2022 年 62 巻 2 号 p. 122-124
ナノ温度計として機能する蛍光性ナノダイヤモンドとナノヒーターとして機能するポリドーパミンを融合させることによって,ナノ領域の熱伝導率を計測可能なナノシステムを新開発した.細胞の熱伝導率を計測した結果,従来考えられてきた水よりも著しく低く,細胞内構造に由来する大きなばらつきを持つことが示唆された.

室温・大気中で優れた量子コヒーレンスを有する物質を微小環境やその変化の計測に利用する技術は「量子センシング」と呼ばれ,近年にわかに注目を集めている.ダイヤモンド結晶構造内に存在する格子欠陥の一種である窒素空孔中心(NVC)の電子スピンの量子状態は,常温で初期化・読み出しが可能である(光検出磁気共鳴:ODMR)1).NVCを有するダイヤモンドナノ粒子は,蛍光性ナノダイヤモンド(FND)と呼ばれ(図1A),FNDを利用することによりナノ領域の物理量(温度,磁場,電場,角度変化など)を定量的に計測することが可能である2).このような性質からFNDは量子センサーと呼ばれることも多い.とりわけ本稿で注目する温度に対しては非常に精度が高く,0.1度の変化を計測することが可能である3).

(A)FNDとNVCの構造.(B)NVCのエネルギーダイヤグラム.(C)蛍光スペクトルの温度変化.(D)ODMRスペクトルの温度変化.
FNDをナノセンシングに利用する研究はこれまで,どのようなパラメータがどのような精度で計測できるか,に留まっていた.しかし近年の計測技術,FNDの合成技術,表面化学修飾技術の発展に伴い,これまでの技術では知ることができなかった「生物学的な問い」にこたえられるようになった.本トピックスでは,FNDを利用し細胞の熱伝導率計測を達成した私達の研究を解説する.
1965年,Science誌にヒト子宮頸癌由来の細胞であるHeLa細胞のライフサイクルが温度によって変化することが報告された4).しかしそこから50年以上経った現在においても,温度が生命現象にどのように関与しているか,その詳細なメカニズムは不明な部分が多い.細胞内の温度を調べるために,これまでに様々なナノ温度センサー(タンパク質,蛍光分子,半導体量子ドット,アップコンバージョンナノ粒子など)が開発されてきた5).このような研究から,細胞内には1°C以上に及ぶ計算上ありえないほど大きな温度分布が存在することが明らかとなった.驚くべきことに,ミトコンドリアの温度は50°Cにも及ぶ高温に維持されているという報告もある6).
このように,細胞内の温度に目を向けた研究は多くある一方,細胞内における熱の伝わり方に注目した研究は少ない.細胞の中から放出された熱が,細胞を伝わって,最終的に体温を維持している.熱が細胞の中をどのように伝わり,その過程で周囲の生体分子や化学反応にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすることは,熱と生命現象の関係を理解する上で重要である.これまで,細胞の熱伝導率は水と同等であると考えられてきた.しかし,多くの生体分子が込み入った環境にある細胞内を単純に水と同等であると考えるには疑問が残り,細胞内の熱伝導率を計測する方法の開発が望まれていた.
微小領域の熱伝導を計測する方法に,3ω法がある.これは測定したいサンプルに接した金属薄膜細線をヒーターかつ温度計として利用し,交流電流により加熱される温度上昇の周波数依存性を計測することによって熱伝導率を求める方法である.Parkらのグループは本手法を用い,金属薄膜細線上に細胞を置き,細胞1つの熱伝導率を計測し,その値はこれまで考えられてきた通り水と同等であると報告した7).しかし3ω法では加熱も温度計測も細胞の外で行っていることから,得られる熱伝導率は細胞1つの平均値であり,また,細胞外マトリックスや細胞周囲の水を含んだ値となってしまうという懸念がある.真に細胞の熱伝導率を計測するためには,加熱も温度計測も細胞の中で達成されなければならず,新たな熱伝導率計測システムの開発が必要である.
FNDによる温度計測方法は主に2つあり,1つはAll-optical法,もう1つはODMR法である(図1B)4).All-optical法は蛍光スペクトルのゼロフォノン線(ZPL)のシフトから温度変化を計測する方法である(図1C).ZPLはスペクトル上の637 nm付近に見られ,温度計測においては0.015 nm/K–1という非常に小さな変化を計測しなければならない.しかし,FNDの蛍光が褪色しないことから蛍光信号の十分な積算が可能であり,0.5度程度の温度変化が計測可能であることが報告されている.
一方で,ODMR法は磁気共鳴信号から温度を計測する方法である.NVCは内部に電子を6つ有するスピン角運動量1の量子系であり,外部磁場非存在下では,NVCのエネルギー基底状態はms = 0と縮退したms = ±1の2つの量子状態間でエネルギー分裂(zero-field splitting, D)している(図1D).このDは温度依存性を持つため,Dの変化を計測することでFND周囲の温度を計測することができる.電子スピン共鳴を誘起させるための高周波コイルを,利用する顕微鏡に設置する必要があるが,0.1度の温度変化を計測することが可能となり,また顕微鏡視野内の複数のFNDの温度を同時に計測することが可能である.このような理由から私達の研究室では主にODMRシステムを採用して温度計測を行っている.
FNDを細胞温度計測に利用する利点はその環境への頑強性である.細胞内温度計測を行うにあたり重要なことは,プローブが細胞内環境(塩強度,pH,粘性,分子相互作用など)に影響を受けずに温度を正確に計測できることである.FND内で温度計測を担うNVCは,熱伝導率が非常に高く剛直な結晶構造を持つダイヤモンドに埋め込まれているため,細胞内の環境の影響を受けずに温度計測が可能なことが実験的に証明されている8).
FNDの表面は様々な高分子でコーティングすることができる.私達はポリドーパミンコーティングを施すことによって,ナノ領域の熱伝導率計測を達成可能な新しいナノシステムをデザインした(図2).

FND-PDAの合成と熱伝導計測の概念図.
FNDは上述した通り温度センサーとして利用できる.一方で,ドーパミン分子が重合した高分子であるポリドーパミン(PDA)は光照射によって発熱する性質を有する.本研究では,PDAコーティングしたFND(FND-PDA)を合成,発熱体と温度計が一体となった新規ハイブリッドナノシステムを構築し,ナノ領域の熱伝導を計測可能なセンサーを開発した.FND-PDAに光照射すると,PDAが発熱しその発熱はFNDによって計測することができる.FND-PDAが高熱伝導率の環境にある場合,PDAの発熱は外部へ速く拡散するため,FNDの温度は上がりにくく,逆に低熱伝導率の環境にある場合はFNDの温度は高温になる.すなわち,FND-PDAの温度上昇を調べることによって,周辺環境の熱伝導率を計測することができる.
本研究ではまず,すでに熱伝導率が報告されている,空気(0.026 Wm–1K–1),水(0.61 Wm–1K–1),ミネラルオイル(0.135 Wm–1K–1)中でFND-PDAの発熱計測を行い,熱伝導率計測が可能か検証を行った.その結果,空気,水,ミネラルオイル中における温度上昇はそれぞれ,5.6 ± 1.1°C,0.63 ± 0.5°C,1.9 ± 0.6°Cとなり,そこから得られる熱伝導率が報告された値に一致することを確認した.これにより,図2で示した熱伝導率計測の原理が正確に機能していることが証明され,ナノ領域の熱伝導率を計測するシステムの構築に成功した.
HeLa細胞及びMCF-7細胞内にFND-PDAを導入し(図3),細胞内におけるFND-PDAの温度上昇を計測したところ,それぞれ3.0 ± 1.0°C,2.9 ± 0.8°Cとなりそこから見積もられる細胞の熱伝導率は,いずれも0.11 Wm–1K–1であり水より6分の1程度小さく,また大きなばらつきを持つことが明らかとなった.このばらつきは粒子個々のばらつきによるものでなく,細胞内の局所環境(局所熱伝導率)のばらつきを反映したものであることをベイズ統計解析から確認している.また得られた熱伝導率は,脂質や蛋白質(0.1-0.2 Wm–1K–1)と近い値であった.この小さな熱伝導率とその大きなばらつきは,生体分子の構造や機能に影響を与えうるような大きな温度変化を細胞内にもたらすことが可能であり,温度が細胞内局所の化学反応を制御する可能性が示された9).

FND-PDAを取り込んだHeLa細胞の顕微鏡観察像.細胞の縁を破線で示している.スケールバー:10 μm.
本稿では,ナノ温度計(FND)とナノヒーター(PDA)を組み合わせた新しいナノ領域の熱伝導計測システムの開発と,それを用いた細胞の熱伝導率計測に関する近年の私達の研究を紹介した.現状,FND-PDAが細胞内に取り込まれていることは共焦点顕微鏡により確認しているが,細胞内のどの部位に局在しているのかはわかっていない.今後はFND-PDAを細胞内の特定の部位に集積させる技術を作り,細胞内の部位ごとの熱伝導率を計測することによって,その低い値や大きなばらつきの生理学的意義を明らかにすることが必要であると考える.
本研究は,大阪大学蛋白質研究所原田慶恵先生及び鈴木団先生の主導のもとに行われたものであり,この場を借りて御礼申し上げます.