生物物理
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総説
細菌べん毛輸送装置の膜電位に依存した活性化機構
南野 徹木下 実紀森本 雄祐難波 啓一
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2022 年 62 巻 3 号 p. 165-169

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Abstract

細菌の運動器官であるべん毛を作るために必要なタンパク質輸送装置は,細胞膜を隔てた電位差を主要な動力源に利用してべん毛の部品を細胞外へ運び出す.この輸送装置には,プロトン駆動型輸送エンジンに加え,ナトリウム駆動型エンジンや膜電位センサーが搭載されていることが,最近の筆者らの研究で明らかとなった.

Translated Abstract

Many structural subunits of the bacterial flagellum are transported to the distal end of the growing flagellar structure via a unique and specific protein export apparatus to construct a supramolecular motility machine on the cell surface. The flagellar export apparatus is composed of a transmembrane export gate complex and a cytoplasmic ATPase ring complex. The export gate complex utilizes the transmembrane electrical potential difference of protons, which is defined as membrane voltage, as the energy source to drive proton-coupled protein export. In this review, we describe our current understanding of the membrane voltage-dependent activation mechanism of the export gate complex.

1.  はじめに

細胞膜内外のイオンの濃度差により外側はプラスに,内側はマイナスに帯電している.このような細胞膜を隔てた電位差を膜電位と呼ぶ.ATP合成酵素,タンパク質などの生体分子を細胞の内側から外側へ運び出すトランスポーター,イオンの膜透過にかかわるイオンチャネルをはじめ,さまざまな膜タンパク質複合体は膜電位とイオン濃度差を使って働いている.

細菌性食中毒の原因菌であるSalmonella enterica serovar Typhimurium(図1A)(以降,サルモネラと呼ぶ)はべん毛と呼ばれる運動器官を使って人体の腸管上皮細胞まで移動し感染する.べん毛は回転モーターとして働く基部体,自在継ぎ手として機能するフック,らせん型プロペラである繊維から構成される(図1B, C1).べん毛の根本には独自のタンパク質輸送装置が存在し,この輸送装置が細胞膜を横切る膜電位を主要な動力源に使って細胞内で合成されたべん毛の部品を細胞外へ運び出す(図1C2),3).しかしながら,べん毛輸送装置がどのように膜電位を使うのかは謎であった.本総説では,サルモネラべん毛輸送装置の動作機構およびエネルギー変換機構について,著者らの最近の研究成果を中心に概説する4)-6)

図1

細菌べん毛.(A)サルモネラの電子顕微鏡像.(B)サルモネラ野生株から精製したフック・基部体の電子顕微鏡像.スケールバー,50 nm.(C)べん毛の模式図.べん毛は回転モーターとして働く基部体,自在継ぎ手のフックおよびらせん型プロペラの繊維からなる.OM,PG,CMはそれぞれ外膜,ペプチドグリカン層,細胞膜を示す.

2.  膜電位がべん毛タンパク質輸送の主要な動力源

べん毛タンパク質輸送装置は,9分子のFlhA,1分子のFlhB,5分子のFliP,4分子のFliQ,1分子のFliRからなる輸送ゲート複合体と,12分子のFliH,6分子のFliI,1分子のFliJからなるATPaseリング複合体から構成される(図2).輸送ゲート複合体はべん毛基部体MSリングの中心部に存在し,膜電位依存的に働くトランスポーターである.輸送ゲートタンパク質FlhAおよびFlhBの細胞質ドメインは,べん毛の部品やATPaseリング複合体が結合するドッキングプラットフォームとして働き,べん毛の構築過程に応じて規則正しい順番でべん毛の部品を細胞外へ送り出す.FliHのN末端近傍領域がべん毛基部体Cリング構成タンパク質FliNと相互作用することで,ATPaseリング複合体はべん毛の基部に安定に局在できる(図27)

図2

べん毛タンパク質輸送装置の模式図.輸送装置はべん毛基部体リング複合体の内部に存在する.輸送装置は5種類の膜タンパク質からなる輸送ゲート複合体と3種類の可溶性タンパク質からなるATPaseリング複合体で構成される.CMは細胞膜を示す.

FliIがATPaseとして働くことができなくなったサルモネラ変異株ではべん毛が形成されないことから,細菌べん毛やべん毛輸送装置と機能的にも構造的にも高い相同性を示すIII型分泌装置の研究分野では,ATPaseであるFliIこそがべん毛タンパク質輸送を駆動するエンジンであると長年信じられていた.しかしながらこの常識は,fliH遺伝子とfliI遺伝子が同時に欠失したFliHI欠損株の発見で覆された.著者らはFliHI欠損株の細胞集団の中に非常に低頻度ながら完全なべん毛を1本作り出す細胞が存在することを発見した2).さらにこのFliHI欠損株から運動機能が大幅に改善されたバイパス変異株(以降,FliHIバイパス変異株と呼ぶ)を単離して解析した結果,バイパス変異がFlhAやFlhBに存在することが明らかとなった2).この結果は輸送ゲート複合体自体にべん毛タンパク質輸送を駆動する輸送エンジンが搭載されていることを示唆している.さらに,プロトノフォアを用いて細胞膜を挟んで形成されるプロトン駆動力を消失させると,サルモネラ野生株やFliHIバイパス欠損株のべん毛形成が阻害された2).さらに,バリノマイシンを用いて膜電位のみを特異的に消失させた場合にも,べん毛形成が阻害された3).これらの結果はべん毛タンパク質輸送の主要な動力源が膜電位であることを示している2),3).以上の結果から,輸送ゲート複合体がプロトンの内向きの流れに共役して細胞膜を越えるタンパク質輸送を駆動することが示唆された2),3).またこれまでに,著者らが開発した高感度pH感受性蛍光タンパク質をべん毛輸送装置近傍に標識し局所pHを計測した結果,べん毛タンパク質輸送に共役したプロトンの内向きの流れが確認された8)

3.  べん毛輸送ゲートはナトリウムイオン駆動型輸送エンジンも搭載

細胞膜を挟んで形成されるプロトン駆動力は膜電位と細胞内外のプロトン濃度差(ΔpH)から構成される.サルモネラの生育環境のpHが5.5~8.5の間で変化してもサルモネラの細胞内pHは約7.5に維持される9).これまでに著者らは,輸送ゲート複合体のみでもべん毛を形成することができるFliHIバイパス変異株で,ΔpHの低下に伴ってべん毛形成効率が著しく低下することを報告した3).そこで輸送ゲート複合体のイオン選択性を調べるため,FliHIバイパス変異株を用いてΔpHが消失した条件下で一価および二価のさまざまな陽イオンを培地に添加し,べん毛が形成されるかどうか解析した.その結果,培地中にナトリウムイオンが存在する場合のみべん毛が形成されることを突き止めた(図310).ナトリウムイオンチャネルの阻害剤であるフェナミルを培地に添加すると,べん毛形成が阻害された10).このように輸送ゲート複合体は,プロトンに加えてナトリウムイオンも共役イオンに利用しべん毛タンパク質を輸送できる.

図3

FliHIバイパス変異株のべん毛形成能.細胞内外のプロトン濃度差がほとんどない場合,FliHIバイパス変異株はべん毛を形成しない(左).100 mM NaClを添加(右上)あるいは細胞外pHを7.5から8.5に上げることで膜電位差が増加するとバイパス変異株のべん毛形成効率は著しく上昇する(右下).べん毛は蛍光染色で可視化.PMF とSMFはそれぞれプロトン駆動力とナトリウム駆動力を示す.

FlhAを単独で大腸菌内で大量発現させ細胞内pHや細胞内ナトリウムイオン濃度を測定した結果,FlhAの発現に伴って大腸菌の細胞内pHが低下するとともに,細胞外ナトリウムイオン濃度に依存して細胞内ナトリウムイオン濃度が顕著に増加した.この結果は,FlhAがプロトンとナトリウムイオンの両方を流すことができるデュアルイオンチャネルであることを示している10).したがって,FlhAが輸送エンジンの本体であると推察される.

著者らは以前,サルモネラ野生株ではナトリウムイオンを培地中から取り除いてもべん毛タンパク質輸送は停止しないこと,さらに,FliHIバイパス変異株内でプラスミドから FliHとFliIを共発現させるとナトリウムイオンの有無にかかわらずべん毛が形成されることを示した.これらの結果は,ATPase複合体が存在すると,輸送ゲート複合体はほとんどナトリウムイオンを共役イオンに利用しなくてもべん毛タンパク質を輸送できることを示している10).それではいったいどのような時にFlhAのナトリウムイオンチャネルは機能するのだろうか?最近,ATPase複合体の構成タンパク質であるFliJとFlhAの相互作用が阻害されると輸送ゲート複合体が主にナトリウムイオン駆動型輸送エンジンを用いてべん毛タンパク質を輸送すること,さらにFlgNと呼ばれる輸送シャペロンタンパク質がFlhAに結合すると,FlhAのナトリウムイオンチャネルが活性化されることを突き止めた4).したがって,FlhAのナトリウムイオンチャネルはATPase複合体が適切に機能しなくなった場合のバックアップエンジンとして働き,べん毛構築中に発生するATPase複合体の一時的な機能不全によりFliJがFlhAに安定に結合できなくなると,FlgNがFlhAに結合し,その結果FlhAのナトリウムイオンチャネルは閉じた状態から開いた状態へスイッチする(図44)

図4

輸送ゲート複合体の活性化機構.FliH-FliI複合体が存在する場合,FliIによるATPの加水分解反応で生じるエネルギーによりFliJを介して輸送ゲート複合体が活性化され,プロトンの内向きの流れに共役してべん毛の部品が細胞の中から外に向かって運び出される(左図).ATPase複合体がべん毛構築中に機能低下するとFlgNがFlhAに結合しナトリウム駆動型輸送エンジンが活性化される.ただし,細胞外のナトリウムイオン濃度が低い場合は,膜電位がある閾値を超えると輸送ゲートは自律的に活性化される(右図).CMは細胞膜を示す.

4.  細胞外ナトリウムイオン濃度が低い場合には輸送ゲート複合体は膜電位依存的にも活性化される

べん毛タンパク質輸送の主要な動力源である膜電位はいつどのように消費されるのだろうか?上述したように,サルモネラをはじめ多くの細菌の細胞内pHは外環境のpH変化にはほとんど影響を受けず概ね7.5あたりに維持されている9).そのため,細菌がpH 7.5以上の弱アルカリ環境で生育する場合には自らのプロトン駆動力を維持するために膜電位を上昇させる11).実際,サルモネラでも外環境のpHを7.0から8.5に変化させると膜電位差は–87.9 ± 10.5 mVから–135.2 ± 11.5 mVに増加した5).そこで,べん毛タンパク質輸送における膜電位の役割を明らかにするため,FliHIバイパス変異株を用い,ナトリウムイオンが存在しない条件下で輸送ゲート複合体の膜電位依存性を解析した(図3).その結果,ナトリウムイオンが存在しない場合でも膜電位がある閾値を超えると輸送ゲート複合体は自律的に活性化しべん毛タンパク質を輸送することが明らかとなった5).さらに,膜電位の上昇に伴ってFlhAとFliJの相互作用が安定化すると,FliJが膜電位依存的にFlhAのプロトンチャネルを活性化するとともにべん毛構成タンパク質の通り道である輸送チャネルのゲートを開閉することを発見した5).これらの結果は,膜電位が輸送チャネルのゲートの開閉およびFlhAのプロトンチャネルの開閉に使われること,さらにFliJがこれら2種類のチャネルのゲートの開閉の鍵として機能することを示している(図4).

5.  べん毛タンパク質輸送における FliI ATPaseの役割

FliH-FliI複合体が存在しない場合,輸送ゲート複合体はナトリウムイオンや膜電位の上昇に伴い活性化してべん毛タンパク質を輸送する(図34),5).それでは,FliH-FliI複合体の役割は何か?これまでに著者らは,FliH-FliI複合体の助けによりFliJがFlhAに結合すると輸送ゲートが膜電位にのみに依存した高効率なタンパク質輸送体に変化することを報告している3),10).実際,反転膜小胞を用いたin vitroでのべん毛タンパク質輸送実験においてFliH-FliI複合体をタンパク質輸送反応用溶液に添加すると,反転小胞膜内へ輸送されるべん毛構成タンパク質の量が顕著に増加する12),13).さらに,FliH-FliI複合体が存在すると輸送ゲート複合体はさまざまな外的および内的擾乱に対して極めて強く,べん毛は滞ることなく形成される3),10),14),15).このように,FliH-FliI複合体のサポートのおかげで輸送ゲート複合体は膜電位を動力源として効率よく利用しべん毛部品を規則正しい順番で細胞外へ送り出すことができる.

それでは,FliIによるATPの加水分解反応で生じるエネルギーはどのように使われるのだろうか?FliIの触媒活性部位に存在するGlu-211残基はATPの加水分解反応に直接関与する16).E211D変異を導入した変異型FliIのATP加水分解活性は野生型の1/100以下のレベルであった17).ところがfliIE211D)変異株では90%以上の細胞で,べん毛の数および長さは野生株の1/2程度にしか低下しなかった17).これらの結果は,FliI ATPaseによるATPの加水分解反応で生じるエネルギーが輸送ゲート複合体の最初の活性化のみに使われることを示唆している.最近,ATPの加水分解反応で生じるエネルギーが輸送ゲートタンパク質FlhBの構造変化およびその構造変化に伴う輸送ゲートの開閉に使われることを突き止めた6).これらの結果から,FliH-FliI複合体は輸送ゲート複合体が膜電位依存的に効率よく働くためのアクティベーターであると考えられる.

6.  おわりに

神経細胞には膜電位の変化に依存して活性化されるイオンチャネルが多数存在し,膜電位がある閾値を超えるとイオンチャネルが活性化され,大量のイオンがチャネル内を透過して電気シグナルが発生し,神経に沿って素早く伝達して脳の情報処理や筋収縮による身体の動きを制御する.このようにイオンチャネルが膜電位依存的に活性化されるしくみは高等生物にとって大変重要である.著者らは長い間謎であったべん毛タンパク質輸送における膜電位の使われ方を明らかにするとともに,イオンチャネル以外にも膜電位依存的に活性化されるべん毛タンパク質輸送ゲート開閉のしくみを発見した5).さらに,べん毛構築中にべん毛タンパク質輸送を促進するATPase複合体の機能低下に伴ってFliJがFlhAと安定に結合できなくなる場合に備え,輸送ゲート複合体にはべん毛タンパク質輸送を継続するためのナトリウムイオン駆動型のバックアップエンジンや膜電位センサーが搭載されていることを示した(図44),5).ではなぜ,サルモネラは進化の過程を通じて輸送エンジンの本体であるFlhAを膜電位依存的デュアルイオンチャネルに変化させたのだろうか?

自然界に生息する90%以上の細菌はバイオフィルムを形成して存在する.バイオフィルムに生息する細胞は同一のゲノム情報を持つにもかかわらず,機能的に分化した細胞群がさまざまな役割分担をしてバイオフィルム社会を維持している.バイオフィルムに生息する大部分の細胞ではべん毛は形成されないが,ごく稀にべん毛運動する細胞群が存在してバイオフィルム社会の生育環境を整える役割を担っている.バイオフィルム社会に生息する細胞ではATPaseであるFliIはATPを加水分解できない18).著者らはATPaseが働かないサルモネラ変異株で,膜電位の過分極状態やナトリウムイオンによって輸送ゲート複合体が活性化されると運動性細菌の出現確率が増加することを突き止めた(図34),5).したがって,FlhAに搭載されたナトリウムイオン駆動型のバックアップエンジンや膜電位センサーは,バイオフィルム社会から効率よく運動細胞を出現させるためのものと推察される.FlhAのC末細胞ドメインの構造はX線結晶構造解析により明らかにされているが19),輸送エンジン部分にあたる膜貫通イオンチャネルドメインの構造は不明である.今後,クライオ電子顕微鏡を用いてFlhAの全体構造を高分解能で解き明かし,FlhAのプロトンチャネルがどのようにして膜電位依存的に活性化されるのか,さらにイオン半径が異なるプロトンとナトリウムイオンがどのようにイオンチャネル内部を移動するのかを明らかにしたい.

文献
Biographies

南野 徹(みなみの とおる)

大阪大学大学院生命機能研究科准教授

木下実紀(きのした みき)

大阪大学大学院生命機能研究科特任助教

森本雄祐(もりもと ゆうすけ)

九州工業大学大学院情報工学研究院物理情報工学研究系准教授

難波啓一(なんば けいいち)

大阪大学大学院生命機能研究科特任教授

 
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