カプサイシンによるTRPV1チャネルの開閉に伴う運動を,X線の回折現象を利用し,時間分解能100 μm/frameでリアルタイム観察した.その結果,時計回りの回転運動バイアスが検出された.クライオ電顕構造解析のみでは得られなかった,ゲーティング機構の一端を垣間見ることができた.

TRP(Transient Receptor Potential)イオンチャネルスーパーファミリーは様々な細胞外刺激を感知するセンサーとして機能する1).ヒトでは27のチャネルが6つのサブファミリーを構成しており,そのうちの9つが温度感受性を持ち活性化温度閾値によって分類される.また,TRPチャネルの多くは唐辛子,ミント,ワサビ,ニンニク,シナモンといった天然物由来の成分によって活性化されたり抑制されたりするという特異な性質を持つ.このようにTRPチャネルはマルチモーダルな感覚刺激の受容体として機能している.
TRPV1は1997年に最初に温度刺激センサーとして報告された分子で,生物に有害な熱(42°C以上)刺激,カプサイシン,酸刺激に対して活性を持つという多様な侵害受容器として機能する.また,重要な痛みセンサーであり麻酔薬の有効なターゲットとされている2),3).
2013年にTRPV1の高解像度の3次元構造がクライオ電子顕微鏡の単粒子解析によって報告された4),5).TRPV1は6回膜貫通型の受容体であり,4量体で機能している(図1).それぞれのプロトマーの5番目の膜貫通領域(S5),ポアヘリックス,S6がポアを形成し,さらにS1-S4から成るVSL(Voltage-sensor-like)ドメインが周りを囲む.N末端及びC末端は細胞質側にあり,N末端には巨大なアンキリンリピートドメインがある(図1A).現在までに,クライオ電子顕微鏡によって,様々なリガンド結合状態で3次元構造が報告されている4)-6).それぞれの3次元構造を比較することで構造的なダイナミクスがうかがえる.チャネル開閉に伴うねじれ運動は,分子動力学(MD; Molecular Dynamics)シミュレーション等の手法を用いて,TRPV1以外でも報告されているため,TRPファミリーで保存されているダイナミクスであることが予想される(図1B).本研究ではこのねじれ運動をX線1分子追跡法(DXT: Diffracted X-ray Tracking)を用いて直接測定することを目指した.

TRPV1の3次元構造と予想されるねじれ運動.(A)4量体のうち1つのプロトマーの各サブユニットをカラーで示した.矢印はAu微結晶を結合するためのMet-tag挿入位置(膜貫通領域S1とS2間のループ)を示す.(B)クライオ構造から予想される回転を示す.チャネルオープンに伴い,アンキリンリピートを固定した場合,細胞外領域が矢印の方向に回転すると予想されている.図はPDB ID: 3J5Pより作成.
DXTでは,観察目的の生体分子にメチオニンタグ(Met-tag; MGGMGGM)を遺伝子導入し,数十ナノメートルのAu微結晶を結合させた7).それらにX線を照射し,個々のAu微結晶から得られる回折斑点をトラッキングした.Au微結晶の方位に変化があると,対応する1つの回折斑点が移動するため詳細な1分子回転運動を知ることができる.これまでカリウムチャネルKcsA8)やアセチルコリン結合タンパク質AChBP7)といった生体分子の運動をDXTで明らかにしてきた.独自に作製した結晶性の良いAu結晶の利用と,エネルギーバンド幅の広いX線(BL40XU, SPring-8, Japan)を用いることで,DXT実験を実現している.X線のエネルギー幅が広いと,回折環(結晶によって回折されたX線の同心円環)が幅を持つ.これはブラッグの公式2d sin θ = nλ(d:結晶の面格子間隔,θ:反射角,λ:X線の波長,n:整数)で考えると,λが幅を持つためこの公式を満たすようにθも幅を持つことで理解できる.このようにして回折斑点の運動をトラッキングすることが可能となり,その幅Δ2θは,BL40XUの光学配置から計算すると約1.6°(X線エネルギーバンド幅14.0-16.5 keVの場合)であった.
チャネルの開閉速度は一般的にナノ秒からミリ秒と言われている.TRPV1のチャネルの開口に要する時間はMDシミュレーションから,200ナノ秒以上であると計算されている9).DXTの時間分解能はX線強度とAu微結晶の大きさに依存しており,今回の実験では100 μs/frameのフレームレートで10 ms間の撮影を行った.また空間分解能はθ方向,χ方向で異なるがそれぞれ0.06°,0.2°の空間分解能を実現している.
本研究では,予めHEK-293に発現させたTRPV1チャネル活性を,カルシウムフラックスアッセイで確認した10).また,運動を計測する膜貫通領域S1とS2間のループにMet-tagを作成し,Au-S結合でTRPV1とAu微結晶を結合させた(図1A).Au微結晶のサイズは原子間力顕微鏡(AFM: Atomic force microscopy)を用いて40-80ナノメートルであることを確認した.TRPV1のN末端にはヒスチジンタグを導入し,Au/Crを蒸着したカプトン基板上に作成したNi-NTA自己形成膜に固定した.
DXTの回転方向の解析方法を図2に示した.タンパク質とAu微結晶は,前述した方法で図2Aのように結合しているとすると,χ方向プラス側が反時計回転(CCW),マイナス側が時計回転(CW)となる.これはTRPV1を細胞外側から見た場合のねじれ方向である(図1B).

DXTにおけるチャネル回転角の計測.(A)χ方向の回転は時計回転をCW,半時計回転をCCWと定義した.下図は今回撮影したAu微粒子の回折点.輝点をトラッキングしθ,χ軸に分けて解析を行う.(B)単位時間に対するステップサイズの確率密度分布をガウシアンでフィッティングし,その平均値を単位時間に対してプロットする.回転方向に偏りが存在する場合は,平均値プロットの傾きとして検出できる.
解析はブラウン運動の解析のように,単位時間あたりのχ方向への移動度(ステップサイズ)の確率密度分布をとる(図2B).回転方向に偏りがない場合,ガウシアンでフィッティングした際の平均値は0である.もし偏りがあった場合,平均値は0ではない.そして,単位時間に対して平均値をプロットすると,時間経過に従った傾きを持つことになる.
実験の溶液条件はリガンドフリー,カプサイシン,競合的アンタゴニストであるAMG9810(リガンド濃度は10 μM)で行った.それぞれの条件で,χ方向の確率密度分布の平均値は,測定時間10 ms全領域における輝点を解析すると,回転方向に偏りはなかった.
全輝点を用いて解析を行うと,運動が平均化されてしまうため,輝点が現れてから消えるまでの時間をライフタイムと定義し,ライフタイムによって輝点を3グループに分け解析を行った[I (Lifetime < 2.5 ms), II (2.5 ≤ Lifetime < 4 ms), III (8 ≤ Lifetime < 10 ms)](図3A).グループごとの平均二乗変位(MSD: Mean square displacement)から導出した拡散定数は,グループI,II,IIIにおいて 9.9,7.3,5.0 mrad2/msでありライフタイムが短いと運動が大きいことを確認した(図3B).次に平均値プロットから,グループごとに回転のバイアスを確認した.ここでは変化の大きかったグループIIの平均値プロットを図3Cに示し,それ以外のグループの結果は図3Dにまとめた.

ライフタイムでグループ化した場合の解析結果.(A)ライフタイムと変位χの関係.I~IIIの3グループに分類し解析を行った.(B)ライフタイムグループごとの平均二乗変位.ライフタイムが長いグループほど平均二乗変位の傾きが小さいことがわかる.(C)グループIIの平均値プロット.それぞれの条件で回転方向に差があった.(D)ライフタイムグループごとの回転方向のまとめ.N:偏りなし,CW:時計回転,CCW:反時計回転.文献10より改変.
グループIでは平均値プロットに回転バイアスはなかったが,グループIIの平均値プロットでは条件に応じた回転バイアスが認められた.リガンドなしの場合とカプサイシン条件下では負の側にバイアスがあり,アンタゴニストAMG9810は正の側にバイアスがあることがわかった.さらにリガンドなしとカプサイシンでは,長いライフタイムのグループIIIで差が認められた.
TRPV1のクライオ構造から,我々の結果はカプサイシン結合時のチャネルの閉状態から開状態への遷移を検出していると考えている.その大きさは,CW方向に最大で1.55°(Δt = 1 ms)であった.ゆっくりの運動ではあるが,MDシミュレーションにおいても,S1-S2 loopの遅いシフトが計算されている9).
原著論文ではさらに,今回紹介できなかったポア近傍領域をラベルした実験結果についても報告している10).また,カプサイシン不応答変異体を用いることで,運動がポアの開閉に伴うかどうかを議論している.興味がある方は読んでいただきたい.
TRPチャネルは細胞内で温度刺激センサーとしても働いている.しかし温度依存的な開口機構については,原子レベルで十分に理解されるまでには至っていない.DXTは溶液環境下で計測可能なため,TRPチャネルの温度受容システムの分子基盤について1分子動態計測で築きたい.
DXTでは今回,数ミリ秒の動態の現象を追うことができた.この時間スケールは結晶構造やクライオ構造の静的な情報とMDシミュレーションとの中間に位置する.そのためそれら技術の間を補完可能である.DXTで得られるデータと他の計測技術との融合も図りつつ,果敢に動態計測にチャレンジしていきたい.
藤村章子(ふじむら しょうこ)
産業技術総合研究所.産総研-東大オペランドOIL単一状態計測チーム・ポスドク
三尾和弘(みお かずひろ)
産業技術総合研究所.産総研-東大オペランドOIL単一状態計測チーム・ラボチーム長
佐々木裕次(ささき ゆうじ)
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻・教授