生物物理
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エクソソームの基礎と薬物送達への応用
中瀬 生彦
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2022 年 62 巻 1 号 p. 13-18

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Abstract

生体を構成する殆ど全ての細胞が分泌するエクソソームは,細胞間コミュニケーションに重要な役割を果たしている.エクソソームは,次世代の薬物送達キャリアーとしても高く期待され,臨床治験も含めた研究が盛んに進められている.本解説では,エクソソームの基礎から最新の薬物送達技術を紹介し,今後の展望を議論する.

Translated Abstract

Exosomes (extracellular vesicles), which are secreted from almost all human cells, have been shown to participate in cell-to-cell communication. “Message” molecules including microRNAs and enzymes are capsulated in the exosomes, and secreted exosomes play crucial roles in human homeostasis and disease progression including cancer. In addition, exosomes have been highly expected as next-generation carriers for intracellular delivery of therapeutic molecules because of their pharmaceutical advantages such as (i) low cytotoxicity, (ii) controlled immunogenicity, (iii) effective usage of cell-to-cell communication routes, (iv) targeting brain owing to blood-brain barrier permeability, (v) controlled expression of artificial proteins in exosomal membranes. In this review, basic points of exosomes including vesicular characteristics, generation and secretion pathways, cellular uptake mechanisms, and application for intracellular delivery of therapeutic molecules with artificial cellular targeting systems are introduced.

1.  はじめに

生体を構成する殆ど全ての細胞が分泌する小胞が,細胞機能の制御や疾患進展に大きく寄与することが示され,また現在,血液や尿等の体液を利用した疾患診断(リキッドバイオプシー)に大きく役立つ“メッセージキャリアー”として,世界的に大きく注目されている.中でもエクソソームは,細胞間コミュニケーションにおいて重要な働きを行うことが明らかとなり,これまでに不明とされた生体機序をエクソソームが担っていることが,生体の恒常性の維持,及び,がんを含め数々の疾患で見出されてきている.近年において,細胞内におけるエクソソーム産生機構や,その際の細胞基質(サイトゾル)分子のエクソソーム内包機序,分泌経路や,分泌されたエクソソームの細胞内取り込み機構が明らかにされつつあり,それぞれのユニークな機序と疾患応答性との関わりで数々の興味深い知見が報告されている(図1).加えて,著者の研究チームも大きく関わる,エクソソームを基盤とした薬物送達技術の開発も注目されており,臨床においても活発な研究が進められ,テーラーメード医療(図2)における次世代型の新しい「薬の運び屋」として,疾患治療への適応が大きく期待されている.本総説では細胞外小胞の中でも,特にエクソソームについて,母細胞からの産生・分泌機序,細胞内移行機構,エクソソームを基盤とした薬物送達技術を中心にまとめる.

図1

エクソソーム分泌機構.

図2

将来のエクソソームを用いたテーラーメード治療技術.

2.  細胞外小胞の種類

細胞外小胞(extracellular vesicles)として,アポトーシス小体(apoptotic bodies),マイクロベシクル(microvesicles),エクソソーム(exosomes)が主要な生体小胞として活発に研究が続けられている.

アポトーシス小体は,アポトーシス細胞死の過程で生じる小胞(直径が約800~5000 nm)で,オルガネラやクロマチンのような細胞構成成分が内包され,生じた小胞はエフェロサイトーシス(通常は死細胞や,死にかけた細胞を除去する過程)によって貪食細胞に取り込まれる1)-4).アポトーシス小体が形成されるときに,突出形態(膜の小疱形成(membrane blebbing),微小管依存性突起(microtubule spikes),紐状ビーズ形態(beaded apoptopodia)等)が生じ,細胞構成成分が内包された小胞は,貪食細胞にその機能性分子を渡す4)

マイクロベシクルは,細胞形質膜が出芽することで産生される小胞(直径が約100~1000 nm)であり,カルパインの活性化やカルシウム流入,細胞骨格の再構築等によって生じる1)-3),5),6)

小胞には形質膜分子(膜タンパク質や脂質等)や,mRNAs,microRNAs,長鎖ノンコーディングRNAs等の核酸分子が搭載されている2).それらは,細胞間コミュニケーションに寄与し,例えば血液凝固や炎症性疾患,がん進展をも含むシグナル伝達や免疫制御に関わることが示されている2),6)

エクソソーム(直径が約30~200 nm)は,細胞内で産生される.マルチベシクラーエンドソーム(multivesicular endosomes, MVEs)の膜が内側に出芽することで,MVEsの中に沢山の小胞ができる1),7).その出芽の際に,microRNAsや酵素等が小胞内に入り込む.最終的に,MVEsの外膜が細胞形質膜と融合することで,MVEsの中の小胞,つまりエクソソームが細胞外に分泌される1),7).その際,スフィンゴシン1リン酸受容体が,エクソソームへの細胞基質分子(カーゴ)の搭載に大きく関与することが明らかにされ,その機序はエンドソーム輸送選別複合体(ESCRT)に非依存的に生じることも示されている8).siRNAによりスフィンゴシンキナーゼ2をノックダウンすることで,エクソソームに搭載されるカーゴ量が減少すること9),そしてスフィンゴシン1リン酸受容体の活性化とGタンパク質シグナルによって,エクソソームの内側への細胞基質分子の移行(カーゴソーティング)が制御10)されることが確認されている.

3.  エクソソームの単離方法

現在,エクソソームの単離方法として超遠心法や密度勾配遠心法,サイズ排除クロマトグラフィーを用いたカラムでの溶出方法,ポリマー(例えばポリエチレングリコール等),抗体結合ビーズ(エクソソームマーカータンパク質であるCD9やCD63,フォスファチジルセリン等に対する抗体を使用)による免疫沈殿法,限外濾過膜や様々なマイクロ流体デバイスを用いた単離方法が知られている.超遠心法では,細胞培養液に分泌されたエクソソームを,300 × g(4°C,10分間),2,000 × g(4°C,10分間),10,000 × g(4°C,30分間),100,000 × g(4°C,70分間を繰り返す)と段階的に遠心を行う.死細胞等の細胞片(デブリ)を遅い速度の遠心で除去した後,超遠心でエクソソームを沈殿させる.超遠心法に加えて,密度勾配法では,スクロースクッション等を用いてより精度の高い単離が可能となっている.これらの単離技術は,単離精度や費用,必要時間等が異なり,また最終単離小胞へのエクソソーム以外の夾雑物(タンパク質凝集体等)の混入の度合いが異なる.

4.  エクソソームの細胞内移行機構

エクソソームの細胞内移行機序において,受容体-リガンド相互作用が数々の論文で指摘されている.例えばエクソソームのC型レクチンと細胞のC型レクチン受容体,エクソソーム(B細胞由来)のα-2,3-結合型シアル酸と細胞(マクロファージ)のシグレック-1,肺線維芽細胞,及び,肝マクロファージの移行における乳がん由来エクソソームのインテグリンα6β4,及び,すい臓がん由来エクソソームαvβ5の関与等が知られている11).これらは,細胞間コミュニケーションにおいてエクソソームの細胞標的化に重要な機能を有するものと考えられ,逆に,エクソソームの膜タンパク質の発現を調べることで,細胞間コミュニケーションに関わる細胞の予測ができるかもしれない.またエクソソーム膜上の分子と,受け手側の細胞受容体との相互作用が,エクソソームの細胞内移行に大きく関わり,その発現への影響(発現量や変異性等)がコミュニケーションへの影響や疾患進展に繋がることが考えられる.

一方で著者らは,新たにマクロピノサイトーシス(MP)経路に注目して,エクソソームの細胞内移行における影響を調べた(図3).MP経路は,クラスリン非依存性の細胞内移行経路であり,低分子量Gタンパク質Racが活性化することでアクチン骨格が重合化し,形質膜が波打ち構造(ラメリポディア)を呈することで直径1 μmを超える大きさで細胞外液を効率的に取り込む12)図3).通常のクラスリン依存的なエンドサイトーシスの場合,受容体へのリガンド結合後に形成されるクラスリン被覆小胞の大きさは,クラスリンが重合して形成する格子の形状によって決まり,直径が120 nm程度とMPより小さい12).MP経路は細胞外の栄養分を効果的に取り込むために,すい臓がん等のがん細胞で発達している13).著者らは,MPを誘導する受容体の上皮成長因子受容体(EGFR)を活性化することで,例えば類表皮がん由来A431細胞におけるエクソソームの細胞内移行効率が顕著に上昇することを明らかにした(例えばEGF(100 nM)処理でエクソソームの細胞内移行量が約19倍上昇(24時間処理))14).加えて,上述のすい臓がんにおいてがんの悪性化にも関わるK-Rasの変異体発現(KRASG12C allele)によってMPが顕著に促進する.著者らは,すい臓がんへのエクソソームの細胞内移行を検討した結果,K-Ras変異体が発現しMP経路が促進しているMIA PaCa-2細胞において,エクソソームの移行が上昇することも確認した(天然型K-Rasを発現し,MP誘導効率が低いBxPC-3細胞と比較して,約14倍移行量が高い(24時間処理))14).さらにKalluriの研究チームは,in vivoにおいて,MPを誘導しているすい臓がんで,K-Rasの変異体に対するshort hairpin RNAを内包したエクソソームを投与することで,顕著にがんの増殖が抑制されることを示した15).後述するが,このエクソソームの細胞内移行におけるマクロピノサイトーシス経路の重要性は,エクソソームを基盤とした薬物送達において,細胞標的技術の構築での極めて有用性の高い基礎的知見である(図3).

図3

細胞標的ペプチド修飾型エクソソームの受容体認識とマクロピノサイトーシス誘導での効率的な細胞内移行.

5.  機能性ペプチド修飾型エクソソームの技術開発と薬物送達

エクソソームは,上述のように次世代型の新しい「薬の運び屋」として,疾患治療への適応が大きく期待されている.薬学的な観点から,エクソソームは(1)自己エクソソームを用いた場合,基本的に細胞毒性が低い,(2)免疫制御が可能,(3)細胞間コミュニケーション経路を活用可能,(4)血液脳関門を通過し脳を標的できるエクソソームの存在,(5)細胞治療に応用が可能,(6)分泌母細胞の遺伝子工学的操作によるエクソソームへの目的タンパク質の発現(正確な配向性を維持),(7)疾患治療に応用可能な遺伝子・タンパク質カクテルの天然細胞からの内包分泌等,優位性が高い.しかし,エクソソーム研究に携わると経験が多いと思うが,膜表面が負電荷に帯びたエクソソーム(通常,ゼータ電位は−10 mV程度)は,同じく負電荷に帯びた細胞への移行効率が低い.また,エクソソーム内包物のサイトゾル放出に関しても効率が低く,これらは薬物送達の観点で重要であり,改善すべき喫緊の課題となっている.

さらに現在,エクソソームを用いた将来のテーラーメード医療における開発研究も世界的に臨床研究を含め展開されている.患者体液中の,もしくは,機能性細胞からの分泌エクソソームを単離し,必要な薬物を内包させ,再び患者に戻す手法が考えられている.疾患に関与する組織・細胞に対して,効率的にエクソソームを集積,及び,細胞内移行させるために,エクソソームに細胞標的能をもたせる工夫が必要である.分泌母細胞への遺伝子工学を用いたエクソソームへのリガンド発現が可能であるが,特に患者体液中の単離エクソソームを「薬の運び屋」として用いる場合,遺伝子発現系を用いることは難しい.よって単離したエクソソームに対して,機能性分子を化学的に結合させる技術開発が必要になる(図2).

著者らは,これまで簡便に機能性ペプチドをエクソソーム膜表面に修飾できる技術構築を続けてきた.技術的なポイントを述べると(1)エクソソーム膜タンパク質側鎖との共有結合,(2)疎水性基を用いたエクソソーム膜への挿入提示,(3)カチオン性脂質を「接着剤」として用いた静電的相互作用による修飾法が挙げられる(図4).

図4

エクソソーム膜への細胞標的ペプチド修飾技術.

5.1  エクソソーム膜タンパク質側鎖との共有結合を用いた修飾

手法として,結合させたい機能性ペプチドに対して,スクシンイミド基やマレイミド基等を有するリンカーを結合させ,単離エクソソームと混合させるのみで,エクソソーム膜タンパク質のアミノ酸側鎖と共有結合させ,機能性ペプチドを修飾させる.

著者らは,MPを誘導する膜透過性アルギニンペプチドを本技術でエクソソームの膜上に結合させ,高効率に細胞内へ導入できる技術を報告している16).代表的な膜透過性ペプチドであるオリゴアルギニンの細胞内移行機序として,形質膜表面におけるプロテオグリカン(シンデカン4等)とアルギニンペプチドの硫酸化多糖を介した相互作用,及び,プロテオグリカンのクラスター化誘導が示されている17).著者らはオクタアルギニン(R8)のシンデカン4の糖鎖への結合,及び,シンデカン4の効率的なクラスター化を可視化した.さらに,これがトリガーとなり,サイトゾルにおいてシンデカン4のVドメイン(183-190)へのPKCαの結合が促進されることを確認した.その結果,MPを誘導するシグナルが誘起されることが考えられている18).遺伝子工学的にシンデカン4のVドメインを欠失させた場合,R8によるシンデカン4のクラスター化が生じても,ペプチドの細胞内移行効率が顕著に低下することも明らかとなった18).細胞内移行性の低いテトラアルギニン(R4)の場合,シンデカン4のクラスター化誘導が乏しいことも確認しており,理由として糖鎖への結合性がR8と比較して低いことが考えられる18)

エクソソームの実験において,R8ペプチドの配列内にシステイン残基を導入し,スクシンイミド基とマレイミド基を両端に有する二価性リンカー(sulfo EMCS)を用いて,ペプチドのシステイン側鎖とマレイミド基を共有結合させた(R8-EMCS).エクソソームとR8-EMCSを混合することで,ペプチドのスクシンイミド基とエクソソーム膜タンパク質のアミノ基との反応によって,ペプチドを共有結合でエクソソーム膜に修飾できる16).結果として,エクソソーム自体が標的細胞のMPを効果的に誘導できるようになり,細胞内取り込み量が顕著に上昇した16)図3, 4).加えて,オリゴアルギニンの配列中のアルギニン残基数を変えたペプチド(Rn: n = 4, 8, 12, 16)をエクソソームに本手法で結合させ,細胞内移行量を比較した結果,R8,及び,R12の細胞内移行性が優れていることを示した(ペプチドを結合させることで,エクソソームの細胞内移行量(CHO-K1細胞,24時間)が約14倍(R4),約29倍(R8とR12),約18倍(R16)促進した)16).一方で,抗がん活性を有するリボソーム不活化タンパク質のサポリンをエクソソームにエレクトロポレーション法で内包させ,アルギニンペプチドを結合させた結果,R16を結合させたエクソソームにおいて内包サポリンの細胞死誘導活性が高い結果が得られた16).R16を結合したエクソソームはR12の場合と比較して細胞内移行性が低いことから,細胞内移行後のエクソソーム内包物のサイトゾル放出がR16の方が優れていることが考えられ,細胞内導入における機能性ペプチドの選択の際に細胞内移行性とサイトゾル放出の双方のバランスを考慮する必要があることが示された16)

5.2  疎水性基を用いたエクソソーム膜への挿入提示

本技術紹介では,コイルドコイルペプチドを用いたエクソソームによる標的受容体の活性化と,M P誘導による細胞内移行促進技術について述べる19).本研究では,Litowskiらによって開発された人工コイルドコイルペプチドE3配列[(EIAALEK)4]とK4配列[(KIAALKE)4]を用いて,受容体標的を行う.実験に用いたE3配列とK4配列は,構造中のグルタミン酸,及び,リジン残基を介した静電相互作用により,ヘテロなコイルドコイル構造を形成する20).矢野・松崎らは,本コイルドコイルペプチドを用いて,生細胞の特異的な受容体可視化に成功している21).著者らは,EGFRのN末端にE3配列を融合した人工受容体(E3-EGFR)を,遺伝子工学で細胞膜に構築し,一方で,K4配列をリンカーで2分子結合したリガンドペプチドを合成した.E3-EGFRを発現する細胞に対してK4リガンドを用いることで,特異的にE3-EGFRの二量体化を誘導し,受容体の活性化,及び,細胞遊走といった応答を引き起こすことに成功している22).エクソソームの実験において,ステアリル基をN末端に有するK4ペプチド(stearyl-K4)を合成し,ペプチドとエクソソームを混合するとステアリル基がエクソソーム膜に挿入することで,K4配列を提示する方法で修飾を行う(図4の「膜挿入」を参照).K4配列を提示したエクソソームは,細胞表面上で特異的にE3-EGFRを認識・結合し,E3-EGFRのクラスター化を引き起こすことが観察された.その結果,E3-EGFRが活性化することでMPを効果的に誘導し,エクソソームを効率的に細胞内へ取り込ませることに成功した19).本手法はモデル実験であり,薬物送達系に即座に繋がるものではないが,天然の受容体の中でも複合体形成によって活性化されてシグナル伝達を誘導したり細胞内取り込みを促進したりする受容体に対しては適用が可能だろう.受容体クラスター化の制御において,人工的な機能性分子の足場としてエクソソームが有用であることを示した基礎的手法・知見であり,今後の幅広い応用が大いに期待される.

5.3  カチオン性脂質を「接着剤」として用いた静電的相互作用による修飾法

エクソソームのゼータ電位は,上述の通り約−10 mV程度であり,細胞膜の負電荷との反発が原因で,エクソソームの細胞内移行性が低い.著者らは,カチオン性脂質をエクソソームに対して少量を添加することで,エクソソームとカチオン性脂質が複合体を形成し,その結果,細胞内移行量が増大することを示している23).さらに本技術を用いて,負電荷を帯びた機能性ペプチドをエクソソーム膜表面に結合させることができる.著者らはモデルペプチドとして,pH感受性の膜融合ペプチドGALAを用いたエクソソーム膜修飾技術の構築に成功している23).GALAペプチド(アミノ酸配列:WEAALAEALAEALAEHLAEALAEALEALAA)は,ウイルスの膜融合タンパク質を模倣して設計された人工ペプチドである24).pHが中性の場合は二次構造を取らないが,pHが低下(pH 5程度)するとヘリックス構造を形成し,膜を不安定化,及び,膜融合を引き起こす24),25).著者らは,エクソソームに対して,カチオン性脂質とGALAペプチドを同時に添加することで静電的相互作用による複合体を形成させた.本技術によってGALAペプチドがエクソソームと一緒に細胞内へ高効率に導入され,エンドソーム内pH低下による膜融合が促進されることで,エクソソーム内包物のサイトゾル放出が顕著に上昇することが明らかとなった23).本技術はGALAペプチドに限らず,負電荷の配列を有する他の機能性ペプチドにおいても適用が可能であることが考えられ,簡便なエクソソーム膜への修飾技術として今後の幅広い応用が期待される.

6.  遺伝子発現系を用いたエクソソームへのタンパク質修飾技術

ここでは,遺伝子発現系を用いたエクソソームへのタンパク質修飾に関して記述する.上述のように,エクソソームにはマーカータンパク質が存在し,これらのマーカータンパク質と提示させたい目的タンパク質を融合発現させることで,母細胞から目的タンパク質をもったエクソソームを分泌させることが可能である.

例えばCD63はエクソソーム膜に発現する4回膜貫通タンパク質である.Curleyらは,CD63の様々な断片化アナログを用い,様々なトポロジー(n型(3回膜貫通型で,N末端がエクソソームの外側,C末端が内側),N型(3回膜貫通型で,N末端が内側,C末端が外側),Ω型(2回膜貫通型で,N末端とC末端が内側),I型(1回膜貫通型で,N末端が外側,C末端が内側))を有するCD63発現系アナログを開発し,人工的なタンパク質の提示技術を構築している26)

VSVG(exosome-anchoring protein vesicular stomatitis virus glycoprotein)はエクソソーム膜に提示されることが知られており,このVSVGを用いることで,遺伝子工学的にlysosomal β-glucocerebrosidaseをエクソソームに融合発現させ,リソソーム蓄積症に対する本エクソソームを細胞内に取り込ませ,リソソーム内の酵素活性の改善を狙った研究が進められている27)

Lamp2b(lysosome-associated membrane glycoprotein 2b)もエクソソーム膜に発現するタンパク質として知られており,例えば,軟骨細胞を標的にする場合,軟骨細胞への親和性が高い機能性ペプチド配列(CAP: chondrocyte affinity peptide)を,Lamp2bを介した融合発現をエクソソーム膜で行う.ラットでの動物実験において,microRNA-140を本システムで軟骨組織に効果的に送達することができている28).さらにインターロイキン3を,Lamp2bを介して融合発現させることで,エクソソームを用いた慢性骨髄性白血病の治療を狙った技術開発の取り組みや29),RVG(rabies virus glycoprotein)の融合発現によるパーキンソン症モデルにおけるshort hairpin RNAの脳へのデリバリー技術の構築研究30)が報告されている.

7.  エクソソームへの薬物内包技術

エクソソームの中に,効率的に薬物を内包する技術構築は極めて重要である.現在汎用されているエレクトロポレーションを用いたエクソソーム内包技術は,例えばsiRNAや抗がん剤等の小分子薬物をエクソソームに内包させる際に用いられるが,内包効率が非常に低く,著者らの実験においても0.5%程度の薬剤封入効率のみ得られる.遺伝子をエレクトロポレーションで内包させる場合,エクソソーム膜上で遺伝子の凝集が生じることが指摘されており,改善技術の構築が喫緊の課題となっている.最近では,超音波を用いたmicroRNA等の内包や,フィルター通過(エクストルージョン),及び,低浸透圧透析を用いた方法,凍結融解を繰り返す方法や,塩化カルシウム,カチオン性脂質,サポニン等の試薬を用いた技術が開発されている31).各手法において,薬物の内包効率の違いや,エクソソームの形態・性質への影響,専用装置の有無が生じ,研究の目的に応じた技術の選択と最適化が必要であるとともに,さらなるエクソソーム内包技術の技術革新が必要である.

8.  今後の展望

エクソソームを用いた薬物送達技術は,現在,臨床研究においても用いられており,次世代の“生体に優しい”薬物送達キャリアーとして一層の開発が期待されている.患者それぞれの体液から単離したエクソソームをキャリアーとして用いることができれば,テーラーメード医療に大きく貢献できる可能性が高いと考えられる.細胞標的の舞台になるエクソソーム膜は,化学的な反応場として沢山の技術開発の余地があり,今後さらなるユニーク,且つ,医療応用としての実用性が高い化学反応や標的技術の構築が世界的に展開されると大いに期待できる.今後,上述の新しい“エクソソームケミストリー”の研究領域が発展することで,科学的に興味深い,そして医療に貢献できる技術革新が強く望まれる.最後に本解説が,エクソソームの基礎,及び,薬物送達応用を中心とした先端技術の理解に少しでもお役立ちできることを願ってやまない.

文献
Biographies

中瀬生彦(なかせ いくひこ)

大阪府立大学大学院理学系研究科教授

 
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