Seibutsu Butsuri
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Review
Reconstitution of Min Wave in Artificial Cells
Shunshi KOHYAMANatsuhiko YOSHINAGAKei FUJIWARA
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2022 Volume 62 Issue 1 Pages 19-23

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Abstract

バクテリアの細胞分裂面は,Min波と呼ばれる反応拡散共役に基づく波によって決定されている.我々は最近,人工細胞内でMin波を安定的に発生する条件を発見し,Min波の出現において細胞サイズの微小空間が制御因子として働くことを見出した.本総説では人工細胞内Min波の再構成過程とそこで得られた性質を中心に解説する.

Translated Abstract

Min system determines the cell center by a unique mechanism using wave propagation of Min proteins. The wave propagation of Min proteins (Min wave) has been reconstituted in vitro using 2D planar membranes. We recently found a condition for the stable emergence of Min waves in artificial cells covered with physiological lipids and revealed that the condition for the emergence of Min waves differs between in an open space like on a 2D membrane and in a closed space like in artificial cells. In this review, we introduce cell-size space effects of Min waves by focusing on its emergence condition.

1.  Minシステムとは

大腸菌に代表されるバクテリアは,細胞中央に分裂環を形成することで左右対称な細胞分裂を行う.この分裂環形成位置は3種のタンパク質(MinCDE)から構成されるMinシステムによって細胞中央面に規定されている.MinDとMinEの相互作用によって生じる細胞両極間の往復運動(Min波)が細胞内のMinタンパク質群の濃度勾配(両極における濃縮状態)を生む.MinDとの結合を介してMin波に付随して両極に局在するMinCが,分裂環形成タンパク質(FtsZ)の局在を阻害することが,Minシステムが分裂環を細胞中央に規定する分子機構である1)

Minシステムの根幹を担うMin波は,MinDのATP依存的な細胞膜への結合と,MinEがMinDのATPase活性を向上させることによる膜解離の促進との間で示すバランスが,細胞質と細胞膜の分子拡散速度差と共役することにより生じる1)図1).このような異なる分子間における相互作用と分子の拡散が共役した系は反応拡散系と呼ばれ,適切なパラメータ条件下では自発的なパターンが形成されることが1952年にA. Turingによって示された2).反応拡散系は生命のもつ自己組織化システムの代表例であり,魚の体表面の模様や胚における体節形成などのパターン形成を司る3).中でもMin波は生命の最小単位である細胞内において安定的に発生すること,チューリングパターンのような静止的な構造でなく動的な波として運動することから,細胞内における自己組織化システムの理解には欠かせない対象であり,遺伝学や分子生物学,構造生物学,システム生物学など様々な分野の視点から研究がなされてきた.

図1

Minシステムの概要.MinD同士の相互作用とMinEによるMinDのATPase活性の促進を通した膜結合解離が細胞膜と細胞質での分子拡散速度の違いと共役することでMin波が発生する.

2.  Minシステムの再構成

このように様々な角度から研究が進められてきたMinシステムであるが,中でも特筆すべき研究が2008年にLooseらによって報告された平面膜上におけるMin波の再構成である4).Looseらは,2次元の平面膜上に精製MinD,MinEと,エネルギー源であるATPを添加することで,膜上においてMin波が生じることを明らかにした.これは,生命のもつ反応拡散共役による分子の波(反応拡散波)をin vitroにおいて再構成した初めての例であり,この研究を口火にMin波の分子メカニズムや,細胞分裂面決定の分子機構を明らかにする研究が進展してきた.

再構成研究により,閉鎖的な3次元環境である細胞内と,開放的な2次元環境である平面膜におけるMin波は,運動のモードや波の発生するMinタンパク質(MinDおよびMinE)濃度比などが異なることが知られていた1),5),6).しかし,系に依存した性質の差異が生じる原因がMin波の生じる空間条件の違いによるものか,もしくは再構成による細胞内因子の欠如によるものか明らかではなかった.そこでin vitroにおける2次元や3次元,閉じ込めの有無やサイズといった空間条件がMin波に与える影響の解析を行うために,細胞空間の模倣系におけるMin波の再構成系を用いた解析を行うことにした.

3.  Minシステムの人工細胞内再構成

細胞のような脂質膜に覆われた微小空間の模倣系におけるMinシステムの再構成は,我々が研究を開始した2014年当時は報告されておらず,まずは系を確立することが必要であった.細胞サイズ空間におけるMin波の振る舞いを解析するための系として,脂質膜で覆われた人工細胞系を用いた.人工細胞は数~数十μmサイズの微小空間を再現可能であり,細胞と異なりブラックボックスが存在しない状態で細胞サイズ空間の効果が解析可能である7).中でも脂質の溶けたミネラルオイルに水溶液を添加することで形成される油中水滴を用いた人工細胞系は,添加する水溶液がそのまま人工細胞に内包されること,ほぼ全ての水溶性成分が人工細胞に内包できることから,細胞サイズ空間とその内部での反応を解析することが容易だという利点がある.そこで本研究では,油中水滴による人工細胞系を用いてMin波の再構成条件を検討した.

蛍光タンパク質融合型MinDおよびMinEをATPと共に直径数十μmの人工細胞内へ封入したものの,平面膜系において報告されたMin波の発生するいずれのMinタンパク質濃度条件においてもMin波の発生は観察されなかった.そこで細胞内に見られる特徴的な環境を模倣するため,0.5-1 M程度の高い塩条件や実際の細胞と同じ2-3 μmサイズの人工細胞におけるMinタンパク質群の挙動の観察を行ったが,やはりMin波は観察されなかった.

この原因として,Min波は反応拡散共役によって発生することから,タンパク質間および細胞膜とタンパク質間などにおける反応と,分子の拡散速度の両方に影響を及ぼす,細胞内の高分子混雑環境が関係あるのではないかと考えた.

そこで,これまでに知られる様々な高分子混雑剤をMinタンパク質群と一緒に人工細胞への封入してみたところ,合成高分子であるPolyethylene Glycol(PEG)やFicollではMin波は発生しなかった.一方,タンパク質ベースの混雑因子であるBovine Serum Albumin(BSA)の共添加条件においては人工細胞内におけるMin波の発生が観察された.人工細胞内で発生したMin波は細胞の中で支配的な極間の往復だけでなく,分裂阻害により伸長した大腸菌細胞で観察される膜上の伝播運動も観察された(図28).また,Min波は人工細胞内のサイズに関わらず発生し,少なくとも10時間以上にわたって波の運動が持続することが確認された.さらに,100 mg/mL BSA添加時におけるMin波の発生率は作製した人工細胞の99%以上であったことから,混雑因子が細胞サイズ空間でMin波を安定的に発生させるための重要な要素であることが示唆された.

図2

人工細胞内に再構成されたMin波.極間振動と移動波の2つのモードが存在する.いずれも直径約20 μmの人工細胞を示した.図中の緑はMinDである.

4.  人工細胞内Min波の発生になぜBSAが必要か?

ではなぜBSA添加が人工細胞内におけるMin波の発生に必要であったのだろうか.当初は高分子混雑こそがMin波の発生に重要な要素と考えていたが,Min波を発生させるための最小BSA濃度を探索する中で,10 mg/mLのBSAでも十分な効果があることが観察された.10 mg/mLは1%に相当するが,高分子混雑と呼ぶには心もとない濃度である.そこでなぜBSAによって安定的にMin波が発生するかを追求するため,まず高分子混雑の効果の一つである拡散係数の低下を光褪色後蛍光回復法と蛍光相関分光法によって解析した.結果,Min波の発生に十分なBSA濃度である50 mg/mLにおいても,細胞質や細胞膜での分子の拡散係数に変化は見られなかった.次に,BSAとMinタンパク質群の相互作用や,MinDおよびMinE間の複合体形成へのBSAの作用をプルダウンアッセイによって解析したが,これらの作用にもBSAは関与していないことが示された.

これらの結果は反応や拡散ではない,一般的な高分子混雑の効果とは何か別のポイントにBSAが作用していることを示唆した.BSAの添加の有無でのMin波の発生動画を注意深く観察すると,BSAの添加の有無でMinEの局在位置が変化し,BSAが存在しているときにのみ細胞質側に局在していることに気づいた.そこで,系からMinDを除き,人工細胞内におけるMinE単独での局在を観察したところ,BSAの有無で局在位置が大きく変化していることが示された(図3A).このような変化はMinDでは観察されなかった.

図3

分子夾雑とMin波の発生の関係.(A)細胞サイズ空間特異的なMinEの分子局在位置変化と分子夾雑剤による制御.(B)MinEの膜結合の阻害度(相対値)と人工細胞内におけるMin波の発生率の関係.

より定量的に議論するため,共焦点画像の解析より人工細胞内におけるMinEの細胞質(c)と細胞膜(m)における局在比率(c/m ratio)を定量化し,BSAの添加によるc/m ratioと波の発生率の変化を比較した.結果,BSA濃度依存的なc/m ratioの上昇と10 mg/mL BSA付近におけるMin波の発生率の急激な増加が観察され,MinEの局在制御こそがBSAが人工細胞内Min波の発生に重要であったことを示した(図3B).

人工細胞内におけるMinEの局在制御は,Min波の発生条件と同様に,PEGやFicollといった高分子では観察されなかった.一方,大腸菌細胞抽出液を添加剤として用いた場合にはBSAと同様にMinE局在の変化とMin波の発生が観察された.生細胞内においてもMinEの大部分は細胞質に局在することが知られていることから9),大腸菌内においては細胞抽出液の成分がBSAと同じ効果をもたらしていると考えられる.我々は研究を進める過程で,特定の成分には由来せず,広くタンパク質が示す性質によりMinEの局在が制御されることを見出しつつある.詳細な分子メカニズムは今後の解析により明らかになるだろう.

5.  細胞サイズ空間中でのMin波の振る舞い

人工細胞内における安定的なMinシステムの再構成系を確立したことにより,細胞空間におけるMin波の性質の解析が可能となった.そこで,人工細胞内再構成系を用いてMin波の発生する因子濃度域を解析すると,人工細胞内では生体内と同等の濃度域(1 μM近傍)限定的にMin波が発生し,高濃度(5 μM)域においても波の発生する平面膜系4)に比べ因子濃度の制約を受けることを見出した.さらに,再構成型の無細胞転写翻訳系(PUREシステム10))を用いることで,人工細胞内におけるMinタンパク質のその場合成系を構築し,Minタンパク質の濃度変化依存的なMin波の状態変化を解析したところ,経時的な合成量の変化に依存して,適切な因子濃度が保たれる時間内にのみ人工細胞内においてMin波が発生することが見出された11).これらの結果は,Min波の発生する因子濃度域の制約が細胞空間特異的に生じることを意味し,生細胞内では遺伝子発現の調節機構を備えることで因子濃度を制御しMin波を安定的に保持していることが示唆された.

次に,人工細胞内におけるMin波が示す運動モードを解析し,平面膜再構成系や生体内との比較を行った.まず,生体内と同等のMinタンパク質濃度(1 μM)におけるMin波の運動状態を大別すると,平面膜再構成系における一般的な波の状態である膜上の伝播が約85%を占め,生細胞内で見られる極間の往復運動は比較的少数であった.さらに,Min波が発生するまでの初期過程を観察すると,波の発生初期には細胞膜と細胞質の一様振動が発生し,次いで極間の往復,最後に膜上の伝播と経時的に運動状態が変化することを見出した.これらのことから,人工細胞内におけるMin波は膜上伝播が最も安定であり,生細胞内における波の状態との隔たりが存在することが明らかとなった.この原因として,桿菌細胞である大腸菌に対し,人工細胞内は真球状をしているため,細胞形状によって運動状態が変化している可能性がある.一方で,薬剤処理によって球状化した大腸菌内では膜上の伝播が生じるが,依然として極間の往復が安定な状態であることが報告されており12),生細胞内におけるMinタンパク質と相互作用する因子群などによって往復運動が安定化されている可能性が示唆されている.また,我々は最近,Min波を構成する要素のパラメータによってこれらのモードのいずれが支配的となるかが変化することも実験と理論の両面から確認しつつある.

今後の研究で,人工細胞の形状操作やMinタンパク質群と相互作用する細胞分裂因子との共再構成が実現されることで上記の疑問は解決されるはずである.特に,FtsZなどの分裂環形成因子との再構成によって,分裂環の形成や自律的な細胞分裂を行う人工細胞の構築が達成されれば,細胞内における自己組織化システムの理解に大きく貢献することが期待される.

6.  物理から見たMin波が感じる細胞サイズ空間

反応拡散方程式を用いたMin波の理論的研究は比較的古くから行われている.例えば初期の1次元モデルは図4Aのようなものである.平面膜でMin波が再現できるようになってからは,空間の幾何的効果が取り入れられるようになり,膜面の濃度は2次元空間で,細胞質の濃度は3次元空間で考慮した理論モデルを用いた解析がなされている4),13)-18).モデルの解析から,MinEがMinDより膜面に長くとどまるpersistent bindingや15),MinDが細胞質内でADPからATP状態に遷移する過程(MinD-ATP recovery)13),14),16)がMin波の発生に重要であることが示唆されてきた.

図4

理論解析における空間の幾何的効果.(A)空間効果を考慮しない1次元モデル,(B)閉じ込めた空間,(C)平面膜と上部に広がった空間.(D, E)閉じ込め効果がある時の,MinD濃度の一様変化(D)と非一様変化(E).

細胞サイズ空間でのMin波の振る舞いを考えるうえで,膜面と細胞質に存在するMinDとMinEの総量がそれぞれ保存する点が重要である.例えばMinDの総平均濃度をnDとするとnD = cD + αcdを満たす.ここで,細胞質の濃度cDと膜面濃度cdはMinDEなどの複合体も含む.αは幾何的構造を示し,例えば,膜面が球状の場合にはα = 3/Rであり,球の半径Rが小さくなると,膜面での濃度の影響が大きいことになる(図4B).これは,膜面の表面積と,細胞質の体積が異なるためであり,体積が小さいほど膜面の濃度変化が,細胞質内での大きな濃度変化を及ぼす.一方,平面膜再構成系の場合には,図4Cのようにα = 1/Hとなり,膜面での濃度変化は細胞質の平均濃度にはほとんど影響を与えないことが分かる.

我々がpersistent bindingとMinD-ATP recovery,さらにMinEの膜面への自発吸着を考慮したモデルを解析したところ,膜面で空間一様な濃度場の振動が濃度の保存から抑えられ,空間非一様な振動,つまり波が形成することが明らかになった.膜面のMinD濃度は,細胞質のMinD濃度が高い方が速く増加する.しかし,膜面のMinD濃度が上がると,保存則から細胞質内の濃度は下がるので,増加が抑えられ,空間一様な振動は生じない(図4D).一方,空間非一様な振動には,保存則による抑制効果が存在しない.従って,MinDが吸着した膜面近傍の細胞質では濃度が下がるが,空間的に離れた場所では細胞質でのMinD濃度は変化せず,膜面に吸着することによって振動することができる.これが空間非一様な波が形成するメカニズムである(図4E).このようなメカニズムが働くためには細胞質内での拡散係数が大きく,膜面から外れたMinDが細胞質内に素早く広がる必要がある.一方,平面膜再構成系のように閉じ込めの効果が弱い場合には,MinDの膜面での濃度変化が細胞質の平均濃度を変化させないため,一様振動が不安定化し,長波長の波が形成する.これらの結果は,閉じ込めた人工細胞系と平面膜再構成系が異なる波の形成メカニズムをもっていることを示しており,実験結果同様に,細胞サイズ空間自体がMin波の発生制御因子となっていることを意味している.

7.  まとめと将来展望

上記のように,Min波の人工細胞内再構成を通し,分子局在における細胞空間効果や,分子混雑よりも低濃度における多分子性の効果(分子夾雑効果)が分子局在に与える影響が見えてきた.本稿では記述しなかったが,これらの効果の一端はMin波だけでなく,再構成された転写翻訳系を極性脂質で構成された人工細胞に封入した場合も観察されるため11),一般的な事象である可能性が高い.また,物理の解析で見られたように,細胞サイズ空間で顕著となる膜界面の効果と有限要素性が時空間パターン形成に多大な影響を与えることが見えてきた.反応拡散共役が関与すると考えられている細胞内で生体分子が示すパターン形成には,Min波だけでなく,初期胚に見られるPAR系19)や真核生物のPIP3/PTEN系20)などが存在する.また,これらの時空間パターン形成は細胞骨格の制御や,液液相分離とも共役することが知られている.今後,今回得られたMin系の細胞サイズ空間効果の理解を通し,より広範な細胞サイズ空間特異的な分子描像が生物物理の視点から明らかになることが期待される.

文献
Biographies

光山隼史(こうやま しゅんし)

マックスプランク生化学研究所ポスドク,日本学術振興会海外特別研究員

義永那津人(よしなが なつひこ)

東北大学材料科学高等研究所准教授,産業技術総合研究所数理先端材料オープンイノベーションラボ副ラボ長

藤原 慶(ふじわら けい)

慶應義塾大学理工学部専任講師

 
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