2022 年 62 巻 1 号 p. 7-12
器官の形には種を超えた共通性がある.この形の共通性はどのような発生機構によって実現されるのだろうか?本稿では,植物の根の形が種を超えてカテナリー曲線になるという私達の発見を例に,形を表す数式とそれを生成する物理モデルから,器官の形の共通性を生み出す発生機構を特定する方法論を解説する.
Organ shape is similar across species despite their size diversity. Here we review that the physical model of a mathematical formula representing the organ shape can identify a developmental mechanism ensuring the similarity. We recently found that the shape of plant root organ outlines can be commonly described as a catenary curve, a stable structure found in a free-hanging chain. The physical model of catenary curve predicts that the tissue growth rules force to form the catenary-curved root tip. The physical model-inspired research strategy provides new insights for the shared constraints on the shape similarity.
動物や植物の器官(骨,翅,葉など)のサイズは生物種ごとに多様である.その一方で,サイズを規格化して器官の形のみを比較すると,種を超えた共通性が形にあるように見える.ダーシー・トムソンは100年以上も前に生物の器官の形に秘められた法則性を予見したパイオニアである1),2).彼のアイデアやアプローチの最大の特徴は数学的な概念を適用して生物の形を見つめ直したことであり,現代の発生生物学者にも多大なインスピレーションを与え続けている3).ダーシー・トムソンは,複雑な生物の形に隠された共通性は数学的に定義できることを示した.例えば,魚の全身や哺乳類の頭蓋骨の輪郭を座標上に表し,その座標を数学的に変換すると,異なる種の輪郭も共通した形になると予想した(図1A)1),2).植物の葉や甲殻類の甲羅の輪郭などについても,同様な座標変換を通じて近縁種で共通した形へ収束することを,彼は予測している.
様々な生物の形に基本形ともいえる共通した形が存在することはどういう意味が考えられるだろうか?生物の形は発生プロセスの結果として作られる.ダーシー・トムソンはある法則に従って発生が進むことによって共通した形が生まれることを提唱し,この生物の形を生み出す基本的な法則を「成長の法則(law of growth)」と呼んだ.進化発生学では,ある系統群の種に共通する発生上のバイアスは「発生拘束」と呼ばれ,進化に影響すると考えられている4).つまり,生物の形の共通性は発生プロセスを拘束するルールの存在を示唆しており,そのルールを見出すことは共通した形を生み出す仕組みと,そこから進化しうる形の多様性を理解する手がかりとなる.
形の共通性の定量的研究は,器官サイズの定量的研究(アロメトリーなど)と比べて未開拓であった.近年,イメージングと数理モデリングの進歩により,複雑な生物の形も定量的に解析することが可能になった3),5).その一例が,生育環境に適応して多様な形を持つ鳥の口ばしである(図1B).口ばしの輪郭は,座標変換により多くの種で共通する曲線に一致することが定量的に示された5),6).共通する曲線が特定できると,その数学的表現を探す誘惑に駆られる.私達はヒトの頭蓋骨や魚の全身の輪郭をイラストとしてよく描くが,ダーシー・トムソンはこれらの輪郭を数式で表すことは困難だと悲観的見解を述べた1),2).しかし,より簡潔な形の器官であれば数式が見つかるかもしれない.この数式を手がかりに,形の共通性を生み出す生物学的仕組みを見出すことができるならば,形の発生拘束とそれに基づく形の進化の方向性を解き明かす新たな研究手法を提示できるだろう.
形の共通性を生み出す生物学的仕組みを見出す方法の1つとして,私達は数式を生成する物理モデルに着目した.例えば,ガウス分布やポアソン分布は2項分布に従う独立な確率事象が非常に多く発生するという物理モデルから生成される.この物理モデルに基づいて,遺伝子発現量の揺らぎや器官の数のばらつきなどを生み出す生物学的な仕組みが明らかとなった7),8).さらに,これら確率的に振る舞うシステムについて,ブラウン運動の理論を発展させた物理モデルから,発現量などの表現型の揺らぎが大きいほど環境変化や遺伝子変異に対する表現型の変化の程度も大きいことが予測され9),10),揺らぎが細胞運動の環境応答性や進化の速度に影響することが見出された11),12).また,コサイン関数を力学変形として生成する物理モデルはオイラー座屈した弾性棒であり,長さ方向の圧縮により座屈した棒の変形を表す曲線としても導出される13).このような物理モデルと類似した仕組みを生物が発生過程で実現していれば,物理モデルから生成される数式に従った形へ生物は発生すると予想できる.本稿では,生物の形を表現する数式を特定した上で,その式を生成する物理モデルに基づいて形の共通性を生む生物学的仕組みを予測し,計算機シミュレーションと生物実験を通じて検証する方法論を紹介する.
被子植物の根端のサイズや内部の組織構造は種によって多様である.また,種子から最初に形成される根(主根)と,そこから分岐して二次的に形成される新しい根(側根)の発生プロセスは全く異なる.このような違いがあるにも関わらず,いずれの根端の形も共通してドーム形状である(図2A, B).したがって,被子植物の根の先端(根端)は種間の多様性や発生プロセスの違いを超えて形の共通性があり,その共通性を生み出す発生拘束を定量的に研究するのに適したモデル系となりうる.この根端の形の共通性から,私達は被子植物の根端のドーム状の形を生み出す何らかのルールが存在すると予想した.
植物の根の先端の形の定量.(A)シロイヌナズナ全体像.(B)主根と側根の根端の形.スケールバーは50 μm.(C)根のサイズと(D)形の比較(サンプル数はそれぞれn = 11,n = 12).
あるルールに従って根端の形が生み出されるのであれば,サンプル間での形やサイズのばらつきが小さくなる(再現性が高い)可能性が考えられる.そこで,私達は花を咲かせる被子植物のモデル生物であるシロイヌナズナについて,根端のサイズや形を定量的に分析した14).まず根端の縦断面を共焦点レーザー顕微鏡で撮影し,最外層に沿って隣接する細胞の交差点をマーキングして,半自動的に輪郭のデカルト空間座標(x, y)を抽出した(図2B,赤点).シロイヌナズナの主根と側根それぞれについて,サンプル間のサイズのばらつき(再現性)を調べたところ,根端サイズの変動係数(標準偏差を算術平均で割った相対的指標)は,主根では5-11%,側根では4-7%といずれも小さい値で再現性が高かった(図2C).次に主根と側根それぞれの形のばらつきを調べるために,根の輪郭データをそれぞれの断面積で規格化した.この規格化された形状について,それらのサンプル平均からの誤差は1-3%であった(図2D).これは,花のがく片(花弁の外側の器官)の形の誤差(約5%)15)と比較して小さい値でより再現性が高い.つまり,シロイヌナズナの根端のサイズと形は,根のタイプ(主根と側根)の違いに関わらず,ばらつきが小さい,すなわち,再現性が高いことが定量的に明らかになった14).
シロイヌナズナの根端の形が高い再現性を示したことから,その形には何らかの法則性が存在する可能性が考えられた.そこで,ドーム状の性質を示す5つの候補関数(カテナリー曲線,コサイン,楕円,双曲線,放物線)を選択して,フィッティングにより根の輪郭の実測データと最も一致する最適なモデルを探索した(図3A).フィッティングした結果を標準誤差や情報量基準などで定量的に評価したところ,カテナリーと楕円の2つが他の3つの関数と比べて小さい誤差で主根と側根の輪郭に一致することが明らかになった(図3)14).ただし,根の輪郭にフィッティングされた楕円は,楕円の中でも最もカテナリー曲線に近い幅と高さを持つ特殊な楕円であった.そこで,物理モデルがすでに明らかになっているカテナリーに限定して定量解析を進めた.
根端の形を表す数式の探索.(A)根端のデータを複数の関数で非線形最小二乗法によりフィッテイングし,(B)標本標準誤差などで評価.
カテナリー曲線はy = a cosh(x/a) – a と表され,パラメータaは根端の曲率半径を表す.つまりパラメータaが大きいほど幅の広い根を表す(図4A).カテナリー曲線は,x方向とy方向をそれぞれ同じ尺度aでスケーリング(等尺変換)を行った形もまたカテナリー曲線であるという等尺性(アイソメトリック性)を持つ.例えば,あるパラメータaのカテナリー曲線はaで等尺変換すると,パラメータがない関数Y = cosh(X) – 1(普遍カテナリー曲線と呼ぶ)に一致する(図4A).そこで,このカテナリー曲線の等尺変換性をシロイヌナズナの主根と側根の輪郭で検証したところ,いずれも等尺変換により普遍カテナリー曲線と一致した(図4B).さらに驚くべきことに,ネギ,キュウリ,スミレ,ナデシコ,コスモスなど他の被子植物10種の主根の輪郭もカテナリー曲線に近似された上に,等尺変換により普遍カテナリー曲線と一致した(図4C)14).すなわち,根端の形は各個体のサイズによる等尺変換により種や根のタイプの違いを超えて単一の普遍的な形に収束することが明らかになった.
カテナリー曲線によるスケーリングと根端の形の等尺性.(A)カテナリー曲線をパラメータaで等尺変換すると,普遍カテナリー曲線に一致.(B)シロイヌナズナの主根と側根,および(C)被子植物10種を個体ごとに計測したaで等尺変換すると,普遍カテナリー曲線に一致.
カテナリー曲線は,吊り橋やアーチ橋(図5),さらにはスペインのサグラダファミリアやイヌイットのイグルーなど世界中の多くの建築物にも採用されている力学的に安定な構造である16).カテナリー曲線を生成する物理モデルは両端を固定した鎖である.鎖では縦方向には重力による一様な力が働き,接線方向には一様な張力が働く.この鉛直方向に働く一様な重力と張力がつり合うことで安定なカテナリー曲線が自発的に形成される(図5)16).このカテナリーを生成する物理モデルと類似した力が根端の輪郭上に発生していれば,根端の形もカテナリー曲線になると予測される.一般に器官の発生では,細胞の分裂や成長に伴って力が発生する17),18).そこで,私達は,根を構成する細胞の分裂・成長によって,カテナリーを生成する物理モデルに相当する力が生み出されているかを植物実験と数理モデルにより検証した.
カテナリーの物理モデルに基づく根の発生拘束の類推.(上)錦帯橋とカテナリー曲線(赤破線).(下)チェーンにおけるカテナリーの物理モデル(左)と根における発生拘束(右).鉛直方向に働く力(水色矢印)は空間的に一様.
植物実験では,主根の側方部から二次的に発生する器官である側根を解析対象とした(図2A, B).側根の前身となる組織は主根の内部の一層の細胞層であり,それが細胞分裂や細胞伸長を繰り返しながらドーム状に盛り上がる(図6A)19).そのため,側根は根のドーム形状が発生する過程を解析するために適した系である.私達はシロイヌナズナの側根が発生する過程を顕微鏡でライブ観察して,カテナリー曲線の物理モデルと類似する2つの発生過程を確認した(図5, 6A)14).1つは鎖の鉛直方向に働く一様な重力(各場所で大きさが一様な下向きの力)に対応しうる力として,(1)根の中心で細胞が一様かつ一方向に分裂して伸長することである.もう1つは鎖の両端固定に対応しうる性質として,(2)根の両端で分裂しないよう細胞分裂する領域を厳に制御することである.これら2つの条件が,根端をカテナリー形に発生させる生物学的仕組み,すなわち,発生拘束であると私達は予測した14).
側根の実験とシミュレーションによる発生拘束の検証.(A)シロイヌナズナ野生型の側根の発生過程.(B)細胞分裂や細胞伸長の特徴(上)を導入したVertex modelのシミュレーションと表面にかかる力(下).(C)2つの条件の一方を乱したシミュレーション(in silico)とシロイヌナズナ変異体(in vivo).スケールバーは50 μm.
予測した2つの条件がカテナリー形の根端の形成に貢献するかについて,細胞分裂や細胞伸長から生み出される力に応じて多細胞組織が変形する数理モデル(vertex model)17),18),20)で検証した.植物細胞の辺(壁)と面積の弾性的な変形に加えて,細胞伸長による塑性的な変形で,根端の多細胞組織を表現した(図6B).カテナリー曲線の物理モデルと対応しうる2つの条件を具体的に表す物理量は,各細胞分裂のタイミングや方向,および各時刻の細胞サイズである.これらを,側根のライブ観察から定量して,数理モデルへ導入した.計算機シミュレーションの結果,根端の輪郭はカテナリー曲線となった上に,根の表面では鎖や橋と同様な力のつり合いが実現した(図6B).したがって,カテナリー曲線の物理モデルから類推した2つの発生過程の条件は,カテナリー形の根端を自発的に形成するのに十分であった.
また,これら2つの条件のどちらか一方を乱したシミュレーションでは,根端の輪郭がカテナリー曲線から逸脱することがわかった(図6C).分裂の方向や位置が乱れるシロイヌナズナ変異体で検証したところ,シミュレーション予測の通りに,根端の輪郭がカテナリー曲線から逸脱した(図6C).つまり,2種類の条件が両方ともに必要であった.これらの結果から,細胞が(1)根の中央部で一様かつ一方向に分裂して伸長する,および,(2)根の両端で分裂しない,という2つの条件が,根端の輪郭がカテナリー曲線となるための必要かつ十分条件であることが証明された14).
本研究では,生物の形を表現する数式を定量解析により見出し,その形を生成する物理モデルとのアナロジーに基づいて形を生み出す生物学的仕組みを予測して,計算機シミュレーションと植物実験により検証した.植物の根端の輪郭を表すカテナリー曲線はカテナリーパラメータを尺度とする等尺性を持つ.この等尺変換により,根端の輪郭は種を超えて共通する形に一致した.ウシ・ヒツジの砲骨1),2),鳥の口ばし5),6)などの輪郭は,より自由度の高いアフィン変換(方向ごとに異なる尺度の拡大・縮小,せん断などを組み合わせた変換;図1)により,近縁種で共通した形に一致した.これらと比較すると,根端の輪郭は変換の自由度が強く拘束されており(あらゆる方向に等しい尺度),形の共通性が高度に保証されている.また,植物の個体は,主な器官形成を胚発生で完了する動物とは異なり,根(側根),葉,花などの器官を個体の生涯を通じて繰り返し作り続ける.これらの器官の形は,種内で高い再現性を持つ(図2).カテナリー曲線の等尺性は個体が繰り返し形成する根(側根)の形の再現性も保証する(図4).つまり,等尺性は,種内の再現性と種間の共通性の両方を統一的に実現する.一方で,花のがく片は根端とは異なる方法で形の再現性を実現する.がく片を構成する細胞の形状は多様であり,それぞれの成長速度は異なる.この個々の細胞の成長速度が時間的・空間的にばらつくことによって,器官全体としてはバランスを保って成長し,堅牢な形を再現性よく形成する21).このことから植物は器官ごとに異なる仕組みで形の再現性を実現していると考えられる.今後,本稿で示した方法論を応用することで,他の生物の器官の形の共通性と再現性を生み出す仕組みや,植物の仕組みとの類似点と相違点が明らかにできるかもしれない.
形を生み出す物理モデルは,その形を生み出す生物的仕組みの理解につながる.本研究では側根の発生過程の2つの条件(図5)がカテナリー曲線を生み出す物理モデルを実現することを明らかにした(図6).同様の条件は,シロイヌナズナの主根や成熟した側根のみならず多様な種の根端でも成り立ち,カテナリー曲線を形成していると推測される.被子植物において根端の組織構造の基本的なパターンは異なる種間でも保存されている.それに基づいた組織の成長ルールはカテナリー曲線の実現に重要と考えられ,植物に共通した形の発生拘束でありうる.
一方で,カテナリー曲線という形の共通性を維持した上で,どのように根端のサイズの多様性は生み出されるのだろうか?私達の解析から,被子植物の根端は種ごとに異なる曲率半径(パラメータa)を持つカテナリー曲線に近似されることが明らかになった(図4).このカテナリー曲線のパラメータaは力と形を結びつける物理量であり,カテナリー頂端での張力と荷重の比で表される22).つまり,曲線上のあらゆる点に作用する縦方向の力(荷重)と横方向の力(張力の横方向成分)の比が一定値aと表される.このカテナリー曲線の力学とのアナロジーから,根端の発生過程における縦方向と横方向の組織成長量(細胞の分裂と伸長)の比が種ごとに異なり,それによってサイズの異なる根端が形成されている可能性が考えられる.今後,根端組織の成長機構の違いを種間で比較していくことで,根端のサイズの多様性を生む機構の理解を深めていくことが期待される.
本総説で紹介した物理モデルに基づく形の定量的研究は,種を超えた共通性を生み出す仕組み(発生拘束)とともに,その拘束の下で許容される多様性を生む仕組みをも紐解きうる.植物に限らず,様々な生命システムの形に対して,この方法論の応用が期待される.
郷 達明(ごう たつあき)
奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科助教
藤原基洋(ふじわら もとひろ)
JT生命誌研究館細胞発生進化研究室奨励研究員
津川 暁(つがわ さとる)
秋田県立大学システム科学技術学部機械工学科助教
藤本仰一(ふじもと こういち)
大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻准教授