生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(9) アメリカでの大学教員へのキャリアパス?
伊藤 貴志
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2022 年 62 巻 1 号 p. 69-70

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1.  はじめに

私は現在,カンザス州立大学(KSU)化学科で,ナノ空間における化学現象を明らかにし,そのような現象を利用した新たな分離・検出法を目指した研究を行なっています.実のところ,数報のDNAに関連した研究を除くと生物物理とほぼ関係のない研究を行なっているのですが,「生物物理」誌編集委員で,大学・大学院同期の中林孝和先生の推薦で,私のこれまでの研究経歴について紹介する機会をいただきました.研究分野が少し異なりますが,私の経験などが「生物物理」誌の若い読者の方々の参考になれば幸いです.具体的には,(1)研究テーマ,(2)アメリカで働くことになった経緯,(3)アメリカで教員をするいいところ・厳しいところについて,紹介したいと思います.

2.  研究テーマについて

私はこれまで,4か所の大学(東京大学,東京理科大学,テキサスA&M大学(TAMU),KSU)で,電気化学的手法や種々の顕微鏡法を用い,界面・ナノ空間内における物質認識,およびその検出機構に関する研究を行なってきました.KSUで研究室を主宰するまでに経験した研究機関の数という点では,ごくありふれた経歴だと思います.

一方で,KSUで研究主宰者になるまでは,ほぼ3年ごとに異なる研究課題に取り組んできました.具体的には:

(i)東大理学部化学科での卒業研究から理学系研究科化学専攻修士課程(指導教官:梅澤喜夫教授):電荷中性分子による液-液界面電位変化に関する研究.

(ii)同博士課程(指導教官:梅澤喜夫教授):化学修飾探針を用いた走査型プローブ顕微鏡による表面分子識別に関する研究.

(iii)東京理科大学理学部化学科助手在籍時(指導教員:長谷川佑子教授):ランタノイドイオンに対する溶媒抽出と電気化学センサーに関する研究.

(iv)TAMUポスドク在籍時(指導教員:Richard Crooks教授):ナノ空孔に基づく単一粒子検出法に関する研究.

つまり,独立した研究室を持つ前に,現在の研究に関連する3つの異なる化学認識場(液-液界面,固-液界面,ナノ空孔)について,いくつかの異なる測定手法(電気化学的手法,走査型プローブ顕微鏡,液-液溶媒抽出,蛍光顕微鏡)を用いる研究を行なう機会を得ることができました.このように数年ごとに研究テーマを大きく変えるのは,特定の研究分野を極めるためにはあまり良くない戦略かもしれません.しかし私が学生だった30年ほど前と異なり,同じ分野の研究を一生続けるのは困難になってきていると思います.ですので,目的の異なる様々な研究を若いうちに経験できたのは,独立後の研究テーマの幅を広げるという意味で良かったように思います.また,将来大学で研究室を持ちたい場合,所属研究室の過去の研究の延長線上に位置するテーマより,新たな課題に取り組んだ方がいいでしょう.実際私の場合,博士課程,東京理科大学,TAMUでの研究テーマはそのような課題でした.特に,それぞれ限られた期間で新たなテーマを自分で立ち上げて研究成果を上げるという経験は,独立した研究室を主宰する上で非常に有益でした.

3.  アメリカで働くことになった経緯

博士号取得後,東京理科大学の長谷川佑子教授が私を助手に採用してくださいました.東京理科大学助手在籍時の3年間に,日本の大学での教員としての様々な経験を積むことができました.特に,長谷川教授の方針で,2年目以降は自分自身で考えた研究テーマに関して,卒研生と一緒に行なった研究の成果を自ら連絡著者として発表できた経験(しかも長谷川教授は,これらの論文の共著者になりませんでした)は,独立した研究室を持つ段階で大きな自信につながりました.このように,東京理科大学時代は非常に充実した教員生活を送ることができていましたが,国際学会などで英語での会話能力の欠如を大いに痛感していました.そこで,助手の任期が最長5年ということもあり,できるだけ若いうちに,でもある程度研究成果が出た段階でアメリカに行こうと決心しました.自分の研究経験が生かせそうでかつ新しい研究に挑戦できそうな教授をリストアップし,電子メールで照会したところ,TAMUのRichard Crooks教授からの返事が電子メール送信後1時間以内に届きました.このように早く返事が来ることは想定していませんでしたが,これも何かの縁だと思い,Crooks教授の研究室でポスドクとしてお世話になることにしました.

TAMUでのポスドク時代には,Crooks研の方々が昼食・夕食をほぼ毎日ご一緒してくれたおかげで,アメリカ滞在1年半後にようやく,英語でなんとかコミュニケーションできるようになりました.一方,ポスドクは2-3年で次のステップに移るためのトレーニング期間ですので,ある程度研究成果が出た段階で,日本の大学での教員のポジションに応募しました.独立した研究ができるポジションに主に焦点を絞りましたが結果が芳しくなかったので,Crooks教授の勧めもあって,アメリカの大学でのポジションにも応募することにしました.幸い,いくつかの大学からインタビューに呼ばれ,最終的にKSUからのオファーを受け入れることにしました.

これらのポジションに応募する際,研究に関してはこれまでの研究経験からなんとかやっていけると思っていましたが,アメリカの大学のポジションに応募する際には実のところ言葉の面で非常に不安でした.まず,英語で大学の授業を取ったことがなかったので,自分の拙い英語で実際に授業ができるのか確信が持てませんでした.また,競争力のある研究費申請書を英語で書くことができるかも,実のところあまり自信がありませんでした.ただ実際に教員としてしばらく働いていると,周りの方々の助けもあって,不思議なことになんとかなっていました.あれこれ悩むより,チャンスが来たらそれをものにするべく努力すれば,なんとかなるものなのかもしれません.

4.  アメリカで教員をするいいところ・厳しいところ

日本でもアメリカでも大学教員の仕事は,研究活動を通して,新たな科学的知見を得ることと学生を育てることであるという点で,違いはないように思います.アメリカの方が,基礎研究を行なう上では若干研究テーマの自由度が高い気もしますが,昨今は全米科学財団(NSF)への研究申請でも,研究成果が如何に社会に貢献するかを書く必要があります.アメリカの大学のいい点は,研究・教育に関係しない業務がそれほど多くないことが挙げられます.例えば,アメリカの大学・大学院では入学試験がありませんので,入試関係の業務が全くありません.また,会議もほとんどの場合1時間程度で終わりますし,電子メールでのやりとりのみで決定してしまうことも多いです.一方,厳しい点としては,研究費が取れないと大学院生やポスドクを雇うことができず研究ができなくなってしまうこと,(非常に高名な教授を除いて)大学の予算で研究室のスタッフを雇えず,教員自身が研究室の装置の最終的な保守管理をしなくてはならないことが挙げられます.いずれにせよ,全てが完璧な環境というのはあり得ないので,与えられた条件で最大限の結果を上げることを考えて仕事をするのが大切でしょう.

5.  まとめ

結局のところキャリアをデザインしようとしても,なるようにしかならないというのが正直な実感です.与えられたチャンスをものにできるよう普段から自分自身の研究分野を確立すべく努力を怠らないこと,および与えられた環境に応じて適応できる柔軟性を持つことが大切だと思います.ちなみに,私自身が大学教員を仕事として選んだ理由は,自分が好きなテーマを選んで研究できるからで,それさえできれば別に場所はどこでも良かったように思います.ここで紹介した私の経験などが,何らかの参考になれば幸いです.

Biographies

伊藤貴志(いとう たかし)

Kansas State University化学科教授

 
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