生物物理
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人工細胞型分子ロボットへの道
岩渕 祥璽深見 実希佐藤 佑介野村 M.慎一郎
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2022 年 62 巻 3 号 p. 178-180

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Abstract

細胞型の分子ロボット構築は,天然の細胞が採用するメカニズムを知り,また天然の細胞では困難な環境で動作できる人工分子システム設計に役立つだろう.本稿ではその実現に向け,アクチュエータ,回路,センサとなる分子デバイスを設計し,巨大リポソームに統合して動作させる我々の試みを簡単に紹介する.

1.  はじめに

細胞を改変し工学的に利用する合成生物学が急成長する中で,分子をボトムアップ式に組み上げて人工的な細胞モデルを作るという研究が盛んになっている.その筐体として,宝谷らが先鞭をつけた巨大リポソーム1),特にμm以上の直径を有する単層の脂質二分子膜小胞GUV(Giant Unilamellar Vesicles)が用いられている.天然の細胞の何千におよぶダイナミックな生化学反応を模倣し,代謝・複製・運動・進化など基本的かつ複雑で高度な機能をGUV上で実現する研究に大きな注目が集まっている2)

一方で,天然のそれとは異なる分子デバイスを統合してシステム化し動作させる,分子ロボティクスというアプローチがある3),4).ロボットの要素であるセンサ,プロセッサ,アクチュエータを分子で作り,一つのGUVに統合したものを人工細胞型分子ロボットと呼んでいる.人型ロボットが材料に人間を用いないのと同様,分子ロボットは,細胞とは似て非なる制御された運動をマイクロスケールで実現することを目指している.分子ロボットの構築を通して,天然の細胞が採用するメカニズムを知り,また天然の細胞では困難な環境で動作できる人工分子システム設計への道が拓けるものと期待されている.

2.  人工細胞型分子ロボット

GUVは球状のカプセル構造として用いられると同時に,よりダイナミックな変形や運動を実現するためのモデルとしても注目されている.我々は人工細胞型分子ロボットとして,GUVにキネシン(モータタンパク質)と微小管(細胞骨格タンパク質)を内包し,その運動をDNA計算回路でコントロールすることを目指した.キネシンはGUVの内膜に疎水性分子を介して接続されており,微小管はキネシンにより膜上で滑り運動を起こす.滑った微小管がGUVの膜を内側から押すことで,人工細胞型分子ロボットが動的に変形する.膜上に配置したキネシンは,GUV膜内側の疎水性分子と結合/解離することで膜の変形をON/OFFすることができる(図1a).スイッチングは,特定の配列の一本鎖DNAとの反応により行われる5).膜が変形する位置はランダムだが,信号DNAの入力によって状態を変化させることが可能である.我々はこのモデルを人工細胞型分子ロボットプロトタイプと呼んでいる.このプロトタイプではDNAを信号分子として用いているが,GUVの脂質二分子膜はDNAなどの親水性高分子の透過を妨げる.何らかの機構でスイッチング用のDNAが入力されても,量が不十分であれば機能しない.そこで,DNA分子を等温増幅する小宮らの機構6)に注目し,これをGUV内に実装した(図1b7).増幅機構により,1 nMの入力信号に対して5 μMに相当する出力信号を40分程度で得ることに成功した.

図1

人工細胞型分子ロボットのプロトタイプ.(a)GUV内部でキネシン/微小管の動作をDNAによってスイッチする5).(b)GUV内部でのDNA信号の等温増幅.文献7より許諾を得て転載.

3.  分子情報入力デバイス

次の課題は,脂質膜を超えて親水性分子をGUV内部に到達させる機構の実現である.分子ロボットが外部の分子信号に応答するためにはGUVの膜を経由した分子透過機構,すなわちポアが必要である.溶血性タンパク質α-Hemolysinをナノポアとして用いる研究例が数多く報告されているが,自在な設計変更は困難である.我々はDNAオリガミを用いてポア構造を設計し,動作させることに成功した8)図2a, b).このDNAオリガミは平面の中央に一辺10 nmの正方形断面のポアを形成するよう設計した.GUV膜に貫通させるため,コレステロールを修飾した一本鎖DNA47本を膜側に設置した.このポア構造をGUVに添加することで,40 kDaのデキストラン分子(直径約9 nm,通常の生細胞は食作用で吸収する)が透過することを実証した(図2c).さらにポアの断面をまたいで結合する「蓋DNA」の数を調節することによって,透過する分子のサイズ選択ができることが示された.このポアを短鎖DNA分子が透過することも示唆されている.現在我々は,分子ロボットへの新たな情報入力デバイスとして,水溶性分子を直接透過させるのではなく,GUV内部での状態変化を膜越しに伝える「分子トランスデューサー」についても研究を進めている.

図2

DNAオリガミ製ナノポア.(a)ナノポアとGUVの模式図.(b)透過型電子顕微鏡によるナノポアのクラス平均画像.(c)一本鎖「蓋DNA」によるポアサイズ調節の模式図及び色素透過実験の共焦点顕微鏡画像.文献8より許諾を得て転載.

4.  運動制御の試み

前出のランダムに変形するプロトタイプ分子ロボットに対して,変形位置を制御してこれを一方向に動かせるならば,標的追従や薬剤応答,逃避行動など天然の細胞運動に近づけるものと期待できる.我々はまず,GUVを一方向に動かすために必要な外力を見積もった(図3a).磁性粒子を内包したGUVに外部磁場を印加して並進運動を記録し(平均直径13 μm,平均速度3 μm/min.),ストークスの式を用いた解析を行った.その結果,浮遊した1個のGUVを一方向に動かすには約5 fNが必要であることがわかった.GUVの膜を変形させるのに必要な力は10 pN程度とされ9),分子ロボット内部の分子モータはその力を発生することができる.微小管がGUV内部で局在した場合には,方向性のある運動を示しうることがわかった(図3b).このロボットは浮遊しており,相互作用のある表面(ガラス基板)に接地すると運動しなかった.付着して方向性のある運動を行うには,力の集中に加えて界面での接着状態の精密な制御も重要であることが示唆された.界面との接着の強弱は,例えば基板表面とGUV表面を配列設計DNAで修飾し相互作用を調節することで運動の制御も可能になるかもしれない.

図3

GUVの並進運動.上:磁性粒子を内包したGUVを外部磁場で引っ張り,その速度と直径から並進運動に必要な力を見積もった.下:プロトタイプ分子ロボット内部で微小管が局在することにより方向性のある運動がみられる.

5.  おわりに

我々のみならず様々な研究者が分子デバイスを改良し,GUV環境で統合動作させることで人工細胞型分子ロボットの完成形を求め続けている10).命令通りに仕事をこなす高度な動作が可能になる日もそれほど遠くないのでは,と楽観視している.その一方で,細胞間相互作用や膜を介した分子情報の伝達,信号ノイズの軽減や不要になった信号分子の廃棄など,天然の細胞から学ぶ事柄が無数に残っている.ここまでできたらもう一歩,などと悦に入る余裕がないのが分子ロボット工作の道だと痛感させられている.

文献
Biographies

岩渕祥璽(いわぶち しょうじ)

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻,東北大学大学院工学研究科博士後期課程3年,日本学術振興会特別研究員(DC2).

深見実希(ふかみ のりき)

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻

佐藤佑介(さとう ゆうすけ)

九州工業大学大学院情報工学研究院知的システム工学研究系准教授

野村M.慎一郎(のむら しんいちろう)

東北大学大学院工学研究科准教授

 
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