいえる.林知己夫が自らパターン分類の数量化とも称しているように,回答者の回答選択パターンから回答者群と回答項目群の同時分類を目的とするものである.計算式は,線形結合に基く以外は複雑な数学的仮定を置いていない.一連の数量化理論はデータそのものの性質を重視し,データとは何かを問う理論とともにある(林, 1977a; 1997; 2001).

2. 義理人情という考え方

2.1. 義理人情スケール

義理人情を捉えるための質問項目として,1953 年の第1 次調査から用いられてきたのは,‘先生が悪いことをした’(#4.4)(注 1),‘恩人がキトクのとき’(#5.1),‘親がキトクのとき’(#5.1*),‘大切な道徳’(#5.1d),‘使われたい課長’(#5.6)であり,1963 年の第 3 次調査から,‘入社試験(親戚)’(#5.1c1),‘入社試験(恩人の子)’(#5.1c2)が加えられている.表1 にこれらの質問項目と年次ごとの回答割合を示す.

表1 義理人情に関する質問と回答(%)

義理人情的な回答とは,‘先生が悪いことをした’で「そんなことはないという」の回答,‘恩人がキトクのとき’ では「故郷へ帰る」で‘親がキトクのとき’ では「会議に出る」という組み合わせ回答,‘入社試験(恩人の子)’ では「1 番より恩人の子」で‘入社試験(親戚)’ では「親戚より1 番」という組み合わせ回答,‘大切な道徳’ で「親孝行」と「恩返し」の2 つを選択する組み合わせ回答,‘使われたい課長’ で「めんどうをみる課長」の回答とし,これらの単独あるいはクロスカテゴリーから成る5 つのカテゴリーへの回答該当数を義理人情スケールと定義している(統計数理研究所国民性調査委員会, 1961).この分布の変化を図1 に示す.10 回の調査全てを描くと重複して見にくいため,1963 年,1973 年,1983 年,1993 年,2003 年,2008 年のみを示した.似ている分布を示す調査をくくると,(1963 年),(1968 年と1973 年),(1978 年と1983 年と1988 年),(1993 年),(1998 年と2003 年),そして2008 年は1988 年あるいは1963 年に近くなっている.変化の方向は,1963 年から1973 年へと減少していた値が,次の1978 年とその後2 回の調査では高くなり,義理人情スケール値が最も高い平均値を示すのが1983 年である.1978 年調査は,他の質問に対する回答も伝統回帰といえる傾向を示した(林, 1979).その後の調査では義理人情スケール値は低下し,そのまま減少傾向が続くかと予想されたが,2008 年調査では1988 年レベルの高い値にまで回帰している.

図1 義理人情スケール値の分布(1963 年~2008 年)

1990 年前後に行われた七ヶ国国際比較調査(統計数理研究所国民性国際調査委員会, 1998) でも同じ質問が用いられたが,日本以外の国の義理人情スケール値は日本と比べて非常に低いため,スケール値の分布を問題にするよりも,スケール値0 の割合,スケール値3 以上の割合の比較がなされた(林知己夫他, 1991; 林知己夫・林文, 1995).スケール値0 の割合は日本では10% に満たないが,欧米の6 カ国はオランダの16% が最少で,最多のアメリカは34% である.逆にスケール値3 以上の割合でみても,日本は20% 以上だが欧米の6 カ国ではフランスの7% が最多である.そうしたことから,ここで定義した義理人情の考えは,これらの国々との比較によって日本の特徴といえることが示された.

2 に,年齢層別の義理人情スケール値0 の割合と3 以上の割合の変化を示した.スケール値3 以上の割合の変化を見ると,スケール値が高くなった1980 年代は60 歳以上のスケール値3 以上の割合が高く,1998 年調査までは,高いスケール値を示していた高年齢層が減っていく今後,義理人情の考えを示す人たちが急速に減っていくことが予想された.

しかし2008 年調査では,どの年齢層でも義理人情スケール値が高く回帰の傾向がみえる.スケールとする各回答項目についても表1 に示すとおり回帰の傾向であり,スケール値が高くなっていることが納得される.一つ注目すべき点は,‘恩人がキトクのとき’ でも‘親がキトクのとき’でも「故郷に帰る」という回答が増えて,旧来の義理人情的とされた,‘恩人がキトクのとき’ なら「故郷に帰る」が,‘親がキトクのとき’ では「会議に出る」という回答のつながりは増えておらず,旧来の義理人情そのものへの回帰とは異なる考え方の存在が示唆されている.

2.2. 義理人情の考え方の構造

義理人情の考えとして定義されたカテゴリー群から義理人情スケール値を構成することの妥当性は,それらのカテゴリー群が他のカテゴリー群に対して,一つの方向性を持っているならば,妥当であると考えられる.義理人情とは義理と人情の単なる並列でなく.義理と人情の間の葛藤ともいうべき心の綾であり,人々がその葛藤する心に感動するのであって,それが歌舞伎や物語のテーマにもなっている.しかし,まずは,その中の人情にだけ注目して分析し,それと義理人情を比較していくこととする.

表2 義理人情スケール値の平均値,0 の割合,3 以上の割合の変化

質問それぞれの回答を単独で扱った,いわば人情的な回答の構造を図2 に示す.各カテゴリーの布置の相互関係は1963 年から2008 年の10 回の調査においてほぼ同じである.‘恩人がキトクのとき’ ‘親がキトクのとき’ の回答(図中2 と3)カテゴリーの布置は互いに近く,‘入社試験(恩人の子)’ ‘入社試験(親戚)’ の回答(図中4 と5)のカテゴリーの布置も互いに近く,それらは直交した位置にある.これは,恩人・親がキトクのとき帰るか会議に出るかと,入社試験で恩人の子・親戚を優遇するか,の考え方は別次元である(考え方の筋道が異なる)ことを示している.しかし,直交するという相互関係は同じでも,第1 軸と第2 軸との関係には変化がみられる.1998 年以降では,恩人や親がキトクのとき帰るか会議に出るかの考え方が1 次元目に現れ,2 次元目に,入社試験で恩人の子や親戚を優遇するかの考えが現れている.1963 年調査から1993 年調査までは,恩人や親がキトクのときの問題,入社試験で恩人の子や親戚を優遇するかの問題のいずれにも通じる人情的カテゴリーと合理的なカテゴリーを分ける考え方が最も強い軸となっていたが,1998年調査以降は,恩人・親のキトクのときの問題に対する考え方が主軸となり,入社試験についての考え方が第2 次的に表される構造を示すように変化したと読み取ることができる.

次に義理人情の構造を図3 に示す.1963 年調査から2008 年調査までの,数量化Ⅲ 類によるカテゴリー布置である(1968 年調査の布置は,1963 年調査の布置とよく似ているので省略した).林知己夫は義理人情の構造を捉えるために,スケールに用いたカテゴリー群ではなく,‘大切な道徳’ については4 つの回答肢を独立したカテゴリーとして用いて分析しており(統計数理研究所国民性調査委員会, 1982),まずそれに従った.1963 年調査から2008 年調査まで,‘恩人キトクのとき’ と‘親キトクのとき’ との組み合わせ,‘入社試験(恩人)’ と‘入社試験(親戚の子)’ との組み合わせに現れる典型的な義理人情とされたクロスカテゴリー(図3 中の[2 * 3 ○] と[4 * 5 ○])が,いずれも第2 象限にあり,他の義理人情的なカテゴリーからも突出した形を示していることがわかる.ただし,図3 の1978 年調査と1998 年調査については,縦軸に第3 次元目の値を用いた布置である.その他の調査回では第2 次元目に表れた性質が第3 次元目に表れているためである.これを同じ構造と言ってよいのかは疑問のあるところであるが,第2 次元と第3 次元目の固有値が近い値を示しており(1978 年は0.198 と0.191,1998 年は0.189 と0.184),どちらかによって同様の構造が読めるといえるだろう.

4 は,義理人情スケールに用いたクロスカテゴリーをそのまま用いて数量化Ⅲ 類を適用した結果である.1963 年調査から2008 年調査まで,布置の相互関係は大きくは異なっていない.ただし,1978 年調査と2008 年調査について,縦軸には第3 次元目の値を用いた.やはり第2 次元目と第3 次元目の固有値の差は微小(1978 年は0.240 と0.236,2008 年は0.242 と0.241)で,どちらかに似た様相が表れると解釈される.図3 でも同様だが,第1 軸のマイナス側に義理人情的とされるカテゴリー群(図4 中,大きい○で表示,恩人キトクのとき帰る・親キトクのとき会議出席,入社試験で親戚より1 番・1 番より恩人の子)と,いわば人情的カテゴリー群(図4 中,小さい◦ で表示,恩人キトクのときも親キトクのときも故郷に帰る,入社試験で1 番より親戚・1番より恩人の子)があり,プラス側にはその他のカテゴリー群があることは変わっていない.第2軸の位置は調査毎に異なるが,第1 軸のプラスマイナスの別は,時代を越えて安定している(言うまでもないが,分析で得られた値の正負の符号は相対的な意味しかなく,比較のために同じ方向に揃うよう符号をつけかえて図示している).そのマイナス側に集まったカテゴリー群をみると,典型的な義理人情カテゴリーと,単に人情的な内容のカテゴリーとがはっきりとは分かれていない.第3 次元目の値までみても,やはり,義理人情のカテゴリーだけがグループを作ってはいない.前述の義理人情スケールは,日本文化研究から典型的な義理人情とされるカテゴリーだけを取り出して構成されたが,データから数量化Ⅲ 類でみられる構造としては,義理人情と人情との違いが明確ではないことになろう.

この50 年にわたる義理人情と人情の構造の変化を見ると,1963 年には比較的はっきりしていた典型的な義理人情回答が1990 年代からあいまいになってきているらしいことが読み取れる.最新の2008 年調査では,義理人情スケールも構造も50 年前への回帰の様相を示しているが,単なる回帰ではない変化も見えているといえるようである.

2.3. 伝統対近代という考え方

国民性調査における最初の関心の一つは伝統的考えの変化であった.1953 年調査から表3 にあげた質問群が用いられた.1958 年調査ではこれが継続されなかったが,1963 年からは継続して調査されている.数量化Ⅲ 類の分析によって,伝統的とした回答カテゴリーが明らかに一群にまとまっており,これらが伝統的考え方と解釈することができた.林知己夫は,これらの質問を1971 年のハワイ日系人調査でも用い,数量化Ⅲ 類の結果が大きく異なっていることから,日本人とハワイの日系人社会文化との違和感が,個々の項目の回答選択率の違いよりも,項目全体への回答のパターンに現れる構造の違いでよく表されることを示した(林知己夫他, 1973; 林知己夫, 2001; 吉野・林文・山岡, 2010).すなわち,日本社会における伝統対近代の考え方の筋道は,ハワイの日系人の間では通用しないということである.

「日本人の国民性」では,伝統的考えが近代的考えに変わっていくことが予想されたが,数量化Ⅲ 類の解析によると,1978 年調査あたりから伝統的考え方のカテゴリー群の布置が広がり,いくつかの回答カテゴリーが混在してきた.伝統対近代という考えの筋道はその内容が変化してきているといえる.2008 年調査までの結果を図5 に示す.変化は,1973 年調査で,‘自然と人間の関係’ の「自然を征服」(図5 中の記号T3.3)の回答が,それ以前には固まっていた近代的回答群から伝統的回答群に近づき,1978 年調査では伝統的回答群に吸収されている.この回答は1968 年と1973 年の間で「自然に従え」(図5 中のT3.1)の回答と逆転しているが,その回答の意味も変化していることを示している.「自然を征服」(図中のT3.3)は2003 年調査では,伝統的回答からさらに極端な位置に布置し,全く特殊な考えとなっている.1998 年調査と2003 年調査における選択率の差は少ないにも関らず,その回答の意味は特異なものになったことを示している.逆に「自然に従え」の回答は伝統的回答から近代的回答の方に近づいている.また,‘しきたりに従うか’ の「おし通せ」(図中のT2.1)の回答は次第に伝統的回答群の方に近づき,伝統と近代の中間的なところにある.

図2 義理人情の構造(1)
図3 義理人情の構造(2)

数量化Ⅲ 類の個人得点の年齢層別平均値の布置を図6 に示す.図5 と対比して年齢層別平均値の分布をみると,ほぼ伝統対近代の別が年齢と関係のあることが現れているが,1993 年調査以降では20 歳台が伝統と近代の中間に近くなってきていること,2003 年調査からは70 歳以上と60 歳台までの差が大きくなっていることが注目される.伝統対近代の考え方自体がなくなっているということはできないが,ここで取り上げた質問群で伝統対近代という考え方を捉えられなくなっていることを示していると考えられる.また,中間回答については,時代にかかわらず年齢とは次元が違うことがわかる.

図4 義理人情の構造(3)

2.4. 伝統対近代と科学文明観

林知己夫は,伝統対近代,科学文明観と義理人情に関する質問を集め,科学文明観に対する回答の意味の変化について報告している(統計数理研究所国民性調査委員会, 1982).ここでもその後の変化を見ながら,それらの考え方の構造をたどってみた.表4 の質問回答群は,林知己夫がその報告において,1978 年まで,伝統対近代と科学文明観の関係の変化として捉えていたものである.2008 年調査ではそのうち‘首相の伊勢参り’(#3.9)が使われていないため,これを除いて分析しなおした.この質問の回答は5 段階の賛否であり,除外したことによる他の質問のカテゴリー布置にほとんど違いはない.数量化Ⅲ 類による布置は,調査年によって少しずつ変化しているため,図7 には1963 年,1978 年,1993 年,2008 年の4 回分のみを挙げた(2008 年の布置は,縦軸に第3 次元目の値を用いた).

表3 伝統対近代に関する質問と回答(%)
図5 近代伝統の考え方の構造
図6 数量化Ⅲ 類による個人得点の年齢層別平均値

1963 年の布置から,象限ごとにカテゴリーの内容があるまとまりを見せており,中間的クラスター,個人尊重・合理的クラスター,伝統的社会的正義感クラスター,保守的現世的クラスターと名付けてみた(注2).個人尊重・合理的クラスターとしたのは,‘他人の子どもを養子にするか’ に「つがせないでもよい,意味がない」の回答,‘恩人キトクのとき’ と‘親キトクのとき’ 両方に「会議に出る」の回答,‘めんどうみる課長’ で「めんどうをみない課長」の回答,‘子どもに「金は大切」と教えるか’ に「反対」の回答,‘くらし方’ に「趣味にあったくらし」の回答,である.伝統的社会的正義感クラスターとしたのは,‘恩人がキトクのとき’ は「帰る」で‘親がキトクのとき’ は「会議」の回答,‘くらし方’ に「清く正しく」の回答であり,‘しきたりに従うか’ に「おし通せ」の回答,‘自然と人間の関係’ に「自然を征服」の回答,これに,‘人間らしさはへるか’ に「へらない」の回答,‘心の豊かさはへらないか’ に「へらない」の回答が入っている.1978 年調査になると,‘人間らしさはへるか’ と‘心の豊かさはへらないか’,‘しきたりに従うか’ 以外の社会的正義感とした回答群が散らばり,第3 象限の保守的現世的回答クラスターに混ざっている.社会的正義感のクラスターとしたものが無くなったともいえる.‘自然と人間の関係’ で「自然を利用」が個人尊重・合理的クラスターに入ってくるが,このクラスターは全調査において,中間回答クラスターとともにほとんど崩れていない.‘くらし方’ で「金持ちになる」が保守的現世的クラスターから個人尊重・合理的クラスターの方に移動していることは興味深い.

もう一度,上記のようなクラスターの中で,科学文明観(図中S1,S2,T3)の位置をみると,「人間らしさは減らない」,「人の心の豊かさは減らない」,「自然を征服すべき」の回答が,1963 年調査では伝統的社会的正義感と同じクラスターにあり,「減る」という回答は現世的クラスターに近かったが,1978 年調査では「減らない」という回答の方が現世的回答に近くなり,「減る」という回答が特別のクラスターをなしている.2008 年調査では,「減る」が再び現世的クラスターに入っている.また,‘自然と人間の関係’ の「自然を征服」の回答は,1963 年調査は社会的正義感のクラスターにあったが,1978 年調査では保守的現世的クラスターに入り,1993 年調査以降はそのクラスターでもむしろ特異な意見となっている.

最近の調査まで続けて見てくると,伝統的考え方としてきた回答群でも,1960 年代までは,現世的保守的な回答と,社会正義としての伝統的な回答を分けられたが,それが崩れてきていると読み取ることができる.

表4 科学文明観と伝統対近代の質問と回答(%)

3. まとめ

日本人の国民性調査の回を重ね,国際比較に発展させてきた林知己夫が,日本人の考え方として,数量化Ⅲ 類によって示してきた義理人情,伝統対近代,それに科学文明観を加えて見出された考え方について,本論文ではさらに最新の2008 年調査までを加えて検討してきた.義理人情の考え方の構造(考え方の筋道)それ自体の変化は大きくは見えず,義理人情と人情の違いは50 年前も,それほど弁別されていなかったのであり,現在も同様であるといえよう.1998 年と2003 年の調査で減少を示していた義理人情的な回答の割合は,2008 年調査では回帰の傾向が見えるが,単なる過去への回帰ではなく何か変化があることは予想され,今後の調査を見ていきたい.

伝統対近代の考え方は,1953 年に国民性調査が始まった時点での伝統対近代の考え方として,当時は伝統的回答が非常に小さなクラスターにまとまっていたが,時代によって内容が次第に変化するとともに,拡大している.それぞれの社会で,それぞれの時代で,何が近代的で何が伝統的であるかが変化するものと考えれば,同じ質問項目で測る伝統対近代ではなく,もう少し大きな枠組みの中でこそ見出されることであろう.このことは伝統対近代と科学文明観の関連として取り上げられた質問群の構造の変化でも見られ,興味深い.林知己夫(1977b) は,1973 年調査で見られた様々な項目の回答の変化を「正義からノンキへ」と表したが,回答選択率だけでなく,正義ともいうべき考え方が社会全体としてあるまとまりを持っていた時代から,そういう考え方の見えない時代に変化していることを述べていた.現在の状況は,その方向の延長上にあるようにも見えるが,ごく最近の社会状況を考えると,また別の捉え方も必要と思われる.伝統対近代という考え方自体がすでに古いという見方もあるが,世代間の考え方の差は大きいのである.

図7 伝統対近代と科学文明観の構造

ここで触れておきたいのは,時代変化に年齢層分布の違いが含まれていることである.すなわち日本社会が高齢化して,50 年前には今よりも若い年齢層の考えに支配された形になっていることである.例えば,信仰を持つものの割合は,1963 年調査で31%,2008 年調査で27% だが,仮に1963 年調査の年齢分布が2008 年と同じだったとすると,40% が信仰をもっていたことになる.しかしこれは現実ではなく,年齢分布も含めた状況として捉えた.さらに,調査の回収率の問題がある.「日本人の国民性調査」は全国の成人男女から層別3 段抽出によって抽出された2000人以上を対象とした厳密な無作為標本調査であるが,その回収率は次第に低下し,2008 年調査は54% となっている.特に若い年齢層の回収率が低くなっていることから,社会全体の高齢化に加えて,調査結果も高齢化しているともいえる.しかし,各回の年齢別回収率による年齢調整の有無による差は3% 程度に収まっている.明らかな年齢別の意見の差異は年齢調整する意味はあろうが回収率だけでは表されない回収層と未回収層の差の要因があり,安易な年齢調整は避けた.集められたデータについてそのまま分析し諸状況とともに見ていくことを考えたい.

「考え方の筋道」(意識構造)を数量化Ⅲ 類によって見てきたが,義理人情や伝統対近代の考え方それぞれ目的とする問題点に関わる個々の質問を取り上げて分析するよりも,大きな枠組みの中で見出され,個々の質問を少し変えても変わらない構造として捉えることが重要である.Hayashi & Kuroda (1997) では,1988 年調査における質問の多くを用いて数量化Ⅲ 類による分析を行い,全体的な考え方の構造を見出すことを試みている.その分析に当たったのは筆者であったが,それをさらに再分析し,構造の意味を再解釈し,その大きな構造の中に,義理人情に関する質問の回答構造が潜んでいることも述べた(林・山岡, 2002; 吉野・林・山岡, 2010).一見雑多にみえる様々な質問に対する回答の中から,特徴を見出すためには,その様々な領域の検討も大切である.国際比較調査方法論として林が提唱したCLA(連鎖的比較分析法)(林ほか, 1991) があり,吉野(2005) はその発展上にCALMAN(文化多様体解析)を提唱している.文化・価値観比較の研究は,社会調査が次第に困難になっている現在社会の状況の中で,分析上の調整で表面上揃えて比較するよりも,諸状況と合わせながらデータそのものを見ていくことが大切ではないだろうか.

注1) #4.4 などの#つきの番号は,日本人の国民性調査における質問項目を領域ごとに分けて番号を振ったもので,#x.yy のx が領域を示す.yy は各質問項目番号であるが,調査回毎に順所も異なるので,共通した番号として統一し,質問文が少しでも異なる場合には*などの記号を加えて区別できるようにしてある.また,‘ ’ で括ったのは,各質問内容を簡便に示した項目内容である.表では,#番号と項目内容の両方を記したが,本論では,これ以降は項目内容のみで表した.それぞれの質問文と1953 年調査から2008 年調査までの,基本属性別の集計結果は,統計数理研究所のホームページの「日本人の国民性と国際比較調査」で参照できる.

http://www.ism.ac.jp/ism_info_j/kokuminsei.html

注2) この1963 年調査でみられるクラスターは,1953 年調査でも同様であり,この調査だけの特異なものではない.ただし,1953 年調査の結果は軸が回転しており,第1 次元目の中間回答クラスターと個人尊重・合理的回答クラスターは似た値で,第2 次元目で分かれ,伝統的社会的正義感の回答は,個人尊重・合理的の側にあり,そのことは1953 年調査のみに現れる様相である.

謝 辞

統計数理研究所の日本人の国民性調査研究には,統計数理研究所在籍中から参加し,統計数理研究所公募型共同研究プログラム(21-共研-1007,研究代表者:中村隆)でも共同研究者に加えていただいた.まずそのことに感謝いたします.

本論文は,故林知己夫先生の行ってこられた研究のほんの一部について,最近のデータについて追加分析し考察したものであり,今ご存命であれば,お叱りを受けることもあるのではないかと思いつつ,御礼を申し上げたい.また,記述に不備のあった投稿論文に丁寧な査読コメントをいただいた査読者の方々,編集委員長に御礼申し上げます.

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