2022 年 62 巻 1 号 p. 36-38
最近我々は,脊椎動物胚でエネルギー代謝の代謝物が勾配を形成し,シグナル経路を直接制御することで胚のパターン形成を制御することを発見した.これは100年前に提唱された化学勾配モデルであるChildモデルの分子機構を実証した研究とも言える.本稿では我々の研究を紹介し,Childモデルの先見性を再確認し,今後の展望を議論したい.

エネルギー代謝はグルコースを生体エネルギー分子,アデノシン5ʹ-三リン酸(adenosine 5ʹ-triphosphate: ATP)に変換するとともに,細胞の構築に必要な物質を供給する,細胞の恒常性維持や増殖などの生命活動に欠かせない反応である.通常,成体組織では酸素が十分にあると,栄養源であるグルコースがピルビン酸へと代謝され,クエン酸回路を経て,ミトコンドリアで酸化的リン酸化によってATPが効率的に産出される.一方がん細胞では,十分な酸素があっても,解糖系で代謝されたピルビン酸がミトコンドリアに入ることなく乳酸に変換され,解糖系が回り続ける好気的解糖が促進される.しかし好気的解糖は酸化的リン酸化と比べてATP産生効率が悪いため,なぜがん細胞が好気的解糖を使うのかは謎であった.翻って近年,エネルギー代謝が単純にエネルギー産生だけに留まらない驚くべき新機能を持つことがわかり,代謝研究が再注目されている.エネルギー代謝経路で生じた代謝物が,タンパク質やヒストンのアセチル化,メチル化などの化学修飾を介して,種々のシグナル経路,またエピジェネティクス因子をコントロールし,多種多様な生命現象を制御することがわかったのである1)(図1).代謝の新機能が発見され,がん細胞がなぜ好気的解糖を行うのかという謎も徐々に明らかになりつつある.

既知のエネルギー代謝の役割はATPや細胞構築に必要な物質の供給である.新たに,代謝過程で生じた代謝物が化学修飾を介しシグナル経路やエピゲノム制御を行うこともわかってきた.
興味深いことに,エネルギー代謝の解糖系と酸化的リン酸化間のダイナミックな変動が,成体組織だけでなく,動物の体づくり,つまり胚の形態形成のようなプログラムされた生命現象においてもみられ,それが重要な意義を持つことも明らかになってきた.その中で我々は最近,脊椎動物の初期胚体内において解糖系の代謝物が勾配を形成し,シグナル経路を直接制御することで胚のパターン形成をも制御しているという驚くべき事実を発見した.実はこのような形態形成時における,代謝物である小分子化合物の勾配は約100年前にCharles Manning Child(1869-1954)によってすでに報告されており,彼はその観察結果をもとに化学勾配による形態制御機構であるChildモデルを提唱した2).ところが実際にどのように化学化合物が胚の形態を制御しているのか,その分子機構が説明できなかったこと,さらに20世紀後半になり,分子生物学の発展とともにChildモデルは長い間人々から忘れられていた.最近の胚発生における代謝研究での成果は,当時検証し得なかった分子機構を実証した研究でありChildモデルの再発見とも言える.そこで本稿では,我々の胚発生における代謝研究を例に挙げ,古典的な研究であるChildモデルの先見性を再確認するとともに,今後の展望を議論したい.
エネルギー代謝の代謝物を介したシグナル,エピゲノム制御が発見されてから,様々な生命現象においてその役割が模索されてきた.そしてがん細胞のような異常細胞だけでなく,遺伝学的にプログラムされた過程に従って起こる正常な胚発生の過程でも,エネルギー代謝活性のダイナミックな変動がみられることがわかった.その中で我々は,脊椎動物の体幹部形成に着目し,エネルギー代謝の動態と役割を調べた.脊椎動物の体幹部は,体軸伸長と周期的分節化が続けて起きることで形成される.まず初期胚後端の尾芽領域にある前駆体細胞が自らの維持と体幹部の細胞の供給を行い,後方に伸長する.その後,産出組織の一部が沿軸中胚葉に分化し,その前方部が周期的に区切られて,体節と呼ばれる体幹部の中核となる繰り返し構造を形成する.Wntシグナル活性は後方の尾芽領域で高く前方では低い勾配を作り,尾芽領域では前駆体の維持と沿軸中胚葉への分化の両方に必要であり,前方では活性が閾値に達すると分節化が開始する(図2).我々はニワトリ胚を用いて,質量分析法を用いたメタボロミクス解析とトランスクリプトーム解析を組み合わせた複合解析から体幹部形成過程におけるエネルギー代謝経路の動態を調べた.すると驚いたことに,ニワトリ胚後方の尾芽領域では,がん細胞同様,外部の酸素が十分にあるにも関わらず解糖系が亢進し(好気的解糖),前方の体節領域では酸化的リン酸化が促進されるといった,前後軸に沿った相反的な勾配がみられた(図2).また機能阻害実験より,解糖系が胚の体軸伸長,酸化的リン酸化が体節の分節化に必須であることがわかった.さらに,尾芽で亢進する解糖系はWntシグナル経路の活性を制御し,それもエネルギー産生とは別の機構を介することが示唆された3).同様の解糖系の勾配はBulusuらによるマウス胚を用いた解析でも発見された4).彼等はFRET 型ピルビン酸センサーを用いた解析からマウス胚の尾芽領域でも解糖系が勾配を形成することを発見した.さらに合成培地を用いたマウス胚培養実験系から,エネルギー代謝のピルビン酸より上流の代謝物が分節化に必要であることも示した4).このように体幹部形成過程で,エネルギー代謝が代謝物を介してパターン形成を制御する可能性が示された.

体幹形成におけるエネルギー代謝動態.後方の尾芽領域ではWntシグナル同様に解糖系が活性化し,前方の体節領域では酸化的リン酸化が増加する.解糖系は細胞内pHのアルカリ化を導き,β-カテニンのアセチル化を促しWntシグナルを活性化する.
通常,細胞内外のpHは中性付近に保たれることで健康性を維持する.しかし一部のがん細胞では好気的解糖系の影響により細胞外pHが酸性に,細胞内pHがアルカリ性に傾き,それによってがん細胞の浸潤や転移が起こりやすくなることが知られている5).そこで次に我々は細胞内pHに着目し解糖系やWntシグナル経路との関係を調べた.まずがん細胞と同様に,尾芽でも細胞内pHの変化がみられるのではないかと考え,ニワトリ胚でpHセンサーであるpHluorinを用いたイメージング解析を行い検証した.その結果,尾芽で細胞内pHがアルカリ性に傾き,胚の前後軸に沿った細胞内pH勾配が観察された.またそれが解糖系の勾配に依存することもわかった(図2).次にその役割を探るため,胚の細胞内pHを人為的に変動させると,驚いたことにpHの変化のみでもWntシグナルの活性が変動することがわかった.興味深いことに同様のpHを介したWntシグナル制御が,ヒトiPS細胞から分化誘導させた尾芽細胞(ヒト尾芽様細胞)でも観察され,脊椎動物間で保存されていることもわかった.これらの結果から,体軸形成における解糖系の役割は,細胞内pHの制御に集約されることがわかった.
最後に我々は,Wntシグナルがどのような経路で制御を受けているのかを明らかにするために,β-カテニンのアセチル化に着目した.前述の通り,タンパク質のアセチル化は解糖系の代謝物であるアセチルCoAが制御しており,がん細胞でWntシグナルの活性化にβ-カテニンのアセチル化が必要であることも知られている6).そこでニワトリ胚の尾芽,またヒト尾芽様細胞でβ-カテニンアセチル化を解析した結果,やはり解糖系に依存していた.驚いたことに,β-カテニンのアセチル化が,解糖系と独立して細胞内pHにも大きく依存することも発見した.このpHの効果は非常に高く,In vitroでβ-カテニンのアセチル化反応を再現すると,pHがわずか0.1変化するだけでアセチル化効率が約20%も変わることがわかった.これら一連の結果から,発生過程の尾芽では解糖系によって細胞内pHがアルカリに傾き,β-カテニンのアセチル化修飾に適した環境を作り出し,それによってWntシグナルの勾配を直接制御することで体幹部形成を誘導していることがわかった7)(図2).
古来よりただ一つの細胞である受精卵から,多種多様な細胞や組織で構成される複雑な個体ができる仕組みを解き明かそうと,数々の試みが行われてきた.そして20世紀初頭,胚に人為的操作を加え解析する実験生物学が広まり,その理解は加速度的に進んだ.Charles Manning Childは驚異的な再生能力を持つプラナリアに興味を持ち,体を様々な断片に切り分け,再生過程の詳細を領域ごとに調べた.その時すでに,1903年にThomas Hunt Morganが動物の体には頭側と尾側という方向性,つまり極性が存在すること,また極性を感知することで体が正確に形成されることを発見していたが,Childは代謝物である小分子化合物が特定の場所から拡散し,生じる化学勾配によって体の極性が決定されていると予想した.実際,Childは酸化還元指示薬を用いて,再生過程のヒドラや両生類の初期胚で化学勾配が形成されていることを示している.これら一連の実験結果をもとに「化学勾配を介した形態形成機構」すなわちChildモデルを提唱した2).Childモデルは20世紀前半では広く受け入れられ,Alan Turingは1952年にChildが出した一連の実験結果を基盤に“The Chemical Basis of Morphogenesis”(形態形成の化学的基礎)と題する論文を発表し,現在でも広く使われるモルフォジェン(形態形成因子)という概念を生み出した8).ところが分子生物学,分子遺伝学が発展し,胚発生が遺伝子にコードされたタンパク質の働きによって制御されていることがわかった20世紀後半からは,Childモデルは徐々に忘れられていった.最近のエネルギー代謝の新機能である代謝物を介したシグナル,エピゲノム制御の発見はChildモデルの重要性を現在の科学に呼び戻した(図3).特に我々は初期胚のパターン形成過程で解糖系の代謝物やpHのような化学的性質が勾配を形成することを発見し,さらにこの化学勾配が,Wntシグナルの活性勾配を制御することで,胚のパターン形成に直接関与することを発見した.つまりChildモデルである「化学勾配を介した形態形成機構」の分子機構の説明を可能にした.今日,エネルギー代謝のダイナミックな変動は,網膜の発生や神経堤細胞の移動などの様々な発生過程で観察されている9).しかしこれらの現象における代謝物の役割は未だわかっておらず,今後の解明が期待される.近年,メタボローム解析の技術が発展し,胚の代謝物の空間パターンを網羅的に調べることも可能になってきた.今後,新しい技術を用いて,胚発生の様々な過程で,代謝物が勾配などの特徴的なパターンを示すことが明らかになると,その機能が次々と解明されていくことが予想でき,100年前のChildモデルがさらに脚光を浴びるのではないかと考える.

代謝の新機能発見やメタボローム技術の発展によってChildモデルが再発見され始めている.