2022 年 62 巻 3 号 p. 187-189
マイクロ流体デバイスに捕捉された細胞サイズのリポソームに蛍光標識されたATPなどの小分子が濃縮されていく新奇輸送現象を発見した.リポソームを基盤として持続的な生体機能を再構成する研究を推進することが期待される.本稿では,本現象の発見・論証を筆者の開発した自動計測システム(MANSIONs)とともに紹介する.

細胞は,多種の構成要素がにわかには信じ難いレベルで相互に作用・依存しあって成立した,きわめて複雑な分子集合体である.こうした複雑さの背後に何か見通しの良い設計原理を見出せないか-こうした問題意識から,細胞の動態や機能を抽出した分子集合体をボトムアップに再構成する試みが模索されている1).表題のリポソームは,リン脂質からなる袋状二分子膜であり,細胞のモデル系として,構成的アプローチの有望な基盤のひとつである.
内外ふたつの水相を隔てるリン脂質二分子膜を介した分子透過は一般的にきわめて遅い.これはある一面では,内部の水相に独立した反応系を構成する上で有用である.しかし,再構成系においては細胞膜にあるような選択的な分子透過機能の実装は未だ困難である.そのためリン脂質二分子膜の低い分子透過性は,物質代謝を妨げ,構成した特異的な反応場を動的に維持する上での障壁という側面ももたらす.細胞様区画としてのリポソームの性質は,良くも悪くもリン脂質膜によって規定されている.
近年筆者らが見出した,リン脂質膜を介した奇妙な分子輸送は,こうした従来のリポソーム像に,新たな一面を発見させるものである.リポソームをマイクロ流体デバイスで観察していると,内部にATPなどの生体機能性分子を含む特定の分子が自発的かつ速やかに濃縮されていったのである(SI動画).
本発見のきっかけとなったマイクロ流体デバイスを基盤とする測定系(MANSIONs)から紹介したい.前身となったのは,粒径に多分散性のあるリポソーム分散液から細胞サイズ(~10 μm)のリポソームのみを顕微鏡の一視野内で並列的に捕捉観察するマイクロ流体デバイスである2).当該デバイスでは決定論的横置換法3)と呼ばれる流体力学的な粒径選別機構がとられている.周期的に配置された微小柱の間を流れる粒子は,その粒径によってまっすぐ進むか斜めに進むかが分岐する.この機構を二種類組み合わせることで,特定の粒径範囲にあるリポソームのみを捕捉領域に呼び込むことができる.筆者は,このデバイスの捕捉領域を再設計するとともに,実験に必要な周辺機器を統合する制御プログラムを開発することで,リポソームに多段階の化学刺激を印加しながらその長期間のふるまいを自動で計測できるようにした4),5).
改良されたデバイスでは,並列配置された直径100 μmの広域空間に粒径選別されたリポソームがひとつずつ捕捉される.捕捉空間を広げたことにより流れ場の瞬停など流れ場を大きく変化させた際に生じうる一過的な逆流に際しても安定にリポソームを追跡でき,自動でも自由度の高い操作が可能になった.実験に必要な各種外部機器類は,画像解析と連動して制御されており,計測系が特定の状況になったら次の条件に進むというように,リポソームの長期間のふるまいを対話的に自動で計測できる(図1).現行のデバイス設計は,5または10 μm程度のリポソームを観察する2種類があり,いずれも最大28個のリポソームを同時計測できる.流れ場を止めない前提では,最大280個の同時計測も可能である.

構成した自動計測系(MANSIONs)の概念図.
MANSIONsはMachine-Assisted Numerous Simultaneous and Interactive Observation of Non-equilibrium self-assemblyの略であり,リポソームを捕捉する広域の円形空間を大豪邸(mansion)に見立て,それを多数同時に計測するというコンセプトにちなんでいる.
MANSIONsについて,こんな質問をよくいただいた.最初に捕捉されたリポソームが流路を塞ぐと,その経路の溶液置換が遅くなるのではないか?これはまさに,広域空間にふたつ以上のリポソームが捕捉されない理由であり,もっともな懸念である.
そこで,リポソームを捕捉後,蛍光性小分子を含む溶液に外溶液を切換え,背景の輝度値変化から広域空間内の各時間での置換の程度を可視化した.結果として,リポソームの捕捉の有無は外溶液の置換にほとんど影響しないことが確かめられたのだが,この実験の中でリポソームの輝度値は予想外の経過を辿っていた.捕捉されたリポソームの蛍光輝度値が背景値よりも明るくなっていたのである(図2,SI動画).明るくなる程度にはリポソームごとにばらつきがあるが,これはリポソーム調製時の組成のばらつきを反映しているものと考えられる.

マイクロ流体デバイス内部で蛍光性小分子(ウラニン)を濃縮した細胞サイズのリポソーム.スケールバー:100 μm.
蛍光輝度値から推定した値では,組成や外溶液濃度などの条件によっては,内部の濃度が外部よりも最大100倍以上濃縮されていることもあった.分子濃縮はこうした蛍光性小分子のみならず,生体内のエネルギー源であるATPをフルオレセインで蛍光標識した分子においても確認された.外部流れ場が重要な寄与をしていたことから,本現象をHydrodynamic Accumulation(HDA)と命名した6).
気になるのはメカニズムである.用いたリポソームには膜タンパク質などは含まれていない.したがってHDAは膜の性質のみから生じるはずだが,濃度勾配に逆らう分子輸送を説明できる既知の膜動態はない.流れ場がリン脂質二分子膜に与える何らかの特異的な摂動があることが予想された.
まず,本現象には負に帯電したリン脂質が膜に含まれている必要があることが分かった.そこで流れ環境下での当該リン脂質の分布を調べてみると,膜の外葉での存在量が静水環境下と比べ顕著に減少していることが分かった.またこの効果は膜の内葉ではそこまで顕著でなかった.マイクロ流体デバイスに捕捉されたリポソームにおいては,負に帯電したリン脂質の膜内外での分布に,静水環境下にはない非対称性が生じていたのである.逆に,負に帯電したリン脂質が全組成の90%を占めるような,膜内外で組成の非対称性が生じ難いリポソームでは,HDAも抑制されていた7).このように,非対称化したリン脂質二分子膜がHDAの背景にあることは分かったものの,この非対称性がなぜ分子を濃縮させるのかについては,さらなる研究が必要である.
どのような環境であればこうした非対称性を誘起できるのだろうか.たとえば,ピペッティングやボルテックスをしたり,単にデバイス内部を通過させたりするだけではHDAは起こらない.しかし,マイクロ流体デバイス内部で障害物にぶつけながらリポソームを流すと,捕捉せずともHDAが観察された6).流れ場中での物質表面との接触が非対称性の生成要件なのだろうと考えられる.
流れ環境下で生じるリン脂質二分子膜の未知の動態・またそれに起因する分子濃縮を明らかにした本研究は,生体膜の物性について,新たな研究興味を提示している.さらに本現象は,閉じた区画という従来のリポソームの印象をくつがえし,リポソームを構成的なアプローチの足場とする積極的な意義をも示唆している.MANSIONsという効率と再現性に優れた自動計測系も最大限に活用しながら,関連する研究領域のさらなる発展へとつなげていきたい.
本研究は,大崎寿久助教(東大生研・神奈川産技総研),竹内昌治教授(東大生研・東大院情理),豊田太郎准教授(東大院総文)との共同研究です.深く感謝いたします.