生物物理
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リソース過負荷の遺伝的プロファイリング
守屋 央朗
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2022 年 62 巻 2 号 p. 134-136

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Abstract

タンパク質を過剰発現するとタンパク質合成や輸送,折りたたみなどのプロセスに過負荷をかけ増殖阻害を引き起こすと考えられている.しかし,この過負荷の実態となる制限要因は明らかになっていない.筆者らは酵母の変異株を体系的に調査し,タンパク質合成と核外輸送の制限要因を遺伝的にプロファイリングした.

1.  過剰発現が引き起こすリソース過負荷とは?

細胞内でタンパク質を過剰発現すると時として細胞の機能に悪影響が生じる.しかし,タンパク質の機能や物性は多様であるため,どんなタンパク質の過剰がどんな悪影響を及ぼすかはほとんど分かっていない.筆者らは,過剰発現したタンパク質が引き起こす悪影響について既存の知識や筆者らの研究結果をもとに分類し,「リソース過負荷」,「パスウェイ修飾」,「化学量不均衡」,「乱雑な相互作用」という4つのメカニズムを提案している1).これらの中で,リソース過負荷(Resource overload)とは,過剰発現したタンパク質が,細胞内のタンパク質処理プロセスのリソースを独占し枯渇させることで生じる悪影響のことを指す.例えば,輸送されるタンパク質を大量発現すると輸送プロセスに負荷をかけるだろうし,折りたたみにシャペロンを必要とするタンパク質の過剰発現は折りたたみプロセスに負荷をかけるだろう.輸送や折りたたみなどのリソースを必要とせず上記の残り3つのメカニズムによる悪影響も生じさせないような,「無害なタンパク質」だとしても,究極的に過剰発現すると合成プロセスに過負荷をかける.この,無害なタンパク質の過剰発現により生じる合成プロセスへの過負荷は,特別に「タンパク質負荷(protein burden)」と呼ばれている1),2)

筆者らは以前の研究で,クラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)や,GFPに様々な輸送シグナルを付加したモデルタンパク質を酵母細胞内で過剰発現させリソース過負荷を実験的に生じさせた3).なお,この実験ではGFPの中でも強化型緑色蛍光タンパク質(EGFP)を用いている.GFP単独では全タンパク質の15%程度まで発現した際に増殖阻害を引き起こした.GFPそのものは,酵母細胞内では輸送されず特定の機能も持たず,相互作用する相手もいない無害なタンパク質と考えられるので,この増殖阻害はタンパク質負荷によるものだろうと筆者らは考えた.一方,核外輸送シグナルを付加したGFP(NES-GFP)は,全タンパク質の1%程度の発現で増殖阻害を起こした3).合成のリソースよりも核外輸送のリソースの方が少ないため,より少ない量のタンパク質の処理で過負荷を起こすのだろうと考えられる.なお,GFP(27 kDa)は核膜孔の排除限界よりも小さく核膜孔を自由に拡散できるのでNES-GFPは核外に局在しない.GFPを3つつなげたtriple GFP(以降tGFP)は排除限界より大きいので,NES -tGFPは核外にのみ局在するようになる.核外に輸送されたあと拡散で核内に戻ってくるNES-GFPは,核外にとどまるNES-tGFPよりも低い発現量で増殖阻害を起こす.NES-GFPが核外輸送プロセスを「空回り」させるからだろうと考えられる.

2.  Synthetic Genetic Array(SGA)による遺伝的プロファイリング

このリソース過負荷の研究の延長として,「リソース過負荷の際に枯渇しているリソースの実態,すなわち制限因子は何なのか」,そして「リソース過負荷が生じた際は細胞にどのような悪影響が生じるのか?」を調べたいと考えた.このため筆者らは,Synthetic Genetic Array(SGA)を用いた遺伝的プロファイリングを行うことにした4)

SGAは,トロント大学のCharles Boone教授らが開発した,2つの変異の掛け合わせにより生じる遺伝的相互作用を体系的に調査する実験系である(図15).出芽酵母が持つ約6,000の遺伝子のほぼすべてについて遺伝子破壊株の構築が試みられた.このうち約4,000は非必須遺伝子で破壊しても酵母が死に至ることはない.このような非必須遺伝子の破壊を2つ併せ持つ株の増殖がそれぞれの破壊株の増殖から期待されるよりも悪い場合,つまり2つの変異が互いの悪影響を増悪させる場合,2つの遺伝子に負の遺伝的相互作用があるという.逆に,期待されるよりも増殖が良くなる場合,つまり2つの変異が互いの悪影響を低減させる場合,2つの遺伝子には正の遺伝的相互作用があるという.

図1

SGAによる遺伝的プロファイリング.過剰発現が酵母変異体の増殖に及ぼす影響を体系的に調査できるSGA解析.これを筆者らは「遺伝的プロファイリング」と呼ぶ.

筆者らはBoone教授との共同研究として,GFP,tGFP,およびNES-tGFPの過剰発現(以降,op)と,非必須遺伝子破壊株4,323株,および必須遺伝子の温度感受性変異株1,016株との遺伝的相互作用をSGAを用いて調査した.温度感受性株とは,必須遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列の一部のみに変異を導入し温度に不安定なタンパク質とすることで必須遺伝子の機能を低下させた株である.筆者らはSGAによる体系的な遺伝的相互作用の解析を「Genetic profiling(遺伝的プロファイリング)」と呼んでいる.GFP過剰発現のSGA解析によりタンパク質負荷の,NES-tGFP過剰発現のSGA解析により核外輸送の制限因子や生理応答がそれぞれプロファイリングされるだろうと期待されたからだ.なお,tGFP-opはNES-tGFP-opのコントロールとして行った実験で,タンパク質負荷を起こすGFP-opと同じようなプロファイルになるだろうと期待していた.

SGAでの遺伝的相互作用は,掛け合わされた株の増殖速度をコロニーの大きさとして取得し,コントロールと比較して算出する.筆者らはコロニーサイズだけでなくコロニーのGFP蛍光も測定し,変異がGFPの発現量に及ぼす影響についても調査した.統計処理に基づいて正・負の相互作用を検出するために1つの過剰発現のSGA解析で,5,300種類の株について4つのコロニーの解析を行い,これを2回,すなわち約42,000個のコロニーを解析した.Boone研究室ではこの大規模な実験をほぼ自動で行えるロボットを構築している.トロント大学に行ってこの実験を行った当時筆者の研究室の大学院生だった金高さんの実際の作業は,ロボットに供するための膨大な寒天培地の作成と培養後の寒天培地の画像取得,そしてデータ解析だった.

3.  リソース過負荷の遺伝的プロファイル

このSGA解析により,GFP-opと正・負の遺伝的相互作用を持つとされた変異株は,それぞれ100遺伝子と71遺伝子だった.このように多数の遺伝子が得られた時の常道として,その集団にどのような特徴を持つ遺伝子が多く含まれるか(濃縮されているか)を調べるGene Ontologyエンリッチメント解析が行われる.GFP-opと負の相互作用を持つ,すなわちGFP-opの悪影響を増悪させるような変異には,アクチン機能や(アクチンが関わる)エンドサイトーシスに関わるものが濃縮されていた.一方,GFP-opと正の相互作用を持つ,すなわちGFP-opの悪影響を緩和するような変異には,核のRNA分解酵素複合体(nuclear exosome)や転写メディエーターが濃縮されていた.これらの変異のうち,転写メディエーターの変異ではGFPの発現量が下がっていたことから,これらの変異では過剰発現の度合いを下げることがタンパク質負荷を低減させた理由だろうと考えられた.しかし,タンパク質負荷がアクチン機能,RNA分解酵素と遺伝的相互作用を持つ理由は現在のところはっきりしない.今後の調査課題である.

なお,GFP-opの悪影響を緩和させる変異のうち機能未知遺伝子YJL175Wの欠損については,そのメカニズムの詳細を解析した6).興味深いことにこの変異株ではGFPの発現量も上昇していた.つまり,この変異体はタンパク質負荷に耐性を持っていた.解析の結果,この変異の実態はYJL175Wの逆鎖にコートされているクロマチンリモデリング因子Swi3のN末端の部分欠損だった.このせいで,非必須だが発現量が高い一群のタンパク質をコードするmRNA量が低下していた.従ってこの変異体では,その一群のmRNAの翻訳に使われるリソース,すなわちリボソームやtRNAに余裕ができ余剰なタンパク質の過剰発現を受け入れられているのだろうと考えられる.

GFPよりも明確に,あるいは期待通りの遺伝的プロファイルが得られたのは,NES-tGFPだった.NES-tGFP-opと負の遺伝的相互作用を持つ変異には,NESペプチドに結合しNESを含むタンパク質を核外に輸送するエクスポーチン(Crm1)を始め,核―細胞質輸送に関わるRan-GTPase経路に関わるタンパク質,核膜孔複合体を形成するタンパク質の変異体が含まれていた.これは,遺伝的プロファイリングがリソース過負荷の制限因子を明らかにすることを示した概念実証の成功例といえる.それに加え,輸送シグナルを持つタンパク質を過剰にした際に,輸送因子が枯渇し増殖阻害が起きることを体系的に示した初めての例だと思う.

筆者らにとって予想外だったのは,GFP-opとtGFP-opの遺伝的相互作用プロファイルが大きく異なっていることだった.特に,tGFP-opだけが負の相互作用を示す変異にはプロテアソームの変異が濃縮されていた.「tGFPはGFPが3つつながっているだけ」と思っていた筆者らには意外な結果だった.そこで,tGFPを過剰発現している細胞を顕微鏡観察してみると,これらの細胞にはGFPの蛍光を持つ巨大な凝集体が形成されていた.また,この凝集体を含む不溶性の分画には分子シャペロンのHsp70が多く取り込まれていた.このことから,tGFPはミスフォールディングにより凝集体を形成しやすい特性があり,これを処理するためにプロテアソームに負荷をかけるのだろうと考えられる.tGFPがGFPと比べ分子量が大きく翻訳途中でミスフォールドしやすいこと,くり返し構造があるため分子内や分子間での好ましくない相互作用が生じやすいことがGFPとtGFPの違いを生んでいるのだろうと推測している.予想外ではあったが,凝集性の高いタンパク質を過剰発現するとシャペロンやプロテアソームなどに過負荷をかける(これらが制約因子となる)ことを示すことができた.

4.  リソース過負荷の樽モデル

次に,この研究で発見されたことも含めて,リソース過負荷の樽モデルを紹介したい.細胞内の各プロセスにはそこで処理するタンパク質の量に応じた処理能力(キャパシティ)を持っていると考えられる.様々なプロセスの中でも,実質上すべてのタンパク質を処理する合成プロセスは最も大きなキャパシティを持っているだろう.輸送や折りたたみ,分解などはそれよりも小さなキャパシティしか持たない.特定のタンパク質を過剰にしていくと,そのタンパク質が処理されるプロセスに過負荷をかけることになる.そして,増殖阻害の原因となるのはそれらのプロセスの中で最も小さなキャパシティしか持たないプロセスだと考えられる.この概念を表したのがリソース過負荷の樽モデルである(図24).この考えに基づくと,輸送や折りたたみプロセスで処理されるタンパク質は,合成プロセスでのみ処理されるタンパク質よりも低い過剰発現量で増殖阻害を起こすと考えられる.実際,GFPは全タンパク質の15%程度まで発現させると増殖阻害を起こすが,tGFPやNES-tGFPは0.6%程度の発現量で増殖阻害を起こす.そして,本研究ではその制限因子となっているものが,シャペロンやプロテアソーム,そして核外輸送因子だと示すことができた.

図2

リソース過負荷の樽モデル.樽の大きさは各細胞内プロセスの処理能力の大きさを表している.矢印はそれらのプロセスで処理されるタンパク質の運命を表している.詳細は本文を参照.

文献
Biographies

守屋央朗(もりや ひさお)

岡山大学学術研究院・環境生命科学学域・准教授

 
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