2012 年 2 巻 1 号 p. 17-31
森林における樹木の動態の調査や定量的評価を行う場合,森林を分割した小区分ごとで分析が行われる.その際,森林の分割には,森林を等間隔に分割するような方法より,それぞれが生態学的に同じような性質をもつ分割の方が望ましい.このような生態学的に共通属性をもつ領域をパッチと呼ぶ.パッチを同定するには,通常,メッシュ内の樹木構成や特定の種目の生態に限定した分割手法が用いられる.しかし,既存の方法には,メッシュの大きさの選択がパッチの大きさに依存する,森林自体が多種の樹木によって形成されていることが反映しにくいという難点がある.よって,これらの点を改善したパッチの同定法が重要である.
そこで本論文では,空間の位相的構造を階層的に表現できるエシェロン解析を用いて,森林を構成するパッチを同定する手法を提案した.エシェロン解析を利用することで,全樹種の生態や森林の更新を反映したパッチの同定が可能になることを示した.さらに,茨城県の小川試験地のデータに適用し,提案した手法の利便性を示し,森林の階層構造及び不均一性を明示した.
自然環境を定量的に評価するにあたり,これまで多様性指数など多くの手法が提案されてきた.これらの指数を用いる場合,同じ対象地域であっても空間的スケールの選択によって評価が変わる可能性もある.種数と対象面積には種数面積曲線(Preston, 1962) と呼ばれる関係があり,種数は面積の冪乗であらわすことができる.調査面積に応じて出現種数は変化し,面積の拡大とともに種数は平衡状態になるため,調査面積を設定する基準になる.このような空間的スケールの基準を設けることは必須ではあるが,実際の調査現場に対応した適当なスケールを求めることは容易ではない.
森林においてもその動態の調査や定量的評価には調査対象の分布要因から示される妥当性のある一定基準を満たす空間的スケールを用いて判断する必要がある.複数の生態学的プロセスが生じる領域にあって,同じ生態学的プロセスが作用している空間的に均一な区分(Fortin & Dale,2005) に分割する1 つの基準としてパッチという生態学用語がある.このパッチとは周囲とは異なる組成や構造をしたひとまとまりのことであり(西村・真鍋, 2006),少なくとも1 つの変数が同一の樹種のように質的に同じ属性,あるいは樹齢のように量的に同じ属性をもつ空間的に均質な場所(Fortin & Dale, 2005) とも言い表すことができ,空間パターンを形成する要素の1 つである.Manabe, Shimatani, Kawarasaki, Aikawa, and Yamamoto (2009) は調査領域をメッシュ化することで等間隔に分割し,各メッシュを樹木構成により区分した結果を地図に追録することでパッチを明示した.また,大塚・横澤・大竹(2008) はtwo-way indicator species analysis (小林, 1995) をTWINSPAN (Hill, 1979) を用いてメッシュ内の各種の優占度の解析を行うことでパッチを明示した.これら2 例はあらかじめ試験地を扱いやすいようメッシュに区分しているが,これはメッシュの大きさ,すなわち空間的スケールに左右されやすい.メッシュに区分しない例としては,パーコレーション転移のように近隣の同種をつなげて同種の樹木が形成するクラスターを作る手法である(Plotkin, Chave, & Ashton, 2002). この手法ではクラスターは空間的スケールに依存する程度は低いが,数種のみに限定したクラスターを作成することになる.これらの手法に一長一短あるように,森林を区分するための定石とされるような手法があるわけではない.
本論文では,群集の階層構造を利用し,かつ空間的スケールからの影響も低く,全樹種に対して利用できるパッチの同定法として,エシェロン解析(Myers, Patil, & Joly, 1997) を用いた手法を提案する.エシェロン解析を用いることで,従来は経験や見た目でパッチと判断していたパッチの同定を,一定の基準を用いて判断することができる.また,森林は階層構造をもち,成長過程で周辺樹木間での影響が大きいことから,変数の値と隣接情報から階層構造を表すことができるエシェロン解析は有効である.本論文では,樹木の大きさが森林構造を形成している指標となっていると捉え,これを変数として利用している.2 節では森林の構造について,3 節ではエシェロン解析自体について触れ,そして4 節でパッチの同定手法について述べる.具体例として森林総合研究所の小川試験地のデータについてパッチの同定を行う.パッチの同定には統計的視点から有意性を勘案した手法と,エシェロンデンドログラムで表された階層構造を用いて同定する手法の2 通り用い,それらを比較する.そして,森林の階層構造や不均一性を示し,手法の利用可能性に言及する.
一般的に森林は図1 で示したような外観をしており,水平方向に複数の層がある.そして一見同じような高さの樹木が続いている森林でも倒木や枯死などにより連続した林冠層が途切れる空間が生まれる.この空間を林冠ギャップと呼び,このギャップはパッチの一種である.このギャップから新たに樹木が成長することで森林の更新が行われている.森林は林冠ギャップを単位として更新が行われているため,発達段階の異なる複数のパッチを組み合わせたモザイク構造をしている(菊沢, 1999; 中静・山本, 1987).したがって,このモザイク構造に抗うことなく森林をパッチごとに分割をするのは適当である.
森林モニタリングでは各樹木の地点・樹種・胸高直径(DBH; diameter at breast height)など多くの情報を収集している.本論文では茨城県にある小川試験地(200m × 300m)を対象とし,データは森林総合研究所の森林動態データベース(2009) より引用した.この試験地も長期モニタリングを目的として,対象となる樹木の各変数について調査している.そのため,メッシュ化等で区分けすることなく,1 本1 本を評価対象とすることが可能である.そして,表1 のような形式のデータを扱っている.
行は各樹木であり,TAG NO は調査の際に付けられた樹木ナンバーである.そして,Speciesは樹木の学名を表記している.
樹高と胸高直径にはアロメタリー関係式が成り立つことから胸高直径を樹木のサイズを表す変数として利用した(Kubo, 2002).
また,パッチによる分類は地面と平行する向きの区分であるが,森林には林冠層と呼ばれる上層部と下層部である低木層の2 層の垂直方向の構造もある(図1).また,この2 層以外にギャップ内に存在する樹木も調査されており,CLS という変数には林冠層の樹木であるか,低木層の樹木であるか,あるいはギャップ内の樹木であるかが示されている.
また,各樹木の座標はすべて5m 間隔で示されているため,複数の樹木が同地点に存在している.これを改定するために,実際の解析には各樹木がもつ座標(x, y)に対し,一様乱数を用いて(x − U [0, 5), y − U [0, 5)) から得られた座標を用いた.得られた樹木の位置座標が実際のX とYである.この座標データは点データであるがエシェロン解析を行うにあたり,領域データを扱う必要があるため,ボロノイ図を利用し,樹冠投影図のように見立てた.それぞれのボロノイ領域は1本の樹木に対応し,これらがパッチを形成する最少単位となる.CLS によって示されたギャップ内に存在する樹木が形成するボロノイ領域を,解析するデータではギャップと見なした.図2 は林冠層の樹木とギャップ内の樹木の2 種類の樹木についてのボロノイ図である.ギャップ内に存在する樹木のボロノイ領域はギャップと見なしたため,図2 のボロノイ領域には色付けをしている.
空間データを用いる場合,周辺データとの比較や影響を重要視する場合がある.エシェロン解析は隣接情報を利用することから,空間データの中でも近隣の領域との関係を重視する際に有効な解析手法である.エシェロン解析では,図3 のように表面上のデータの高低に基づき位相的に同じ領域とみなすことができる場合,階層構造が求められる.そして,図3 の右図のようにエシェロンデンドログラムによって可視化することで客観的に階層構造を捉えることができる(栗原, 2002).
具体的に図4 のように5 × 5 のメッシュにそれぞれ値が与えられている場合,次の手順によりエシェロンデンドログラムが形成される.ここでの隣接条件は8 隣接法,つまり水平方向,垂直方向および斜めの全方位を隣接と見なす.
1. ピークの検出まずは,エシェロンデンドログラム最上部のピークを検出する.ピークとされる集合は隣接するほかの領域よりも大きな値をもつ.全領域からもっとも高い値を持つセルを探し,それに隣接するセルの中から値の高いものを探していく(図5).セル番号[E3],[D3],[D2] とセルを見つけ出すが,[C3] は隣接する[B4] の値のほうが高いことから同じピークに含めることはできない.よって3 つのセルから成る第1 ピークが決まる.同様の手順を繰り返すことにより4 つのピークが決定する(図6).
次に,図6 で示したピークを隣接情報を用いることでつなげていく(図7).このピーク同士をつなげる層がファンデーションである.この手順もピークの求め方と同様,ピーク以外のセルから最大の値を持つセルを探し出し,隣接するセルとピークを検討してつないでいく.ピーク以外のセルで最大の値をもつセルは[C3] である.このセルは第1 ピークと第3 ピークに隣接しているため,2 つのピークをつなぐファンデーションである.この手順を繰り返すことで図8 のエシェロンデンドログラムが作成され,階層構造を示すことができる.
エシェロン解析は統計的に有意に集積する領域(ホットスポット)を検出する手法の1 つとして利用されてきた.これは,デンドログラムのピークを形成する領域から優先的にホットスポットに含まれるか否かを検定していくことで,効率的に高尤度となるホットスポットを求められるためである.この利点は樹木の分布にも応用ができる.エシェロン解析によるパッチの同定法には統計的な有意性に基づいたもの,つまりホットスポットに基づいたものが考えられる.また,別の視点から,階層構造を表したエシェロンデンドログラムを直接用いることもできる.これら2つの手法により同定されたパッチを比較し森林の特性を表す同定法を検討した.
図1 で示したように森林は林冠層と低木層の2 層構造であり,各層にボロノイ図で表したような各樹木の占有領域が存在する.したがって,樹木ごとのDBH についてエシェロン解析を行った.これらのエシェロンデンドログラムは図9 と図10 である.
4.1. 統計的有意性に基づいたパッチの同定エシェロン解析の利点の1 つが,空間データにおいてホットスポットと呼ばれる有意な集積性が見られる地域を空間スキャン統計量(Kulldorff, 1997) に基づいて簡易に摘出できることである(Ishioka, Kurihara, Suito, Horikawa, & Ono, 2007).
4.1.1. 空間スキャン統計量全領域を G,部分集合の領域を Z とする.確率 p で領域 Z は属性を,確率 q で領域 G は属性を持つものとし,これらの確率は互いに独立であるとみなす.このとき以下の仮説を設定する.
ここで,n(G) をすべての領域 G での母集団の数,n(Z) を領域 Z 内での母集団の数,c(G) を領域 G で属性を持つものの数,c(Z) を領域 Z 内で属性を持つものの数とする.ここではポアソン分布に基づくモデルを考える.全領域 G で属性をもつ数が c(G) になる確率は
全領域内での地点 x での密度は,
x ∈ Z ならば
x ∈ Zc ならば
ポアソンモデルに対する尤度関数は
尤度関数を最大にするため,領域 Z を与えたもとでの最大尤度関数を求める.ここで,最尤推定量は より,尤度比λ はホットスポットを見つけるため全領域の部分集合 Z で最大のものとする.
ただし,L0 は帰無仮説上での尤度関数の値である.
最大尤度をもつホットスポット領域の検出には,領域 G に含まれるすべての部分集合をスキャンし,対数尤度比統計量logλ が最大になる領域 Z を求めなければならない.しかし,領域数に依存するものの,部分集合 Z の選び方は膨大になることがほとんどであり,全てのパターンを調べることは現実的ではない(Ishioka et al., 2007).そのため,大容量のデータを扱う場合に有効であるエシェロン解析を利用した.今回取り扱う様な領域数が1000 を超えるデータであってもエシェロンデンドログラムをあらかじめ作成し,階層構造を基にスキャンすることで効率的にホットスポット領域を検出できる.また,スキャン統計量の分布を解析的に求めることは難しいので,モンテカルロ法(Dwass, 1957) により分布を求め p 値を計算している.
対象としている森林は2 層構造になっているため(図1),林冠層と低木層とを別々にパッチが同定できる.林冠層の群集に対して空間スキャン統計量に基づいて,有意に大きな樹木が集積する領域を検出し,次のエシェロンデンドログラム(図11)とそれに対応したエリアすなわちパッチ(図12)が得られた.ここでは,もっともλ の値が高い領域(Most likely Cluster)と次点の領域(Secondary Cluster)及びそれぞれの領域の樹木数,logλ,p-value(表2)を示す.なお,ホットスポットの検出にあたり,検出される樹木数を指定する必要がある.ここでは100 本以内と定めた.
図12 を見ると,ホットスポット領域はある地点に凝集しているのではなく,まばらに広がっている.これは隣接する領域の接合部分がどんなに小さな場合でも隣接と定義していることが影響していると考えられる.また,図11 で示されているように,ホットスポットはあくまで有意になる領域を抽出しており最大の樹木については評価はしていない.最大の樹木であっても周囲とは独立に存在しているのではなく,パッチの中に含まれているはずである.そのため,この領域は森林のモザイク構造を構成するパッチであるとは言い難い.
森林の更新はギャップが生じ,そこから樹木が成長することでパッチが形成されることでおこる(中静他, 1987).1 つのパッチ内では,そのパッチができた後,同時期にそのパッチ内で樹木が成長を始めているため,1 つのパッチは同程度の大きさの樹木が集まりやすい.したがって,樹木の大きさを示す指標であるDBH を変数としエシェロンデンドログラムを作成し,隣接情報を基にデンドログラムが構成されるという特性を利用することでパッチの同定を行った.ここでは,DBH の大きい樹木のまとまりがエシェロンデンドログラムのピークを形成しているため,大きな樹木という属性をもつパッチを同定した.
4.2.1. エシェロンデンドログラムを利用したパッチ同定エシェロンデンドログラムは縦軸を変数の大きさ,横軸は隣接情報を示している.そのため,同じエシェロン内は互いに隣接している領域が含まれており,各エシェロン同士も隣接情報をもとにデンドログラムが繋がっている.すなわち,図13 のようにエシェロン同士をつなぐ領域を含めたクラスター単位で抽出した領域を1 つのパッチと見なすことができる.
ここで,デンドログラムからパッチとして同定する際に何を基準として大きさを決めるのかが問題となる.そこで,パッチの成り立ちが林冠ギャップからの成長ということを踏まえて,ギャップ程度の大きさであること,また,ギャップと同程度の樹木数であることを1 つの基準とした.表3 および表4 にギャップと林冠層のパッチの樹木数及び各ボロノイ領域を利用して得られた面積を示した.ギャップ内に観測された樹木数が1,2 本の場合にはギャップの実面積よりの小さく推定されてしまうので不正確ではある.林冠パッチの樹木数はギャップと比較すると少ないが,成長の過程で林冠層に届かなかった樹木があるためだと推測できる.また,樹木が2,3 本で林冠パッチと同定されたものもあるが,これパッチと見なすにはあまりに少なすぎるので,ここでは5 本以上としている.
また,樹木には日陰に対しての耐性がある樹木(Shade Tolerant Tree)かそうでない樹木(ShadeIntolerant Tree)により2 種類に大別される.小川試験地に生息する樹木もこの2 種に大別することができ,Masaki (2002) によって各樹種がどちらのタイプであるのかが明示されている.この情報も考慮し同定したパッチの検討を行った.
4.2.2. エシェロンデンドログラムを利用したパッチ同定の具体例4.1 で示したホットスポットに基づいたパッチの検出例と同様に林冠層と低木層に分けてエシェロンデンドログラムを用いたパッチの同定を行った.4.2.1 に示した条件に則して林冠層と低木層のパッチを抽出した結果が図14 および図15 である.
日陰に対しての耐性の有無の情報を図14 と図15 のパッチ上に載せている.林冠層では両タイプの樹木が規則的にパッチに含まれることはなく,共存している.しかし,低木層のパッチは日光が届きにくいという理由によりShade Tolerant Tree が多くみられる.しかしながら,ShadeIntolerant Tree も存在している.これに関して林冠層と低木層を比較した(図16, 図17).
まず,低木層のパッチとギャップとが重なる部分がある.ギャップが存在する場合には,比較的日光が届きやすくなり低木層でもShade Intolerant Tree が生息し成長が可能になっていることが伺える.
次に,低木層と林冠層で同定されたパッチのShade Intolerant Tree が重なる部分がある.これは日光が当たるギャップ内で最初に成長を始めるのはShade Intolerant Tree であり,同じギャップ内で成長を始めたShade Intolerant Tree が成長を遂げて林冠木になった樹木と林冠に届くことなく低木層である被圧木になった樹木との競争の結果が表れていると推測される.
本論文では,ボロノイ図によって領域データとした樹木の分布データからエシェロンデンドログラムを用いることでパッチを同定する手法を示した.ボロノイ図を利用することで生息するすべての樹種を対象にし,パッチの成り立ちを踏まえて胸高直径を変数に利用した.これにより同定されたパッチは森林構造の性質に則した手法で同定したものだと言える.しかしながら,パッチを同定する上で,パッチの大きさの基準や隣接情報の捉え方により曖昧な部分も残されているため改良すべき点は大いにあると考えている.
査読者の先生方には多くのご指摘およびご助言を頂き,深く感謝申し上げます.