私が2018年7月に日本から韓国に単身赴任で異動してから,あっという間に数年が経ちました.特に,COVID-19の影響もあり,光陰矢の如し,早や2年数ヶ月が経ちました.何より「海外だより」を通じ,皆様に韓国での近況や様々な研究状況を伝える機会をいただき,大変嬉しいです.本稿では,自己紹介から筆者の所属機関,韓国での研究生活,韓国の研究環境・動向,日本との交流などについて,主観的なところもあるかも知れませんが,私が感じたことを記したいと思います.
私は,2002年2月に来日し,その年の4月から大阪大学蛋白質研究所の研究生として蛋白質科学の勉強と研究を始めました.日本語は殆どできませんでしたが,新たな世界での期待感で胸がいっぱいでした.今も日本語が初めて聞こえるようになった日を鮮明に覚えています.2003年4月に大阪大学大学院理学研究科高分子科学専攻に入学し,2年後に修士学位を取りました.2005年4月に同専攻の博士課程に進学し,2008年3月に博士学位を取得しました.2008年4月から2年間 外国人特別研究員(JSPS)として蛋白質研究所で務め,その後,2010年4月から2012年3月までAssistant Professor,2012年4月から2017年6月までAssociate Professorとして蛋白質研究所と理学研究科で務めました.
研究生時代から蛋白質科学の一本道で,蛋白質の折りたたみ,構造,物性,分子間相互作用,凝集に関する研究を行いました.特に, 生物物理,熱測定,溶液核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, NMR)分光学を研究手法として積極的に用いました.数年間蛋白質研究所の溶液NMRの管理にも参加しましたが,このような経験が縁になり,韓国でワールドスペック1.2 GHz NMR導入プロジェクトのために韓国に異動し,2018年7月から韓国基礎科学研究院(Korea Basic Science Institute, KBSI)バイオ融合研究部の責任研究員(Principal Researcher)として働いています.2019年3月からは, 科学技術連合大学院大学校の生物分析科学専攻のProfessorとして教育と研究を行っています.また,忠南国立大学の分析科学技術大学院のAssociate Professorも務めています.
KBSIは,韓国の25個の国家研究院の一つであり(韓国では,instituteの規模が大きいと研究所ではなく研究院と呼ばれます),他の機関では導入しにくい大型機器や研究施設をインストールし,KBSI独自の研究とともに国内・海外の研究者の研究を支援しています.2021年度からは,多目的放射光加速器の構築が淸州(Cheongju)の梧倉(Ochang)で開始されました.ハイスペックな溶液NMRやMRI施設を運営していますが,2025年度に1.2 GHz NMR導入を予定しています.韓国唯一の超高圧電子顕微鏡(High-voltage Electron Microscope)(日本電子)もセットアップされ,蛋白質の構造生物学で最近もっとも焦点を浴びているクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)も韓国では最初にインストールされました.韓国では一つしかないSensitive High Resolution Ion MicroProbeなど,質量分析のための大型施設,そして,国内最大の高齢化動物施設も備えています.このような先導的機器や施設の導入だけではなく,新分析方法や機器の開発も行っています.
KBSIは大田(Daejeon)に本部があり,梧倉センターと7つの地域センターから構成されています.KBSIは生物,化学,物理,工学,地理学など幅広い分野をカバーしています.私は,NMR,MRI,EM,NMRなどがある梧倉センターで蛋白質関連の研究を行っています.淸州は昔ながらの町であり,韓国の内陸に位置しています.梧倉は淸州の一つのタウンであり,研究院,研究所,大学のキャンパス,会社などが集まっているいわば科学団地のようなところです.田舎でありながらも新しく作られたタウンなので建物や街並みが綺麗です.しかし,消費中心なので意外と高い物価でびっくりしています.また,大きな都市であるソウルと大田まで車で1~2時間で行けるので,共同研究・観光など様々な意味で便利です.梧倉から車で20分の距離に五松(Osong)Korea Train Express駅が,車で10分の距離で淸州国際空港があるので,海外からのアクセスも良いです.
KBSIで研究室を立ち上げてから4年を向かえていますが,研究に必要な機器も揃えるようになりました.現在までは研究員中心で研究室を運営しています.日本から来てくれた研究員が2人いて,日本語でコミュニケーションをしているのでいつも日本にいるような気持ちになります.梧倉に日本人の集まりもあり,和食が食べられるところも多いです.スーパーでは寿司と納豆はもちろん,日本の缶ビール,うどん,焼きそばなどのready-to-eatフードも結構あります.韓国のお米ではないコシヒカリも置かれていたので感動しました.
日本では蛋白質の幅広い研究を行っていましたが,韓国では蛋白質の間違った折りたたみと凝集,そして,アルツハイマー病やパーキンソン病など様々な変性疾患との関連性に特化した研究を行っています.2020年の春からは,COVID-19の克服のためのSARS-CoV-2の蛋白質研究にも焦点を当てています.韓国の国内,日本を含め海外のグループと活発な共同研究を行っています.KBSIの優れた研究施設の利点を生かし,次々と意味深い研究結果が得られています.基礎科学にもとづいた研究結果と疾患のバイオマーカーや薬開発のような応用科学が結びつく研究を目指しています.
研究を含めて韓国の全般的な印象は,「速さ」,「挑戦」,「競争」,「変化」で,非常に動的で進化が速いと感じます.科学高校など英才教育システムも普及し,若者はどんどん海外に留学し,韓国にもどって,他分野のグループと精力的に共同研究を進めています.学際的な共同研究も推薦され,シナジー効果が生まれつつあります.投資家も非常に多いため,ベンチャー企業も沢山あります.多くの大学の先生や研究員も比較的容易にベンチャー企業に挑戦しています.創業を手伝ってくれる会社や組織も多くて,学校や研究院,ひいては国もベンチャーを推薦しています.日本ではラーメン屋が沢山できますが,競争に勝ったラーメン屋だけが生き残るのと同じく,優れたベンチャーはやはり良いプロダクトを世の中に残します.多くのベンチャーが,学位をもった人を雇用する社会的な利点もあります.
官民問わず,あらゆるところからの研究費の公募が一年間続きますので,研究費の獲得の可能性が高いです.そこで,研究設備などハードウェア的な要素が優れていますが,日本に比べて研究者の人数が足りていません.欧米と同様に,韓国も大学院生に対し,指導教官や大学から経済的なサポートがあり,授業料と生活費の心配なく研究に専念できる環境になっています.また,韓国政府が有期雇用を減らし,無期雇用を推進しているので雇用の安定があります.このように研究を取り巻く環境と動向は,短期間で韓国の大学が世界・アジア大学の上位ランキングに益々進入できる原動力になっていると言えます.
日韓交流の活性化のために,韓国の学会やセミナーなどで日本からの演者を招待したり,日本の学会でワークショップを開催しています.筆者が委員として勤めている韓国の様々な学会を通じて,日韓共同セミナーの計画も立てています.韓国出身のJSPS fellowのOBとJSPSが韓国で立ち上げた日韓研究者交流協会を通じて,韓国と日本の研究者間の橋渡的役割を担っています.この数年間,KBSIと東北大学,そして,東京農工大の間に機関協定などの研究協約も締結しました.大阪大学の蛋白質研究所やProtein Data Bank Japan(PDBj)の先生方のご協力のもとで,PDBjのミラーサイトを韓国で構築しようという動きも行っています.個人として行っている共同研究(阪大,東北大,北大,関西学院大,横浜市立大,近大,東京農工大,徳島大,京大など)が日韓交流に役立つことを願っています.

KBSIの国際会議後の様子.左端から齋尾グループ(徳島大),筆者,村岡(農工大),奥村グループ(東北大)など.
韓国に異動してから多くの先生方が日本からKBSIを訪問して下さいました.欧米の巨大な研究ネットワークのように,アジアの国同士のネットワークを構築し,協力しあって研究を推進していくことを願っています.その中でも,東アジア国として日本と韓国が中心となり,アジアの科学の発展のために一緒に歩んでいくようにと願っています.地理的にも文化的にももっとも近い両国での研究協力が必要な時期だと感じます.