生物物理
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アミノ酸側鎖と芳香族表面の親和性(アロマフィリシティ):実験による定性評価と分子動力学計算による定量評価
平野 篤亀田 倫史
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2022 年 62 巻 1 号 p. 46-49

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Abstract

「アロマフィリシティ(芳香族親和性)」という新たな概念を提案する.本研究では,分子シミュレーションに基づき,20種類のアミノ酸のアロマフィリシティを指標化した.本指標は,従来の疎水性指標とは異なる傾向を示したが,実験結果と良く相関しており,タンパク質と芳香族化合物の相互作用の予測に役立つ.

1.  はじめに

「水」との親和性を表す指標として,親水性や疎水性といった言葉がある.これらの言葉は,タンパク質がなぜ立体構造を作るのか,なぜ凝集するのか,なぜ細胞膜に結合するのか,といった諸々の物性を定性的に,ときには定量的に理解するうえでの助けとなっている.著者の一人,平野は,これまでにタンパク質と芳香族性のナノカーボン(カーボンナノチューブ(CNT)やグラフェン)の相互作用の解明に取り組んできた.その活動のなかで,「親水性」や「疎水性」だけでなく,「芳香族への親和性」を示す指標を作り出せないものかと思案していた.親水性が「ハイドロフィリシティ(hydrophilicity)」であるならば,芳香族への親和性は,いわば,「アロマフィリシティ(aromaphilicity)」と呼べるものとなるだろう.このような着想のもと,最近,もう一人の著者で,計算機シミュレーションを専門とする亀田とともに,分子動力学計算(MDシミュレーション)を用いてアロマフィリシティの定式化を行った.そして,20種類のアミノ酸について,アロマフィリシティの相対指標を決定した.これを「アロマフィリシティ・インデックス」と呼ぶ1),2).この指標は,タンパク質と芳香族物質,特に化合物との結合予測などに応用できると期待している.本稿では,アロマフィリシティの提案に至った背景と研究の内容について概説する.

2.  タンパク質とナノ材料の相互作用:タンパク質コロナの形成

タンパク質とナノ材料の相互作用の研究が広まった背景には,2007年のK. Dawsonらによる「タンパク質コロナ(protein corona)」の概念提唱がある3).この概念はナノ材料の生体内動態に関する新しい考え方を提供した.簡単に述べると,ナノ材料が細胞に取り込まれると,ナノ材料の表面は速やかに生体内のタンパク質によって覆われる.このようにして形成されたナノ材料表面のタンパク質の吸着層は「タンパク質コロナ」と呼ばれる(図1).この概念の重要な点は,タンパク質コロナの組成や構造の違いが,細胞によるナノ材料の取り込みなどの反応に影響を与えることを示したところにある4).言い換えれば,細胞は,ナノ材料自体を認識するのではなく,ナノ材料表面のタンパク質コロナを認識するということである.タンパク質コロナという名は,ナノ材料を太陽に見立てれば,その周囲のタンパク質吸着層は太陽コロナに当たるということに因んだのだろう.現在では,タンパク質以外にも脂質など様々な吸着分子が細胞によるナノ材料の認識に影響を与えることが知られるようになり,バイオコロナ(biocorona)と呼ばれることもある.

図1

タンパク質コロナの概念.不可逆的な吸着層(ハードコロナ)と可逆的な吸着層(ソフトコロナ)がある.

3.  タンパク質とナノカーボンの相互作用

ナノカーボンの一つであるCNTは,炭素原子のみからなる芳香族性の構造体でありながら,構造(らせん度)の違いによって金属または半導体の性質を示す.このようなCNTの特徴を活かした基礎研究・応用研究・製品化が現在活発に進められている.著者は,ナノカーボン表面のタンパク質コロナ形成機構の研究の一環で,タンパク質とCNTの非特異的な相互作用の原理解明に取り組んできた.たとえば,多くのタンパク質が(たとえ変性状態であっても)CNTに結合する性質をもつことを明らかにしてきた.

一連の研究のなかで,タンパク質とナノカーボンの相互作用の理解と予測に繋がる一つの着想を得た.それは,タンパク質の構成要素であるアミノ酸側鎖ごとにナノカーボンに対する親和性を定量化できれば,その情報に基づいて,タンパク質がもつナノカーボンに対する親和性を評価できるのではないか,というものである.その実現に向け,一つの実験を行った.CNTを固定化したカラムを用いたアミノ酸の液体クロマトグラフィーである(図2).カラムへの保持時間が長い物質ほど,CNTへの親和性が定性的に高いと言える.非荷電性のアミノ酸について調べた結果,芳香族アミノ酸が特に高い親和性を示し,その順番はTrp > Tyr > Pheであった5).技術的な問題から,この手法では荷電性のアミノ酸の評価が困難であった.そこで,荷電性のアミノ酸については,各種ホモオリゴペプチドを合成し,それぞれの水溶液中でのCNTの分散量を調べた.その結果,CNTの分散量はArg > Lys > Gluであった6).この結果は,荷電性のアミノ酸のうち,ArgがCNT対して高い親和性をもつことを示している.以上のように,CNTへの親和性の定性的な大小関係については,いくつかのアミノ酸において実験的に示すことができたが,定量的な親和性評価については,依然不十分な状況であった.

図2

CNT固定化カラムを用いたアミノ酸の液体クロマトグラフィー.

4.  アミノ酸とナノカーボンの結合自由エネルギーとアロマフィリシティ

CNTやグラフェンなどの芳香族性のナノカーボンは基本的に溶媒に溶解しない.この性質が,アミノ酸とナノカーボンの相互作用を実験的に高精度かつ定量的に評価することの妨げとなっていた.そこで我々は,計算機シミュレーションの一つである分子動力学計算を利用することで,アミノ酸1分子とナノカーボンの親和性を「結合自由エネルギー」(図3)という定量的な形で定式化することを目指した1),2).分子動力学計算ならば,CNTの不溶性や凝集といった問題を排除できるからだ.

図3

結合自由エネルギーの概念.水中におけるアミノ酸1分子とナノカーボン(図はグラフェンの場合)の結合自由エネルギーを分子動力学計算によって定量した.

グラフェンの表面に対する各種アミノ酸(タンパク質の構成要素である20種類のアミノ酸)の結合自由エネルギーの値を水和環境下(水分子として分子動力学計算でよく用いられているTIP3Pを使用)で計算した結果,芳香族アミノ酸であるトリプトファンが最大値(–38 kJ/mol)を示し,アスパラギン酸が最小値(–9 kJ/mol)を示した(グリシンは–10 kJ/mol).これらの値を規格化することで新規指標「アロマフィリシティ・インデックス(芳香族親和性指標)」を定義した(図4a).規格化においては,トリプトファンが示した結合自由エネルギーの最大値をアロマフィリシティ・インデックス=1,側鎖をもたないグリシンの結合自由エネルギーの値をアロマフィリシティ・インデックス=0と定義した.

図4

(a)新指標アロマフィリシティ・インデックス(Aromaphilicity index)1),2)と従来指標hydropathy index7)の比較.数値データは文献1(オープンアクセス)に記載.(b)タンパク質表面のアロマフィリシティのプロファイルの例.矢印や破線円は,アロマフィリシティが高い領域を示している.

20種類のアミノ酸のうち,トリプトファン,チロシン,アルギニン,フェニルアラニンなど,側鎖の平面性が高いアミノ酸が,高いアロマフィリシティを示した.アスパラギン酸はグリシンよりも低いアロマフィリシティを示す傾向が得られており,この結果はアスパラギン酸の側鎖が芳香族表面を嫌う性質(アロマフォビシティ(aromaphobicity))を示している可能性がある.

計算は水和環境下で行われたため,アロマフィリシティは疎水性相互作用と相関する可能性があった.そこで,アロマフィリシティ・インデックスを,従来の疎水性指標の一つであるhydropathy index7)と比較した.意外にも,これらは互いに異なる傾向を示した(図4a).この結果は,アミノ酸とCNTの結合が,疎水性相互作用ではなく,アロマフィリシティを規定する相互作用―主に分子間力―によって引き起こされていることを示唆している.なお,両指標について,CNTに対するアミノ酸の親和性の実験値(文献値)8)との相関を調べたところ,アロマフィリシティ・インデックスは高く相関したが(相関係数R2~0.789),hydropathy indexは相関しなかった(相関係数R2~0.033).また,上記の計算はAmber/GAFF力場で行われたが,CHARMM力場でも類似の結果が得られている(力場間でのアロマフィリシティ・インデックスの相関係数R2~0.97).

20種類のアミノ酸のアロマフィリシティを定義したことにより,アミノ酸を構成要素とするタンパク質のアロマフィリシティの分布を可視化することが可能になった.図4bには典型的なタンパク質の表面のアロマフィリシティの分布を示した.比較的小さなタンパク質であるリゾチームにはアロマフィリシティが集中するホットスポットが存在した(図4b矢印).核酸結合タンパク質であるヒストンにも,アルギニン残基由来のホットスポットが存在することが明らかになった(図4b破線円).したがって,リゾチームやヒストンは,このようなホットスポットを介して,芳香族表面へ結合することが想定される.一方,血中に最も多いタンパク質である血清アルブミンにはこのようなホットスポットは存在せず,全体的にアロマフィリシティが低かった.したがって,血清アルブミンは,芳香族表面上で多様な結合状態を示す可能性が高い.

以上で示したように,今回提案したアロマフィリシティ・インデックスはあらゆるタンパク質の表面のアロマフィリシティの分布を可視化でき,芳香族物質の表面に対するタンパク質の結合サイトや結合力の予測に有効である.なお,アロマフィリシティ・インデックスはグラフェンに対する親和性によって定義された指標であるが,グラフェン表面が湾曲すると,曲率の増加に応じてアロマフィリシティが低下することも明らかにしている.

5.  おわりに

本稿では新たに定義したアロマフィリシティの概念について紹介した.考えてみれば,アミノ酸の物性を語るうえで,親水性や疎水性だけで十分であるはずがない.ただ,これほど便利で使いやすい言葉が他になかったことも認めなければならないだろう.だが,今回提案したアロマフィリシティには期待したい.タンパク質表面のアロマフィリシティの分布を見るだけで,想像が膨らんでくる.方法は簡単だ.ユーザーは,好みのタンパク質の構造をPDBからダウンロードして色付けするだけでいい(色付けのソースコードは下記の著者情報欄を参照).本稿の導入部分では,タンパク質コロナの話に重点を置いたが,アロマフィリシティは,それに留まらず,薬剤の結合部位予測にも役立つかもしれない.タンパク質の複合材開発にも役立つかもしれない.今後,様々な使い方が出てくることに期待したい.

文献
Biographies

平野 篤(ひらの あつし)

(国研)産業技術総合研究所ナノ材料研究部門主任研究員

亀田倫史(かめだ ともし)

(国研)産業技術総合研究所人工知能研究センター主任研究員

 
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