生物物理
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巻頭言
0.0000000003%の奇跡
須藤 雄気
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2022 年 62 巻 1 号 p. 1

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人生100年時代と言われる現代においても,38億年の生物の歴史から考えると,わずか0.0000000003%の時間にしかならない.私たちは,この奇跡のような偶然の時間の一部を共有する仲間として,同じ宇宙船地球号の中で暮らしている.

ここで改めて気がつくことは,現代に生きる全ての生物の時間は,他者のそれと,一部では重複し,ある一部では重複しないということである.すなわち,生まれたての子どもは,時間を重複する生物の存在があってこそ,世界最高齢の生き物までつながることができる.それはあたかも数多くの短鎖プライマーによって,その何百倍もある1本の長い核酸塩基鎖ができていく様に似ている.このような塩基の伸長反応は,1つのプライマーが欠落するだけで止まってしまうことがある.つまり,私たち人類をはじめとした生物は,互いに強固に結びつき,相互に依存し合う存在であり,それにより宇宙船地球号が成り立っていると言える.

このことは,私が大好きな慣用句である「情けは人の為ならず」にも通じる.人生には,嬉しいことだけでなく,悲しいこと,悔しいこと,色々なことがあるが,他人にかけた情けは必ず自分に返ってくる(と私は信じている).英語では,「Today you, tomorrow me(今日のあなたは明日の私)」が同義文にあたるらしい.私はこの慣用句の重要性を,生物物理学会を通じて強く感じている.「その研究おもろいな」と有名な先生に言われ嬉しかったこと,「その解析は間違っている」と別の先生に言われ悔しかったこと,時には顔を真っ赤にしながら議論し合い,その夜には日本酒を浴びるほど飲みながら科学談義に花を咲かせたことなど,これら全てが私を科学者としてだけでなく人間として成長させた原動力である.

生物物理学会は,年長者から年少者まで,分け隔ての無いごった煮のように密な年会を開催することで,0.0000000003%の奇跡の時間の一部を共有するための何ものにも代えがたい場を提供しており,核酸の伸長反応で言えば,ポリメラーゼのような働きをしているのではないだろうか.宇宙船地球号付属・生物物理号の乗組員の一人として,今後とも学会員の皆様と奇跡の時間を共有していけたら幸いである.

 
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